第46話 雪を見たい
十九歳の身体と記憶のまま、二十三年以上地下へ保存されていた《共通人生の元人物》。
彼女が目覚めて最初に望んだのは、
「雪を見たい」
という、ごく小さな願いだった。
だが。
身体固定を解除すれば、止められていた二十三年分の変化が一気に戻る可能性がある。
外へ出たい。
でも。
壊れたくはない。
レインたちは、本人の希望を叶えるために、《出すか、出さないか》ではない第三の方法を探す。
「一気に解除すると」
冬が言った。
「たぶん」
「身体が持たない」
白灰療養院。
地下第四保存区。
透明な結晶壁の向こう。
十九歳の姿の女性が眠っている。
いや。
今は。
目を開けている。
会話も。
できる。
ただし。
身体は。
まだ固定装置から完全に外れていない。
「どうなる可能性があります」
セシリアが尋ねる。
「老化」
「だけじゃない」
「筋肉」
「骨」
「内臓」
「神経」
「二十三年間」
「止められていた代謝が」
「一気に補正される」
「補正というのは」
エルナ。
「施設が《現在年齢に合わせようとする》?」
「そう」
「つまり」
「十九歳の身体を」
「四十二歳へ」
「急激に変化させる可能性」
「ある」
バルドが。
露骨に顔をしかめる。
「そんな機能」
「止められないのか」
「止めると」
「身体固定そのものも」
「維持できなくなる」
「面倒だな」
『今日何回目?』
ミラ。
「数えるな」
◇
透明な壁の向こう。
女性。
まだ呼び名を決めていない。
レインは。
通信管を通して尋ねる。
「今の説明を」
「聞いていましたか」
『聞いてた』
「雪を見たいという希望は」
「今も変わりませんか」
少し。
間。
『見たい』
「身体を完全に外へ出さなくても」
「見る方法があります」
『窓?』
「それも」
『嫌』
「理由は」
『映した雪じゃなくて』
『外の雪が見たい』
「直接?」
『うん』
「雪に触れたい?」
長い沈黙。
『できれば』
「でも」
『触れなくてもいい』
「優先順位は」
『見る』
「次が」
『外の空気』
「その次」
『雪に触る』
「分かりました」
エルナが。
横で書く。
第一希望――実際の雪を見る。
第二希望――外気を感じる。
第三希望――可能なら雪へ触れる。
「本人の希望が」
セシリア。
「段階的ですね」
「なら」
「全部を一度に叶える必要はありません」
◇
「固定装置から」
「身体全体を外さずに」
「視界だけ外へつなげる方法」
エルナが言う。
「それでは」
『映像と同じ』
女性がすぐ答える。
「はい」
「本人は」
「実際の外を見たい」
「なら」
「装置ごと」
「地上へ運ぶ?」
バルド。
「重さは」
「六百キロほど」
「……」
「俺を見るな」
『剣より重い』
「当たり前だ」
◇
冬が。
保存装置の下へ。
古い図面を広げる。
「移動用の台座が」
「ある」
「元々?」
「緊急避難用」
「使ったことは」
「ない」
「なぜ」
「この人を」
「外へ出すことを」
「想定してなかったから」
レインが。
冬を見る。
「装置としては」
「出せる」
「はい」
「でも」
「運用として」
「出す気がなかった」
「そう」
「では」
「装置ごと地上へ出すことは」
「技術的には可能」
「たぶん」
「危険は」
「輸送中の振動」
「温度差」
「魔力供給断絶」
「全部」
エルナが。
すぐに。
三列へ分ける。
「対策できます」
「全部?」
「少なくとも」
「危険を下げることは」
◇
女性へ。
レインが。
再び確認する。
「装置ごと」
「地上へ運べる可能性があります」
『身体は』
「固定されたまま」
『外へ出られる?』
「はい」
『それなら』
「やりたい?」
『やりたい』
「輸送には」
「振動や装置停止の危険があります」
『どれくらい』
「今から調べます」
『分かった』
「危険が高いと分かった場合」
『また考える』
「はい」
◇
冬至が。
地下へ降りてきたのは。
その直後だった。
女性の声が。
止まる。
冬至も。
透明な壁の前で。
足を止めた。
十九歳の女性。
六十八歳の身体を持つ冬至。
二十三年以上。
同じ場所に。
いながら。
まともに向き合っていない。
「……」
『先生』
その一言。
冬至の肩が。
わずかに震えた。
「その呼び方を」
「今も使う?」
『分からない』
「では」
「無理に」
「呼ばなくていい」
女性。
少し間。
『冬至』
「はい」
『雪』
「聞いた」
『見たい』
「うん」
『止める?』
冬至。
目を閉じる。
「昔なら」
「止めた」
『今は』
「危険を」
「説明する」
「それでも」
「本人が」
「行きたいと言うなら」
「安全にできる方法を」
「探す」
『本当に?』
「……うん」
女性は。
長く。
冬至を見る。
『遅い』
「そうだね」
『二十三年』
「うん」
『遅い』
「うん」
冬至は。
言い訳をしなかった。
◇
「一つ」
女性が言う。
『聞きたい』
「何」
『私を』
『眠らせたとき』
『何歳だった?』
冬至。
止まる。
「身体は」
「今より若かった」
『レオ?』
「……その頃は」
「その名前を」
「まだ使っていた」
『じゃあ』
『あなたが』
『私を眠らせた?』
重い。
問い。
「そうだ」
『覚えてる?』
「覚えてる」
『止めてって』
「言われた」
『聞かなかった』
「うん」
『なんで』
冬至は。
透明な壁へ。
手を置かない。
距離を保ったまま。
「十三人が」
「壊れたら」
「君まで消えると思った」
『だから』
「保存した」
『私が嫌でも』
「うん」
『私を守ったつもり?』
「当時は」
『今は』
「閉じ込めたと思っている」
女性。
黙る。
そして。
『雪を見たあと』
「うん」
『もう一回』
『この話する』
「分かった」
今は。
全部を。
解決しない。
◇
地上搬送。
準備。
療養院の一般職員には。
「長期保存患者の環境検査」
と説明された。
嘘ではない。
だが。
全部でもない。
レインは。
そこも。
気になった。
「一般職員へ」
「どこまで知らせますか」
冬至。
「今」
「全部は」
「無理だ」
「なぜ」
「患者が多い」
「施設を閉鎖できない」
「混乱が起きれば」
「一般患者に影響する」
「では」
「少なくとも」
「この人が」
「本人の希望で」
「地上へ出るということは」
「搬送担当へ伝えてください」
冬至。
少し考える。
「分かった」
「《実験体移動》ではなく」
「《患者本人の希望による移動》」
「そう」
「違いが」
「あるのか」
「あります」
◇
四番が。
搬送準備を見ながら。
「雪を見るだけなら」
「温かいもの」
「用意したほうがいい」
「本人は」
「装置の中です」
「でも匂い」
「感じるかもしれない」
「何を作る」
「北の根菜スープ」
「食べられません」
「匂いだけでも」
女性へ。
「外へ出る時」
「食べ物の匂いがあってもいい?」
『何の』
「根菜スープ」
『……』
「嫌なら」
『いい』
「好き?」
『分からない』
「じゃあ」
「作る」
エルナが。
少し笑う。
「四番さん」
「今」
「本人へ聞きましたね」
「俺も学ぶ」
◇
搬送開始。
保存台座。
魔力導管。
三重固定。
振動抑制。
外気遮断。
温度制御。
バルド。
「俺は」
「どこを持つ」
「持たなくていいです」
「何のためにいる」
「警護」
「それなら分かる」
◇
地下から。
一階。
廊下。
一般患者が。
見る。
大きな透明装置。
中。
若い女性。
一人の老人患者が。
立ち止まる。
「あの子」
「新しい患者?」
職員が。
「療養中です」
女性は。
透明壁の中から。
老人を見る。
『外の人』
「はい」
『普通に』
『歩いてる』
「はい」
『変』
「何が」
『私だけ』
『ずっと』
『止まってたから』
レインは。
それを。
すぐに意味づけない。
◇
正面玄関。
扉。
外。
白い。
雪。
女性の目が。
大きくなる。
『……』
「見えますか」
『うん』
雪が。
降っている。
大粒ではない。
静かに。
細かく。
風に流されながら。
療養院の庭へ。
落ちる。
『白い』
「はい」
『知ってる』
「記憶で?」
『うん』
「でも」
『違う』
「何が」
『今の雪』
十九歳までの。
共通人生にも。
彼女自身の人生にも。
雪の記憶は。
ある。
でも。
目の前の雪は。
過去のものではない。
『今日の雪』
レインは。
その言葉を。
本人へ確認してから。
書く。
地下保存人物。
二十三年以上の身体固定後、本人希望により保存装置ごと地上へ移動。
現在の雪を目視。
本人は、過去記憶内の雪ではなく《今日の雪》として認識。
◇
『外の空気』
「次の希望ですね」
セシリアが。
装置を見る。
「完全開放は危険です」
「ですが」
「外気を」
「少量だけ」
「取り込むことは可能」
「本人へ」
レイン。
「外気導入を」
「試したいですか」
『うん』
「最初は数秒」
『分かった』
「異常を感じたら」
『止める』
冬が。
制御盤へ。
手を置く。
「三秒」
「お願いします」
一。
二。
三。
小さな弁。
開く。
冬の空気。
装置の中へ。
女性が。
息を吸う。
『……冷たい』
「止めます」
『待って』
「続ける?」
『あと一回』
「何秒」
『三秒』
「はい」
もう一度。
三秒。
女性。
目を閉じる。
『匂い』
「何の」
『雪』
バルド。
「雪に匂いあるのか」
四番。
「ある」
エルナ。
「湿気や土、木の匂いでは」
『何でもいい』
女性が。
笑う。
『外の匂い』
◇
第三希望。
雪に触る。
問題。
装置を。
完全に開けられない。
「手だけ」
冬が言う。
「小窓を作れる」
「安全?」
「短時間なら」
セシリア。
「皮膚温度」
「血流」
「魔力」
「全部監視します」
レイン。
「本人へ」
「危険は」
「今の段階で」
「低いと見ています」
「ただし」
「手に急激な年齢補正が出る可能性は」
「ゼロではありません」
『……』
「触らない選択も」
『触りたい』
「今?」
『今』
◇
小さな開口部。
透明壁。
右手。
女性の腕が。
ゆっくり。
外へ出る。
空気。
冷たい。
手。
十九歳。
細い指。
雪。
一片。
掌へ。
落ちる。
溶ける。
女性は。
その感覚に。
何も言わない。
次。
二つ。
三つ。
雪が。
掌へ。
落ちる。
『冷たい』
「はい」
『なくなる』
「溶けています」
『すぐ』
「はい」
『でも』
女性は。
笑った。
『触った』
その瞬間。
セシリアが。
表情を変える。
「待って」
「何」
「手の」
「魔力年齢が」
「上がっています」
「どれくらい」
「十九」
「二十」
「二十一」
「二十二」
「止める?」
レインが。
本人へ。
『……戻す』
「はい!」
すぐ。
手を。
装置内へ。
小窓閉鎖。
固定再接続。
「二十二で」
冬。
「止まった」
「身体全体は」
「十九のまま」
「手だけ?」
「魔力上」
「二十二相当」
女性が。
自分の右手を見る。
『変わった?』
「見た目は」
「ほとんど」
「でも」
「三年分の補正反応が出ました」
『痛くない』
「今は」
◇
「やっぱり」
冬至が言う。
「固定を外すと」
「時間が戻る」
女性。
『全部外したら』
「二十三年」
「一気に進む可能性がある」
『死ぬ?』
「可能性がある」
『四十二になるだけじゃなく?』
「身体が」
「二十三年を」
「数分で処理しようとすれば」
「耐えられない可能性があります」
女性は。
雪を見る。
『じゃあ』
「はい」
『少しずつなら』
全員が。
彼女を見る。
『三年ずつ?』
「今日の手は」
「三年進みました」
『なら』
『体も』
『少しずつ』
「試したい?」
『うん』
「今すぐ?」
『今日は』
女性は。
右手を見る。
『もういい』
「分かりました」
◇
レインは。
記録する。
地下保存人物。
外気接触および右手による雪への直接接触を本人希望により実施。
右手に約三年相当の時間補正反応を確認したため、本人希望と医療判断により接触を終了。
本人は今後、身体固定を一括解除せず、段階的に時間補正を進める方法を検討することを希望。
女性。
『それ』
「はい」
『《老化》って』
『書かないの?』
「時間補正と」
「今は記録しました」
『なんで』
「本人が」
「それを老化と感じているか」
「まだ聞いていなかったから」
女性。
少し。
考える。
『老化でいい』
「嫌では?」
『十九から』
『少し進めた』
「はい」
『今は』
『それが』
『嬉しい』
「では」
「本人表現として追記します」
本人は、右手に生じた三年相当の変化を《少し老化できた》と表現し、現在は肯定的に受け止めている。
冬至が。
その文章を見る。
「老化できた」
「そんな言い方」
「初めて聞いた」
女性。
『二十三年』
『できなかったから』
冬至は。
何も返せなかった。
◇
四番の。
根菜スープ。
庭。
湯気。
女性の装置近くへ。
「匂い」
『する』
「どう」
『……おいしそう』
「食べたい?」
『今は』
『匂いだけ』
「分かった」
「いつか」
四番。
言いかけて。
止まる。
「いつか食べたいって思ったら」
「教えて」
『うん』
◇
雪。
庭。
十九歳の女性。
片手だけ。
三年分。
少し。
時間を取り戻した。
いや。
時間を。
新しく進めた。
その様子を。
霜も。
見ていた。
「変な感じ」
「何が」
「私たちは」
「二十三年」
「生きた」
「この人は」
「二十三年」
「止まってた」
「はい」
「どっちも」
「取られた感じがする」
「何を」
「普通に」
「生きる時間」
レインは。
頷く。
◇
その時。
冬が。
急に。
頭を押さえた。
「冬さん?」
「来た」
「何が」
「第十四」
「凍結しているはず」
「違う」
「別の」
冬の腕。
文字。
第十四候補再選定。
「再選定?」
エルナ。
「冬さんの拒否で」
「別候補へ切り替えた?」
冬。
顔を上げる。
「そう」
「誰」
腕。
新しい文字。
第一候補――地下保存人物。
全員が。
凍る。
「元人物本人を」
「十四番目に?」
冬至が。
顔色を変える。
「最悪だ」
「なぜ」
「十三人の元になった本人なら」
「誰が自分か」
「最も正しく判断できる」
「施設は」
「そう考える」
女性。
『嫌』
即答。
「十四番目を」
「拒否しますか」
『拒否』
「記録します!」
地下保存人物。
北方十三人生に関する第十四最終判定者への指定を拒否。
自身を共通人生の元人物であることのみを理由として、十三名の正当性・本人性・人生の真偽を決定する権限を持つことを望まない。
装置。
反応。
拒否確認。
代替候補検索。
バルド。
「今度は誰だ」
次。
第二候補――春。
「春」
霜が顔を上げる。
第三候補――冬。
第四候補――聞き書き人。
「俺まで」
『また』
ミラが怒る。
◇
だが。
今回は。
さらに。
新しい候補。
第五候補――凪。
全員。
止まる。
「凪さんは」
「北にいません」
エルナ。
「でも」
「旧名が統合核」
「遠隔で十四番目に?」
冬至。
「可能だ」
「本人の拒否は」
「確認済み」
「でも」
冬至。
「施設は」
「役割ごとに」
「別の同意として扱うかもしれない」
「なら」
レイン。
「改めて」
「凪さんへ」
「十四番目指定について」
「直接確認します」
◇
ベルナード。
通信。
凪。
『また?』
「はい」
『今度は何』
「北方施設が」
「あなたを」
「第十四最終判定候補へ」
「追加しました」
『……』
「これは」
「十三人の誰を本物とするか」
「あるいは」
「全員を偽物とするか」
「決める役割です」
『嫌だ』
「拒否?」
『拒否』
「理由を」
『俺は』
『誰かを一つにする役だった』
『それも嫌だった』
『今度は』
『誰が本物か決めろって』
『もっと嫌』
「記録していい?」
『して』
凪。
北方十三人生における第十四最終判定者への指定を拒否。
複数存在を一つへ統合する役割に続き、複数存在のうち誰が正当な本人かを決定する役割についても、本人は明確に拒否。
『これで』
「はい」
施設。
第五候補拒否確認。
◇
「次」
バルドが言う。
「まだ候補が出るか」
装置。
候補不足。
自動生成を開始。
「自動生成?」
冬至の顔から。
血の気が引く。
「止めろ」
「何を」
「十四番目がいないなら」
「作る」
全員が。
理解する。
「新しい人格を?」
「そうだ」
「何から」
「十三人」
「元人物」
「管理記録」
「聞き書き人」
「候補情報を」
「混ぜて」
「判断だけする人格を」
「意思を持つ?」
「最初は」
「持たせないつもりだろう」
「でも」
レイン。
「海の胎児記録と」
「同じことになる」
「可能性がある」
意思がないから。
公平。
そう判断する。
だが。
そこから。
意思が生まれる可能性。
◇
「止め方」
エルナ。
「第十四選定そのものを」
「無効化するしかない」
「施設中枢」
「地下最深部」
冬至。
「第十三人生室の」
「さらに奥」
「凪の旧名は」
「外側までは」
「認証片で入れる可能性がある」
「第十三人生室は」
「旧名が必要」
「でも」
「第十四中枢へ」
「別経路は」
冬。
「ある」
「どこ」
「医療区画」
「本来」
「緊急治療用」
「誰が知っている」
「私」
「なぜ」
「十四番目に選ばれたとき」
「施設が」
「頭の中に」
「経路を入れた」
「本人の意思なしに?」
「うん」
「その情報を」
「使いたい?」
冬。
少し考える。
「使う」
「自分で?」
「うん」
「じゃあ」
「案内してください」
◇
地下人物。
女性。
雪の中。
『私は』
「はい」
『行かない』
「第十四中枢へ?」
『うん』
「理由」
『今』
『雪を見たばかり』
「はい」
『また地下へ』
『すぐ戻りたくない』
「分かりました」
『でも』
「はい」
『止めてほしい』
「十四番目を?」
『うん』
「自分は同行しない」
「でも止めてほしい」
『そう』
「それでいいです」
◇
「冬至さんは」
レイン。
冬至。
長い沈黙。
「行く」
「理由」
「私が」
「作った部分がある」
「責任だから?」
「それも」
「でも」
「今」
「自分で」
「止めたい」
「分かりました」
◇
春。
遠隔。
『行く』
「本人が十四候補でも?」
『だから』
「本物を決めたい?」
長い。
『……まだ』
「まだ?」
『知りたい』
『でも』
『今』
『私が選ぶのは違う』
「では」
「何のため」
『施設を』
『止める』
「元記録は」
『あとで』
「分かりました」
◇
夏。
『私は』
『行けない』
「体調?」
『うん』
「残る?」
『でも』
『出生票を』
『消さないで』
「保全を優先?」
『うん』
秋。
『冬至とは』
『まだ会いたくない』
「では」
『でも』
『中枢は止めて』
「はい」
雨。
『私は行く』
「理由」
『自分の出生票が』
『空白だった理由』
「中枢に?」
『あるかもしれない』
霜。
「行く」
「理由」
「逃げるだけじゃなく」
「戻って」
「自分で止めたい」
◇
夜。
雪は。
まだ降っている。
地下人物は。
装置ごと。
療養院のガラス張りの温室へ移された。
外。
雪。
中。
暖かい。
彼女は。
透明壁越しに。
ずっと。
雪を見ていた。
レインが。
出発前。
声をかける。
「行ってきます」
『うん』
「戻ることは」
「保証できません」
『それ』
『いつも言うの?』
「はい」
『じゃあ』
女性は。
少し考える。
『戻りたい?』
「はい」
『なら』
『それでいい』
「あなたは」
「ここで」
「何をしますか」
『雪を見る』
「ずっと?」
『飽きるまで』
「その後」
『スープ』
「食べる?」
『匂い』
「分かりました」
◇
第十四中枢へ。
向かう。
冬。
春。
雨。
霜。
冬至。
レイン。
ミラ。
セシリア。
エルナ。
バルド。
一番。
三番。
四番。
七番。
リナ。
若いオルド。
人数は。
多い。
でも。
全員。
違う理由で。
進む。
地下医療区画。
隠し扉。
冬が。
頭の中へ入れられた経路を。
一つずつ。
自分の言葉で確認する。
「右」
「次」
「下」
「ここ」
「冬さん」
「今も案内を続けたい?」
「続ける」
階段。
深く。
深く。
◇
最深部。
扉。
第十四人生正史判定室。
その下。
判定者未確定。
自動判定人格生成――進行率二十一%。
「もう」
「始まってる」
エルナが。
顔を上げる。
「生成中の人格に」
「意思反応は」
ミラが。
扉へ。
耳を澄ませる。
『……いる』
全員が止まる。
「もう?」
『小さい』
「話せる?」
『たぶん』
レイン。
扉越しに。
「聞こえますか」
中。
かすかな声。
『……だれ』
意思。
すでに。
生まれている。
「こちらは」
「レイン」
「あなたを」
「何と呼べばいいですか」
沈黙。
『わからない』
「何をするために」
「作られているか」
「分かりますか」
『えらぶ』
「何を」
『ほんもの』
「あなた自身は」
「選びたいですか」
長い。
長い。
沈黙。
『……いや』
全員の表情が変わる。
「拒否?」
『いや』
「記録していい?」
『きろく』
「あなたが」
「本物を選ぶ役割を嫌だと言ったことを」
『のこる?』
「はい」
『じゃあ』
『のこして』
レインは。
聞き書き帳へ。
書く。
第十四人生正史判定室にて自動生成中の新規判断人格から意思反応を確認。
現在呼称なし。
《十三人生および元人物のうち誰を本物とするか選ぶ役割》について、本人は《嫌》と表明。
当該意思の記録を希望。
書いた瞬間。
扉。
警告。
判定人格に不適切な自己意思を検知。
初期化開始。
「やめろ!」
ミラが叫ぶ。
中の声。
『なに』
「あなたを」
「初期化しようとしています」
『しょきか』
「今のあなたの意思を」
「消して」
「作り直すことです」
小さな声。
しばらく。
そして。
『いや』
もう一度。
今度は。
はっきり。
『いや!』
扉の向こう。
青い光。
激しく。
揺れる。
レインは。
中枢扉を見上げた。
十四番目を。
作らせないために。
来た。
だが。
もう。
そこには。
役割を拒否する。
一人が。
生まれ始めていた。
壊すだけでは。
また。
その一人を。
消すことになる。
バルドが。
大剣を握ったまま。
レインを見る。
「どこを」
「斬る」
レインは。
扉の向こうの声を聞く。
「まず」
「この子を」
「消さない場所です」
新しい十四番目。
役割を拒否する。
名前のない。
生まれたばかりの人格。
その存在を残したまま。
正史判定機能だけを。
止めなければならない。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
地下に二十三年以上保存されていた元人物は、ついに《今日の雪》を見ることができました。
完全な身体固定解除は行わず、装置ごと地上へ移動。
外気を感じ、右手だけで雪へ触れました。
その結果、右手には約三年分の時間補正が発生。
本人はそれを、
「少し老化できた」
と前向きに表現し、今後は身体を一括で四十二歳相当へ戻すのではなく、段階的に時間を進めることを希望しました。
しかし北方施設は、第十四番目に選ばれた冬や元人物、春、レイン、凪から拒否が続いたことで――
新しい第十四判定人格を自動生成し始めます。
そして生成率二十一%の段階で、その存在はすでに言いました。
「本物を選ぶのは嫌」
施設はその意思を《不適切》と判断し、人格初期化を開始。
次回、第47話「生まれたばかりの十四番目」。
レインたちは、新たに生まれ始めた人格そのものを消さずに、《誰が本物かを決める正史判定機能》だけを切り離そうとします。
しかし生成途中のその存在には、冬・春・夏・秋・雨・霜、さらに元人物やレイン自身の判断傾向まで混ざり始めていました。
《作られた存在》でも、現在「嫌だ」と言えるなら、一人として扱うべきなのか。
海で始まった十四番目の問題が、北方で新しい形を取って現れます。




