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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第13章 鳴人の実家、彼女の手際、家族とラーメン

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73 ここだけは別の空間を形成していた

 ちょいと長いですが、ここは一気読みでヨロシク。

 うわーん、とでもいう感じだろうか。

 冷えた戸外の空気を追い出しに掛かるかのように、香ばしい匂いが漂っていく。

 すでに、客がチラホラと引き寄せられ始めている。

 かき集めてきた大小様々なナベの上で、素晴らしくイイ匂いのスープが出番を待っている。

 横のテーブルでは、れんげちゃんが見る見るうちに、売れ残りの食材を捌いて具を作っていく。

 俺も、発泡スチロールのドンブリや割り箸の確保、釣り銭の準備や、補充用の水の確保など、飛び回って働いた。

「おいおい、いくら売れ残りそうだとはいえ、こんなに沢山の具材、捌ききれなかったらどうするつもりだ?」

「大丈夫ですよ。その時は、全部わたしが買い取りますから。その代わり、全部捌けたら、鳴人さんのお話を聞いて上げて下さいね」

 小麦粉を大きなボールに開けながら、れんげちゃんは親父の顔を見てにっこり笑う。

 具も、スープの材料もある。

 麺が、無い。

 だから、麺を打つ。

 今、ここで。

 彼女はそう言って、強い瞳で俺を見つめた。

 だから、俺は彼女を信じた。

 信じて、後の事一切合切の支度をしている。

 そして、れんげちゃんは。

 ポリタンクから、水をボールに注ぐ。

 大量の卵と、別に作っておいたらしい、小魚を砕いて煮詰めて冷ましておいたスープを混ぜて。

 そこに大量の小麦粉を注ぎ込み、ものすごい勢いでこね始める。

 彼女の額から、みるみるうちに汗が吹き出してきた。

 小柄な肩が大きく揺れるのと同時に、テーブルもギシギシと音を立てる。

 帰りがけのお客達も、匂いに引き付けられたまま、彼女のパフォーマンスに足を留めて、見入っている。

 チラッと、れんげちゃんは俺の顔をみた、気がした。

 ピンときた。

 いつも一緒に働いている時の、あの感覚だ。以心伝心のように伝わる。

「まもなく、出来立て打ち立てのラーメンが出来上がります。今しか食べられない、今、ここでしか食べられませんよ!

 今年最後の思い出ラーメン、今しか食べられませんよ。

 一杯500円、500円ですっ!」

 来々軒で培った、張りのある大声でお客に呼びかける。

 値段は、とっさの思いつきだが、損はしないはずだ。

 それこそ、来々軒で作っているラーメンとは違う。

 メンもスープも具も、出来合いの、普通のものしか使っていない。

 いや、普通なんていったら、他のラーメン屋に怒られるな。

 なんたって、おせち料理の材料の売れ残り。有り合わせの、余りものなのだから。

 しかも、店舗を構えているわけではないから、余計な費用など掛からない。

 悪い言い方になるが、はっきり言ってインチキラーメンである。

 しかし。

 作っている職人は、超一級のラーメン職人である。

 そこら辺のラーメン屋など、話にもならない。

 れんげちゃん、ボールからこね上がった麺材を取り出した。

 両手で掴んで引っ張ると、まるで餅が伸びるように引き伸ばされていく。

 そのまま片方に持ち替え、お客に向かって振り回す。

 おおっ、というザワメキの中で、最前列のお客の鼻っ柱を掠めて、伸びた麺材が彼女の手元に戻っていく。

 まるで、しなやかに伸びる鞭のようだ。

 彼女の手が鮮やかに動くたびに、一本の太い麺材が2本、4本、8本、16本と増えていく。

 れんげちゃん、完全にパフォーマンスを狙っている。

 事実、もうお客は彼女の一挙手一動作に見とれたまま、魔法でも掛けられたかのように動けない。

 32本、64本、128本…

 麺の本数が倍々ゲームで増えていくのと比例して。

 人だかりも、みるみる大きくなっていく。

 みな、買い物袋をぶら下げたまま、その重さも感じないかのように見入って、いや、魅入っているのだ。

 おっと、俺まで見入っている場合ではない。

 店で沸かしている大鍋を、急いで持ってくる。

 バーナーには限りがあるから、いい匂いを立てていた調味スープ鍋を下ろして入れ換える。

 すでにれんげちゃんは、お客の前で麺を切り分け始めている。

 と、スッと俺の側に近寄ってきて、そのまま、再びグラグラと沸き始めた大鍋の中に指を突っ込んだ。

「れ、れんげちゃん!」

「火力が弱いから、大丈夫ですよ。それより、鳴人さんが麺を茹でて下さいね」

「お、俺が?」

「後の一切はわたしがやります。お父様にこれ以上手伝って頂くわけには行きませんから」

 クソ親父なんて、特になにもしてないじゃないか。

「お忘れですか?私たちがなぜ、鳴人さんの実家に伺ったのか?」

「…いや」

 忘れてた、なんて言えない。

 にしても、俺、来々軒の親父さんの代わりなんて、出来ないよ…

「大丈夫ですよ。わたしが、丹精込めて打った麺を信じてください」

 とかいいながら、お客の前においたもう一つのバーナーの上に中華鍋をおいて、たっぷりと油を引いている。

「…判った」

「3分です。麺に花が咲きますから、そこで揚げて下さい。お湯は切らなくていいです。そのまま、メインスープとして使いますから」

 麺に、花??

 れんげちゃん、目で俺に、麺を茹でるように合図する。

 そのまま、彼女は中華鍋の中に具材をドサドサとぶち込んだ。

 中華鍋を大きく傾けると、バーナーの火が鍋に引火し、大きな火柱が立ち上って天を焦がした。

 うわあぁぁ…

 おおおぉぉ…

 寒空を一気に吹き飛ばす、大きな火柱。

 彼女の周辺が、一気に熱気を帯びる。

 だが、見とれている場合ではない。

 何気なさそうに麺を茹でていた、来々軒の親父のまねごとを、俺がしなくてはならないのだ。

 しかし、麺に花、なんて言われてもなあ…

 と。

 麺を茹でている大鍋から、なんともいい香りが漂い始めてきた。

 おもわず引き込まれそうで、ついついナマツバを飲み込む。

 潮の、潮の香りだ。

 麺から、そう、れんげちゃんの打った麺から、出汁が溶け出し始めているのだ。

 鍋の底から、沸き上がるように麺が膨らんでくる。

 表面まで盛り上がって、四方に散ってまた沈んでいく。

 それは、美しい華だった。

 白い花びらを散らしては消えていく、潮の薫り豊かな麺の花だった。

「れんげちゃん!」

「いいですよ」

 すでに、発泡スチロールに調味スープを混ぜたものが用意されている。

 それも、ずらりと。

 は、速い。いつ並べたんだ?

 なんて戸惑う暇はない。

 菜箸で麺を掬っては、ドンブリに放り込む。

 が、上手くできない。

 麺が鍋や自分の体に吸いついてしまう。上手く掬えないのだ。

「あ、ゴメンナサイ。わたしやりますから」

 スッと体を入れ換えると。

 れんげちゃん、右手首を細かく動かした。

 鍋から飛び跳ねるように、麺が宙を舞い、計ったようにドンブリの中に飛び込んでいく。

 まさに、あっと言う間の早業だった。

 続いておたまを取り出すと、同じ要領でドンブリに向かって撥ね飛ばしていく。

 全弾命中。

 しかも、水滴が跳ねたりすることもない。

 具の沢山詰まった中華ナベも、片手で軽々と持ち上げて、ドンブリの上を舞わせる。開いている片手が、機械の様な正確さで具を落とし込んでいくのだが、一見雑なように見えて、出来上がりは丁寧に並べたのだとしか思えない飾りつけである。

 こりゃ、俺の出番はないな。

 でも、まだやる事は沢山あるんだ。

「鳴人さんっ!」

「あいよ!」

 言われるまでもなく、俺はお客の前にラーメンを並べ始めている。

「お待たせしましたっ! はい、500円になります!はい、二人前、はいアリガトウございますっ!はい、お釣り…」

 それからの俺たちは、もう汗みずくで働いた。

 いや、れんげちゃんが、ほとんど仕切っていた、という所か。

 麺も具もスープも、彼女が一人でやっていた。

 そしてそれは、異様に速く、全く無駄が無かった。

 それどころか、彼女の魅せるパフォーマンスの一つ一つが、客の足をほぼ完璧に留めて釘付けにしてしまい、確実にラーメンを注文させていくのだ。

 調味スープ、麺から溶け出すメインスープの、二重に漂う凄まじくいい香り。

 中華鍋から吹き上がり、空を焦がす真紅の炎。

 生き物のように舞いうねり、妖しく魅惑的なダンスを踊る麺材。

 宙を飛び交い、テーブルを汚すこともなくすっぽりと収まる、茹で上がった麺やスープ。

 そして。

 俺たちの周辺では、ただひたすら、麺を啜り、スープを飲み干す音が異世界的な空間を形作っていた。

 誰も、なにも言わなかった。

 たた、俺の「アリガトウございます!」の掛け声しか、響かなかった。

 年末の、冷えた寒空の中で、ここだけは別の空間を形成していたのだ。

 書いてて、タマランですね。

 創作の醍醐味ってヤツですよ。

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