55 こんな顔をする彼女は知らない
真犯人を見つけた、鳴人君。
証拠は、目の前にあったんだ!
悶々としていますが、それでも真実を明かさなければならない。
探偵ものによくある、犯人を公表する前の、あの葛藤ですね。
アパートの前が、ぼんやりと明るかった。
来々軒に、明かりが灯っているのだ。
もちろん店の方は閉めているが、裏口からも光が漏れている。
カギは、かかっていない。
「誰かいるの…?」
中に入ると、調理場でポツンと、れんげちゃんが座っていた。
麺を茹でる大鍋から、湯気が静かに立ち込めている。
まだ沸かし始めて間がないようだ。
「なるひと、さん…」
顔を上げた彼女は、どことなく寂しそうだった。
光を失った月のように、その輪郭だけが浮かび上がっていた。
ズキリと、胸が痛んだ。
笑顔のれんげちゃんも。
泣いているれんげちゃんも。
俺はどっちも知っているが、こんな顔をする彼女は知らない。
「どうしたの? こんな遅くに…」
店の時計は、もう十一時を廻っている。
かなり早起きして店の準備を始める彼女にとっては、もう眠っていて良い時間だ。
俺にしても、帳簿のチェックで頭が冴えていなければ眠っていたし、寝られないからラーメン食べに出かけたりしたのだ。
「鳴人さんこそ…」
「いや、俺は、なんかラーメンが無性に食べたくなって…」
そして、ようやく答えが見つかったんだ。
とは、言い出せなかった。
れんげちゃん、なんか、人の気配がしないんだ。
手を伸ばしても、届かないような。
彼女の前に置かれている大鍋の、その立ちのぼる静かな湯気のような。
そんな、感じだった。
ハハ、俺、なに言ってるんだろう…
「ラーメン、食べたかったんですか?」
「ああ、でも、もう遅いし。前のバイト先で見つけた店、遅くまでやってたから…」
「起こして下されば良かったのに」
れんげちゃんは、静かにそう言った。
彼女からは、生気も表情も消えていた。
まるで、人形のようだ。
「そんな、悪いよ…」
俺は、立ちすくんだまま、そう答えた。
決定的な証拠も、なにも無かった。
俺は、今にも消え入りそうな彼女を、失いたくなかった。
理屈じゃなくって、感覚的なことだった。
彼女は、自分が調査されている事に気付いている。
そして、そのことが言葉によって形にされた時に、もうここに居場所が無くなる事に気付いている。
ああ、そうだ、そうだよ。
死ぬ前の、臨終を迎えた人の気配だ。
俺の曾祖父が亡くなる時に立ち会った時の、あの静かに、眠るようにこの世界から存在が失われる時の、あの感覚だ。
そして、そのカギは俺が握っていて、俺の一言で、彼女はいなくなる。
俺の前から、永久に。
「…れんげ、ちゃん」
イヤダ
イイタクナイ
キミヲ ウシナイタクナイ
キミヲ ウシナイタクナインダ…
だけど、俺、こういうモヤモヤした気持ちのままで、ずっと過ごせるほど強くなくて。
不正な事を、してはいけない事を、みんなの努力に泥を塗るような卑劣な事を、許してはおけなくて。
ドッチモ クルシクテ
トッテモ クルシクテ…
「鳴人さん…」
れんげちゃんは、そんな俺を、無表情のまま見つめていた。
俺も、一歩も動けないまま、心を苦しめたまま、れんげちゃんを見つめていた。
最近読んだ「スマホ的な小説」から着想を得て、原稿を修正していたりします。
昔に書いた原稿を手直しして投稿しているのですが、こういう部分に自分の進歩を加えていくのは、感慨深いものがあります。
まあ、ただの自己満足にすぎないのですが。
読者にとっては、そんなものはどうでもよろしい。
読んで、面白い、ツマラナイ、それで判断なされれば、それで構わないのです。
創作って、読書って、そういうもんです。




