38 なにか分からないけど、ちょっと違う
別に同情とかじゃないけど、まあ、恩の一つでも売っておいてやるか。
あ、却って藪蛇だったか。ま、どうでもイイや。
「あ、いや、そういう話じゃなくて、ですねえ…」
配達の兄ちゃん、慌てふためいている。
まあここは、話を合わせて恩を売っといてやるか。
「いやゴメンれんげちゃん、伝票と数量が合わなくってさ」
「ええ?イーグルさんでもそんな事あるんですか?」
うわぁ、厳しい突っ込み。
「い、いえ、確認しましたから間違いないです。い、今降ろしますからっ!」
大慌てで配達の兄ちゃん、車に向かって走り出す。
かえってフォローにならなかったかも知れない。
ちょっと悪い事したかな。
「スミマセンッ!」
肩に担いで持ってきたのは、塩の詰まった30キロの紙袋だ。
てっきり小梨村特産の“ヒゲネギ”の方かと思ってたのに。
「あと、水の方も降ろしますので」
「はい、お願いします」
そう言いながら、れんげちゃん、手に持っていたカッターで紙袋の上を切り始める。
という事は、すでにこういう紙袋が来るって判ってたんだ。さすがだね。
でも、こんな所で開封しなくても。
れんげちゃんは、そのまま手を袋の中に突っ込み、掴み上げて袋に戻した。
二、三度同じような仕草を繰り返すと、指先を湿らせて嘗めてみる。
「ナベさん、ごめんなさい。これ返品お願いします」
大きなポリタンクを二つ、えっちらおっちらと抱えて車から出てきた配達員に声を掛ける。
「ええっ? 返品、二回目ですか…」
「すいません。今、先方に手紙を書きます。イーグルさんには面倒を掛けないようにしますので…」
「それは別に、うちの会社は迷惑だなんて思ってませんが…」
“ナベさん”と親しげに呼ばれた配達員も、ちょっと困った顔だ。
「いえ、配達の不手際で湿気が入ったからだなんて誤解されると、お困りでしょうから。責任も配達料もこちらで持ちますので」
れんげちゃん、笑顔だし、声も柔らかいんだけど、なんか厳しさがある。
さっと引っ込むと、手紙を書き始めたようだ。
配達の兄ちゃんも、返品用の伝票を書き始めた。
じゃあ、俺は下ごしらえの仕事に戻るか…
と思ったら、れんげちゃん、俺を呼び止めた。
「鳴人さん、いつも使ってる“塩袋”持ってきて下さい」
今、返品するのと同じ、店で使っている袋の事だ。
なにするんだろう?
まさか、混ぜるとか?
不思議に思いながら、俺は半分以上無くなっている塩の袋を持って裏口に急いだ。
親父が、横目で面白そうに見ているのを、気にしながら。
れんげちゃんは手紙を書き終えたようだ。
配達員も心得ているみたいで、返品伝票と、切られた封を塞ぐ専用のテープを持って来ている。
テープには“開封済”と印刷されており、配達員が自分で立ち会う必要もあるらしい。
「鳴人さん、まずお店で使っていた塩の感触を掴んで下さい」
言われた通りに手を突っ込み、塩を握っては流してみる。
別に、普通の感触だ。
試しに嘗めてみたら、やっぱり旨い。
芳醇な海の香りそのものを結晶化したような、美味しい天日干しの海水塩だ。
「いいですか?じゃあ、今日届いた塩も、同じように感触を確かめてみて下さい」
「あ、ああ?」
触ってみると、確かに、微妙だが、感触が違う。
店に置いてあるのは、サラサラしていて手につかない感じだが、こっちはすこしベトベトしているようだ。
湿っているわけではないのだが、手の湿気を吸い取って引っかかる感じだろうか。
嘗めてみると、ちょっと風味が違う気がする。
ちょっと分からない位の差、だが。
もう一度、店のと嘗め比べてみた。
確かに、少し違う。
配達された方は、ちょっと雑味があるというか、薄められているような感じだというか。
なにか分からないけど、ちょっと違う。
「れんげちゃん?」
「分かります?」
彼女の細い瞳が、俺を試しているような笑みをにじませている。
「違いは分かるけど、それが何かは判らないよ」
正直に、そう答えるしか無かった。
「それだけ分かれば充分ですよ。多分、海水を天日に干している最中にスコールにでもあったんでしょうね。混ざっているのは“雨”の味です。そして、塩の結晶化に影響もあったんでしょうね」
「へええ…」
「ここのお塩が、ラーメンを茹でるには一番いいと思うんですけど。うちはまだ取引が少ないから、たまにこういうのを混ぜてくるんでしょうね。
大丈夫ですよ。こっちが“本当の塩の味”が分かることを見せておけば、きちんとしたものを送ってきますから」
…なるほど。こりゃあ、生半可な知識を振りかざしてた配達員にダメ出しするわけだよ。
「この感触と味、覚えておいて下さい。いつかきっと、鳴人さんが進歩する助けになりますから」
「うん、分かった」
全く、俺もウカウカしていられないなあ。
「れんげちゃん、相変わらず厳しいねえ。でも、俺、そういう所がタマラナク好きなんだよなあ」
配達員、なにをとち狂ったか、塩の袋を封印しながらさりげなくヘンな事を言い出す。
なにが「タマラナク好き」だ。口だけならいくらでも言えるぞ。
「アハハ、わたしなんかよりお客様の方がもっと敏感ですよ。お塩の味って、麺の旨味に正確に伝わりますし、マスターを困らせるような事は出来ませんから」
れんげちゃん、あっさりかわして、さっき書いた手紙を手渡す。
配達員は、それを袋に張りつけ、上から返品伝票を張りつけた。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「あ、あのさあ、れんげちゃん、なんで店主の事をマスターって呼ぶの?」
配達員、とち狂ったついでに、妙な事まで聞こうとする。
い、いや、でもそれは、俺も聞きたいぞ。
「あれ?変、ですか?」
い、いや、そんなキョトンとするほど変じゃ無いけど。
「いやでもさ、自分の父親を、そんな風に呼ぶのは…」
だ、だからまだ、親父さんはれんげちゃんの父親と決まった訳では…
あ、そうか。誘導尋問ってヤツか。
「そうですかぁ?だって、お店で“お父さん”なんて呼べないし。鳴人さんみたいに“親父さん”って呼ぶのって、女のわたしじゃちょっとカッコワルイかなって…」
配達員の兄ちゃん、俺の顔をチラッと見た。
一瞬、勝ち誇ったような顔をする。
だから、俺は別に、親父さんがれんげちゃんの父親だなんて、そんな事知らなかったんだって。
そういう「将を射んとすれば、まず馬を…」だなんてつもりじゃ無くって。
だいたい、なんでそんな事で勝ち誇られなきゃならないんだよ。
だいたい…
そうか、俺、親父に気に入られたって事は“第一段階クリア”ってわけか。
そっか、そうだよな。
ふふ、ふふふふ…
「そっか、そうだよな。ハハ、ハハハハ…」
「そうですよ。ヤダ、ナベさんったら変な事聞いて。フフ、フフフフ…」
なんか、ラーメン屋の裏口で、三人そろって笑っている光景は、かなり変である。
そう気付いた配達員、塩の袋を楽々と担ぎ上げ。
「じゃ、お預かりします。ドーモ!」
威勢よく叫んで、頭を下げた。
「よろしくお願いしますッ!」
俺も、威勢よく叫び返してやる。
…そう、所詮アンタは配達員で、親父に気に入られてるわけじゃない。
俺は配達員に、勝ち誇ったような笑みを返してやった。
麺を茹でる塩は、当然天然塩、しかもお取り寄せ品。
素材に、相当なコダワリを見せるれんげちゃん。
変なものを送ってきたら、即、返品です。
いや、返されても、困るんですけど?
こちらも困ります。捨てるにも捨てられませんよね?
送料は負担しますから、そちらで処分して下さい。
次は、キチンとしたものを送ってくださいね?
厳しいな、れんげちゃん…
当たり前ですよね?
分かってるんですよね?
ワザとなんですか?
い、いえ、なんでもないです…




