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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第16章 来々軒の常連、親父の若い頃、誰のためのラーメン

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107 どうして…

 読者さまから、貴重なご指摘を戴きまして。

 一旦、前書き、後書きを廃止してみます。

 ご意見、ご感想ございましたら、ぜひぜひ、ご指摘くださいませ。

 


「待てってばっ!」

 早くも俺は、息がキレ始めている。学生の頃から、ロクな運動をしてきたわけじゃないんだ。

 俺の体力なんて、せいぜいが必要にかられての警備員のバイトをしてからの、いわば付け焼き刃なんだし。

 実家のスーパーの手伝いでも、使い物にならないとか、ひ弱すぎるとか、よく親父や兄貴たちに叱られていた位だから。

 だから、それでいいのだと思っていた。俺は所詮、その程度なんだと自分を慰めていた。


 フザケンナよ、その程度でいい理由(ワケ)が無いだろうがっ!


 クルシイ、クルシイ、クルシイ……

 息が止まりそうになる。酸素を求めて口があえいでいる。

 立ち止まれば、楽になれる。判っているんだ。今までずっと、そうしてきたから。

 それでも俺は、走るのを止めなかった。やみくもにがむしゃらに後を追いかけ続けた。

 全身が走る事を拒絶している。

 目がかすみ、薄暗い視界がさらにぼやける。

 彼女の姿が、まるで元々いなかったかのように、移ろいゆく幻影のように遠くに霞んでいく。

 まるで、今の俺と彼女のように。決して縮まらない距離のように。

 だから、走ったって無駄なんだ。自分というものをワキマエナケレバ……

 

 それでいい理由(ワケ)が無いだろうがっ!


 泣きながらよろめきながら、大勢の観客が見守っている中で喘ぎながら、それでもゴールに向かって走り歩いていくランナーのように、俺は彼女を目指し続けた。

 すると、幻なのかとすら思っていた彼女が、俺の目の前で急速に血肉を備えた存在として実体化していった。

 繁華街のスポットに、照らしだされて。

 れんげちゃんは、いつのまにか立ち止まって、俺を待っていてくれたんだ。

「どうして…」

「当たり前だろうがっ!」

 最後の力を振り絞って、俺は彼女に体当たりでもするかのように、その細い体を力一杯抱きしめた。

 勢い余った体を回転させるようにして逃がしながら、大鍋で麺を茹でるかのように、彼女を大きく振り回す。

 れんげちゃんは、そんな俺のなすがままに、一緒にワルツでも踊るようにグルグルと回っていた。

「どうして…」

 俺の腕の中で、俺の顔を見上げながら、彼女はもう一度尋ねた。

「これでいい理由(ワケ)がないんだ。俺も、そして君も。

 君は裏切り者なんかじゃないんだ。

 いや、もしそうなんだとしても、俺にはそんな事どうでもいいんだ。

 君が俺に、親父さんのように“アイ”の味を作れというなら、俺はきっと造って見せる。例え君のお母さんが親父さんを裏切ったように、君が俺を裏切ったとしても。

 俺は親父さんのように、いつまでも来々軒のラーメンを作り続けてみせるから」

「な、鳴人さん…」

 いつのまにか泣きじゃくっている彼女を、そのまま建物の壁に押しつける。

 腕の中から、すり抜けていかないように。

 いつまでも、俺の腕の中に留めておけるように。

「れんげちゃん、俺は君が好きだよ。多分、心から愛してるんだよ。

 でもそれは、こんな言葉じゃダメなんだよ。

 君が来々軒のラーメンを心から愛しているように、俺も君のように来々軒のラーメンを心からアイしてみせるよ」

「でも、わたしは、裏切り者の娘…」

 ああっもう、まだ言うのかこのバカ娘はっ!

 俺は返事の代わりに、より強くれんげちゃんを抱きしめた。

「親父さんが、今までずっと来々軒の味を守り続けていたのは、君のお母さんを裏切らなかったからだろう?

 アイって、相手の気持ちに関わり無く、自分の気持ちを貫き通すものなんだろうが。

 関係ない、関係ないんだ。親父さんがずっとそうしてきたように、俺も君のために来々軒の味を受け継いでみせるよ。

 だから、もう自分の事を裏切り者なんて言うなよ…」

「なる、と、さん…」

 彼女は、俺に抱かれるままになっていた。

 胸の中で、嗚咽が聞こえる。

 これでいいのかどうかは、俺には判らない。

 でも、これでいいのだと、俺には判っている。

 俺はきっと、彼女がいようといるまいと、来々軒の味をアイしているのだろうし。

 俺はきっと、彼女がここにいるからこそ、来々軒の味をアイしているのだから。

 親父がずっと、ラーメンを作り続けることによって、奥さんの事を想い続けてきたのと同じように。

 俺もきっと、来々軒のラーメンを作り続けることによって、れんげちゃんの事を想い続けていられるのだろうから。

 だからいいんだ。君は、自分の事を裏切り者だなんて呼ばなくても…


「君たち、お取り込みの所、申し訳ないんだが…」

「へ?」

「え?」

 不意に声がして、俺とれんげちゃんは同時に振り向いた。

 壮年の警察官が二人、遠慮がちに懐中電灯を俺たちに向けている。

 気がつくと、10人ほどの野次馬に、取り囲まれてさえいる。

「通報があったものでね。若い女性が、ストーカーに追いかけられていると。人相からすると、君たちのようなんだが…

 えー、その、君たちは“恋人同士”なのかね?」

「へ?」

「え?」

 言われて急に、俺は自分がれんげちゃんを固く抱きしめている事に気がついた。

 いや、気付かなかったわけじゃないんだけど、いやでも、そんなつもりはなかったわけでも、ないわけじゃないけど、いや、そんなつもりはないわけで……

「ご、ゴメンっ!」

 慌てて彼女から離れて、平謝りする。

 野次馬どもが騒めくのが、否が応にも耳に入る。ウルセーよ、ほっとけっ!

「ふむ、ちょっと事情を聞く必要があるので、署まで来てきて貰おうかね」

「あ、いえ、私たちは、その…」

 れんげちゃんも慌てて間に入るけど。

「いいよいいよ。男がいる前では話し辛い事もあるだろうし。通報があった以上は、適切に対応するのが警察の仕事だからね」

 な、なにが適切なんだよっ!

「はい、いいからいいから。なんなら手錠でも掛けておくかね?」

「よ、よして下さいよ、行きますよ、行けばいいんでしょ?!」

 

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