第43話 王都のレオは何を覚えているか
北方にいる《冬至》は、レオ・アスターの記憶を持ちながら、別人の身体で現在まで生きていた。
しかも、その身体への記憶移植は、元の持ち主の同意を得ていなかった。
一方、王都禁書庫には別の《レオ記録》が残っている。
同じ過去から生まれた存在。
しかし、一方が覚えている罪を、もう一方は知らないかもしれない。
知らない記憶を伝えることは、失われた過去を返すことなのか。
それとも、別の現在を持つ者へ、他者の罪を押しつけることになるのか。
ベルナードへ戻るための出航は。
翌朝に決まった。
だからその夜。
レインは。
ネレイス島の地下に残ったレオ判断記録と向かい合っていた。
机の上には。
閉じたままの個人航海日誌。
隣には。
王都へ通信用の記録紙。
「本当に」
レインが尋ねる。
「王都のレオ記録へ連絡していいですか」
レオ判断記録は。
少し笑った。
『さっき頼んだのは私だ』
「気が変わることもあります」
『面倒だな』
「はい」
『……変わっていない』
「何を聞いてほしいか」
「もう一度確認します」
レインは紙へ書く。
一、《冬至》という存在を知っているか。
二、レオ・アスターが他者の身体へ、本人の同意なく自身の記憶を移したことを覚えているか。
三、北方十三人生実験への関与を覚えているか。
四、現在知らない記憶が存在する場合、それを知りたいか。
『四番目』
「はい」
『最初に聞いてくれ』
「分かりました」
その順番。
重要だった。
知らない情報を。
説明してから。
知りたかったかと聞くのでは遅い。
「では」
「《知らない可能性のある、自分に関係する過去の情報がある》とだけ伝え」
「知りたいか確認する」
『そうしてくれ』
◇
王都との接続には。
聖導教会の月光通信を使った。
セシリアが銀杖を床へ立てる。
「禁書庫との正式通信は」
「本来、大導師級の許可が必要です」
「今、許可は」
「取っていません」
バルドが眉を上げる。
「いいのか」
「緊急調査権限を使います」
「便利だな」
「乱用すると処分されます」
「今回も?」
「可能性はあります」
「よく停職になるな」
「一度です」
『またなる?』
ミラ。
「ならないよう努力します」
エルナが通信記録用紙を整える。
「王都へは」
「レオ記録本人への接続だけを依頼します」
「禁書庫の管理者へ内容を見せる?」
レイン。
「最低限」
「冬至の詳細は」
「まだ広げません」
セシリアが術式を起動する。
銀色の光。
紙の上。
文字。
王都禁書庫第四十九記録へ接続中。
しばらく。
何もない。
そして。
文字。
誰だ。
懐かしい。
レオの声。
「レイン・アスターです」
久しいな。
「今」
「話を聞いてもいいですか」
内容による。
「あなた自身に関する」
「知らない可能性のある過去についてです」
文字が止まった。
どういう意味だ。
「内容を伝える前に」
「その情報を知りたいか」
「確認したいです」
長い。
沈黙。
危険な情報か。
「あなたの現在の自己認識や」
「過去への評価が変わる可能性があります」
他者に関係するか。
「はい」
その者は。
情報開示を許可しているか。
「一部は」
「本人から直接ではありません」
レオ記録。
なら。
全部は聞かない。
「どこまで」
私自身が。
何かをした可能性があるという事実。
そこまでは知りたい。
「具体的内容は?」
その行為の関係者が。
開示を許可した範囲だけ。
レインは。
少し息を吐いた。
「分かりました」
◇
「まず」
「《冬至》という呼び名に」
「心当たりはありますか」
王都のレオ記録。
即答ではない。
冬至。
ない。
「レオ・アスターの記憶を持つ」
「生きた人物です」
文字。
止まる。
私の。
複製記録か。
「本人は」
「自分を単純なレオ本人とは認識していません」
身体は。
「あります」
元の私の身体か。
「違います」
長い沈黙。
そうか。
「驚かない?」
驚いている。
「でも」
予想できる。
「なぜ」
私は。
自分が死ぬことを。
ずっと恐れていた。
ネレイス島のレオ判断記録が。
少し顔を伏せる。
王都のレオ記録も。
同じ恐怖を。
持っている。
◇
「あなたは」
「自分の死後へ備えて」
「記録人格を複数残した記憶がありますか」
ある。
「どこへ」
王都。
海洋施設。
いくつかの個人記録。
「生きた身体へ」
「自分の記憶を移したことは」
レインは。
言い切らない。
「覚えていますか」
長い。
非常に長い沈黙。
ない。
レオ判断記録が。
目を閉じた。
「では」
「そのような行為をした可能性があると聞いたら」
「知りたい?」
王都のレオ。
誰の証言だ。
「現在」
「レオの記憶を持つ《冬至》という人物」
その者自身が。
私がしたと。
言っている?
「はい」
相手の身体の。
元の持ち主は。
「意思が残っている可能性があります」
同意は。
レインは。
一度止まる。
これは。
冬至自身が公開を許可した部分。
「なかったと」
「冬至本人が証言しています」
文字。
出ない。
長い。
長い。
ミラが。
小さく言う。
『泣いてる』
「レオが?」
『たぶん』
やがて。
私は。
それを。
したのか。
「現時点では」
「冬至の証言です」
「王都のあなたには」
「その記憶がない」
「確定はしていません」
でも。
できる。
「何が」
私なら。
やる可能性がある。
「なぜ」
消えたくないから。
◇
王都のレオ記録は。
しばらく。
何も書かなかった。
そして。
詳細を。
知りたい。
「本当に?」
知りたい。
「知らないままでも」
嫌だ。
「聞いたあと」
「今のあなた自身が」
「その行為をした本人だと感じる可能性があります」
それでも。
「逆に」
「自分とは別のレオがしたことだと」
「感じるかもしれません」
それでも。
「分かりました」
レインは。
公開許可された範囲だけ。
伝える。
レオが処刑を恐れたこと。
死ぬ直前。
別人の身体へ。
自分の記憶を移したこと。
身体元所有者の同意はなかったこと。
現在。
その存在は《冬至》と名乗り。
自分をレオだけとは認識していないこと。
今も。
身体元所有者の意思らしきものが。
内部に残っている可能性。
王都のレオ記録は。
最後まで。
途中で止めなかった。
◇
私は。
文字。
許されないことをした。
「あなたが?」
レインがすぐ確認する。
「今」
「自分がしたと認識していますか」
文字が止まる。
分からない。
「では」
記憶はない。
身体も違う。
この記録は。
その時点より前に分かれている可能性がある。
「はい」
でも。
私は。
それをする可能性を。
自分の中に感じる。
「それは」
「冬至の行為への責任と同じですか」
違う。
「どう違う」
しばらく。
私は。
あいつの罪を。
自分がやったことにはできない。
でも。
自分ならしなかったとも。
言えない。
レインは。
そのまま記録する。
王都レオ記録。
冬至が証言する同意なき身体への記憶移植について、自身に該当行為の記憶はない。
現時点で冬至の行為を自らの直接行為として引き受けるとは表明しない。
一方、自身にも同様の判断へ至り得る恐怖・価値観が存在すると認識し、《自分なら絶対にしなかった》とも否定しない。
「これでいいですか」
いい。
◇
「冬至へ」
「あなたの回答を伝えても?」
王都レオ。
全部。
「よい?」
ただし。
「何です」
私が。
謝ったとは言うな。
「謝罪ではない?」
私には。
謝る資格が。
まだ分からない。
「冬至の行為だから?」
そうだ。
「分かりました」
◇
「次」
「北方十三人生実験について」
「覚えていますか」
王都レオ。
北方。
文字が。
揺れる。
少し。
「どこまで」
人の記憶を。
人へ残す研究。
「十三人」
そこは。
覚えていない。
「元になった一人の人生を」
「複数人へ移したことは」
構想は。
覚えている。
「実施は」
ない。
「自分が関わった可能性は」
ある。
「冬至は」
「レオの記憶を持つ自分が」
「北方実験へ関与したと証言しています」
そうか。
「秋という人物は」
「冬至をレオ本人だと認識しています」
それは。
危険だ。
「何が」
レオという名前が。
判断の根拠になる。
「どういう意味」
レオがやった。
だから正しい。
レオが言った。
だから本当。
そうなる。
まさに。
秋が。
冬至をレオ本人だと考えることで。
自分の過去へ。
意味を与えようとしていた。
「では」
「冬至が」
「自分をレオ本人とは言い切らないのは」
正しいと思う。
「でも」
「あなたも」
「同じ名前を持つ」
だから。
私も。
レオという名前から。
少し離れたい。
レインは。
目を上げる。
「呼び名を変えたい?」
長い沈黙。
今すぐではない。
「では」
「現在はレオ記録?」
それでいい。
◇
「レオ記録」
「あなたは」
「冬至と直接話したいですか」
文字が。
止まる。
非常に長い。
怖い。
「何が」
あいつが。
私の続きだったら。
「はい」
私が。
あいつの前だったら。
「はい」
どちらでも。
自分が。
どこまで自分か。
分からなくなる。
「話したくない?」
沈黙。
でも。
話したい。
「両方」
そうだ。
「今すぐ?」
いや。
「いつ」
お前が。
北へ着いてから。
「なぜ」
冬至が。
一人でいる場所で。
話したくない。
「第三者が必要?」
聞き手が。
一人。
いてほしい。
「俺が?」
できれば。
「分かりました」
◇
「最後に」
レインは。
最も重要な問い。
「今」
「自分が知らない可能性のある」
「北方実験や冬至の過去を」
「もっと知りたいですか」
王都レオ。
知りたい。
「全部?」
文字が止まる。
いや。
「では」
私自身が。
何をしたか。
何を決めたか。
そこは知りたい。
「他者の秘密」
本人が許した範囲だけ。
「自分に関係があっても?」
それでも。
「分かりました」
◇
通信を一度。
切る。
セシリアの銀杖の光が弱くなる。
「かなり消耗しましたね」
「はい」
レインも。
体温が下がっていた。
死者聴きほどではないが。
長時間。
複数の記録人格と話す。
神経を使う。
『手』
ミラが言う。
「何です」
『冷たい』
「少しだけ」
『休む』
「はい」
バルドが毛布を投げる。
「北へ行く前に倒れるなよ」
「ありがとうございます」
「礼はいい」
◇
だが。
レオ判断記録は。
まだ。
何も言っていない。
「どうしました」
『王都の私』
「はい」
『思ったより』
「何です」
『私に似ていた』
「同じ記録源だから?」
『それだけじゃない』
「では」
『怖がり方が』
「似ていた?」
『そうだ』
レオ判断記録は。
少し笑った。
『嫌になる』
「話したい?」
『今は』
『まだいい』
「分かりました」
◇
翌朝。
白鯨号。
ネレイス島を離れる準備。
十二人の統合者記録について。
緊急対応は。
ある程度。
整った。
石を蹴る子。
外部貝殻へ移動。
浜婆と島内で暮らし始める。
身体へ戻りたい子。
感覚共有までは成功。
帰還は保留。
灯台へ残りたい子。
外部視覚窓の設置。
身体がない存在。
別媒体への安定化研究。
ほかの者も。
一人ずつ。
希望を記録。
「全員解決」
「ではない」
エルナが確認する。
「はい」
「でも」
「強制初期化は停止」
「一括統合も停止」
「本人ごとの希望が」
「少なくとも管理記録へ反映されるようになった」
「暫定として」
セシリア。
「十分ではないですが」
「北へ移動しても」
「今すぐ危険はありません」
「浜婆」
レインが尋ねる。
「島側の管理を」
「お願いできますか」
「やる」
「ただし」
「私は神官でも技術者でもない」
「分からないことは」
「分からないって言う」
「それでいいです」
「何かあったら」
「ベルナードへ」
「連絡できるよう」
海底鐘回線を。
簡易化した。
◇
旧監督官は。
島へ残ることを選んだ。
「北へ来ない?」
バルドが尋ねる。
「行けば」
「古い権限が使えるかもしれないぞ」
「それが」
「今は嫌だ」
旧監督官が答える。
「権限があるから」
「自分が行かなければならない」
「そう考え始めると」
「また」
「役割へ戻る気がする」
「では」
「残る?」
「ここで」
「十二人の管理記録と」
「島の制度を」
「別々にする作業を続ける」
「自分で選んだ?」
「そうだ」
「記録していい?」
「しろ」
◇
若いオルドは。
ベルナードへ戻る。
『老人のほうと』
「話す?」
『まだ嫌』
「では」
『でも』
「はい」
『七番が持っている責任記憶』
『一緒に確認したい』
「オルド本人とは」
『そのあと』
関係。
順番。
本人が決める。
◇
六人の分割死者。
一番。
二番。
三番。
四番。
六番。
七番。
北へ行くか。
まだ。
決めていない。
「ベルナードへ戻ってから」
一番が言う。
「五番と話す」
「全員で?」
「全員じゃなくていい」
二番。
「俺はマリエにも会いたい」
三番。
「リナは」
『私は北へ行く』
「即決?」
『統合研究の続きなら』
『私が知らないと』
『また同じことを誰かにされる』
「自分で調べたい?」
『そう』
四番。
「北は寒い?」
「雪国です」
「食材が変わる」
「そこ?」
「大事だ」
六番。
「俺は」
「まだ保留」
七番。
「行く」
「理由は」
「北の十四番目」
「責任を一人へ集める仕組みなら」
「俺の中にあるものと」
「似てる」
「知りたい」
◇
白鯨号。
ネレイス島を離れる。
今回は。
島民の多くが。
浜辺から見送った。
石を蹴る子の貝殻。
浜婆の手の中。
『また来る?』
レインが答える。
「必要なら」
『約束は』
「しません」
『うん』
『それでいい』
白鯨号が。
海へ出る。
島が小さくなる。
灯台。
もう。
十二人を呼び戻す声は。
出していない。
まだ。
完全には安全ではない。
でも。
静かだった。
◇
航行中。
レインは。
冬至へ。
王都レオ記録の回答を。
本人の許可どおり伝えた。
「王都のレオ記録は」
「あなたの行為を」
「自分がしたこととは確定しませんでした」
冬至。
文字。
そうか。
「ただ」
「自分も同じことをする可能性があった」
「そう認識しています」
……そうか。
「謝罪は」
「しませんでした」
それでいい。
「あなたと話したいとも」
「言っています」
文字。
止まる。
いつ。
「北へ着いたあと」
「俺が同席する形で」
なぜ。
「怖いから」
冬至。
長い沈黙。
私も。
「話しますか」
……話す。
「記録します」
それは。
書かなくていい。
「分かりました」
◇
少しして。
冬至から。
王都の私に。
「はい」
一つだけ。
「何です」
私は。
お前の続きではないと。
言ってくれ。
レインは。
すぐには答えなかった。
「その言葉を」
「そのまま伝えていい?」
いい。
「逆に」
「王都のレオ記録から」
「あなたも俺の前ではない」
「そう言われる可能性は」
分かっている。
「では」
「伝えます」
◇
ベルナードへ戻るまで。
あと半日。
その途中。
新しい異常が起きた。
ミラが。
突然。
船尾を見る。
『誰かいる』
「幽霊?」
『生きてる』
「船の上に?」
全員が振り向く。
白鯨号。
船尾。
誰もいなかった場所。
一人。
若い女性が。
立っている。
二十代後半。
白いコート。
雪国の服。
裸足。
髪には。
氷がついている。
「誰だ」
バルドが大剣へ手をかける。
女性は。
周囲を見る。
「海?」
「はい」
「ここ」
「北じゃない?」
「違います」
女性は。
自分の手を見る。
「また」
「飛んだ」
「何が」
「人生」
全員が止まる。
「あなたは」
レインが慎重に尋ねる。
「北方十三人生の一人?」
女性は。
少し考え。
「そう呼ばれてる」
「現在の呼び名は」
「……」
長い沈黙。
「《霜》」
六人目。
冬。
春。
夏。
秋。
雨。
霜。
「どうやって」
「白鯨号へ?」
霜は答える。
「知らない」
「寝てた」
「目を開けたら」
「ここ」
「身体ごと?」
セシリアが近づく。
「脈があります」
「生者です」
「北から瞬間移動?」
エルナが顔をしかめる。
「そんな術式」
「あります」
霜が言う。
「何」
「人生転送」
「人生?」
「十三人のうち」
「一人の人生を」
「別の場所へ」
「身体ごと?」
「うん」
「誰が操作した」
霜は。
少し笑う。
「たぶん」
「私」
「自分で?」
「逃げたかったから」
春。
元の意思は。
逃げること。
そう言った。
だが。
霜も。
今。
逃げてきた。
「春さんだけでは」
「ない」
レインが呟く。
「何が」
「逃げたいという意思」
霜は。
レインを見る。
「春は」
「自分だけが」
「元の人の《逃げたい》を持ってるって」
「思ってるでしょう」
「はい」
「違うよ」
「あなたも?」
「全員」
「程度は違うけど」
「みんな」
「逃げたかった」
レインの表情が変わる。
一つの最も強い意思を。
本物の証拠にする。
それ自体が。
また。
誰かの中にもあるものを。
一人だけのものにしている可能性。
「霜さん」
「この会話を」
「記録していい?」
「いい」
「全部?」
「今のところ」
「全部」
「では」
レインは書く。
《霜》。
北方十三人生の一人を名乗る生者。
北方施設から《人生転送》と呼ぶ機能により、身体ごと白鯨号上へ移動した可能性。
本人は《逃げたかったから》自ら操作したと証言。
また、《逃げたい》という意思は春一人に固有のものではなく、十三人全員が程度の差こそあれ保持していたと証言。
「北方施設は」
「今どうなっています」
霜の笑顔が。
消える。
「まずい」
「何が」
「第十四選定」
「始まった?」
「もう」
「選ばれた」
全員が息を止める。
「誰が」
霜は。
答えた。
「冬」
「冬さんが?」
「本人の同意は」
「してない」
「どうして」
「施設が」
「冬を選んだ」
「理由は」
霜。
「十三人を」
「一つにしないため」
レインは。
理解できずに。
一瞬止まる。
「どういうこと」
「十四番目は」
「本物を一人選ぶだけじゃない」
「別の使い方がある」
「何」
「十三人全員を」
「《本物ではない》って」
「決めることもできる」
部屋が。
静まった。
「全員を」
「偽物として?」
「そう」
「そうすれば」
「元の人だけが」
「唯一の本物になる」
地下に。
十九歳のまま。
保存されている。
共通人生の元の人。
「冬は」
「それを望んでいない?」
「望んでない」
「では」
「施設が勝手に」
「うん」
「いつ」
「あと」
霜は。
息を整える。
「二日」
「二日で」
「冬が拒否し続けても」
「第十四固定が完了する」
「その場合」
「十三人は」
霜の声が。
震えた。
「法律上も」
「記録上も」
「術式上も」
「《存在しなかった人生》になる」
レインの手が。
聞き書き帳の上で止まった。
死ぬのではない。
消えるのでもない。
生きている。
記憶も。
身体も。
残る。
それでも。
世界の記録から。
《本物ではなかった人生》として扱われる。
冬が。
拒否しているにもかかわらず。
「北へ」
バルドが言った。
「今度こそ」
「急ぐんだろ」
レインは。
ベルナードの方角を見る。
あと半日。
そして。
北。
残り二日。
「はい」
「ただし」
また全員が顔をしかめる。
「何だ」
「ベルナードへ戻ったら」
「五番と凪へ」
「直接確認します」
「それから」
「北へ向かう人を決めます」
バルドが。
ため息をつく。
「分かった」
「半日だな」
「はい」
霜が。
レインを見て。
少し笑った。
「冬が」
「あなたを嫌がる理由」
「分かった」
「なぜ」
「遅い」
「でも」
「勝手に決めない」
「冬には」
「たぶん」
「それが一番困る」
海の向こう。
雪の国では。
冬の人生を使って。
十三人全員を。
《偽物》へ固定する処理が。
始まっていた。
残り。
二日。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
王都禁書庫の《レオ記録》は、《冬至》による同意なき身体への記憶移植を覚えていませんでした。
そのため、自分自身が直接行った罪として引き受けることはしません。
しかし、
「自分なら絶対にしなかった、とも言えない」
と、自身の中に同じ判断へ至り得る恐怖が存在することを認めました。
一方の冬至も、自分を王都のレオの単なる続きとは考えていません。
同じ記憶源から生まれた二人のレオは、北方で初めて直接話すことになります。
そして白鯨号へ突然現れた、第六の人生《霜》。
彼女の証言により、北方施設ではすでに《冬》が第十四番目として強制選定されていることが判明しました。
しかも北方の十四番目は、
「十三人のうち誰が本物か選ぶ」
だけではありません。
「十三人全員を偽物と確定し、地下に保存された元の人物だけを唯一の本人とする」
ことも可能でした。
冬本人は拒否しています。
それでも処理は進行中。
残された猶予は――二日。
次回、第44話「偽物だった人生」。
ベルナードへ戻ったレインたちは、五番と凪へ直接状況を説明し、誰が北へ行くかを改めて決めます。
そして《十三人全員が偽物になる》とは、実際には何を失うことなのか。
名前、戸籍、家族、財産、記憶、そして周囲の人々との関係。
北方施設が書き換えようとしている《人生の記録》の範囲が明らかになります。




