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異世界幽霊聞き書き帳――死者の声が聞こえる俺は、成仏できない亡霊たちを取材する  作者: たむ
第二部 第1章 七人の夫が帰る港

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第45話 本物にされたくない人

十三人へ《共通人生》として自分の十九年間を渡した人物が、北方施設地下で目を覚ました。


その人物は言った。


十三人、私の人生を返して。


しかし続けて、


私を本物にしないで。


とも言った。


自分の人生を取り戻したい。


けれど、十三人を偽物にして唯一の本人になることは望まない。


一見矛盾する二つの言葉。


レインたちは、その意味を本人自身から聞くため、雪冠公国へ入る。

 雪は。


 国境を越えてから急に増えた。


 最初は。


 道の端に。


 薄く。


 白い粉のように残っているだけだった。


 だが。


 北へ進むほど。


 森の枝。


 屋根。


 畑。


 道そのものが。


 白く覆われていく。


「寒い」


 バルドが言った。


『幽霊は寒くない』


 ミラ。


「知ってる」


「だから腹が立つ」


「大剣を背負っているからでは」


 エルナ。


「関係ない」


「金属は冷えます」


「もっと早く言え」


 四番が。


 馬車の荷台に積んだ保存食を見る。


「北のスープ」


「何があるかな」


「まだ食べ物ですか」


「寒い場所では大事だ」


 今回は。


 誰も否定しなかった。


 実際。


 寒い。


     ◇


 霜は。


 窓際。


 北へ近づくほど。


 顔色が悪くなっていた。


「大丈夫ですか」


 セシリアが尋ねる。


「身体は」


「大丈夫」


「では」


「記憶」


 霜は。


 自分のこめかみを押さえる。


「混ざってる」


「誰の」


「冬」


「春」


「夜」


「あと」


「知らない」


「十三人以外?」


「たぶん」


「元の人?」


 霜は。


 すぐには答えない。


「女の子」


「何歳くらい」


「十九」


 全員が見る。


「地下の人」


「可能性があります」


「何が見える」


「雪」


「窓」


「白い鳥」


「それから」


 霜の目に。


 涙。


「誰かを」


「抱きしめてる」


「誰を」


「分からない」


「今」


「その記憶を見続けたい?」


 霜は。


 首を横に振った。


「一回」


「切りたい」


「分かりました」


 セシリアが。


 霊術ではなく。


 記憶混線だけを弱める結界を。


 霜の周囲へ張る。


「消しません」


「距離を置くだけです」


「うん」


     ◇


 夕方。


 白灰療養院まで。


 残り。


 半日。


 街道脇の宿場町。


 ここで。


 一晩だけ休む。


 宿帳。


 受付の男が。


 人数を数える。


「十二名」


「いえ」


 エルナが言う。


「生者は六名です」


「幽霊六名」


 受付の男が。


 固まった。


「……幽霊?」


 一番。


「俺たち」


「宿代いる?」


 男が。


 顔を青くする。


「い、いえ」


 四番。


「食事は?」


「食べられません」


「残念」


「あなたは料理の記憶だけでしょう」


「でも匂いは分かる」


     ◇


 宿の一室。


 夜。


 ミラが。


 また。


 北へ耳を澄ませていた。


『聞こえる』


「地下の人?」


『うん』


「今」


「話せますか」


『少し』


 レインは。


 聞き書き帳を開く。


「あなたを」


「何と呼べばいいですか」


 遠い声。


 十九歳ほど。


 女性。


『……分からない』


「名前を覚えていない?」


『名前は』


『ある』


「使いたくない?」


『違う』


『十三人の中に』


『私の名前を持ってる人がいる』


 全員の表情が変わる。


「誰」


『分からない』


「では」


「今は名前を聞かないほうがいい?」


『うん』


「呼び方が必要ですか」


 長い沈黙。


『《原》は』


『嫌』


「理由は」


『原本みたいだから』


「分かりました」


『《十九》も嫌』


「年齢だから?」


『うん』


「では」


「今は呼び名なしでも」


『それでいい』


 レインは。


 記録する。


北方地下保存人物。


現在、本人名は記憶しているが、その名前を十三人生の誰かが使用している可能性があるため公開を望まない。


《原》《十九》など、元人物・保存年齢を基準とした仮称も拒否。


現時点では呼称を設定しないことを希望。


「これで?」


『うん』


     ◇


「昨日」


「あなたは」


「《十三人、私の人生を返して》」


「そして」


「《私を本物にしないで》」


「と言いました」


『うん』


「今」


「その意味を聞いてもいい?」


 長い。


 沈黙。


『いい』


「まず」


「《人生を返して》とは」


「十三人へ入った記憶を」


「全部あなたへ戻してほしい?」


『違う』


「では」


『私の人生を』


『十三人の人生だったことに』


『しないでほしい』


「もう少し」


『私が』


『十九歳まで生きたこと』


『それは』


『私が生きた』


「はい」


『十三人が』


『その記憶を持ってても』


『私が生きたことまで』


『十三人の共通過去ってだけに』


『しないで』


 レインは。


 理解する。


「返してほしいのは」


「記憶そのものではなく」


「《その人生を生きた主体があなたでもあった》という事実?」


『そう』


「十三人から奪い返すのではなく」


『うん』


「あなたの人生だったことも」


「消さないでほしい」


『そう』


     ◇


「では」


「《私を本物にしないで》は」


 女性の声。


 少し。


 強くなる。


『私が』


『元だから』


『十三人が偽物になるのは』


『嫌』


「自分が共通人生の実在した元人物でも?」


『それと』


『今の十三人が』


『偽物かどうかは』


『別でしょう』


「はい」


『私が』


『十九歳まで』


『あの人生を生きた』


『十三人は』


『その記憶を入れられて』


『そのあと』


『二十三年』


『別々に生きた』


『なら』


『今は』


『十四人でしょう』


 部屋が。


 静まる。


 十三人と。


 一人。


 十四人。


 だが。


 役割上の十四番目ではない。


「あなたを含めて」


「現在十四人の別人?」


『私は』


『そう思う』


「十三人全員がそう考える必要は」


『ない』


「あなたの考え?」


『うん』


「記録していい?」


『して』


     ◇


地下保存人物は、十三人生へ付与された共通人生が自身の実人生に由来することを認める一方、その事実を根拠に十三名を偽物と扱うことを拒否。


《人生を返して》とは、十三名から記憶を奪還することではなく、自身が十九歳までその人生を実際に生きた主体であった事実を消さないでほしい、という意味であると説明。


本人は現時点で、自身と十三人生を合わせた十四名を別々の現在存在として考えている。ただし他十三名へ同一解釈を要求しない。


「これで」


『いい』


     ◇


「なぜ」


 エルナが。


 レインを通じて質問する。


「あなたは自分の人生を十三人へ渡すことへ同意したんですか」


 女性。


 沈黙。


『死ぬと思ってた』


「病気?」


『違う』


「処刑?」


『違う』


「では」


『消される』


「誰に」


『記録から』


 レインの顔が変わる。


「なぜ」


『私の父が』


『大きなことを』


『知ってた』


「何を」


『海の実験』


 全員が。


 止まる。


「ネレイス島?」


『もっと前』


「海の十三?」


『うん』


「あなたの父親は」


「海洋実験関係者?」


『記録係』


「レオと?」


『知り合いだった』


     ◇


「父親が」


「何を知っていた」


『最初の十三人が』


『自壊したこと』


「はい」


『それを』


『成功として』


『報告し直した人の名前』


「誰」


 女性は。


 すぐには答えない。


『今は』


『言いたくない』


「分かりました」


『その名前』


『北でも使われてる』


「現在も?」


『うん』


「本人?」


『分からない』


「では」


「保留します」


     ◇


『父は』


『記録を外へ出そうとした』


「結果」


『殺された』


「あなたは」


『父の記録を』


『持ってると思われた』


「実際は」


『持ってた』


「だから」


『私も消す予定だった』


「死亡?」


『違う』


「名前?」


『戸籍』


『家族』


『学校』


『生まれた記録』


『全部』


 北方の。


 人生偽物固定。


 その前身。


「あなた自身を」


「存在しなかったことに?」


『そう』


「それを防ぐため」


『レオが』


「人生を十三人へ?」


『最初は』


『十三人じゃなかった』


「何人」


『三人』


 また。


 新しい情報。


「三人へ」


『私の人生記録を』


『少しずつ』


『預ける予定だった』


「本人たちの同意は」


『あるって』


『聞いてた』


「本当にあったかは」


『知らない』


「その後」


『研究所が』


『十三人に増やした』


「なぜ」


『比較できるから』


「何を」


『どの性格なら』


『私の記憶を』


『一番安定して持てるか』


 保存。


 から。


 実験へ。


 また。


 目的が変質した。


     ◇


「レオは」


「その変更を止めた?」


『最初は怒った』


「最初は?」


『あとで』


『協力した』


 レインの表情が。


 険しくなる。


「なぜ」


『十三人に分ければ』


『一人が壊れても』


『私の人生が残るって』


「保存効率を」


「優先した」


『たぶん』


「あなたは」


「十三人へ増やすことへ」


「同意した?」


『してない』


「人生を渡すこと自体は」


『三人なら』


「十三人は」


『知らなかった』


 同意の範囲。


 また。


 勝手に拡張された。


     ◇


「冬至さんが」


「レオの記憶を持っています」


 女性。


 反応。


『冬至』


「知っていますか」


『知ってる』


 全員が。


 少し驚く。


「どんな関係」


『先生』


「あなたの?」


『最初は』


「その後」


『嫌いになった』


「理由」


『私を』


『眠らせたから』


「十九歳の状態で」


『うん』


「本人の同意は」


『なかった』


「なぜ冬至は」


「あなたを保存した」


『十三人が』


『全部壊れた時』


『私から』


『やり直せるって』


「あなたを」


「予備原本として?」


『そう』


「あなたは」


『嫌だった』


「伝えた?」


『何度も』


「それでも」


『眠らされた』


 レインの拳が。


 ゆっくり閉じる。


 冬至。


 レオ。


 保存。


 消える恐怖。


 他人の身体。


 他人の人生。


 何度も。


 同じ恐怖から。


 境界を越えている。


     ◇


「今」


「冬至さんを」


「どう思っていますか」


 女性。


 長い沈黙。


『会いたい』


「許した?」


『違う』


「責めたい?」


『それも』


「ほかには」


『聞きたい』


「何を」


『私が』


『眠ってる間』


『何をしたのか』


「十三人に?」


『うん』


「あなたの人生を使って」


『うん』


「知るのが怖い?」


『怖い』


「でも」


『知りたい』


     ◇


「十三人へ」


「会いたいですか」


『分からない』


「理由」


『私と』


『同じ子どもの頃を』


『覚えてる人が』


『十三人いる』


「はい」


『怖い』


「何が」


『私より』


『私の母を』


『覚えてる人がいるかもしれない』


 レインは。


 言葉を失いかける。


『私』


『十九歳で止まった』


『でも十三人は』


『二十三年』


『私の記憶を持ってた』


「何度も」


「思い返した可能性」


『うん』


『母の声を』


『私より』


『覚えてたら』


「自分の記憶を」


「奪われたと感じる?」


『少し』


「でも」


『あの人たちも』


『勝手に入れられた』


「はい」


『だから』


『怒る相手が』


『違う気もする』


 感情は。


 一つではない。


     ◇


「逆に」


「十三人の誰かから」


「《その母親は自分の母でもある》と言われたら」


 女性。


 すぐには答えない。


『嫌』


「はい」


『でも』


「はい」


『そう思う人がいても』


『その人から』


『無理に取れない』


「では」


「あなた自身の母親だったことは守りたい」


『うん』


「十三人が」


「その記憶を現在どう位置づけるかは」


「本人たちへ聞く」


『うん』


「同じ母親記憶を持つことと」


「同じ親子関係になることは」


「分ける」


『それがいい』


     ◇


 その時。


 ミラが。


 急に。


 北へ耳を澄ませる。


『誰か』


「誰」


『春』


 春の声。


 強い。


『今の』


『聞こえた』


「どこから」


『夢が』


『またつながった』


 レインは。


 地下人物へ尋ねる。


「春さんが」


「一部聞いている可能性があります」


『……』


「今」


「接続を止めたい?」


 長い沈黙。


『止めない』


「春さんへ」


「話してもいい?」


『今のところ』


『いい』


     ◇


 春の声。


『母』


 地下人物が。


 身体を強張らせる気配。


「春さん」


「今」


「その言葉を」


「誰に向けていますか」


『あの人』


「地下の人?」


『そう』


「あなたは」


「その人の母親を」


「自分の母だと認識していますか」


 春。


 即答ではない。


『してた』


「過去形?」


『今』


『分からなくなった』


「本人の声を聞いて?」


『うん』


「母親の記憶は」


『ある』


「あなた自身の感情は」


『母だと思う』


「関係として?」


 春。


 長い。


『分からない』


 地下人物。


 小さな声。


『それでいい』


 春が止まる。


『怒らないの』


『怖い』


「地下人物本人へ確認します」


「春さんがその母親を」


「自分の母だったように感じることについて」


『嫌』


「はい」


『でも』


『感じるなとは』


『言えない』


「では」


「現在の親子関係を確定しないまま」


「記憶と感情の存在だけ認める?」


『うん』


 春。


『私も』


     ◇


 初めて。


 十三人生の一人と。


 共通人生の元人物が。


 直接。


 言葉を交わした。


 名前も。


 本物も。


 決めない。


 最初の会話。


 春が。


 尋ねる。


『あなた』


「はい」


『私を』


『偽物だと思う?』


 地下人物。


 長い沈黙。


『思わない』


 春。


 息をのむ。


『でも』


『私の人生を』


『持ってる』


『うん』


『嫌?』


『少し』


 春が。


 黙る。


『ごめん』


 地下人物。


『謝らないで』


『でも』


『あなたも』


『勝手に入れられたんでしょう』


『そう』


『なら』


『あなたに返せって』


『怒るのは』


『違う』


 春。


『じゃあ』


『誰に怒る』


『冬至』


 即答。


 バルドが。


 少しだけ。


 顔をそらす。


     ◇


 地下人物は。


 続けた。


『あと』


「誰」


『レオ』


 レインの胸が。


 痛むように重くなる。


『レオが』


『最初に』


『私の人生を』


『人に残そうって』


『言った』


「はい」


『私も』


『それに同意した』


「はい」


『だから』


『私も』


『全部被害者って』


『顔はできない』


 重要。


「自分にも」


「責任があると思う?」


『三人に』


『人生記録を預けることには』


『同意した』


「十三人への拡大は」


『してない』


「その後の統合実験も」


『知らない』


「では」


「自分が同意した範囲について」


「責任を考えたい?」


『うん』


「同意していない範囲まで」


「自分の責任にする?」


『しない』


 明確。


     ◇


 春が。


 言う。


『私』


『あなたの人生を』


『返せない』


 地下人物。


『うん』


『記憶を』


『消したくない』


『うん』


『母のことも』


『忘れたくない』


 少し。


 間。


『でも』


『あなたの母だったことは』


『取らない』


 地下人物。


 泣く声。


『ありがとう』


 レインは。


 その会話を。


 記録する前に。


「二人とも」


「今のやり取りを」


「記録していいですか」


 春。


『いい』


 地下人物。


『いい』


 レインは書く。


春は、共通人生由来の母親記憶を削除することを望まない。


一方、その母親と地下保存人物との実際の親子関係を、自身の現在関係として奪うことは望まないと表明。


地下保存人物は、春が当該記憶・感情を保持することに複雑な抵抗感を持つ一方、春本人も同意なく記憶を付与された存在であることを認め、記憶返還・削除を強制しないと表明。


     ◇


 レインは。


 一つ。


 問いを変えた。


「《返す》という言葉を」


「分けたほうがいいかもしれません」


 エルナが頷く。


「記憶そのものの返還」


「記憶の出所表示」


「関係性の訂正」


「法的記録の訂正」


「本人の自己認識」


「全部別です」


 地下人物。


『そうして』


「例えば」


「春さんの中に」


「あなたの母親記憶が残る」


「ただし」


「《この記憶の元となる体験主体は地下保存人物》と」


「由来を記録する」


『うん』


「春さん自身が」


「その記憶から生じる愛情を」


「どう扱うかは」


「春さんが決める」


『うん』


「母親本人との親子関係は」


「別に確認する」


 春。


『もう』


『亡くなってる』


 地下人物の声が。


 止まる。


『……いつ』


 春が。


 言葉を失う。


「春さん」


「伝えていいか」


「今」


「本人へ確認してください」


 春。


『知りたい?』


 地下人物。


 長い。


 沈黙。


『知りたい』


『十二年前』


 地下人物が。


 息をのむ。


『どうして』


『病気』


『苦しかった?』


 春の声が。


 震える。


『最後は』


『眠る時間が多かった』


『あなたのこと』


 春が止まる。


「話すかは」


「本人が決めて」


『……』


 地下人物。


『聞きたい』


 春。


『あなたが』


『消えたと思って』


『ずっと探してた』


『私を?』


『名前は』


『違う名前で』


『でも』


『いなくなった娘を』


『待ってた』


 地下人物が。


 泣く。


『私』


『ここにいた』


『うん』


『ずっと』


『うん』


『知らなかった』


 春も。


 泣いている。


 同じ母親記憶。


 違う二人。


 でも。


 母の死を。


 今。


 一緒に知る。


     ◇


 レインは。


 救済と。


 書かなかった。


 ただ。


 本人同士が。


 話した。


 それだけ。


     ◇


 翌朝。


 白灰療養院が。


 見えた。


 山間。


 雪原。


 白い石造りの建物。


 病院にしては。


 大きすぎる。


 三階建て。


 中央塔。


 地下へ続く。


 巨大な魔力反応。


 外壁には。


 療養院の看板。


白灰療養院

長期記憶障害・戦争帰還者療養施設


「表向きは」


 エルナが言う。


「完全に医療施設ですね」


「患者は」


 門の外。


 数人。


 普通に歩いている。


「一般患者もいる」


 セシリア。


「なら」


「施設全部を」


「敵扱いできません」


「職員も」


「実験を知らない人がいる可能性」


「はい」


 バルドが。


 剣へ手を置き。


 すぐ離す。


「斬る場所」


「間違えないようにな」


     ◇


 外門。


 門番。


 雪冠公国の衛兵。


「訪問目的」


 レイン。


「緊急監査」


「誰の権限で」


 エルナが。


 旧監督官から受け取った。


 海洋統合施設の緊急監査符を出す。


「古い」


 衛兵が眉をひそめる。


「三十年以上前の権限だ」


「有効性を確認してください」


 衛兵が。


 魔法盤へかざす。


 一瞬。


 赤。


 次。


 青。


上位統合施設相互監査権限――有効。


 衛兵。


 驚く。


「まだ生きてる権限なのか」


 レインも。


 同じことを思った。


 古い制度が。


 今も。


 動いている。


「入れ」


     ◇


 門を越える。


 その瞬間。


 凪から預かった認証片。


 レインの鞄の中で。


 震えた。


「反応」


 エルナが取り出す。


 文字情報はない。


 識別波形。


 だが。


 施設側。


 正面玄関上部。


 青い文字。


共通統合核関連者接近。


「旧名は」


「出ていません」


 エルナ。


「でも」


「凪さんとの関連は」


「認識された」


「危険?」


「今のところ」


     ◇


 玄関。


 一人の男性が。


 待っていた。


 六十八歳ほど。


 灰色の髪。


 細身。


 杖。


 白い医療服。


 顔を見た瞬間。


 ミラが。


 息をのむ。


『レオ』


 男は。


 静かに。


 首を横に振った。


「その名前では」


「今は呼ばないでくれ」


 レイン。


「冬至さん?」


「そうだ」


 初対面。


 生きた。


 冬至。


 彼の目が。


 レインを見る。


「アスター家の」


「聞き書き帳」


「はい」


「見せなくていい」


 レインは。


 少し驚く。


「確認しない?」


「お前が」


「レイン・アスターだということを」


「それ一つで」


「決めたくない」


 冬至は。


 自嘲するように笑う。


「少しは」


「学んだ」


     ◇


「先に」


 冬至が言う。


「地下へ行く前に」


「会ってほしい人がいる」


「誰」


「冬」


「第十四候補にされた」


「はい」


「本人が」


「お前に会いたいと言った」


「春は」


「別の部屋」


「夏」


「寝ている」


「秋」


「私に会いたくないと言っている」


 レインは。


 止まる。


「秋さんは」


「あなたをレオ本人だと」


「そうだ」


「訂正を」


「まだしていない」


「なぜ」


「怖い」


「でも」


 冬至は。


 自分で続ける。


「今日」


「話す」


「本人が会いたいと」


「言ったら」


「はい」


     ◇


「地下の人は」


 レインが尋ねる。


 冬至の表情が。


 大きく変わる。


「起きている」


「話しました」


「知っている」


「春さんとも」


「それも」


「聞いた」


「あなたへ」


「会いたいそうです」


 冬至。


 目を閉じる。


「そうか」


「会いますか」


「……」


「今」


「嫌なら」


「逃げても」


 冬至が。


 少し笑う。


「昔の私なら」


「会わせただろうな」


「何が」


「責任があるのだから」


「会えと」


「今は」


 長い。


 沈黙。


「怖い」


「はい」


「でも」


「会う」


「本人へ」


「あなたが今そう選んだと」


「伝えます」


「頼む」


     ◇


 白灰療養院。


 廊下。


 普通の患者。


 看護師。


 薬草の匂い。


 食堂。


 車椅子。


 窓辺で。


 雪を見る老人。


 表向き。


 普通の療養院。


 だが。


 地下。


 十三の人生。


 元人物。


 第十四正史固定装置。


 同じ施設の中に。


 日常と。


 異常。


 両方がある。


 エルナが。


 小さく言う。


「施設を壊すだけでは」


「駄目ですね」


「はい」


「一般患者がいます」


「職員も」


「設備を必要としている」


「だから」


「必要な機能だけ止める」


 バルド。


「最近」


「壊す場所を選ぶ仕事が増えた」


『成長』


 ミラ。


「お前まで言うな」


     ◇


 最初。


 冬。


 個室。


 扉。


 冬至が。


 ノックする。


「冬」


「レインたちが来た」


 中。


「入って」


 初めて。


 直接見る。


 冬。


 四十二歳。


 痩せた男。


 白い髪が。


 年齢の割に多い。


 左肩。


 服の下に。


 古い傷。


 共通人生にはなかった。


 別の出生記録にあるという。


 刺し傷。


「聞き書き人?」


「レインです」


「冬と呼んで」


「はい」


 冬は。


 レインを見て。


 最初に言った。


「選ばないで」


「誰を本物にするか?」


「それも」


「でも」


「もっと」


「何を」


「私を」


「十四番目から」


「助けるために」


「代わりの十四番目にならないで」


 レインは。


 すぐ答える。


「そのつもりはありません」


「施設に」


「そう認識されても?」


「拒否します」


「私を」


「助けるためでも?」


「拒否します」


 冬が。


 初めて。


 少しだけ。


 表情を緩めた。


     ◇


「第十四固定」


「今どの状態ですか」


「止まってる」


「十三人の自己宣言で?」


「うん」


「あと」


「どれくらい」


「二日と少し」


「以前は三日」


「縮んだ?」


「元の人が」


「起きたから」


「なぜ」


「正史候補が」


「自分で」


「私は本物じゃないって」


「言ってる」


「施設が矛盾として」


「処理を再開した?」


「そう」


 元人物の拒否さえ。


 処理対象。


     ◇


「冬さん」


「あなた自身は」


「第十四番目として」


「何を要求されていますか」


「一つ」


「十三人の中から」


「正史本人を選べ」


「二つ」


「選べないなら」


「全員を派生として棄却しろ」


「三つ」


「それも拒否なら」


「元人物を唯一本人として確定しろ」


「全部」


「拒否?」


「うん」


「別の選択肢」


「ない」


「施設には」


「ない」


「あなたには?」


 冬。


 少し考える。


「十三人」


「全員」


「今の人生を」


「そのまま残す」


「元の人も」


「別に残す」


「十四人」


「はい」


「それが」


「私の答え」


「でも」


「施設には」


「その欄がない」


 エルナが。


 目を光らせる。


「欄を作れれば」


 冬が見る。


「できる?」


「構造を見ないと」


「でも」


「過去の施設でも」


「選択肢自体を書き換えた例があります」


「海底鐘」


「はい」


「できるかもしれない」


「でも」


 レイン。


「まず十四人全員が」


「同じ扱いを望むとは限らない」


 冬。


 苦笑。


「そう言うと思った」


「面倒?」


「かなり」


     ◇


 その時。


 地下。


 遠く。


 十九歳の女性の声。


『冬』


 冬が。


 身体を強張らせる。


「聞こえた?」


「うん」


『会っていい?』


 レインは。


 地下人物へ。


「今」


「冬さん本人へ」


「聞きます」


「冬さん」


「地下の方が」


「あなたへ会いたいと言っています」


「会いますか」


 冬。


 長い沈黙。


「怖い」


「はい」


「でも」


「会いたい」


「理由」


「私の母が」


「本当は」


「誰だったのか」


 冬は。


 左肩へ。


 手を置く。


「知りたい」


「でも」


「共通人生の母を」


「母じゃないって」


「言われるのも怖い」


「その二つを」


「そのまま伝えていい?」


「うん」


     ◇


 レインは。


 地下へ伝える。


 女性。


 返事。


『私も』


「何が」


『怖い』


『冬が』


『私より』


『私の母を』


『覚えてたら』


 冬が。


 聞いている。


 二人。


 同時に。


 同じ恐怖。


「では」


 レインは言う。


「最初の会話を」


「母親の取り合いから始めない」


 冬。


「何から」


 地下人物。


『何から』


「今の自分について」


「話しませんか」


「十九歳以降」


「冬さんが生きた二十三年」


「地下の方が眠っていた二十三年」


「共通していないところから」


 二人とも。


 沈黙。


 冬が。


 少し笑う。


「それなら」


「話せる」


 地下人物。


『私も』


     ◇


「冬さん」


「この二十三年で」


「一番」


「自分で選んだと思うことは」


 冬。


 考える。


「ここに残った」


「施設に?」


「うん」


「逃げなかった?」


「逃げられなかった部分もある」


「身体依存?」


「そう」


「でも」


「完全に強制?」


「違う」


「何度か」


「出る方法はあった」


「それでも」


「残った」


「なぜ」


「十二人が」


「戻ってきた時」


「ここに」


「誰か一人」


「設備を知ってる人が必要だと思った」


「それを」


「自分で選んだ?」


「うん」


 地下人物が。


 聞いている。


『私は』


「はい」


『二十三年』


『選べなかった』


 冬。


「うん」


『それが』


『悔しい』


 冬。


 少し。


 言葉を探す。


「じゃあ」


「今」


「最初に」


「何したい」


 地下人物。


 長い。


 長い。


『外』


「外?」


『雪を』


『見たい』


 冬が。


 窓を見る。


「今」


「外」


「雪降ってる」


『本当?』


「うん」


『見たい』


「冬さん」


 レイン。


「地下の方を」


「外へ出すことに」


「危険は」


「身体固定装置を」


「少しずつ解除すれば」


「可能」


「本人は」


「外へ出たいと」


「表明しました」


 冬。


「やろう」


 レインが。


 すぐ確認する。


「冬さんが」


「決める?」


 冬が。


 止まる。


「あ」


「そうだった」


 少し笑う。


「本人へ」


「方法と危険を」


「先に説明する」


「はい」


     ◇


 地下人物。


 十九歳で。


 止められた時間。


 十三人の。


 正史候補。


 だが。


 本人が。


 最初に望んだのは。


 誰が本物か。


 ではない。


 自分の名前。


 でもない。


 母親の記憶。


 でもない。


 雪を。


 見たい。


 ただ。


 それだけだった。


 レインは。


 帳面へ。


 本人に確認して。


地下保存人物。


覚醒後、施設外への最初の希望として《雪を見たい》と表明。


正史本人認定、十三人生との統合、記憶返還より先に、現在の身体で外界を見ることを希望。


 書き終える。


 冬が。


 小さく言った。


「それ」


「大事?」


「はい」


「なぜ」


「二十三年前までの人生ではなく」


「今の本人が」


「最初に選んだことだからです」


 冬は。


 少し考え。


「じゃあ」


「最初の」


「新しい人生の記録?」


 レインは。


 すぐには。


 そう書かなかった。


「それを」


「本人がそう呼びたいか」


「聞いてからです」


 地下から。


 笑い声。


『本当に』


『面倒』


「よく言われます」


 でも。


 その笑いは。


 少し。


 明るかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


地下に保存されていた《共通人生の元人物》が、「人生を返して」と言った意味が明らかになりました。


彼女が求めていたのは、十三人から記憶を奪い返すことではありません。


「十九歳までその人生を実際に生きたのは、自分でもあった」


という事実を消さないこと。


同時に、十三人がその記憶を持ちながら二十三年間それぞれに生きてきた現在まで《偽物》にすることは望んでいません。


また元人物自身も、最初は自分の人生記録を三人へ分散保存することには同意していました。


しかし研究所は、本人の同意なく対象を十三人へ拡大。


さらに冬至は、十三人生が失敗した場合の《予備原本》として、彼女の身体と記憶を十九歳のまま長期間固定していました。


そして白灰療養院へ到着したレインたちは、強制的に第十四番目へ選ばれた《冬》と対面。


冬自身が望む答えは、


十三人の誰かを本物にするのでもない。


十三人全員を偽物にするのでもない。


元人物だけを唯一の本人にするのでもない。


「十四人を、それぞれ現在存在する者として残す」


ことでした。


次回、第46話「雪を見たい」。


十九歳のまま二十三年以上地下へ保存されていた元人物を、いきなり《本物》として社会へ戻すのではなく、まず本人の希望どおり雪を見るための準備を始めます。


しかし身体固定を解除すれば、止められていた二十三年分の時間が一気に身体へ戻る可能性が判明。


《外へ出たい》という本人の希望と、《身体を壊さず生きたい》という安全を、どう両立させるかが問われます。

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