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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第12章 今年最後の営業日、接客って大変、来々軒の評価

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69 君もキビシイですね

 信用できない奴に、決算書を最初から見せたりしないぞ。当然だろう?

 ハハ、君も厳しいですね。まあ、それ位じゃないと、私の相手は務まりませんからね。

 何を偉そうに言ってるんだ、失敗続きのダメ野郎のくせに。

 何を偉そうに言ってるんだ、バイト程度の大学生のくせに。


 おっと、話が違う方向に逸れちゃいそうだな。修正修正…


 俺は、親父とれんげちゃんに、同意を求めるように視線を向けた。

 俺としては、気に食わない奴ではあるけど、まあ、きちんとした仕事はしそうだとは思えるんだが。

 親父は、意味が分からないようで「君に任せるよ」というような笑顔だし。

 れんげちゃんも、微かに頷く位ではあったが、俺に任せてくれるようだ。

「根岸さん、これ、店の決算書なんですけど」

「ハハハ、もう手元にあったんですか。君もキビシイですね…」

 まあね。ラーメンの味は、帳簿を覗けばかなりの線まで判っちゃうからね。

 信金野郎、さすがに帳簿を見つめる目は真剣で、いかにも本職らしい。

 手持ちの鞄からメモ帳と電卓を取り出して、なにやら計算を始めた。

「…材料費は、これだけの味を保つには削れないでしょうね?」

「ええ」

 すでに散々話し合った結果だ。

「値上げは…いや、この値段でこの味というのが大きいしな」

「この値段では、やはり融資はダメなんですかネ?」

 親父が、心配そうに訪ねる。

 奥さんへの義理立てで、決めている値段ではあるし。

 と、根岸、顔を上げて親父をじっと睨む。

「イエイエ、自分はそこまで経営状況に口を挟むつもりはありません。先程お話しましたように、自分は美味しい店を盛り立てるという事に、社会的使命感すら感じています。この素晴らしいラーメンがこの低価格で食べられるという、来々軒さんの熱意と技術を、より多くの人たちに味わって貰いたいんです。

 だから、ご亭主、ぜひともこの味を、このラーメンを続けて頂きたい。おおいにこだわって頂きたいんですよ」

「根岸さん…」

 親父、感激しちゃって、信金野郎の手でも握りしめたいような勢いだ。

 ふと調理場を見ると、やっぱりというかなんというか、れんげちゃんが後ろを向いて泣いてるし。

 ほんと、この親娘、よく似てるよ。例え血が繋がっていなくても。

「だからこそ、店を広げてもっと沢山のラーメンを出せるようにするというのは、正しい方針なんです。

 ただし、店の面積も去ることながら、調理場の広さ、設備も代えなければ、もっと沢山のラーメンを作る事はできないでしょうね」

「そうですね」

 当然のことだよな。

「自分の知っている業者を通せば、信用の置ける施工をしてくれるのですが、何分費用がかかる。内外装込みで、大体一千万位掛かりそうですが…」

「一千万…ですか?」

 うっひゃあ、信金野郎、大きく出たな。

 そりゃ、カネを貸せば貸すほど自分の成績にもなるだろうし。

 知り合いの工務店を紹介するとなれば、ウラでリベートも期待できるってか。

 俺の見立てでは、その半分で工事は済ませられそうと思ってたがな。

「もちろん、この建物のオーナーさんとも相談しなければならないし、工事にかかる工務店とも相談になりますが、まずはご亭主の御決断次第ということなんです」

「うぅむ…」

 さすがに、親父も考え込んだ。

「もちろん、急な話ですから、じっくり検討して頂きたい。自分も支店長と掛け合って、ご亭主が納得のいく融資を、できるだけ安い利率で行ないたいのです。

 融資金額に見合った担保か保証人を付けて頂ければ、絶対に説得してみせますよ」

 ハハ、やっぱり、担保か保証人の話に、なるよなあ。

 来々軒に、担保になるような資産があるはずもない。

 保証人だって、最後の手段としか考えていないけどね。

「ただ、この店は、今の味、今の値段で充分ヤレます。今の倍の量、一日八百食作って捌ければ、この程度の借金、二年以内に返済できるでしょう。これは、長年金融業に携わってきたプロの目から見てお話ししています」

 確かに、今の状況で、ほぼトントンの収支状況なのだ。だから、売り上げが倍になれば、確実に収益は上がる。

 んな事は判ってるんだよ。その無茶をどうやって通そうか悩んでるんだよ。

「今日は、この辺で失礼します。自分も、正式な資料を集めて来ますので、また改めて検討しましょう。

 ラーメン、本当に美味しかった。なによりも、ご亭主を初め、従業員の皆さんの熱気、仲の良さを感じましたよ。この店は、本当にいい。いい店です」

 いいよもう、さっさと帰れ。

「では、これで」

 信金野郎は、そのまま店を出ていった。

「アリガトヤシタッ!」

「アリガトッシタッ!」

 親父が大声で見送ったその声に釣られて、俺まで声を掛けてしまった。

 れんげちゃんが、テーブルを片づけにやってくる。

「根岸さん、いい人ですね」

 なんとなく、俺を気にしているようではあるが。

 だって、嫌いな奴ということには代わりはないんだし。

「まあ、ね。ただの、食い逃げ野郎って訳では無いみたいだし」

 それなりに、ラーメンへのこだわり、情熱は持ち合わせているんだな。

「ほんと、良かったです。あの時、無理にお断りしなくて。あの方、自分はマスターの大切な商談相手だから、下手に追い出したりしたら、わたしが後で叱られるぞ、だなんて言ってたんですよ」

「なんだよ、それ…」

 全く、強引な奴だなあ。

「まあ、結果としては、そういうことになったんだネ。れんげのお手柄だヨ」

 親父、上機嫌でそんなこと言い出す。

「あ、ありがとうございます!」

 れんげちゃんも嬉しそうでなによりなんだけど…

「あ、あのさ、もしかして、あの信金野郎、ラーメン代、払っていかなかったんじゃない?」

「はい。大切なお客様から、そんな代金なんて、受け取れませんよ?」

 れんげちゃん、当然のようにそう言っているけど。

 アイツ、結局の所、勝手に押しかけてきて、タダでラーメン食べていって、酒まで飲んで、愚痴って、適当なこと並べ立てて逃げてっただけじゃないか。

「…やっぱりアイツ、食い逃げ野郎だ…」

 俺は、親父やれんげちゃんに聞こえないように、心の中でそう呟いた。


 何を偉そうに言ってるんだ、食い逃げ野郎のくせに。

 なんて、俺が言うべき立場でもないんだよな。

 でもなあ、食い逃げには変わりないんだよな。

 

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