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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第18章 皇龍のラーメン、彼女の立場、麺打ちの修行 

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125 へっへっ、頂きまーす

 二人で座るのがもったいないような広い席に案内されて、背もたれつきの大きなソファーに座らされると。

 ほどなく、ワゴンに乗せられたラーメンドンブリが二つ、静々と運ばれてきた。

 待つ事、ざっと1分程。まあ、先にラーメンの注文だけ取っていた事が大きいけど。

 ちょっと背の低い、笑顔の可愛い女性が、丁寧な挨拶の後でドンブリを俺たちの前に置いてくれる。もちろん、具は乗っていない。

 案内してくれたモデル体型の女性が、その間にワゴンの下の方から「本日の豪華具材でございます」と、様々な具材が入っているボックスセットをテーブルにセッティングしてくれた。

「ごゆっくりどうぞ…」

 そのまま、二人は深々と頭を下げて去っていく。

「ははは…」

 なるほど、聞きしに勝るサービスだな、これは。

 具材食べ放題というのはまさに本当の話で、しかも各テーブルにそれぞれ用意してくれるし、衝立があるから他の目を気にする事もない。

 メンマ、ナルト、ハム、ゆで卵、シナチク、もやし、ネギ、カイワレ、ニンニク、チャーシュー、ほうれん草、小エビ、コーン、キムチ、バター、etc、etc…

 ラーメンの基本トッピングといえるものは、ほとんどこの中に入っている。

 さらに、お店の特選具材として、今回はホタテの貝柱とアンコウのキモがボックスの中央に、少量ではあるが乗せられていた。俗にいう「目玉」、店側のサービスという奴だ。

 ちなみに、最上級の“贅沢”を選ぶと、この特選素材クラスの具材が普通のトッピング用のネタとして出されてくる。逆に“並”だと、種類はこの三分の一になるし、量も少なくなる。

 一応、具材は食べ放題となってはいるが、店の雰囲気からは頼みづらい。まあ、気に入った具材だけを、ボックスから外してお代わりを頼むというスタイルになっているわけだから、具材だけやたら食べまくるという風には行かないし、その辺りは常識の範疇というわけだ。

「何から食べよっかなぁ…」

 これはまさに、ラーメンではないのかもしれない。言うなれば、ラーメンの名を借りた食の遊園地というのは、別のラーメン記事に乗せられていたキャッチコピーの受け売りだけど。

 俺が具材に目をやっているその先で、れんげちゃんの手が止まっている。

 じっと、麺以外には何も乗っていないラーメンを見つめているのだ。

 どことなく、本当にどことなくなんだけど、なぜか悲しそう、いや、哀しいの方かもしれない、そんな目をしていた。

 ああ、大丈夫だよ。

 俺も、これでもラーメン屋の端くれ、には、まだ成ってすらいないけど。

 ラーメンへの礼儀作法を、忘れているわけじゃない。

 アーティストだ、埋もれた才能だ、というコピーに踊らされるつもりはないけど、基本になる麺やスープの味は最初に確かめておくのが本当のラーメン通というものだ。具材を選ぶのはその後のお遊びという事位は承知しているさ。

 作法に則って、麺をまっさらなスープの中に箸でヒタヒタに浸して(麺の表面はどうしても乾いてしまうので、スープとの相性が違ってくるのを防ぐ)から、添えられているレンゲでスープの色合いや香りをみる。

 うん、レンゲの色は、だから白に限る。

 変な色合いがついているラーメン屋は、もうそれだけで怪しいと思って構わないが、皇龍ほどの有名ラーメン店に、そんな手落ちなどあるはずもない。

 掬ってみるとやたら透明度が高いので、ある程度予測をつけて飲んでみたが、やはり間違いない。メインスープは魚介系メイン、というより和風ダシと言った方が早いだろう。昆布と鰹節から取られるスープは至極あっさりしており、ラーメンというよりお吸い物に近い。

 それだけだと、普通はラーメンとしてはインパクト不足になるはずなのだが、秘伝のタレスープが他ではマネの出来ない味わいである。あくまでもサラサラとした飲み応えなのに、スープの旨味の中に味噌の濃厚さをきちんと感じさせるのは、職人の腕なのか、それともタレの調合の巧さなのか。

 来々軒のスペシャルな四重複合型あっさり系スープの味わいとは、まあ比べ物にはならないんだけど、まずは、さすがにランキング上位に食い込んでくる味ではある。

 スープの味を確かめてから、おもむろに麺を引き上げてみると。

「うわ、ははは…」

 超極太でしかも平べったい、武骨(ぶこつ)な野武士的な迫力の麺が、箸に絡みつきへし折ろうとでもしているかのように睨みを利かせてきた。

 讃岐うどんもかくやとさえ言える、ラーメンにこんな麺を使って本当に大丈夫なのかと一抹の不安さえ抱かせる麺。

 だが、一口啜ってみれば自分の気の弱さが恥ずかしく思える位の腰の強さ。

「うわっ、うめぇ…」

 自ら進んで喉の奥に吸い込まれていくような迫力。うどんじゃない、確かにラーメンのはずなのに。

 まるで柔らかい生き物のような腰の強さ、弾力。噛む時のプチプチっとした感触が幸せを感じさせる。

 そのまま歯にまとわりついてくるような味わいは、しかし飲み込む時にはさわやかに離れていき、喉に吸いつきながらも滑らかに流れていく。こんな食感をラーメンで出せるはずはない、無いはずなのに、現にこうして味わえている。

 しかも、こんなに極太なのに、茹で上げ方も上手い。中までしっかり熱が通っており、元の粉っぽさや茹で残しの芯が全くない。しかも、茹ですぎによる間延びしたようなダレも感じない。あくまでもプリプリとした麺本来の力が充分に満たされているのだ。

 俺も麺方をやっているから判る。太麺は、茹でるのが難しいのだ。元の麺自体をきちんと捏ねなければならないし、捏ねる際の柔らかさを出すための加水率も多すぎると麺のこの腰の強さをダメにする。しかし、あまりに少なくすると太い麺は特に茹でた後で粉っぽさが現れてくるので、そのバランスは非常に難しいのだ。

 この麺があるからこそ、スープはインパクトなどなくていい。ごくあっさりな控えめで充分だろう。それこそ、うどん感覚、この麺はストレートに味わいたい。

 そして、麺がこれだけ力強いと、逆にどんな具を持ってきても上手く味わう事ができそうだ。なるほど、つまりどんなお客がどんな具を選ぼうとも「アーティスト」になれるというわけか。

 俺は、味噌ラーメンのスタンダートトッピングとして、バターとコーン、さらにほうれん草を乗せた。もちろん基本トッピングであるメンマ、チャーシュー、ナルトを外す事は出来ない。山盛り大盛りてんこ盛りで、麺の中に押し込むように入れまくる。

 温泉卵も隠し玉として嬉しいんだよね。遠慮など無用で三個とも入れてしまおう。

 最後に特選素材のホタテの貝柱を中央に盛りつける。盛りつけは俺も来々軒でずっとやっていたから、自分でいうのもなんだが、かなりセンスの良いラーメンに見える。しかも麺の中には具材がぎっしり。隠し味に、折角なのでアンコウの胆も押し込んで、徐々に染みだしてくるだろう旨味で、二重にラーメンを楽しめるという仕掛けだ。

「へっへっ、頂きまーす」

 うん、美味い。

 自分でいうのもなんだけど、絶妙のハーモニーである。

 麺に比べて不味いというわけではないけど、どうしても迫力不足のスープだが、具材から染みだしてくる旨味を吸って、味わいが変化していくのが面白い。

 それに、何よりもこの麺が美味い。スープがどんなに変化しようと、具材が様々な味わいを出そうと、あくまでもこのラーメン本来の味は守り抜いているわけで、だからこそ様々なバリエーションで遊べるわけだ。

 ちょっとしたラーメン職人みたいな感覚を抱きつつ、色々な味を面白がっている俺だったが、ふと、れんげちゃんの方を見ると。

 彼女、さっきから全く手を付けようとしていない。

 具材はおろか、麺にもスープにも、である。

 よくみれば、割り箸すら取り出してはいない。

 あの哀しそうな瞳で、じっとドンブリの上に浮かぶ麺を見つめているだけである。

 あっちゃー

 ラーメンについつい夢中になって、彼女の事を忘れていたよ。

 女の子とのデートの最中に、いくらラーメンといえども他の事に気を取られるなんて、いかんよなぁ、いかんいかん。

「…れんげちゃん、食べないの?」

 俺の問いかけに、彼女は黙って頷いた。

「トッピングが、やっぱり気に入らないの?」

 こういう、まあ、軽薄と言えなくもないやり方を嫌う親父の意向があるというのは判らないでもないけど、それにしてもこんなに美味しい麺なんだから、それ位は食べたって…

「どこか、具合でも悪いの? おなか、空いてないとか?」

「いえ…そうですね、良かったら鳴人さん、私の分も召し上がりませんか? 折角のラーメンが冷めますし、麺も伸びてしまいますから」

 寂しそうな微笑みを浮かべて、俺の方にそっとドンブリを押しやってくれる。

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