44 そういえば、なんていうんだっけ
お掃除なんて、頼んでない、とは、言えない鳴人君。
大丈夫だよな。やましいものなんか、隠してないよな?
大丈夫、俺、ここしばらく、それどころじゃなかったからな。
大丈夫、大丈夫…
「わたし、代わりにお部屋のお掃除しますね!」
「えっ?」
「大丈夫です。わたし、こういうの、得意なんです。任せて下さいッ!」
しばらく伝票とにらめっこしていたと思ったら、彼女、スックと立ち上がってそんなこと言い始めた。
どうやら自分には、伝票整理はとても無理だと思い至ったらしい。
この辺の、頭の切り替えの速さと。
だからといって、手を抜いてサボッタりしないのが、彼女のいい所だけど。
でも、ここは俺の部屋、なんですけど…
「いや、れんげちゃん…」
「いえ、お仕事の邪魔は、しません。大丈夫ですよ」
「…は、はい」
なんか自信満々なれんげちゃん。
まあ、実績あるし。
でも、そんな彼女の勢いに押し出されてしまう俺って…
…まあ、いいか。
そんな思いで、会計ソフトのインストールを始める。
OSの再構築に、思いの外手間取ったし。
さすがに三世代前だと、フロッピー八枚組とかが当たり前の時代だしなあ…
パソコンをガチャガチャいわせながら、ぼおっとれんげちゃんの働き振りに見とれる。
それこそ、さすがにれんげちゃんである。
俺の邪魔をしないように、静かで滑らかな動きではあるのだが、部屋の中がみるみる綺麗になっていく。
大きなゴミ袋があっという間に一杯になり、玄関脇に置かれる。
台所にため込んだ食器類がみるみる減って行き、ズラッと棚に並べ直される。
脱ぎ散らかした服が手早く畳まれて、タンスの中に入れられていく。
洗った方がよいものは、別の袋に詰め込まれ、コインランドリー行きを待つばかりにされる。
速い。
異様に、速い。
まさに“来々軒の…”じゃなかった、れんげちゃんの職人芸である。
ほんと、いい嫁さんになれるよ。
誰の?
俺の?
クク、クククク…
なんて、笑ってる場合ではない。
俺も、仕事しないと。
手間を掛けただけあって、会計ソフトは一発でインストールされた。
基本情報をさっさと打ち込む。
「えー、店主の名前、と…」
そういえば、なんていうんだっけ。
まさか“親父”なんて書けないし。
「れんげちゃん、親父さんの名前、なんて言ったっけ?」
「えっ?塩見、ですけど」
窓を丁寧に拭いてくれながら、彼女はそう答えた。
「ふうん、下の名前は…あれっ?」
塩見?
彰油じゃ、ないの??
だって、れんげちゃんのお父さん、でしょ?
「綿造、です。塩見 綿造。実家が、大きな綿農家で…どうかしました?」
「…いや、いい、なんでもないんだ」
そうか、親父さん、奥さんと別れたって言ってたもんな。
奥さんが旧姓に戻した時に、れんげちゃんも一緒に「彰油」になったんだろう。
…いや、待てよ。奥さん、お客の一人と浮気したとか言ってたから、ソイツの名前を継いでいるのかも知れないしな。
下手な事は聞けないよ。
でも、気になるよ、なあ…
フロッピー8枚組を順番に挿入して、OSをインストール。
ナニソレ?な世界ですよね。
昔は、それが当たり前だったんです。
親父の名前を知らない鳴人君。
鳴人君、言ってなかったっけ?
鳴人さん、ご存じだとばかり…
お前なぁ。それはさすがにマズいだろう。
え、いや、親父さん、そういう気が回る性格じゃないでしょ?
気が回らないのは、お前もダロ?




