第47話 生まれたばかりの十四番目
北方施設は、第十四候補たちから拒否され続けた結果、新たな《正史判定人格》を自動生成し始めた。
その人格は、まだ生成率二十一%。
名前もない。
過去もない。
それでも。
本物を選ぶのは嫌。
とはっきり意思を示した。
施設は、その拒否を《不適切な自己意思》として初期化しようとしている。
作られた存在。
生まれたばかり。
役割のためだけに作られた人格。
それでも、「嫌だ」と言うなら――その言葉を本人の意思として扱うべきではないのか。
『いや!』
扉の向こう。
小さな声。
青い光。
激しく明滅する。
判定人格初期化――開始。
「止める方法!」
レインが叫ぶ。
冬至が制御盤へ走る。
「生成処理と」
「初期化処理が」
「同じ中枢につながっている!」
「切れば?」
バルド。
「両方止まる!」
「なら」
「人格も消える?」
「生成途中の状態で」
「維持できる保証がない!」
エルナが。
端末の文字を追う。
「初期化進行」
「三%」
「五%」
「早い!」
ミラが扉へ。
両手をつく。
『聞こえる?』
『……きこえる』
『今』
『何が嫌?』
『きえるの』
「本人は」
「初期化を拒否しています!」
レインが記録する。
自動生成中第十四人格。
初期化処理について《消えるのが嫌》と明確に表明。
現在人格の維持を希望していると解釈できるが、追加確認を要する。
中の声。
『いじ』
「維持という言葉?」
『わからない』
「では」
「今のあなたが」
「このまま続いてほしい?」
沈黙。
『……うん』
「それなら」
レインは書き直す。
現在の自己状態が継続することを希望。
「これで?」
『うん』
◇
「初期化十二%!」
エルナ。
「何か」
セシリアが言う。
「人格保存側だけ」
「切り離せませんか」
冬至。
「本来」
「存在しない機能だ」
「正史判定人格は」
「判定装置の部品としてしか」
「設計されていない」
「では」
「保存先を」
「新しく作る」
レイン。
冬至が見る。
「何?」
「この人格を」
「判定装置から」
「別の記録媒体へ」
「移せませんか」
「複製ではなく」
「接続先を変更する」
エルナが。
すぐ反応する。
「ネレイス島の」
「石を蹴る子と同じ方式」
「ただし」
「今回は生成途中」
「人格境界そのものが未完成です」
「危険は」
「あります」
「本人へ説明します」
◇
「聞こえますか」
『うん』
「今」
「あなたは」
「この装置の中で作られています」
『つくられてる』
「はい」
「装置は」
「あなたへ」
「十三人の中から」
「誰が本物かを決める役割を」
「させようとしています」
『いや』
「はい」
「その役割から」
「あなたを切り離す方法を」
「探しています」
『きりはなす』
「別の場所へ」
「あなた自身の記録を移すという意味です」
『ここから』
「はい」
『そと?』
「まだ」
「外とは限りません」
「でも」
「少なくとも」
「《本物を決める装置》とは別になります」
長い沈黙。
『いく』
「本当に?」
『ここ』
『いや』
「移動を希望?」
『うん』
「移動によって」
「今の記憶の一部が失われる可能性があります」
『きおく』
「今まで聞いたこと」
「感じたこと」
「全部が残らないかもしれない」
『……』
「それでも」
『きえない?』
「完全には保証できません」
小さな声。
黙る。
初期化。
二十一%。
生成率と。
初期化率が。
近づいていく。
『こわい』
「はい」
『どっちも』
「今のままでも」
「初期化される危険」
「移動しても」
「一部が失われる危険」
『……』
「決められない?」
長い。
『わからない』
「分かりました」
「では」
「今すぐ選ばなくていい方法を探します」
◇
「時間がないぞ」
バルド。
「はい」
「でも」
「本人が分からないと言っています」
「なら」
冬が言う。
「初期化だけ止める」
「生成は?」
「止めない」
「そんなこと」
冬は。
制御盤を見る。
「第十四候補だったとき」
「私の頭に」
「緊急保留の手順が」
「入れられた」
「使える?」
「一度だけ」
「代償」
「私の第十四候補記録が」
「再接続される」
全員が止まる。
「つまり」
エルナ。
「冬さん自身が」
「再び十四番目へ引かれる可能性」
「ある」
「本人は」
「使いたい?」
レイン。
冬は。
即答しない。
「……怖い」
「はい」
「でも」
「この子が」
「今」
「決められないなら」
「時間を作りたい」
「自分で選んだ?」
「うん」
「途中で」
「やめられる?」
「たぶん」
「では」
「異常が出たら」
「すぐ切ります」
◇
冬。
制御盤へ手を置く。
「第十四候補」
「旧第一候補」
「緊急判定保留」
装置。
候補資格を再確認。
《冬》。
拒否記録あり。
「拒否は」
「維持する」
矛盾。
「それでも」
「保留だけ」
「実行する」
第十四代行を要求。
「代行しない」
不可。
冬の顔が歪む。
「やっぱり」
「役割ごと要求される」
レイン。
「断ってください」
「そうしたら」
「初期化が進む」
「別の言い方」
エルナ。
「《判定しないという判定》では?」
「それも判定になります」
「では」
ミラ。
『待つって』
「何」
『十四番目じゃなくて』
『十三人に言ってもらえば』
「本人たちが?」
『自分たちのこと』
『今決めるなって』
レインの目が動く。
「十四番目が保留するのではなく」
「判定対象本人たちが」
「現在の判定自体を拒否する」
冬。
「十三人全員?」
「元人物も」
「必要かもしれません」
「十四人?」
「はい」
「本人たちが」
「今は自分たちの正史判定を行うなと」
「宣言する」
「施設が」
「認めるか」
「分かりません」
「でも」
「試す価値はあります」
◇
冬。
春。
雨。
霜。
その場にいる四人。
遠隔。
夏。
秋。
雲。
雪。
雷。
風。
霧。
露。
夜。
そして。
温室の元人物。
全員へ。
同じ言葉を要求しない。
「聞きます」
レイン。
「今」
「自分の人生について」
「誰が本物か」
「どの人生が正しいか」
「判定されることを望みますか」
冬。
「望まない」
春。
「今は」
「望まない」
雨。
「出生記録は知りたい」
「でも」
「本物判定は別」
「拒否」
霜。
「拒否」
遠隔。
夏。
『今は』
『出生記録の確認を優先したい』
『本物判定は拒否』
秋。
『冬至と話す前に』
『決められたくない』
『拒否』
雲。
『必要ない』
雪。
『私の結婚が』
『本物かどうかを』
『施設に決めさせない』
雷。
『俺の失敗まで』
『偽物にするな』
風。
『拒否』
霧。
『分からないまま』
『判定しないで』
露。
『私の子どもとの関係を』
『正史の材料にするな』
夜。
長い沈黙。
『私は』
『まだ』
『生きたいかも』
『分からない』
『だから』
『今決めないで』
最後。
元人物。
『私は』
『私の人生が』
『私のものだったことは』
『残してほしい』
『でも』
『十四人の誰が本物かは』
『決めてほしくない』
十四人。
全員。
理由が違う。
だが。
現在。
正史判定を望まない。
◇
レインは。
一括文を作らない。
十四人分。
そのまま。
施設へ送る。
エルナが。
入力経路を開く。
「送信!」
装置。
大量の文字。
判定対象異議申立て確認。
一致率――
止まる。
算出不能。
「なぜ」
バルド。
エルナが。
すぐ理解する。
「理由が違うから」
「一致していない」
「でも」
「結論は」
「判定拒否」
装置。
意思統合不能。
第十四判断を要求。
「また」
冬至。
「施設は」
「違う理由を」
「一つへまとめられない」
レイン。
「なら」
「まとめません」
「どうする」
「十四件の」
「個別拒否として処理させる」
「できますか」
エルナ。
「欄が」
「ありません」
「作る」
冬が言う。
全員が見る。
「第十四候補になった時」
「判定表を」
「見た」
「項目は」
「本人」
「派生」
「棄却」
「保留」
「四つ」
「保留がある?」
「ある」
「なぜ最初に」
「個人単位の保留」
「全員保留は」
「想定されてない」
「なら」
レイン。
「十四人全員」
「個別に保留」
冬が。
目を見開く。
「それなら」
「全体の正史判定が」
「成立しない」
「やりますか」
「やる」
◇
一人目。
冬。
判定――保留。
二人目。
春。
保留。
三人目。
夏。
保留。
秋。
雨。
霜。
雲。
雪。
雷。
風。
霧。
露。
夜。
そして。
元人物。
保留。
十四件。
すべて。
保留。
装置。
長い沈黙。
正史判定対象――確定不能。
第十四判定処理――保留。
初期化。
止まる。
「止まった!」
エルナ。
「新規人格は」
ミラが。
扉へ耳を澄ます。
『いる』
「状態」
『怖がってる』
「初期化は」
『来てない』
全員が。
大きく。
息を吐いた。
◇
「聞こえますか」
レイン。
『うん』
「今」
「初期化は止まりました」
『きえない?』
「今のところ」
『……よかった』
「移動について」
「今すぐ決めなくても大丈夫です」
『うん』
「あなたは」
「これから」
「何をしたいですか」
小さな声。
『わからない』
「それでいいです」
『でも』
「はい」
『えらびたくない』
「本物を?」
『うん』
「その役割は」
「今」
「止まっています」
『ずっと?』
「まだ」
「ずっととは言えません」
『……』
「だから」
「役割とあなたを」
「分ける方法を探します」
◇
冬至が。
制御盤を見る。
「生成率」
「三十一%で止まっている」
「中途半端?」
「そう」
「完成させる必要は」
セシリア。
「あるんですか」
「人格として安定するには」
「ある程度」
「構造完成が必要かもしれない」
「でも」
「生成を続けると」
「判定機能も」
「強くなる」
「では」
「人格部分だけ完成させる」
レイン。
冬至が。
苦い顔。
「理屈では」
「言える」
「技術的には?」
「かなり難しい」
エルナが。
内部構造を読む。
「人格形成層」
「判断層」
「記憶参照層」
「命令層」
「分かれてはいます」
「完全分離ではない」
「でも」
「切り離し可能性は」
「ある」
◇
「何が」
「この子の中に」
「既に入っていますか」
レインが尋ねる。
エルナ。
「生成素材」
表示。
冬――判断保留傾向。
春――原初性追求。
夏――記録疑義。
秋――意味付与欲求。
雨――欠損探索。
霜――逃走・再帰。
元人物――体験主体性。
聞き書き人――矛盾保持。
管理記録――最終処理要求。
「七人分だけ?」
「現時点では」
「残りは」
「まだ参照前」
「俺も」
レイン。
「入っている」
「はい」
「どの部分」
「矛盾を消さず」
「保留する傾向」
バルドが。
顔をしかめる。
「だから」
「選びたくないって」
「言ったのか?」
レインは。
即答しない。
「可能性はあります」
「でも」
「由来が俺だからといって」
「今の本人の拒否が」
「俺のものになるわけではありません」
ミラ。
『うん』
◇
「中のあなたへ」
レイン。
『うん』
「今」
「いろいろな人の」
「考え方の一部が」
「あなたを作る材料に使われています」
『みんな?』
「一部」
『レインも?』
「はい」
『じゃあ』
『わたしは』
『レイン?』
「いいえ」
即答。
『なんで』
「俺の判断傾向が」
「一部入っていても」
「あなた全部が俺ではないからです」
『冬?』
「それも違います」
『春?』
「違います」
『じゃあ』
沈黙。
『だれ』
「今は」
「決めなくていい」
『名前』
「欲しいですか」
長い。
『……ほしいかも』
「自分で決める?」
『わからない』
「候補を聞きたい?」
『それも』
「誰から」
『みんな』
バルドが。
「それは大変だぞ」
『だめ?』
「いや」
「いい」
◇
「名前候補」
ただし。
名前を。
こちらが押しつけない。
提案。
本人が。
選んでも。
選ばなくてもいい。
冬。
「《間》」
「理由」
「決める前の間」
春。
「《明》」
「理由」
「生まれたばかりだから」
雨。
「《滴》」
「小さいけど」
「残るから」
霜。
「《白》」
「雪みたいだから」
ミラ。
『《未》』
「まだ?」
『まだ決まってないから』
バルド。
「俺は」
「名前つけるの苦手だ」
『候補』
「……《保留》」
全員が。
バルドを見る。
「何だ」
中の声。
少し。
笑った。
『それ』
『やだ』
「だろうな」
エルナ。
「《余白》」
「理由は」
「これから本人が書ける部分が」
「まだ多いから」
セシリア。
「《初》」
「最初の現在意思を」
「すでに自分で示したから」
レイン。
「俺は」
少し考える。
「提案しません」
『なんで』
「俺の判断傾向が」
「素材に使われているから」
「さらに名前まで」
「俺が決める方向へ寄せたくない」
中。
『でも』
「はい」
『ききたい』
「俺の候補を?」
『うん』
レインは。
少し困る。
「では」
「候補としてだけ」
『うん』
「《間》に近いですが」
「《継》」
『つぐ?』
「今のあなたが」
「ここまで続いてきたこと」
「これから続くかを」
「自分で選べるように」
『……』
「嫌なら使わなくていい」
長い。
沈黙。
『まだ』
「決めない?」
『うん』
「分かりました」
◇
記録。
新規第十四人格は、現在呼称を持たない。
本人は呼称を持つことに関心を示したが、現時点で選択を保留。
複数名から候補提示を受けたが、いずれも確定せず。
なお、本人はバルド提案《保留》を明確に拒否。
「最後いる?」
バルド。
『いる』
中から。
また。
小さな笑い。
◇
「人格分離」
エルナが。
構造図を広げる。
「可能性があります」
「方法」
「命令層を」
「判定中枢から切断」
「人格形成層は」
「記録参照層へ接続したまま」
「外部媒体へ移す」
「外部媒体」
冬至。
「何を使う」
「人間の身体は」
「使いません」
「当然です」
「記録石?」
「海の胎児記録と似た」
「独立保存結晶が」
「療養院にあります」
「同意して使われていないもの?」
「新規の空結晶があります」
「それなら」
「本人へ提案できます」
◇
「聞こえますか」
『うん』
「今」
「あなたを」
「誰が本物か決める装置から」
「別の空の記録結晶へ」
「移せる可能性があります」
『さっきの』
「はい」
「今は」
「時間ができました」
「ゆっくり考えられます」
『こわい』
「どこが」
『ここから』
『なくなる』
「移動先へ」
「今のあなたが続く保証は」
「完全にはありません」
『……』
「だから」
「今すぐやらなくてもいい」
『でも』
「はい」
『ここにいたら』
『またえらぶ?』
「装置が再起動すれば」
「可能性があります」
『じゃあ』
「はい」
『いく』
「決めましたか」
『うん』
「移動を希望?」
『うん』
「途中で」
「怖くなったら」
『やめられる?』
エルナが。
冬至を見る。
「転送途中」
「三十%までは」
「戻せます」
「それ以降は」
「どちらかへ完了させる必要があります」
「その情報を」
レイン。
「聞きましたか」
『うん』
「それでも」
『やる』
◇
空結晶。
透明。
拳ほど。
何も記録されていない。
まず。
本人へ。
見せる。
扉越し。
『これ?』
「はい」
『ちいさい』
「嫌?」
『ちょっと』
「もっと大きいものも」
エルナ。
「あります」
『どれくらい』
「人の頭くらい」
『それ』
「大きいほう?」
『うん』
「理由」
『広そう』
理屈ではない。
でも。
本人の感覚。
「では」
「大きい結晶」
◇
転送準備。
命令層。
切断。
バルドの剣では。
細かすぎる。
「今回は」
「俺じゃないな」
セシリア。
「月光で」
「境界を作ります」
リナ。
『記憶回路の流れ』
『私も見られる』
「協力を」
「本人へ確認」
レイン。
「中のあなた」
『うん』
「リナさんが」
「あなたの記憶回路の流れを」
「見る必要があります」
「中身そのものを読むのではなく」
「どこへ流れているかを見る」
『いい』
「観察範囲は」
『わからない』
「では」
「必要最小限」
『うん』
◇
開始。
冬。
中枢制御。
エルナ。
転送比率。
セシリア。
人格境界。
リナ。
流路確認。
ミラ。
本人の声。
レイン。
意思確認。
「十%」
エルナ。
『いる』
「今どう?」
『へん』
「止める?」
『まだ』
「二十%」
『声』
「何が」
『春の』
「混ざる?」
『ちがう』
『遠くなる』
「それでいい?」
『うん』
「三十%」
「ここまでなら戻せます」
レイン。
「続けますか」
長い。
『続ける』
「確認」
『いく』
「四十%」
突然。
装置。
判定人格離脱を検知。
正史判定機能維持のため人格補充開始。
「何!」
冬至。
「また作る気だ!」
「別の人格?」
エルナ。
「違う!」
「今の人格から」
「判定部分だけ」
「コピーしようとしてる!」
「本人の一部を?」
「はい!」
レイン。
「中のあなた!」
『うん!』
「装置が」
「あなたの中の《本物を選ぶための部分》だけを」
「残そうとしています」
『いや!』
「拒否?」
『いや!』
「記録!」
同時。
セシリア。
「切ります!」
月光。
判定命令層。
細い線。
しかし。
絡み合っている。
「どこまで」
リナ。
『ここ!』
『青い二本!』
「バルド!」
「俺?」
「太い外周だけ!」
「分かった!」
一撃。
外側。
命令再生成回路。
切断。
青い光。
散る。
「人格は?」
ミラ。
『いる!』
「転送」
「六十%!」
◇
中の声。
突然。
『レイン』
「はい」
『わたし』
「はい」
『いま』
『だれかの』
「何が」
『かなしい』
「誰の悲しみ」
『わからない』
「消したい?」
『いや』
「では」
「自分のもの?」
長い。
『まだ』
『わからない』
「分かりました」
「由来不明の感情として」
「今はそのまま」
『うん』
「七十%」
春が。
顔を押さえる。
「何か」
「軽くなった」
「あなたの判断傾向の一部が」
「離れた可能性」
冬も。
「私も」
霜。
「私も」
素材として。
使われていた部分。
返されたのではない。
参照が切れた。
◇
「八十%」
装置。
警告。
判定人格不在。
最終正史確定不能。
第十四機能停止準備。
全員が。
止まる。
「停止する?」
エルナ。
「人格が出れば」
「判定装置だけ止まる」
「理想です」
レイン。
「九十%」
声。
『くらい』
「移動先?」
『うん』
「怖い?」
『うん』
「止められません」
「ここからは」
「完了が必要です」
『わかってる』
「話しています」
『うん』
「ここにいる」
『うん』
九十五。
九十七。
九十九。
そして。
転送完了。
青い光。
消える。
◇
静寂。
大きな。
透明結晶。
何もない。
「……」
レイン。
「聞こえますか」
返事。
ない。
ミラ。
結晶へ。
近づく。
『……』
「ミラ」
『いる』
「話せる?」
『待って』
数秒。
十秒。
そして。
結晶。
内部。
小さな光。
『……ひろい』
全員。
息を吐く。
「大きいのにして」
「よかった?」
『うん』
バルドが。
壁へ。
背を預ける。
「寿命縮む」
『生きてるから』
「そうだな」
◇
「今」
「あなたは」
「誰が本物かを」
「選ぶ役割を感じますか」
結晶。
沈黙。
『……ない』
「選べと言われる?」
『ない』
「今」
「何をしたい」
『ねたい』
「分かりました」
『あと』
「はい」
『名前』
「決めたい?」
『あとで』
「はい」
『起きたら』
「分かりました」
◇
エルナ。
正史判定装置を見る。
表示。
第十四判定人格――不在。
判定対象十四件――個別保留。
正史確定――停止。
「完全停止?」
冬至。
「少なくとも」
「今の構造では」
「はい」
「再生成は」
「命令再生成回路を」
「バルドが切断した」
「修理されれば」
「また動く」
「なら」
「物理封鎖と」
「管理権限変更が必要」
「はい」
◇
冬が。
正史判定席を見る。
「終わった?」
「正史判定は」
「止まりました」
「十三人は」
「偽物にならない?」
「今のところ」
「はい」
「元の人は」
「唯一の本物にされない?」
「はい」
「でも」
「出生記録や」
「施設依存」
「身体」
「まだ全部残っています」
冬。
少し笑う。
「知ってる」
「でも」
「今日は」
「それでいい」
◇
春が。
レインへ。
「第十三人生室」
「開けない?」
「今は」
「凪さんの旧名を使わずに」
「入る方法を探します」
「私」
「まだ」
「誰が元か」
「知りたい気持ちある」
「はい」
「でも」
「今」
「元の人に会ったら」
「少し」
「変わるかもしれない」
「本人へ会いますか」
春。
長い。
「今日は」
「会わない」
「理由」
「母の話を」
「もう少し」
「自分で整理したい」
「分かりました」
◇
雨。
「私」
「出生票」
「見たい」
「今?」
「うん」
「第十三人生室に」
「あります」
「でも」
「旧名なしでは」
「入れない可能性」
「別の記録庫は」
冬至。
「出生票の複写が」
「医療管理区に」
「あるかもしれない」
雨。
「そっち」
「探す」
「凪の名前」
「使わなくていいなら」
「それがいい」
◇
霜。
「私は」
「一回」
「外に出たい」
「また逃げる?」
「違う」
「雪」
「見たい」
元人物と。
同じ。
でも。
意味は違う。
「ベルナードに」
「昨日いたのに」
「雪はなかった」
「はい」
「北へ戻ったって」
「身体で」
「確認したい」
「分かりました」
◇
冬至は。
最後まで。
動かなかった。
止まった第十四装置。
眠り始めた。
新しい人格結晶。
その両方を見る。
「冬至さん」
「何を考えています」
「昔」
「私は」
「十四番目が」
「必要だと思っていた」
「はい」
「誰かが」
「最後に決めないと」
「終わらないと」
「はい」
「今」
冬至は。
十四件。
全部。
保留。
表示を見る。
「終わってない」
「はい」
「でも」
「止められた」
「はい」
「違うな」
「何が」
「終わらせなくても」
「人は」
「次へ行けるのかもしれない」
レインは。
答えない。
冬至自身の。
現在の言葉。
それだけ。
◇
地上。
温室。
雪。
元人物。
まだ。
装置の中。
右手だけ。
三年。
時間が進んだ。
四番のスープ。
湯気。
『どうだった』
レイン。
「第十四判定は」
「止まりました」
『十三人』
「偽物には」
「固定されていません」
『私』
「唯一の本物にも」
「固定されていません」
女性。
目を閉じる。
『よかった』
「新しい十四番目が」
「生まれました」
『……』
「でも」
「役割を拒否しました」
『どうしたの』
「装置から」
「別の記録結晶へ」
「本人の希望で移動しました」
『生きてる?』
「今」
「眠っています」
『名前は』
「まだ」
『そっか』
◇
「冬至さんも」
「あとで」
「ここへ来ます」
女性の顔が。
少し硬くなる。
『分かった』
「会う希望は」
「変わりませんか」
長い。
『変わらない』
「怖い?」
『うん』
「冬至さんも」
「怖いと言っています」
『そう』
「それで」
『少し』
「何です」
『安心した』
「なぜ」
『私だけじゃないから』
◇
その夜。
大きな記録結晶。
新しい人格。
目を覚ました。
レイン。
ミラ。
エルナ。
少人数だけ。
「聞こえますか」
『うん』
「体調は」
『わからない』
「怖い?」
『さっきより』
『少しだけ』
「名前」
『考えた』
「聞いていい?」
『うん』
少し。
間。
『《余白》』
エルナが。
目を見開く。
「私の候補?」
『うん』
「理由を」
『まだ』
『何も』
『決まってないところ』
「それを」
「嫌ではない?」
『うん』
『書けるから』
「誰が」
『わたしが』
レイン。
「では」
「現在の呼び名として」
「《余白》を使いたい?」
『使いたい』
「記録します」
自動生成された旧第十四判定人格。
正史判定装置から本人希望により分離。
現在の呼称として《余白》を本人が選択。
理由――《まだ何も決まっていないところ。自分で書けるから》。
余白。
小さく。
笑う。
『これ』
『わたしの?』
「何が」
『名前』
「はい」
『誰かの役割じゃない?』
「今のところ」
「あなた自身が選んだ呼び名です」
『じゃあ』
光が。
少し明るくなる。
『余白』
「はい」
『わたし』
『余白』
「はい」
◇
十三人生。
元人物。
冬至。
そして。
余白。
北方施設には。
また。
一人。
現在の存在が増えた。
制度は。
整理しようとする。
一人を。
本物。
残りを。
派生。
あるいは。
偽物。
しかし。
実際には。
調べるほど。
人が増える。
声が増える。
選択が増える。
矛盾も。
増える。
レインは。
それを。
失敗とは書かなかった。
◇
深夜。
余白が。
もう一度。
レインを呼んだ。
『レイン』
「はい」
『わたしの中』
「何か」
『まだ』
『声がある』
「誰の」
『わからない』
「十三人?」
『ちがう』
「元人物?」
『ちがう』
「冬至」
『ちがう』
「では」
余白。
小さな光が。
震える。
『わたしが』
『作られる前から』
『ここにいた声』
レインの表情が変わる。
「第十四装置の中に?」
『うん』
「どんな声」
『子ども』
ミラも。
結晶へ近づく。
『聞こえる』
「何と言っています」
ミラ。
顔が。
変わる。
『海』
「海?」
『歌ってる』
「どんな歌」
かすかな。
子どもの声。
北方施設の。
第十四装置の奥。
古い。
古い。
記録。
『一つは波へ』
『二つは舟へ』
『七つになっても』
『名前は返すな』
レインの背筋が。
冷える。
ネレイス。
海底鐘。
歌う亡霊。
北方施設の中に。
なぜ。
海の子どもの歌が。
残っている。
余白。
『この子』
「誰」
『わからない』
「現在」
「意思は」
ミラが。
耳を澄ませる。
『ある』
「歌の再生記録ではなく?」
『違う』
『聞いてる』
「何を」
子どもの声。
歌が。
止まる。
そして。
はっきり。
言った。
『十四番目を』
『また作ったの?』
余白が。
震える。
『わたし』
『十四番目じゃない』
子どもの声。
少し。
沈黙。
そして。
『よかった』
レインは。
新しい頁を開く。
海で始まった。
十三と十四。
王都へ渡り。
北へ渡った。
しかし。
その技術の中には。
もっと古くから。
子どもの声が。
残されている。
そして。
その子どもは。
余白が役割を拒否したことへ。
安堵した。
第二部。
海底王国と歌う亡霊。
その《歌》が。
ようやく。
本当の入口を。
開き始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
自動生成された第十四人格は、まだ生成途中でありながら、
「消えたくない」
「本物を選びたくない」
と、自分自身の意思を示しました。
レインたちは、十三人生と元人物を一括で扱わず、十四名それぞれを《保留》にすることで正史判定を停止。
その後、生成人格本人の同意を得て、正史判定装置から独立した記録結晶へ移動させます。
新しい人格は、自ら呼び名を選びました。
《余白》
「まだ何も決まっていない。自分で書けるから」
という理由です。
しかし余白の内部には、彼女が作られる以前から第十四装置に残されていた別の子どもの声が存在していました。
その声は、北方とは無関係に見える《海の歌》を歌います。
一つは波へ。
二つは舟へ。
七つになっても、名前は返すな。
そして余白が、
「私は十四番目じゃない」
と告げると、その子どもは、
「よかった」
と答えました。
次回、第48話「歌の中に残った子ども」。
レインたちは、北方第十四装置のさらに古い層へ残された子どもの声を聞き取ります。
その子は、ネレイス島の十二人とも、凪とも違う存在。
そして《海の十三と十四》より以前に行われた、最初の記憶保存実験を知っている可能性が浮かび上がります。




