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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第10章 調べる鳴人、疑われる彼女、ラーメンの原価

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55 こんな顔をする彼女は知らない

 真犯人を見つけた、鳴人君。

 証拠は、目の前にあったんだ!


 悶々としていますが、それでも真実を明かさなければならない。

 探偵ものによくある、犯人を公表する前の、あの葛藤ですね。

 アパートの前が、ぼんやりと明るかった。

 来々軒に、明かりが灯っているのだ。

 もちろん店の方は閉めているが、裏口からも光が漏れている。

 カギは、かかっていない。

「誰かいるの…?」

 中に入ると、調理場でポツンと、れんげちゃんが座っていた。

 麺を茹でる大鍋から、湯気が静かに立ち込めている。

 まだ沸かし始めて間がないようだ。

「なるひと、さん…」

 顔を上げた彼女は、どことなく寂しそうだった。

 光を失った月のように、その輪郭だけが浮かび上がっていた。

 ズキリと、胸が痛んだ。

 笑顔のれんげちゃんも。

 泣いているれんげちゃんも。

 俺はどっちも知っているが、こんな顔をする彼女は知らない。

「どうしたの? こんな遅くに…」

 店の時計は、もう十一時を廻っている。

 かなり早起きして店の準備を始める彼女にとっては、もう眠っていて良い時間だ。

 俺にしても、帳簿のチェックで頭が冴えていなければ眠っていたし、寝られないからラーメン食べに出かけたりしたのだ。

「鳴人さんこそ…」

「いや、俺は、なんかラーメンが無性に食べたくなって…」

 そして、ようやく答えが見つかったんだ。

 とは、言い出せなかった。

 れんげちゃん、なんか、人の気配がしないんだ。

 手を伸ばしても、届かないような。

 彼女の前に置かれている大鍋の、その立ちのぼる静かな湯気のような。

 そんな、感じだった。

 ハハ、俺、なに言ってるんだろう…

「ラーメン、食べたかったんですか?」

「ああ、でも、もう遅いし。前のバイト先で見つけた店、遅くまでやってたから…」

「起こして下されば良かったのに」

 れんげちゃんは、静かにそう言った。

 彼女からは、生気も表情も消えていた。

 まるで、人形のようだ。

「そんな、悪いよ…」

 俺は、立ちすくんだまま、そう答えた。

 決定的な証拠も、なにも無かった。

 俺は、今にも消え入りそうな彼女を、失いたくなかった。

 理屈じゃなくって、感覚的なことだった。

 彼女は、自分が調査されている事に気付いている。

 そして、そのことが言葉によって形にされた時に、もうここに居場所が無くなる事に気付いている。

 ああ、そうだ、そうだよ。

 死ぬ前の、臨終を迎えた人の気配だ。

 俺の曾祖父が亡くなる時に立ち会った時の、あの静かに、眠るようにこの世界から存在が失われる時の、あの感覚だ。

 そして、そのカギは俺が握っていて、俺の一言で、彼女はいなくなる。

 俺の前から、永久に。

「…れんげ、ちゃん」


 イヤダ

 イイタクナイ

 キミヲ ウシナイタクナイ

 キミヲ ウシナイタクナインダ…


 だけど、俺、こういうモヤモヤした気持ちのままで、ずっと過ごせるほど強くなくて。

 不正な事を、してはいけない事を、みんなの努力に泥を塗るような卑劣な事を、許してはおけなくて。


 ドッチモ クルシクテ

 トッテモ クルシクテ…


「鳴人さん…」

 れんげちゃんは、そんな俺を、無表情のまま見つめていた。

 俺も、一歩も動けないまま、心を苦しめたまま、れんげちゃんを見つめていた。

 最近読んだ「スマホ的な小説」から着想を得て、原稿を修正していたりします。

 昔に書いた原稿を手直しして投稿しているのですが、こういう部分に自分の進歩を加えていくのは、感慨深いものがあります。

 まあ、ただの自己満足にすぎないのですが。

 読者にとっては、そんなものはどうでもよろしい。

 読んで、面白い、ツマラナイ、それで判断なされれば、それで構わないのです。

 創作って、読書って、そういうもんです。

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