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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第10章 調べる鳴人、疑われる彼女、ラーメンの原価

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57 言ってる意味が、よく判らないよ

 犯人は、君だ!

 証拠はもう、挙がっているんだぞ!


 え?

 何の事?

「だから、麺の事、ごまかしていたの?」

 俺は、静かに本題を切り出した。

「…えっ?」

 れんげちゃんは、きょとんとした顔で俺を見上げた。

「安い麺を、高級だと偽って仕入れていたでしょう?」

「…なんの、お話ですか?」

 はあ?

 この場に及んで、そんなシラを切るのか君は?!

「だから、以前の来々軒と同じ麺を、超高級麺と称して仕入れていたんだろうということだよ。帳簿では見逃す所だったけど、味を比べれば一目瞭然じゃないか…」

 れんげちゃん、肩を震わせている。

 さっきのそれとは反応が違っていて。

 それは、明らかに笑いを堪えているようであり…

「プププ、ハハ、アハハハハッ!!」

 ついに堪えられなくなって、れんげちゃんは笑い転げた。

 調理台の上に突っ伏して、台をドンドン叩きながら、涙を流して笑っている。

「あ、あじ…ハハ、ハハハ…そっか…そうよね…ハハハハッ…ハハハハハハ…」

 たっぷり、2分は笑っていただろうか。

 親父が麺を茹であげる時間と、同じ位だと思う。

 俺は、頭の中を茹で上げられたかのように真っ白になっていた。

 多分、顔は真っ赤に茹だっていたのかも知れないが。


「ハハ、ハハハハ…ゴメ、ゴメンナ、ハハ、アハハハッ…ゴメンナサイ、チョッ、チョットマッテ…アハ、アハハハハ…」

 しきりに涙を拭い、笑いすぎて痛そうにお腹をさすりながら。

 グシャグシャになった顔を、なんとかまともに戻そうとしながら。

 息苦しそうに肩を震わせて、それでもなんとか笑うのを堪えようとして。

 ときたま吹き出しながら。

 なんとか、れんげちゃんは俺の顔をまともに見るようになってきた。

「えっと、ハハハ、違います、違うププ、ゴメンナサイ、違います、違いますよ」

「だ、だって、麺の味は、前の、君が勤め始める前の来々軒のものじゃないか。確かに親父…さんの手際が良くなったから、前よりずっと美味いけど、麺自体は変わっていないのに、値段が6倍以上に跳ね上がっているし…」

「ハハ、そう、そうですよね。鳴人さん、わたしが勤め始める前から、ずっと来々軒に通っていらしたから…」

 笑い疲れてしまったようで、重そうに体を動かしながら、れんげちゃんは大鍋の下にケース詰めされていた麺の入った箱を取り出した。

「ほら、いつも使っている麺、ですよね?」

 …確かに、ケースといい、麺の色つやといい、大きさや形といい、ふだん使っている来々軒の麺だ。

 以前に使っていた仕入れ用のケースと同じなのは、製麺業者の都合だろう。

 正直いって、普通の麺と区別はつかない。

 これが、一玉100円以上もする超高級麺だとは、素人目には判らない。

「わたし、マスターにぜひ、この麺を使ってくださいってお願いしたんです。

 マスターは快く承諾して下さり、仕入れ先の製麺業者の社長さんに頼みにいったんですよ。

 でも、マスター、自分の味を、来々軒のアイのあるラーメンの味わいを、しっかり醸し出して下さって…」

「…言ってる意味が、よく判らないよ」

「そうですよね。わたしにも、よく判らないです。でも、食べて下されば、はっきり判りますよ」

 彼女はそういって、ようやく温度の高まってきた大鍋で、麺を茹で始めた。

「鳴人さん、ドンブリを用意してください」

「スープは?」

「この麺は、素でも本当に美味しいですから」

 れんげちゃんの細い目が、一層細くなる。

 と、鮮やかな手つきで大鍋から麺が躍り上がる。

 チャッチャッ…

 魚が水揚げされるように、平ザルの上で湯を切られて跳ね上がった麺が、滑らかにドンブリに移される。

 大鍋のお湯をおたまで掬って、ひたひたに掛ける。

「どうぞ、食べてみてください」

「食べろったって…」

 具もスープも味付けも何にもなし。

 ただドンブリの中に、茹でられた麺を乗せただけである。

 こんなの、美味いもなにもないだろう?

 そう思いながら、啜ってみたその麺は。

「!!」

 口の中一杯に、大地の恵みがもたらす小麦の香り高い芳香が広がって行く。

 どこまでも広がる丘陵地帯。

 澄みきった青空。

 燦々と輝く太陽。

 一面を覆うのは、黄金色の小麦畑。

 人間が、本来生活していたあの懐かしい農村風景がありありと浮かんでくる。

 いや、そういう映像的なものですらない。

 本当の意味での小麦、本当の意味での麺、本当の意味での自然そのものが、このドンブリの中に凝縮されているのだ。

 麺一本一本の中に、その思い、その情熱、その原始の欲求が漲っており、俺の恍惚の高みへ、さらに高みへと導いていく…


 …気がつくと、ドンブリは空だった。

 小さなかけらのような麺が、ドンブリの海を寂しげに泳いでいる。

 俺は残さずつまみ上げ、チュルッと啜り込んだ。

「…な、なんだ、なんなんだこの麺?」

 呆然と顔を上げた俺の前で、なぜかれんげちゃんは寂しそうな顔をする。

「来々軒の、麺じゃないですよね」

 そう、確かにこれは来々軒の物じゃない。

 以前にネギを変えると言って試食させて貰った時の、あの偉大なヴォーカリストが複合重厚な全国区スープと共演した時の、あの麺の味だ。

 しかしあの時は、ネギの試食という事だったから、スープもお店で出しているのと同じものだった。

 この麺、単品だけで、これほどの味わいを発揮するとは…

「も、もしかして、この麺を、普段来々軒で使っているの…?」

 れんげちゃんは、こくりと頷いた。

「でも、わたしは、こんな風にしか、麺を茹でられないんです。

 マスターは、わたしのわがままを聞いて下さって、この高級国産小麦100%厳選精製の麺を仕入れて下さった上に、スープや具材に合うように、来々軒のアイのあるラーメンに仕上がるように、茹でて下さっているんです…」

 ちょっと俯いて、悲しそうな顔をするれんげちゃん。

 いや、それは、君の考え違いだと思うけど。

 ラーメンは、美味ければ美味いほど良いのであって。

 親父の茹でた麺が、不味いというわけじゃ無いけど。

 君が、この麺の特徴を完全に発揮させた茹で方の方が、凄まじく美味くて。

 この麺に比べたら、今の来々軒のラーメンの味なんて…

 味、なんて?

「…そう、だね。確かに、親父、そうだよね…」

 俺は、今しがた食べた麺の、その美味さに確かに圧倒された。

 でも。

 それでも、来々軒のラーメンの味が霞むということはなかった。

 いや、むしろ、あのラーメンの味が懐かしく、恋しく思う自分がいる。

 牧歌的な農村も、確かにいいんだけど。

 でも、なぜか街の片隅で暖簾を掲げて、雑多な人々が思い思いにラーメンを食べに来る、そんな原風景を想うような。

 そんな温もり、暖かさを、来々軒のラーメンは感じさせてくれる。

 そう。

 れんげちゃんがいつも口にしているような『アイのあるラーメン』のように。

「鳴人さん。判って、下さるんですか?」

「ああ、はっきりとじゃ無いけど。でも、判るよ。来々軒で働いてるんだから」

 来々軒の、親父の茹でる麺は。

 れんげちゃんの茹でる麺に、決して引けを取ってなんかいない。

 親父のラーメンは、客に自信を持って出せる、来々軒のラーメンだよ。

「なる、ひと、さん…」

 れんげちゃんはスッと立ち上がった。

 そのまま、俺の胸に顔を付けて。

 彼女の、肩の力が抜ける。

 倒れないように、れんげちゃんは俺の腰に腕を回した。

「れんげちゃん…」

 俺も、彼女の背中に腕を回す。

 そっと、壊さないように。

 ずっと、離れて行かないように。

「やっと出会えました、わたしと同じ方を。来々軒のラーメンを、判って下さる方を」

「…そうだね。本当にラーメンが好きじゃないと、親父のラーメンの味は、判らないかも知れないね」

 そう、俺は結局、親父のラーメンが好きだったんだ。

 例えどんなに不味くても、あのラーメンには“アイ”があったんだ。

 俺が、どんなにれんげちゃんを疑っていても。

 それでも、彼女を失いたくないと思うこの気持ちのように。

「…でも」

「なに?」

 れんげちゃんは、少し体を離して、俺の顔を見上げた。

「わたし、実は疑ってたんですよ」

「なにを?」

「鳴人さんが、その、鳴人さんが…」

「俺が、なに?」

 彼女は、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「帳簿を操作して、来々軒を乗っ取るつもりじゃないかって」

 鳴人さん、麺だけで、そこまで分かっちゃうんですか。

 スゴイです、本当にスゴイですね。

 ええ、わたし、最初にお会いしてからも、この人、スゴイと思ってました。

 来々軒の、お父さんの味は、わたしにしか分からないと思ってましたから。


 それにしても、わたしが、麺の値段をごまかして着服してるって…

 どこから、そんな発想になるんですか?

 もう、可笑しくって可笑しくって…


 い、いや、君だって、俺が来々軒を乗っ取ろうとしてるだなんて。

 どうしたって、普通は思いつかないぞ。


 わたしたち、俺たち、お互い、似てるんですね。

 

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