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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第18章 皇龍のラーメン、彼女の立場、麺打ちの修行 

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126 両手をテーブルの上に組んで、その上に小さなあごを乗せて

「えっ、いいの?」

 実は、替え玉を貰おうかどうしようか、迷っていたんだよね。麺があまりに美味しくて、ついついペース配分を考えずに具やスープより先に食べてしまったから。

 ボリューム的に少ないという事ではないんだけど、あの喉越しの良さの上に口当たりの良いさっぱりスープ、しかも舌を飽きさせない豊富な具材の数々とくれば、どうしても先に麺が片づいてしまうんだよな。

 いやしかし、れんげちゃんの哀しそうな様子も気になるしなぁ。

「あ、わたしの事はどうぞ気になさらずに」

 そんな事言われてもなぁ、れんげちゃんを待たせて一人だけラーメンというのもなぁ。

 などと思いつつも、結局、俺は彼女の分も食べ始めた。こんな美味しいラーメン、残すのは却ってもったいないし、彼女もかなり頑固な所があるから、一度食べないと言ったラーメンを無理に勧めて、かえって機嫌を損ねるのは嫌だし。

 二杯目は、キムチをたっぷり乗せて韓国風の激辛ラーメンに仕立ててみた。軽く茹でられたハクサイや中華ハム、鳥団子なんて具もあるので、ラーメンというよりはキムチ鍋のような様相になってきた。

 さすがにちょっとぬるくなってきたスープだけど、元々がそんなに脂っ気のあるわけじゃないから、それほど気にはならない。第一、キムチの辛味しか感じないし。

 汗をかきつつ、二杯目の麺も残さず平らげる。

「ああ、美味しかったぁ!」

 顔中から絞り出されるように出てくる大量の汗を、ちょっと下品におしぼりで拭う。おしぼりも、耐水紙の安っぽいものじゃなくて、布製のそれを衛生的なビニールでくるんだもので、サービスの充実ぶりを物語っている。

「やっぱり“美味しかった”ですか…?」

 何か、物問いたげな、でも、あまり聞きたくないような、そんな神妙な顔のれんげちゃん。

 いや、恐らく、なにかあってこの店を辞めざるを得なかった彼女にとっては、そこのラーメンが美味いというのは納得しがたい気持ちもあるのだろう。

 まあ、来々軒の、昔の親父が造っていたラーメンを美味しいを感じる位だから、彼女の味覚はそんなにあてに出来るものではないかもしれない。

 いやしかし、あんなに美味いスープを造る位なんだから、味覚音痴だなんて断じて言えないし。

 でも、俺もラーメンの事に関しては譲れない部分があるし。

 美味いものは、やはり美味いし、そういうものは素直に認めるべきだと思うし。

「うん、美味しかったよ。これだけのラーメンはそんなに簡単に食べられるものじゃないよ。確かに全国で有名になる店だけの事はあるね」

 素直に口にした俺の言葉は、彼女の固い瞳に跳ね返された。

 ま、デートの最中にこんなご機嫌を損ねるような事は言わないでおくべきなんだけど。

 でも、俺としてもどうしても譲れない部分というものはあるし、な。

「例えば、来々軒のラーメンよりも?」

「はは、それは無い、それは無いよ。比べ物にならない、というよりも、それは君の話の持っていき方が卑怯だよ」

 ちょっと強い口調だよなぁと思いつつも、きっぱりと否定して見せた俺に、れんげちゃんの瞳がわずかに和んだ。

「いや、別に身贔屓とかご機嫌取りとかで言っているんじゃないんだ。ほんとに来々軒のラーメンは滅多に食べられない全国区ラーメンだよ。比べちゃダメなんだよ」

「例えば?」

 両手をテーブルの上に組んで、その上に小さなあごを乗せて。

 小首をわずかに傾げて、上目づかいに俺を見つめるれんげちゃん。

 どうやら、少しは機嫌を直してくれたようだ。

「さっき、君が“こんなのはラーメンじゃない”って言っていたのは、その通りだと俺も思ったよ。つまり、皇龍のコンセプトはラーメンを食べさせるという形じゃなくて、お客を遊ばせる事にあるんだよ。

 こういう個室作りの客席は確かにスペースからいけば無駄が多いし、ウエイトレスもちょっと多いように思えるけど、丁寧なサービスを提示して、大きな建物ならではの解放感を演出する事で、お客に豪華さを印象づけているんだ。

 確かに値段は高めだけど、具材の食べ放題、しかも期間限定サービスとか、季節に応じて種類を代えてみせる奥行きの深さというアイデアといい、接客や建物のサービスレベルの高さといい、これならまた来たい、通いたいと思わせる上手いやり方だからね」

「じゃあ、鳴人さんは、別に“ラーメン”を食べに来たわけじゃないんですね?」

 微かに笑う、れんげちゃん。

「まあ、半分はその通りだよね。話のタネには来てみたいと思っていたから。というより、君が連れてきてくれたんでしょう?」

「ええ。でも、鳴人さんがラーメンを食べるつもりで店に入られたのかなっと思って」

 そりゃそうだよ。他に、どんな用事があって1時間もドライブして来る理由があるっていうの?

 でもまあ、食べてみて良く判った。確かにこれは、ラーメンとは言えない。

 でも、だから不味いと否定する気は全然無いけど。

「だから、来々軒のラーメンよりも美味しかったのかなって、思っちゃったんです」

 イタズラが見つかった子供のように、ちょろっと舌を出しておどけてみせる彼女。

「無い無い。それは全然無いよ。

 ここのスープは麺に合わせたあっさり系和風ダシだけど、単品で最後まで飲ませる力は無い。具や麺を生かすために調合されているんだ。メインスープは化学調味料こそ使ってはいないけど、それがむしろ弱点になっているね。安易に化学調味料を使っていないというこだわりを示しているという事は、ダシをきちんと取っていないとは考えられない。でも、材料自体を少なくしているから、どうしても味が寝ぼけてしまうんだろうね。

 ただ、タレスープはさすがというか、どうやって調合しているのか判らないけど、ちゃんと“皇龍”の味を出しているように思うよ。舌に重みとして残るんだよね。

 ま、来々軒のスープの、お腹の中で温かくゆっくりと燃えていくようなコクや味わいはないけどさ。

 具は、確かにこの店のウリだけの事はあると思うよ。一つ一つの味は、結構安易で、大量仕入れして手間やコストを極力抑えている、まあ、スーパーマーケットで売っているような程度の味なんだけど、これだけ種類を集めて、形だけでも食べ放題にしてみせるというのは、普通のラーメン屋さんでは出来ないからね。来々軒の洗練された、単品だけでも一品料理として自信を持って出せるような具材の味にはかなわなくても、その分は数でごまかせるし、ファミリーで食べに来たお客にとっては、特に味のよく分からない子供なんかはウケがいいんじゃないかな。うん、値段は高いけど、高いとは感じさせないサービスだよね。

 そして、麺。

 ここ、麺がスゴク美味いよ。讃岐うどんを思わせるこの太麺の歯ごたえ、食感、旨味は、ただものじゃない、さすがは皇龍と言わせる力があるよね。この麺があるからこそ、スープも具も、味としての力はあまりいらないんじゃないかと思えてくるよ。もしかして、麺は製麺所で造っていないか、専用の機械を使っているんじゃないかなぁ。さすがにこれだけ大きな、しかも人気店で出すのに、手打ち麺にするわけにはいかないから。でも、食感はまさに手打ち麺だね…」

 夢中になって皇龍のラーメンを論じる俺の話を、れんげちゃんは軽く微笑みながら、時折頷いたりしながら、聞いてくれた。

 美人店員さんが空いたドンブリを下げにこなかったら、俺はまだまだ話し続けていたかもしれない。

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