表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第9章 手伝う彼女、教える鳴人、来々軒の帳簿

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/100

47 でも、止められなかった

 あぁ、ようやく終わったぜ。

 親父め、こういう帳簿仕事はサボらないで、その都度やっておけよなぁ。

 まあ、手書きだと本当に面倒臭いんで、パソコンで入力しちゃえばいいんだけど。

 親父、どう見てもパソコンいじれなさそうだしなぁ。

 俺に頼んで、正解なのか。

「よし、終わりっと。後は決算して、印刷して…」

「わあ、もう終わったんですか?」

 れんげちゃん、びっくりした顔で俺を見ている。

「いや、結構時間が掛かった方だよ。パソコンのセッティングとか、初期入力とか、色々あったしね」

 そういえば、まだ彼女、去年の分の伝票のスクラップ、終わっていないようだ。

「残りの伝票整理は、まとめて俺がやっとくよ。決算書の印刷も、結構掛かりそうだし」

 プリンターやパソコン本体がしきりにカチャカチャいっているが、一向に印刷を始めようとはしない。

 あまりに旧式のプリンターで、しかもバッハメモリが不足して、いちいちパソコン本体のハードディスクにお伺いを立てている始末だ。

 まったく、中古品だから文句の持っていきようがないな。

 今年分のスクラップノートを取り出して、伝票の山をドンドン張っていく。

「え?え?」

「…ん?なに?」

 れんげちゃん、目を丸くして俺を見ている。

「あの、伝票、きちんと分けて、その、タイトルつけて…」

「ああ、俺はだいたい分かるからいいんだ。日付も、毎日とか毎週とか決まってるから、一々分けるの面倒だし」

「で、でも、わたしの時は…」

 俺は頭も上げずに答えた。

「そりゃ、初心者なんだから、当然だよ…」

 作業を続けているうちに、なんか様子が、雰囲気がおかしい事に気付いた。

 ふと、顔を上げると。

 れんげちゃん、なぜか泣いているんだ。

 目に、大粒の涙を一杯に浮かべて。

 それを、拭いもせずに。

 涙が、ぽろり、ぽろりとこぼれて、頬を伝って流れ落ちていく。

「どどど、どうしたの?」

 なんだ?

 俺、なんか、気に障る事、言った??

「だって、わたし、鳴人さんの、鳴人さんの…」

 声も上げずに、でも、しゃくりあげている。

 まるで、イタミを堪えきれなくなった子供みたいだ。

「ちょ、ちょっと待ってよ…」

 思わず、俺はれんげちゃんの両肩に手をおいた。

「どうして泣くんだ?俺、なにか君の気にいらない事言ったか?!」

 口調がキツクなってるのが、自分でも判る。

 判るけど。

 れんげちゃんを、相手にしてるんだけど。

 でも、止められなかった。

 止めなかった。

 明らかに、彼女、理不尽だったから。

 俺の理解の範疇を、それも常識的な理解の範疇を、超えていたから。

 れんげちゃんは、ビクリと肩を震わせた。

 その振動が、イタミが、俺の手を通して、俺のココロに伝わってくる。

 でも、なにを考えているのかは、さっぱり判らなかった。

「黙っていても判らないよ」

「…だって、わたし、鳴人さんの…」

「俺の、なに?」

「…」

 黙ったまま、肩を震わせて、細い瞳を精一杯見開いて、白い頬に伝わり落ちる涙。

 ただ、それだけで、なにかを伝えようとしているのか?

 言いたい事我慢して、ずっとそうしているのか?

 俺は、言いたい事我慢できなくて、それで色々諍いを起こして、世の中嫌になった事沢山あるけど。

 でも、本当は、そういうの嫌で。

 来々軒の仲間、だから。

 俺にとって、初めて見つけた、俺を受け入れてくれる大切な人だから。

 そしてれんげちゃんは。

 俺にとって、親父と共に、初めて本音でぶつかり合えた、人だから。

 俺にとって、本当に大切な人だから…

「れんげちゃんッ!」

「…わたし、鳴人さんの、鳴人さんの足手まといだからッ!」

 感極まったように、うわっと泣き出すと。

 俺の胸に飛び込んできた。

 必死で、彼女が怪我をしないように、俺は自分の体をクッションがわりにして倒れた。

「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ…」

 まるで子供のように泣きじゃくる。

 その細い腕が、俺の体に巻きついて、顔を起こすのを力一杯拒否している。

 泣き顔を、見られたくないらしい。

「な、な、な、なに言ってんだ…足手まといは、俺の方じゃないか…」

「チガウ、違うもん…」

 俺の胸に顔を押しつけながら、不器用に首を降る。

 参ったなあ…

 俺は、小さい子をあやすように、彼女の背中をさすってやる。

 もう一方の手で、その小さな頭を優しく撫でながら、言った。

「違ってなんかないよ。俺は、君に救われたんだ。

 あの、ただ息をしているだけの人生を、君と君の情熱に救って貰ったんだ。

 親父も…親父さんも、多分そうさ。

 ただ日がな一日、人目を避けるようにして、息をひそめていただけの親父が。

 今は、いっぱしのラーメン屋の亭主じゃないか」

 れんげちゃんは、恥ずかしそうに、それでも顔を上げた。

「違う…違います…わたし、そんな…」

「だから、こんな事務仕事くらい、俺にとってはなんでもないんだ。

 俺も、もう来々軒の一員なんだ。

 だから、俺に出来ることは俺がやるよ。

 そして、君には君の出来ることがたくさんあるはずだよ。

 覚えてるだろ?俺が、初めて来々軒で働き始めた頃のこと。そんな昔の事じゃないし」

 れんげちゃん、ようやく微笑み始めた。

「よく覚えてます…それが、今日の、わたし…?」

 俺はなにも言わず、ただ笑って返した。

「…そうですね。ゴメンナサイ、取り乱しちゃって。そうですよね、鳴人さん、あの時、わたしみたいに泣いたりしなかったのに…」

「ハハ、確かにね。実は、その代わりに…」

「…なんです?」

「もうこんな仕事ヤメテやるって思ってた」

「…」

 れんげちゃん、目をパチクリさせると。

「プハハハッ!」

 急に笑い出した。

「ハハハッ、おかしいだろ? あれだけ威勢のいい啖呵切った男がサ。

 だから、れんげちゃん、別にこんな仕事が出来なくたって、泣かなくてもいいんだよ。誰にも言わないから、安心していいよ。その代わり…」

「フフフ、ハイッ。わたしも、鳴人さんの初日の事は、内緒にしておきますね」

「そういう事。二人だけの秘密にしておこう」

「ハイッ!…あっ、ご、ゴメンナサイッ!重かったでしょう?」

 慌ててれんげちゃん、俺の体の上からどいてくれた。

「い、いや、大丈夫。れんげちゃん、軽いんだね」

 …とても、気持ちよかったなんて、本人の前では言えない。

「ほんとにゴメンナサイ。あの、本当に、大丈夫ですか?」

 涙を拭いながら、でも俺の事を気づかってくれる。

「ああ、全然平気だよ」

「そうじゃなくて、あの、お顔、真っ赤ですけど…」

 …れんげちゃん。そりゃあ、しょうがないってものだと思うけど。

 でも、彼女、そういう事、ぜんぜん気にも止めてなさそうだった。

 れんげちゃん、メンタルが変だろう。

 そこ、泣くところかぁ?


 いや、変じゃないよな。

 俺も、仕事の初日は、マジで泣きたくなったもんなぁ。

 本音を、本気をぶちまけられた相手に、俺も本気で、本音をぶちまけるしか、ないよなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ