76 むしろ当然な顔しているし
五味家の年越しの過ごし方。
店を閉めた、今から大掃除なのかよ。
これからおせち料理を作るのかよ。
店が第一。他は後回し。それがクソ親父の方針。
小さい頃から、そういうもんだと思ってたぞ。
普通の家庭って、違うらしいな。
ウチの大晦日の過ごし方は大体決まっていて、男性陣は大掃除、女性陣は売れ残った商品を使っておせち料理作りといった所だ。
だから、台所の掃除だけは後回し、ということになる。
ただ、クソ親父は朝からテナント店主達との会合にいくので、戦力にはならない。
姉貴も、適当に手伝っているふりをしているだけという、世渡り上手ぶりを発揮している。
俺は、真面目に掃除しているつもりなのだが。
大兄ちゃんからは、いつも「普段働いていないんだから、それ位当然だろ」とイヤミを言われるのが常だ。
ただ、今年はれんげちゃんがいる。
母ちゃんについて、おせち料理でも作るのかと思っていたが、俺の手伝いの方が良いとかいって、いっしょにガラス窓を拭いてくれている。
彼女曰く、中華は得意だが、おせち料理を作ったことはないのだそうだ。
「だから、こういう家族団欒な雰囲気、好きですよ」
ってね、れんげちゃん。いいようにこき使われるだけなんだよ?
どこが“団欒”なわけ?
「家族で力を合わせて物事を成し遂げていくなんて、素晴らしいじゃありませんか。わたし、そういうのって、よく判らないから…」
「判らないって?」
まあ、来々軒の親父とは、直接の血の繋がりはないみたいだし。
それじゃ、彼女にとっての“家族”って、なんなんだろう。
まあ、少なくとも、俺みたいに、顔を合わせるのはイヤだな、なんてものじゃなさそうだけど。
「わたし、物心ついた時から、ずっとラーメンの修行しかして来なかったから」
笑顔で、さらっと彼女はそう言った。
「だから、“家族”を知らないから、“アイのあるラーメン”が出来ないのかもしれませんね」
家族と、ラーメン?
時々、判らないことを言うんだよな、彼女。
「鳴人さん。わたしが、鳴人さんのお嫁さんになったら。
みんな、わたしの“家族”になってくれるんでしょうか?」
うおっと!
手が滑って、バケツをひっくり返しそうになったぞ!
「だ、大丈夫ですかっ?」
れんげちゃん、素早くバケツを抑えて、飛び散った水もすぐに拭き上げてくれる。
「だ、大丈夫だけど…」
大丈夫じゃ、ないよ。
いきなりナニを言い出すんだろうね、この娘は。
いや、しかし。
意外、でも、ないのか。
いっしょに、俺の実家にきたということは、彼女自身もそういうつもりだったのだと考えるのが自然だし。
いや待て、俺の、ココロの準備というものもだなあ…
いや、それは、ない、ないこともない。
俺は彼女が好きで。
彼女も俺のことが好きなら。
そして、二人とも来々軒のラーメンをアイしているのなら。
世帯を持って、一緒にやっていくのは当然なわけで。
だけど、こんな所でいきなり切り出す話じゃないでしょうが。
「あれ?違いましたっけ?」
俺の顔をみて、なにか自分が勘違いしているとでも思ったのか。
れんげちゃんはきょとんとした顔で、俺を見つめていた。
~ ・ ~
おこたにみんな集まって、かあちゃんのおせちを摘まみながら酒飲んで、紅白をだらだらと見ながら今年一年の話で盛り上がる。
毎年恒例の、実家の行事だ。
今年は、この輪の中に、れんげちゃんが入っている。
なんちゅうか、その、実にさりげなく。
ウチの家族も、もっと、こう、緊張するとか、気を使うとか、そういう雰囲気あってもいいと思うんだけど。
クソ親父以外は、むしろ当然な顔しているし。
親父にしても、まんざらでも無い顔ではあるし。
「れんげさん、コイツは、鳴人は、モノになりそうなんですか」
随分な低姿勢である。
普段のクソ親父、こんな事は絶対に言わない。
「ええ、お店でも、一生懸命働いて下さっていますよ。だから、覚えも早いし、手つきも様になっていますよ」
そ、そっか。俺、様になっているのか…
「いえ、そういうんじゃなくて、その、ラーメン屋を切り盛りしていく度量があるのか、その見込みがあるのか、と言う事です」
「そうですね…」
れんげちゃん、ちょっと考えて、俺の方を見る。
「どんな仕事でも、ある程度は経験を積まないとモノになるかどうかは判らない、ですよね?」
ああ、昨日の俺の手つき、働きぶりの事を言っているのか。
まあ、確かに、調理の殆どはれんげちゃんがやっていたし。
麺の茹で上げ、一度は任されたものの、テンでなってなかったしな。
「ええ。親の目から見ていうのもなんですが、コイツ、何事においても中途半端で、ロクに店の手伝いも出来ないようなヤツですからな」
ひでぁな、クソ親父。何もれんげちゃんの前で言わなくたっていいじゃねえか。
「それは、わたしには判りません。わたしに判るのは、鳴人さんが、まだニカ月しか仕事していないのに、立派に来々軒を勤めていらっしゃると言うことだけです」
「そうね、れんげさんの言う通りだわ。まだ、鳴人の事は、どうこう口出しできる段階じゃないわ」
母ちゃん、さりげなく親父を制して。
「れんげさん、もう少し、鳴人の事を見守っていていて上げてくれる?本当に、勝手なお願いなんだけど…」
「はい。マスター、いえ、お、お父さんが、鳴人さんを従業員として雇っておられる限り、お約束します」
「ありがとう…
さ、年越し蕎麦を茹でましょうか。れんげさん、手伝って下さる?」
「ハイ!」
れんげちゃんは、俺に向かってにっこりと微笑むと、台所に連れ立って入って行った。
五味家の団欒に、ごく自然に入り込む、れんげちゃん。
もう、鳴人の嫁、確定みたいですね。
周囲は当然のように、そう思っています。
当の本人の覚悟だけが、また足りていないようですが。
い、いや、そんなことないぞ、ないからな?
ですよね。わたしを鳴人さんの実家まで連れてきて、まさかここで裏切るなんてこと、無いですよね?
い、いや、それは、れんげちゃんが勝手に付いて来ただけで…
はい?
い、いや、なんでもないです…




