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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第10章 調べる鳴人、疑われる彼女、ラーメンの原価

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56 鳴人さんなら、きっと気がつくと思っていました

 いよいよ、対決。

 れんげちゃん、自分の罪を、自分で告白するんだね?

 違うのか…

 沈黙を破ったのは、彼女の方だった。

 目に、僅かに光が宿った。

「鳴人さん。いえ、五味 鳴人さん」

 俺の名前を、フルネームで呼んだ。

「来々軒を、このラーメンを、本当にアイしていますか?」

「…アイ?」

 彼女の言葉すら、無表情だ。

 大鍋の湯気が、彼女から全ての感情を流し去っているかのようだ。

「わたしは、わたしは、アイしていないかも、しれない」

 機械的にコボレタ言葉が、静まり返った店内に響いて消えていった。

 俺は、動けなかった。

 俺は、なにも言えなかった。

 …そうだ。あの時と、同じだ。

 以前に、試食した時に、彼女が俺の感想を聞いた時と同じだ。

「これは、来々軒のラーメンじゃない」

 そう、俺が答えた時に。

 彼女は、なぜか泣き出したんだ。

「アイのあるラーメン…」

 そう、彼女はあの時、そう言ったんだ。

 そう言って、自分にはそんなラーメンが作れないと知って、泣き出したんだ。

 じゃあ。

 俺は、アイしているだろうか。

 来々軒のラーメンを、アイしているだろうか。

 俺に「アイのあるラーメン」が、作れるだろうか。

 そして俺は、れんげちゃんを、アイしているだろうか…


 ダイジョウブ ダイジョウブダヨ!


 来々軒の暖かさが、温もりが、俺の奥底から沸き上がってきて、俺を包み込んだ。

 大学を留年して以来、俺はこの店にずっと通い続けてきた。

 ただ、息をするだけの、ただ、何となく生きているだけの、あの頃から。

 マズいマズいと言いながら、あの安っぽいラーメンを啜っていたあの頃から。

 れんげちゃんと初めて出会って、誰だろうこの娘とか思いながら食べたラーメンが、急に美味しくなって。

 行列ができ始めて、親父が一生懸命に働くようになって。

 そして、親父さんが、れんげちゃんが、こんな俺に手を差し伸べてくれたんだ。

 この店が好きで、このラーメンが大好きで。

 だからこの店でバイトできるのが、俺はとても嬉しかった。

 自分の手で来々軒のラーメンを作り上げていくのが、楽しくて仕方がない。

 俺は、だからきっと、この店をアイしていて。

 だから、大丈夫なんだ。

 毎日のように食べていたラーメンの温もりが、俺を氷解(とか)してくれた。

 あの温もりが、あのラーメンの温もりが、きっと彼女も氷解(とか)してくれる。

 きっと。

 俺は足を踏み出した。

 ハッと、顔を上げたれんげちゃんの側まで、歩いていった。

 椅子に座る彼女の前で、立ち止まる。

 彼女が、目の前から消えようとしても、抱きとめられるように。

 そんな事に意味なんて無いけど。

 でも、そうしたかったんだ。

 そうしないと、彼女が本当に消えてしまいそうな気がして…

「…れんげちゃん。俺、帳簿を付けていて、おかしな事に気付いたんだ」

「…麺、ですね?」

 彼女の顔に、表情が戻った。

 無表情の仮面を、取り去ったかのように。

 それは、半ば承知していたようでもあり、いずれはこうなると判っていたかのようでもあった。

「鳴人さんなら、きっと気がつくと思っていました。他のお客様は、私が勤め始めるまでの来々軒を知らないけど、鳴人さんが本当に来々軒をアイしているなら」

「…そうだね。いや、多分俺は、気づきたくなかったのかもしれないけど」

 れんげちゃんは、軽く首を振った。

「いえ、ラーメンを作るということは、人と正面から向き合うという事です。逃げていては美味しいラーメンは作れませんから」

「…君は、逃げていたの?」

 れんげちゃんは、肩を僅かに震わせて、こっくりと頷いた。

「…わたし、わたし、本当は、来々軒のラーメンを、アイしていないかも知れないんです。わたしの全てを捧げても、アイのあるラーメン、作れないかもしれない…」

 鳴人さん、あなたならきっと、分かってくださると、信じていました。

 来々軒のラーメンと真っすぐに向き合ってきた、あなたなら。

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