127 自信をつけて頂くためです
「失礼いたします。丼をお下げしても宜しいですか?」
「あ、ああ、いいですよ」
残った具材のボックスを下げる仕草は、さすがに滑らかで落ち着いている。
かなりスープの残っているドンブリも、ワゴンで運ぶ以上はこぼす心配などしなくても良さそうだ。やはり広い店内というのは、台車を使えるというメリットが大きい。
でも、普通はスープが残っている以上は、下げ膳に来たりはしない、んだけど。
まあ、人気店だから、座席の回転率を少しでも上げたいので、そういう風にマニュアル化されているという所か。
と。
「こちら、当店のサービスでございます」
彼女はそういって、ワゴンの下の方からデミダスのコーヒーカップを取り出してきた。
へぇ。そんなサービスまでしてくれるんだ。まさに至れり尽くせりだな。
「コーヒーをお飲みにならないお客様には、お茶もご用意してございますが…」
「いや、コーヒーでいいよ。れんげちゃんも、いいよね?」
前に彼女、自分の部屋で淹れたてのコーヒーをご馳走してくれた事があるから、構わないはずだ。彼女も、微かに頷いてくれた。
静々とポットからコーヒーを注ぎ、丁寧な挨拶を残して去っていったウエイトレスさんのふくよかな後ろ姿からなんとか目線を切って、れんげちゃんの方に向き直る。
れんげちゃんは、コーヒーは普通に飲んでくれている。やはり彼女はラーメンに関してだけは妥協しない性格なんだよな。
と、一口飲んでから、ため息をついて飲むのを止めてしまった。
「え? やっぱりサービスだから、美味しくない? 煮詰まってるとか?」
俺が飲んでみた感じでは、インスタントではない、ちゃんと沸かしたコーヒーなんだけど。
まあ、確かに少し濃い口で、ちょっとスパイシーな味はするけど、量が元々少ないので、そんなに気にはならない。というより、喫茶店じゃないんだから、そこまで文句は言えないよなぁ。
「鳴人さん、ラーメンを扱っているお店が、最後にこういう味のコーヒーを出す意味、お判りですか?」
「意味って、サービスなんじゃないの?」
普通に行われているわけじゃない、むしろ気が利いてると思うけど。
「…スープの味に、自信がないからです」
ああ、なるほどね。そう言われてみれば、ついさっきまでのラーメンの味、もう消えかかっているよ。
でも…
「考えすぎなんじゃないの? だって店としては、お客はどんどん来ているんだから、少しでも早く席を開けて欲しいはずなのに、わざわざこんなサービスしてくれるんだよ?」
「じゃあ、鳴人さんは、美味しいラーメンを食べたときに、スープや具を残したりしますか?」
「まあ、そこのラーメンの味次第…」
あ。
た、確かに。
見た目や雰囲気に呑まれて、あまり考えずにラーメンを食べていたけど。
俺、ラーメンのスープは残さずに飲み干す方なんだよなぁ。
言われてみると、残したスープの中には、食べかけの具も結構浮いてたし。
だから無意識の内に、下げ膳に来るのが早いなとは思ったんだけど。
コーヒーのサービスがあるからと、納得してはいたのだが。
「本当に美味しいラーメンなら、スープも残さず呑まれてしまいますから、コーヒーをお出しする必要はないですよね」
そりゃそうだ。胃の中が水っぽくなるからな。確かに、サービスとするならば口の中を冷たくさせるアイスクリームだろう。
スープの代わりに充足感を与えつつ、味の物足りなさを自然に消しているのがコーヒーというわけか。
「やはり、お客様の舌は、かなり正直なものですから。でも、こういう方法は、参考にはなりそうですね」
参考?
なんの?
「気づかれませんか? どこかのラーメン屋さんで、逆のパターンになっていたのを」
逆パターン?
スープも、具も無茶苦茶美味いのに、麺だけが大量に残されているパターンって事?
あ。
「れんげちゃん、そりゃないよぉ!」
思わず呻いた俺の事を、彼女はこの店に来てから初めて楽しそうに笑ってみせた。
全く、彼女、最初から図ってたな。
まあ、今の来々軒の夕方営業は俺が茹でているから、客足は鈍いんだけどさ。俺が成長していけば、客足は戻ってくるよ。
だから、こんなコーヒーでラーメンの味を誤魔化さなくったって大丈夫だよ、きっと。
第一、皇龍と来々軒では、ラーメンに対する考え方も規模も資本も従業員も違いすぎるんだし。元々、同じ土俵に立っているわけじゃない。まあ、こういうお店もあるんだなと感心していればいいだけの話なんだしさ。
「でも、麺は本物ですよね」
「ハハ、俺への当てつけ?」
可愛い顔して、キツイ事いうよなあ、れんげちゃん。
「ここに来たのは、皇龍のラーメンを食べるためにじゃないんです」
「は?」
「鳴人さんに来て頂いたのは、自信をつけて頂くためです」
「自信…って?」
なんの?
身支度を整えながら、れんげちゃんはお客に普段から見せているような、柔らかい微笑みで俺にウインクして見せた




