53 トントン
寒い戸外で冷え切った身体に染み渡る、脂がたっぷり乗ったラーメン。
うん、まさに「寒さも御馳走」ですね。
人間の生存本能にでも、訴えかけてるんでしょうね。
自分で書いていて言うのもなんですが、無性にラーメンを、それもこってりしたヤツを食べたくなってきました。
十二月も下旬に入り、寒さが一層堪える。
そんな中を、スクーター乗り回して街の中心部に向かう俺は、若いというか、バカというか。
まあ、この寒さを我慢してラーメンを食べにいくのが本当の通というものである。
俗な言い方をすれば「寒さも御馳走」なのだ。
来々軒で行列を作っている客たちも、案外そういう雰囲気を楽しんでいるのかもしれない。
俺も、そんな客の気分に浸りながら、繁華街の交差点を駆け抜ける。
目指すはラーメン専門の店「トントン」である。
以前に警備員の夜勤のバイト帰りに立ち寄った、近辺では評判の良いラーメン屋だ。
通勤帰りや酔客が目当ての店なので、夜遅くまで営業している店で、客の入りもまあまあである。
白く曇った、ガラス窓の玄関を開けた。
むわっとした湯気が、俺の体を包み込んで外の冷気を払い落し始める。
「いらっしゃいませえぇえ!」
「いらっしゃいませえぇえ!」
脂っこくて威勢の良い店主と、バイトのお兄ちゃんが二人ばかり。特徴のある掛け声で出迎えてくれる。
うん、俺の掛け声といい勝負だよな。
などと思いながら、注文をボソッとした声で呟き、開いているカウンターに腰掛ける。
「味噌ラーメン一つ!」
「はいぃい、味噌ラーメン一つ!」
俺の低い小さい声を増幅させるかのように、バイトと店主は声を掛け合う。
この、必要最低限しか係わらない、ラーメンは味で勝負するんだという雰囲気、姿勢は、俺としてはキライじゃない。
だから、俺自身、あえて最低限の事しか言わないし、最低限の事しかやらない。
だが、れんげちゃんと出会ってからは、従業員の立場から物を考えるようになってきた。
だから、おしぼりもお冷やも出てこないで、横に座るサラリーマン風のお客の食べっぷりを見てみぬ振りをしながら漠然とラーメンが出来るのを待っているのは、ちょっと物足りなさを感じるのである。
といっても、店内に置いてある古びた週刊誌や新聞を手に取るほどの雰囲気ではない。
そういう、くつろがせるような感じの店ではないのである。
それが、ほどほどに客の入る店の条件というか、まあ、とにかくそういうものであろう。
こういう雰囲気にあった仕方でラーメンを食するには、それなりの習練が必要であり…
「へい」
カウンターにゴトッと置かれたラーメンを、腰を浮かせて受取る。
ここに座る以上、給仕して貰えるなどというサービスを期待してはいけない。
小上がりやテーブル席ではないのだ。だから、俺は無言で受け取るし、店側もなんにも言わない。
そう、その通りなのだが。
れんげちゃんは、カウンターだろうが小上がりだろうが甲斐甲斐しく給仕してくれるし、最高の笑顔で「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ」と言ってくれる。
例えて言えば、味で勝負であり、店と客が命懸けで闘うラーメン屋という戦場の中にあって、敵味方なく救護し、命を助けていく無垢な天使のような、そんな純真さを感じさせる…
い、いかん。
俺はラーメンを食いにきたんだ。
れんげちゃんに会いにきたんじゃない。
彼女には明日も明後日も、いつでも会えるじゃないか。
気を取り直して、俺はラーメンに取りかかる。
ここのラーメンは、トンコツスープが特徴である。
醤油だろうが味噌だろうが、とにかくトンコツスープである。
一昼夜、煮詰めに煮詰めたトンコツスープだけあって、油が強いのが特徴だ。
塩ラーメンは置いてなくて、代わりにそのまんまの「トンコツ」が、自信タップリにメニューの最前列を飾っている。
いや。
不味くはない。
この近辺では、一番美味いラーメン屋だと思う。
満月のように浮かぶ、半分に切った味付け卵も美味しいし。
青葉のついた細菜も、ちょっと辛くていいアクセントだ。(カイワレダイコンだろうか?)
チャーシュー、というよりはハムに近い感触の薄切りの肉は、ダシをとったあと、店で独自に下味を付けているのだろう。これはこれで、結構食べられる。
来々軒の具材のシンプルさとちがって、工夫を凝らそうとしている情熱を感じる。
決して不味くはない。いや、美味しい。
ただ、来々軒の具材は、それを単品で出してもそのまま美食に堪えうるレベルであり、しかも具材同士、麺やスープとの相性も抜群である。シンプルな定番だけに、歴史の伝統という強い味方がついているのだ。
ついでに言ってしまうと、このトンコツスープこそ、この店「トントン」の売りであるはずなのだが。
なのに、油っぽい。油っぽすぎる。
豚の骨というエキスを、丁寧にアク抜きしながら、絞りに絞りだすのがトンコツスープの真骨頂ではないのか。
その味わいを、恐らく後から加えているラードのクドサと質でダメにしている。
トンコツの味わいをあえて油で包み込んで、他の味を遮断しているのだ。
調味スープにしても、トンコツとの相性を考えないで、ただの味噌ダレを使っている。
情熱は感じるものの、ラーメンとしての完成度はマダマダなのだ。
まあ、お酒を飲んだ後の、味覚の鈍った、とにかく濃い口の油っぽいラーメンを食べたいと思う酔っぱらい客相手なら、これ位クドい味付けが必要なのだろうけど。
親父が以前言っていた「ラーメン屋のプライド」の正反対なのだろう。
もっとも、酔客が自分の足で好みのラーメン屋の味を探せと言うには無理があるから、商売で店を開く以上、その好みに合わせた味付けをするのは当たり前だが。
俺自身、夜勤で寒空の中、立ちっぱなしの仕事を長時間こなした後の、ここのラーメンは美味いと感じたし、その感覚はよく覚えている。
ただ、今の俺は、来々軒のラーメンに出会ってしまった以上、どうしても比較してしまうのも事実である。
具材も、スープも、比較にはならないだろう。
値段も、接客も、来々軒の圧倒的勝利だ。
しいて言えば、そう、麺、かな。
「トントン」の麺は、太いちぢれ麺で、鹹水を加えない白い色が特徴だ。
来々軒のスタンダートながらも最高級品質の麺に、互角に対抗出来ている…
「ああっ!!」
不謹慎にも、俺は店内で大声を上げてしまった。
何事かと、店主や客たちから睨まれたが。
もうそんな事、構っていられない
半分以上残したラーメンの脇に千円札を張りつけて、釣りも貰わずに店を飛び出した。
あ、コイツ、同業者だな。
なんて、ラーメン屋さん同士は分かったりするんでしょうかね?
視線とか、態度とか、食べ方なんかで。
これ、なんかネタになりそうだな…




