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異世界幽霊聞き書き帳――死者の声が聞こえる俺は、成仏できない亡霊たちを取材する  作者: たむ
第二部 第1章 七人の夫が帰る港

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第49話 国中の名前を持つ王

海底王国《眠らない海》は、滅びていなかった。


かつて《潮歌い》たちは、同じ出来事を少しずつ異なる歌として残し、その差異そのものを記録していた。


だが時代が進むにつれ、


「終わらないこと」


「一つの答えが出ないこと」


への恐怖から、十三番目、そして十四番目が作られていった。


そして現在の海底王国には。


国中の死者の名前を持ち、自分を一人の人間ではなく、


《国そのもの》


と認識する王がいるという。


その夜。


王から、レインへ最初の言葉が届いた。

『聞き書き人』


 声は。


 海からではなかった。


 レインの。


 聞き書き帳から聞こえた。


 机の上。


 閉じていたはずの革表紙。


 その内側から。


『お前の名前も』


『もうここにある』


 レインは。


 帳面へ触れなかった。


 ミラが。


 すぐ横で顔を強張らせる。


『レイン』


「はい」


『その声』


「王?」


『たぶん』


「死者?」


 ミラは。


 首を振る。


『分からない』


「分からない?」


『一人じゃない』


 声。


 男。


 女。


 老人。


 子ども。


 低い。


 高い。


 何十。


 何百。


 そのすべてが。


 一つの声として。


 重なっている。


『レイン・アスター』


 レインの名。


 呼ばれた。


 その瞬間。


 聞き書き帳の表紙が。


 青白く光った。


「呼ばないでください」


 レインが言う。


 即座に。


『なぜ』


「あなたが」


「名前を何に使うのか」


「分からないからです」


『識別』


「それだけ?」


『記録』


「それだけ?」


 沈黙。


『接続』


「なら」


「拒否します」


 光。


 止まらない。


『既に接続済み』


「いつ」


『お前が』


『海の歌を』


『記録した時』


     ◇


 レインの表情が変わる。


 波歌が。


 記録を許可した。


 潮歌いの原則。


 海底王国。


 十三番目。


 十四番目。


 しかし。


「波歌さんの証言を記録しただけです」


『海の歌は』


『国の一部』


「だから」


『記録した者も』


『国の記録へ入る』


「本人の同意なしに?」


『国に』


『個別同意という概念はない』


 ミラが。


 怒った。


『それがおかしい』


『なぜ』


『レインは国じゃない』


『国に入るって言ってない』


 王の声。


 少し。


 揺れる。


『個人』


『という境界は』


『陸の考えだ』


「あなたは」


 レインが尋ねる。


「海底王国の全員が」


「そう考えていると?」


『国が』


『そう考えている』


「俺は」


「国ではなく」


「一人ずつに聞きます」


『無意味』


「なぜ」


『すべて』


『王の中にいる』


     ◇


「王」


 レインは。


 その呼称を。


 確認する。


「あなた自身は」


「《王》と呼ばれることを望みますか」


 沈黙。


『王は』


『役割』


「では」


「現在のあなた自身の呼び名は」


『国』


「《国》?」


『そうだ』


「あなたは」


「一人の人間ではない?」


『そうだ』


「複数の死者?」


『そうだ』


「生者も含む?」


 長い。


 沈黙。


『含む』


 全員の空気が変わる。


 エルナが。


 すぐ記録する。


「現在生きている海底王国民の」


「名前や記憶も」


「王の中にある?」


『ある』


「本人の同意は」


『不要』


 レインの顔が。


 険しくなる。


     ◇


「王――」


『国』


「では」


「《国》と呼びます」


『よい』


「あなたの中に」


「複数人の記憶がある」


『記憶ではない』


「では」


『人生』


「人格も?」


『人格という区別も』


『古い』


「現在」


「あなたの中から」


「個別の誰かが話すことはできますか」


『必要ない』


「できるかどうかを聞いています」


 沈黙。


『できる』


「本人が望めば?」


『国が許せば』


「本人だけでは決められない?」


『そうだ』


 ミラが。


 小さく。


『嫌』


 王。


 いや。


 国。


『お前も』


『かつて同じだった』


 ミラが止まる。


『なに』


『意思』


『名前』


『記憶』


『身体』


『分けられ』


『一つへ戻されるために』


『作られた』


『ちがう』


『今のお前は』


『拒否した結果』


『不完全なまま』


『存在している』


 ミラ。


 顔を上げる。


『不完全じゃない』


『証明できるか』


『する必要ない』


 即答。


 レインは。


 帳面へ。


 何も書かない。


 これは。


 ミラ自身の現在の言葉。


     ◇


「国さん」


 バルドが。


 横から言う。


「妙だな」


『何が』


「自分を国だと言う割に」


「ずいぶん一人で喋る」


 室内。


 静まる。


「バルド」


 エルナ。


「何だ」


「意外と重要です」


「意外とは何だ」


 国の声。


 少し。


 低くなる。


『発話には』


『代表構造が必要』


「代表者?」


『違う』


「では」


『王核』


 新しい言葉。


「王核?」


 レイン。


『国の声を』


『外へ出す中枢』


「それは」


「一人の人格?」


『違う』


「本当に?」


 沈黙。


『……』


 ミラが。


 耳を澄ませる。


『いる』


「何が」


『奥に』


「個人?」


『一人』


 国の声が。


 急に。


 強くなる。


『接続を切る』


「待って!」


 光。


 消える。


 聞き書き帳。


 閉じたまま。


 静かになる。


     ◇


 誰も。


 すぐには話さなかった。


 最初に。


 エルナ。


「《王核》」


「外向き発話を担う中枢」


「国全体と」


「同一とは限らない」


「はい」


「そして」


 セシリア。


「ミラは」


「その奥に一人分の声を感知」


「ただし」


「それが王核本人なのか」


「別の閉じ込められた人格なのかは」


「未確認」


「今の時点で」


 レインは言う。


「《王は一人の人間だ》とは」


「記録しません」


「逆に」


「《王は本当に国そのものだ》とも」


「記録しません」


     ◇


 波歌。


 大きな記録結晶。


 余白の隣。


 声を。


 全部聞いていた。


『王』


「知っていますか」


『むかしの』


「今の王ではない?」


『ちがう』


「王核という仕組みは」


『あった』


「どんなもの」


『うたを』


『そとへ』


『まとめていう』


「代表者?」


『ちがう』


「何が違う」


『王核は』


『きめない』


「昔は?」


『うん』


「ただ伝えるだけ?」


『うん』


「それが今は」


「国全体を代表して」


「判断もしている?」


『たぶん』


「いつ変わった」


 波歌。


『わたしが』


『十四になったころ』


「その頃から?」


『王が』


『いっぱい』


『しんだ』


「王が複数?」


『王は』


『ひとりじゃなかった』


 全員が。


 また。


 止まる。


     ◇


「王は」


「複数人だった?」


『うん』


「共同統治?」


『むずかしい』


「何人くらい」


『そのとき』


『いつも』


『ちがう』


「日によって?」


『うん』


「議題によって?」


 波歌。


『そう』


 エルナが。


 驚く。


「固定された王ではなく」


「必要な議題ごとに」


「違う者が王として話す?」


『うん』


「死者も?」


『うん』


「生者も?」


『うん』


「子どもも?」


『たまに』


 昔の海底王国。


 王。


 一人ではない。


 国でもない。


 議題ごとに。


 声を担う者が。


 変わる。


「それが」


「今は一つの王核へ」


『うん』


「なぜ」


『はやいから』


 また。


 効率。


     ◇


「何があった」


 波歌。


『おおきな』


『しずみ』


「国が沈んだ時?」


『うん』


「多数決や交代制では」


「間に合わなかった?」


『うん』


「だから」


「王核へ権限を集中」


『うん』


「緊急時だけ?」


『さいしょ』


「その後」


 波歌は。


 悲しそうに。


『ずっと』


 緊急措置が。


 常設になった。


 また。


 同じ。


     ◇


 レインは。


 すぐに。


 王へ再接続しようとはしなかった。


「先に」


「北方を終わらせます」


 バルド。


「まだ終わってなかったな」


「はい」


「海底王国が」


「大きすぎます」


「今ここで」


「追うと」


「北方の人たちを」


「また途中で置きます」


 波歌が。


『おとうさん』


「探します」


『でも』


「今すぐではありません」


『……うん』


「待てますか」


『わからない』


「では」


「待てないと感じたら」


「言ってください」


『うん』


     ◇


 北方施設。


 残る緊急項目。


 一。


 第十四判定装置の再起動防止。


 二。


 余白の安定化。


 三。


 十三人生の正史保留状態を。


 外部制度へ反映。


 四。


 地下人物の身体固定を。


 本人希望に基づく段階解除へ。


 五。


 十三人の出生記録。


 六。


 施設依存の解除。


「全部」


「一日で終わる?」


 バルド。


「終わりません」


「だろうな」


「では」


「何をやれば」


「北方を離れても」


「継続可能か」


「そこを作ります」


     ◇


 最初。


 第十四装置。


 エルナ。


 冬至。


 冬。


 春。


 技術構造を確認。


「再生成回路は」


「物理切断済み」


「修理には」


「専用部品」


「どこに」


「第十三人生室」


 全員が。


 微妙な顔。


「凪さんの旧名が必要な部屋」


「はい」


「なら」


「すぐ修理されにくい」


「ただし」


「別部品で代替できる可能性」


「あります」


「管理権限」


 冬至。


「私が」


「封鎖できる」


「単独で?」


「それは」


 レイン。


「避けたい」


「なぜ」


 冬至自身が。


 先に気づく。


「また」


「一人の管理者になる」


「はい」


「では」


「複数承認」


 エルナ。


「冬」


「春」


「療養院の医療責任者」


「外部公国監査官」


「最低四者」


「再起動には」


「三者以上の承認」


 冬。


「でも」


「当事者の十三人は」


「全員を管理者にすると」


「運用不能です」


「なら」


 春。


「代表を」


「固定?」


 レイン。


「期間限定」


「交代制」


「本人が降りられる」


「それなら」


 冬。


「やる」


     ◇


 海底王国。


 昔の。


 議題ごとに変わる王。


 偶然。


 似た方法へ。


 戻る。


 ただし。


 正解としてではない。


 今。


 必要だから。


     ◇


 次。


 十三人生の社会記録。


 ここが。


 難しかった。


「施設内部で」


「保留しても」


 エルナ。


「雪冠公国の行政側では」


「十三名をどう扱うか」


「まだ不明」


「公国政府へ」


 セシリア。


「正式に通知が必要」


「誰が」


 冬が。


 言う。


「私たち」


「十三人で?」


「全員は」


「行けない」


「なら」


「本人ごとの署名」


「現在名?」


「公的名が必要になる」


 春が。


 顔をしかめる。


「そこだ」


「今の呼び名」


「春では」


「戸籍にない」


「旧い共通名を使う?」


「嫌」


 レインは。


 すぐ答えない。


「行政上」


「現在名と」


「旧記録名を」


「分けられませんか」


 エルナ。


「王都で作った形式が」


「使えます」


現在使用名。


旧登録名。


使用拒否名。


本人確認中。


「雪冠公国が」


「受け入れるか」


「交渉が必要」


     ◇


「じゃあ」


 冬が言う。


「私」


「冬として」


「役所へ行ける?」


「今すぐ保証はできません」


「でも」


「そのための記録を」


「作ります」


「本名は」


「使わず?」


「必要な場面では」


「本人と相談します」


 冬は。


 少し笑った。


「本当に」


「すぐ決めない」


「はい」


     ◇


 地下人物。


 温室。


 今日は。


 雪が弱い。


 右手。


 三年分。


 時間が進んだまま。


 変化。


 安定している。


「体調は」


 セシリア。


『いい』


「痛み」


『ない』


「次の時間補正を」


「いつ希望しますか」


『明日』


「何年分」


『分からない』


「では」


「一度に三年と決めない?」


『うん』


「一時間?」


『年じゃなくて?』


「反応を」


「もっと細かく測る方法を」


「試します」


『それがいい』


     ◇


「呼び名」


 レイン。


『まだ』


「必要ない?」


『うん』


「社会へ出る時」


「名前が必要になる可能性があります」


『分かってる』


「昔の名前へ戻したい?」


 女性。


 長い。


『……分からない』


「では」


「まだ保留」


『うん』


「十三人の誰かが」


「あなたの昔の名前を」


「現在使っている可能性」


『それが』


『嫌』


「名前を奪われたと感じる?」


『少し』


「その人から」


「取り返したい?」


『それも』


『まだ』


「分かりました」


     ◇


 余白。


 記録結晶。


 安定。


 だが。


 少しずつ。


 語彙が増えている。


『レイン』


「はい」


『わたし』


「はい」


『昨日より』


『いっぱい』


『考える』


「それを」


「どう感じますか」


『疲れる』


「休みますか」


『でも』


「はい」


『面白い』


「両方」


『うん』


 波歌が。


 奥から。


『考えるの』


『つかれる』


『でも』


『やめると』


『もっとつまらない』


 余白。


『そうかも』


 生まれたばかりの人格。


 古い子どもの記録。


 二人。


 同じ結晶内で。


 少しずつ。


 別の会話を。


 作っている。


     ◇


「波歌さん」


「お父さんについて」


「今」


「もう一度聞きたいですか」


『うん』


「ただし」


「さっきの声が」


「本当にお父さんかは」


「まだ確認できていません」


『わかってる』


「声だけで」


「本人だと決めない?」


 波歌。


『でも』


『おとうさんって』


『思っちゃう』


「それは」


「今の感情として」


「そのままでいい」


『うん』


「事実認定だけ」


「分けます」


『うん』


     ◇


 夕方。


 雪冠公国。


 行政監査官が。


 療養院へ到着した。


 二人。


 公国記録院。


 医療監督局。


 実験の全容を。


 まだ知らない。


 レインたちは。


 最初から。


 全部説明する。


 ただし。


 本人が。


 非公開を希望した。


 旧名。


 家族情報。


 個別出生記録。


 そこは伏せる。


「十三人が」


「一人の患者から派生した?」


 監査官。


「施設記録は」


「そう主張しています」


 エルナ。


「しかし」


「十三名が元々別々の出生を持つ可能性を示す証言と身体的証拠があります」


「では」


「誰が本人だ」


 レイン。


「現時点では」


「その問いを」


「行政処理の入口にしないでください」


「しかし」


「戸籍が」


「必要だ」


「はい」


「だから」


「十三人を一人の重複戸籍として処理するのではなく」


「十三名それぞれについて」


「本人確認中の独立仮登録を」


「求めます」


「そんな制度はない」


「新設できますか」


 監査官。


 顔をしかめる。


「簡単に言うな」


「簡単ではありません」


「でも」


「今ある欄へ」


「無理に押し込むと」


「誰かが消えます」


     ◇


 長い。


 協議。


 結果。


 暫定。


北方人生記録特例。


 正式制度ではない。


 七日間。


 行政保全措置。


 十三人。


 元人物。


 余白。


 個別の存在記録を。


 凍結保存。


 既存戸籍との自動統合。


 自動削除。


 禁止。


「七日」


 冬。


「短い」


「はい」


「でも」


「その間に」


「正式審査へ」


「移せます」


「北へ残る人は」


「対応を」


「冬至さん」


 レインが言う。


「一人で抱えないでください」


「分かってる」


「冬さん」


「はい」


「春さん」


「……やる」


「医療側」


「院長代理が参加」


「公国側」


「監査官二人」


 複数。


     ◇


 夜。


 ようやく。


 北方事件は。


 「今すぐ誰かが消える状態」から。


 離れた。


 解決ではない。


 だが。


 続けられる。


 レインは。


 北方を離れる判断を。


 全員へ伝える。


「明日」


「ベルナードへ戻ります」


「全員?」


 霜。


「希望確認します」


     ◇


 冬。


「残る」


 春。


「残る」


 夏。


『残る』


 秋。


『残る』


 雨。


「残る」


 霜。


 長い。


「戻る」


「ベルナード?」


「一度」


「理由」


「逃げた場所に」


「自分で戻った」


「次は」


「戻った場所から」


「自分で出たい」


「分かりました」


 雲。


 雪。


 雷。


 風。


 霧。


 露。


 夜。


 全員。


 北方へ残る。


 それぞれの人生を。


 ここで。


 続ける。


     ◇


 冬至。


「残る」


「海底王国へ」


「行かない?」


 冬至。


 長い。


「行きたい」


「でも」


「今は」


「ここ」


「なぜ」


「私が」


「北で」


「やったことを」


「説明する」


「秋さんへも?」


「本人が」


「会ってくれるなら」


「王都のレオ記録とは」


「北から」


「話す?」


「……そうする」


     ◇


 元人物。


『残る』


「雪?」


『それも』


「身体」


『少しずつ』


「十三人とは」


『一人ずつ』


「話す?」


『話したい人とは』


「分かりました」


     ◇


 余白。


『行く』


「海へ?」


『うん』


「波歌さんと?」


『それも』


「ほかには」


『見たい』


「何を」


『わたしが』


『作られたものじゃないところ』


「自然?」


『たぶん』


「海へ行けば」


「危険もあります」


『うん』


「それでも」


『いく』


 波歌。


『わたしも』


     ◇


 北方から。


 ベルナードへ戻る一行。


 レイン。


 ミラ。


 セシリア。


 エルナ。


 バルド。


 一番。


 三番。


 四番。


 七番。


 リナ。


 若いオルド。


 霜。


 余白。


 波歌。


 余白と波歌は。


 一つの大きな記録結晶。


 二つの人格。


 同じ器。


 だが。


 同じ存在ではない。


     ◇


 出発前。


 冬至が。


 レインへ。


 一枚の。


 古い紙を渡す。


「これは」


「海底王国へ」


「行くための」


「地図?」


「違う」


「何」


「歌」


 譜面。


 十三行。


 だが。


 最後の。


 十四行目だけ。


 空白。


「レオが」


「海底王国を出た時」


「持ち帰った」


「使っていい?」


「これは」


「私の記憶では」


「レオ自身が」


「《次の聞き書き人へ渡せ》と」


「書いた」


「本人の現在意思は」


「王都レオ記録へ」


「確認したほうがいい」


「はい」


「だから」


「今は」


「預かるだけにします」


「それがいい」


     ◇


「一つ」


 冬至。


「海底王国へ」


「行くなら」


「覚えておけ」


「何を」


「王を」


「倒せば終わる」


「そう考えるな」


「はい」


「今の王は」


「制度」


「人格」


「死者」


「生者」


「記録」


「歌」


「全部が」


「重なっている可能性がある」


「王だけを消したら」


「国中の誰かまで」


「消える?」


「可能性がある」


「逆に」


「王を残せば」


「個人が戻れない可能性」


「ある」


「分かりました」


「だから」


 冬至。


「昔の私が」


「一番嫌った方法が」


「必要になるかもしれない」


「何です」


「終わらせない」


 レインは。


 少し笑う。


「今なら」


「嫌ですか」


「かなり」


「でも」


「必要なら」


「仕方ない」


     ◇


 馬車。


 南へ。


 ベルナード。


 そして。


 海。


 余白の結晶は。


 揺れないよう。


 厚い毛布と。


 固定枠。


 四番が。


 なぜか。


 その横へ。


 食料箱も置いた。


「結晶は食べません」


「分かってる」


『でも』


 余白。


『匂い』


「分かる?」


『少し』


 四番。


「何が好き?」


『まだ』


『わからない』


「じゃあ」


「いっぱい試せる」


     ◇


 街道。


 雪。


 少しずつ。


 減る。


 波歌が。


 小さく歌う。


『一つは波へ』


『二つは舟へ』


『七つになっても』


『名前は返すな』


 今回は。


 ミラも。


 続けない。


 レインも。


 書かない。


 ただ。


 聞く。


 歌の終わり。


 波歌。


『レイン』


「はい」


『王が』


『あなたの名前』


『持ってるって』


「はい」


『こわい?』


「怖いです」


『名前』


『捨てる?』


「今は」


「捨てません」


『なんで』


「俺にとって」


「レイン・アスターは」


「役割だけではないからです」


『でも』


『とられるかも』


「はい」


『それでも?』


「取られた時に」


「俺がその名前を使うかどうかまで」


「相手へ決めさせたくない」


 波歌。


 しばらく。


 考える。


『そっか』


     ◇


 その瞬間。


 聞き書き帳。


 再び。


 光る。


 国。


 今度は。


 レインの名を。


 呼ばなかった。


『聞き書き人』


「はい」


『要求を』


『一つ』


「聞きます」


『波歌を』


『連れてくるな』


 波歌が。


 固まる。


「理由は」


『危険』


「誰にとって」


 長い沈黙。


『国に』


「波歌さん本人にではなく?」


『両方』


「本人へ」


「説明できますか」


『必要ない』


「なら」


「波歌さんの同行を」


「あなたの要求だけでは決めません」


『拒否するか』


「本人が決めます」


 国。


 声。


 低くなる。


『波歌が』


『王核へ近づけば』


『失われた七つの歌が』


『戻る』


 波歌。


『ほんと?』


『そして』


「そして?」


『王は』


『一人では』


『いられなくなる』


 全員の表情が変わる。


「それが」


「国にとって危険?」


『そうだ』


「なぜ」


『一人でなくなれば』


『決められない』


「何を」


『すべて』


 波歌の七つの歌。


 それが戻れば。


 差異が戻る。


 複数の声が。


 王の中に。


 再び。


 分かれて聞こえる。


 王は。


 国として。


 一つの決定を。


 出せなくなる。


「だから」


 レインが言う。


「波歌さんを」


「海底王国へ近づけたくない」


『そうだ』


「それは」


「王の希望?」


『国の希望』


「個々の国民も?」


『同じ』


「確認しましたか」


 沈黙。


「一人ずつ」


「聞きましたか」


『不要』


「なら」


「国全体の希望とは」


「まだ記録しません」


 王の声。


 揺れる。


『聞き書き人』


「はい」


『お前は』


『国を壊す』


「まだ」


「分かりません」


『壊す』


「なぜ」


『一人ずつ』


『聞くからだ』


 通信。


 切れる。


     ◇


 馬車の中。


 バルド。


「褒められたのか?」


「たぶん」


「違います」


 エルナが即答した。


『でも』


 ミラ。


『王』


『怖がってる』


「レインを?」


『違う』


「波歌?」


『違う』


「では」


『いっぱいの声に』


『戻ること』


 レインは。


 帳面を開く。


 王の言葉を。


 そのまま。


 記録する。


海底王国を名乗る集合存在《国》は、波歌が王核へ接近すると《失われた七つの歌が戻り、王が一人ではいられなくなる》と証言。


《国》は、それにより統一判断が困難になることを危険と認識。


波歌の海底王国への接近拒否を要求したが、個々の王国民の意思確認は不要と回答。


 その下。


よって現時点で、当該要求を《海底王国民全員の意思》とは扱わない。


 最後。


《一人に戻すこと》ではなく、《一人であり続けること》を守ろうとする制度である可能性。


     ◇


 波歌が。


 小さく。


『わたし』


「はい」


『いく』


「海底王国へ?」


『うん』


「王から」


「来るなと言われても?」


『うん』


「理由」


『おとうさん』


「はい」


『七つの歌』


「はい」


『それから』


 波歌。


 少し。


 震えながら。


『王の中の』


『ひとりずつの声』


「聞きたい?」


『うん』


「怖い?」


『すごく』


「今」


「それでも行く?」


『うん』


 レインは。


 記録する。


波歌。


《国》から海底王国への接近拒否を求められたこと、および接近時に王核・自身双方へ危険が生じる可能性を伝えられた上で、現時点では海底王国へ向かうことを希望。


目的は、父親の声の確認、失われた七つの歌の調査、および王核内部に存在する可能性がある個別の声を聞くこと。


     ◇


 ベルナードまで。


 あと二日。


 海底王国への道は。


 まだ。


 分からない。


 正確な場所も。


 記録できない。


 だが。


 入口だけは。


 見え始めた。


 波歌。


 七つの失われた歌。


 十三番目。


 十四番目。


 王核。


 国中の死者の名前。


 そして。


 王自身が。


 最も恐れていること。


 それは。


 滅びではない。


 死でもない。


 声が。


 もう一度。


 複数になることだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


海底王国の《王》――正確には自らを《国》と名乗る集合存在が、レインへ直接接触しました。


《国》は死者だけでなく、生者の名前や人生も内部へ保持していると証言。


さらに外部へ国の声を出す中枢として、《王核》という仕組みが存在することが判明します。


しかしミラは、その王核の奥に《一人分の声》を感知しました。


一方、波歌の証言から、古い海底王国の王は元々一人ではなく、議題ごとに異なる生者・死者が役目を担う仕組みだったことも明らかになります。


大災害への対応を早めるために権限が王核へ集中され、その緊急措置が常設化した可能性があります。


そして現在の《国》が最も恐れていること。


それは波歌が海底王国へ戻り、失われた七つの歌が復活することで――


王が再び《一人ではなくなる》こと。


《国》は波歌へ来るなと要求しました。


しかし波歌は、危険を知った上で、自ら海底王国へ向かうことを選択します。


次回、第50話「七つの失われた歌」。


ベルナードへ戻ったレインたちは、海底王国へ向かう方法を探します。


鍵になるのは、波歌の名前そのものではなく、失われた七つの歌。


そして七つのうち最初の一つが――思いがけない人物の中から見つかります。

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