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異世界幽霊聞き書き帳――死者の声が聞こえる俺は、成仏できない亡霊たちを取材する  作者: たむ
第二部 第1章 七人の夫が帰る港

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第42話 冬至と名乗る聞き書き人

北方十三人生の一人、《秋》は証言した。


十三人へ与えられた《共通人生》には、実際にその人生を生きた一人の人間がいた。


そして、その人生を十三人へ残す処置に関わったのは――レオ・アスター。


さらに秋によれば、現在も北方の《白灰療養院》には、レオと同一人物である可能性を持つ生者がいる。


現在の呼び名は、《冬至》。


だが、声が同じだからといって、同じ人間とは限らない。


レインはまず、《冬至》自身へ問いかける。

 北へ向かう準備を始める前に。


 レインは、一つだけ決めていた。


「《冬至》を」


「レオ・アスターとして探しません」


 共同家屋の机。


 エルナ。


 セシリア。


 バルド。


 ミラ。


 そして浜婆。


 全員が聞いている。


「秋の証言では」


 エルナが言った。


「レオ本人とされています」


「はい」


「ミラも」


「声がレオと似ていると言っています」


『似てる』


「でも」


 レインは続けた。


「王都にはレオの記録人格がある」


「この島にも」


「レオ判断記録がある」


「さらに」


「生きている《冬至》がいる」


「同じ過去や声を持つ存在が複数いる以上」


「誰を《本物のレオ》とするかから始めると」


「また同じことになります」


 バルドが頷く。


「北へ行って」


「お前が本物かって聞くなって話だな」


「はい」


『冬にも言われた』


 ミラ。


「誰が本物か、最初に聞くな」


 エルナが紙に書く。


「では最初の確認項目は」


「現在の呼称」


「現在の自己認識」


「レオとの関係」


「はい」


「その順番で」


     ◇


 だが。


 冬至から。


 こちらへ連絡を取る方法がない。


 秋は。


 昨夜以降、応答しない。


 冬も。


 春も。


 夏も。


 北方側の回線は不安定。


「レオの日誌を使いますか」


 セシリアが言う。


 封印布に包まれた。


 レオ・アスター個人航海日誌。


 まだ開いていない。


「表紙への遠隔書き込みだけなら」


 エルナ。


「これまで複数回起きています」


「開く必要はありません」


「では」


 レインは日誌を机へ置いた。


 表紙へ触れない。


「冬至さん」


「聞こえるなら」


「こちらから話を聞きたいです」


 何も起きない。


 一分。


 二分。


 バルドが腕を組む。


「遠すぎるか」


『待って』


 ミラ。


『聞こえる』


「誰」


『老人みたいな』


『若い人みたいな』


「同じ声?」


『うん』


 日誌の表紙。


 黒い革。


 そこへ。


 白い文字が浮かんだ。


聞こえている。


 レインはすぐに問う。


「あなたを《冬至》と呼んでよいですか」


 文字。


今は。


それでいい。


「《レオ》とは呼ばない?」


呼ばないでくれ。


 全員の表情が変わる。


「理由を聞いても」


いい。


その名前を使うと。


私自身が。


どこまで私なのか。


分からなくなる。


 レインは。


 帳面を開く。


「この会話を記録しても?」


一部。


「質問ごとに確認します」


それでいい。


     ◇


「最初に」


「現在」


「自分を何者だと認識していますか」


 冬至。


 長い沈黙。


一人の人間。


「生者?」


そうだ。


「身体がありますか」


ある。


「現在年齢は」


身体は六十八。


「身体は?」


 エルナが反応した。


「自己認識年齢は違う?」


記憶上は。


もっと長い。


「何歳くらい」


数えるのをやめた。


「レオ・アスターの時代から現在までなら」


「通常の人間の寿命では」


 冬至。


だから。


私は。


レオ本人だと。


簡単には言えない。


 レインの目が動く。


「あなた自身も」


「そう考えている?」


そうだ。


     ◇


「では」


「レオ・アスターとの関係を」


「あなた自身はどう説明しますか」


 文字が。


 ゆっくり出る。


私は。


レオの記憶を持つ。


レオの癖を持つ。


レオの言葉を知る。


レオの失敗を。


自分がしたように覚えている。


「でも」


私が。


あの時代の身体で。


生きていたとは。


言えない。


「身体は別?」


そうだ。


「いつから今の身体?」


 冬至。


北方施設が始まった頃。


「では」


「元々別の人間の身体へ」


「レオの記憶を移した?」


近い。


「本人の同意は」


 文字が止まった。


それが。


一番。


言いたくない部分だ。


「今は話さなくても」


いや。


話す。


 冬至。


身体の元の持ち主は。


同意していない。


 部屋が静まった。


     ◇


「誰が処置を」


レオ。


「レオ本人が?」


そうだ。


「つまり」


 エルナが呟く。


「レオが」


「別人の身体へ」


「自分の記憶を移した?」


 冬至。


そうだ。


「なぜ」


死ぬから。


「レオが?」


そうだ。


「何の病気」


病気ではない。


「では」


処刑。


 バルドが顔を上げた。


「処刑?」


海洋実験を。


止めた責任。


機密記録を。


外へ持ち出した罪。


軍と教会。


両方から。


死刑を求められた。


「レオは逃げた?」


最初は。


逃げなかった。


「では」


死ぬつもりだった。


「なのに」


「なぜ身体を移した」


 長い。


 長い沈黙。


怖くなった。


 たった。


 一行。


 ミラが。


 静かに冬至の文字を見る。


私は。


自分が消えるのが。


怖くなった。


     ◇


「レオは」


「死者の証言を残す人だった」


 レインが言う。


「だから」


自分も。


残したくなった。


「記録ではなく」


生きて。


「その身体の持ち主は」


「誰でしたか」


話してよい範囲を。


まだ決めていない。


「分かりました」


「名前は聞きません」


助かる。


「その人は現在」


「あなたの中にいますか」


 冬至の文字が止まる。


いる。


 全員が息をのむ。


「独立した意思として?」


ときどき。


「話せる?」


ほとんど。


話さない。


「なぜ」


私を嫌っている。


「当然だ」


 バルドが低く言う。


「同意なしで身体を取ったなら」


「はい」


 レインは冬至へ。


「あなたも」


「そう認識していますか」


している。


「身体の元の持ち主へ」


「返したい?」


 長い沈黙。


分からない。


「理由は」


返せるか分からない。


「技術的に?」


それも。


「ほかには」


私が。


消えるのが。


今でも怖い。


 レインは。


 すぐに責めなかった。


 理解と。


 許容は。


 違う。


「その怖さを」


「処置の正当化に使いますか」


使わない。


「同意なしで身体を使ったことは」


間違っていた。


「それでも」


戻せるなら戻すと。


今すぐ言えない。


「なぜ」


私も。


生きたい。


 矛盾。


 誰かの身体を奪った。


 でも。


 今の自分も。


 生きたい。


「記録していいですか」


 冬至。


書け。


     ◇


 レインは書く。


《冬至》。


現在、生者として一個の身体を使用している。身体年齢は六十八歳。


レオ・アスターの記憶・判断傾向・失敗記録を強く保持するが、自身を単純にレオ本人とは確定しない。


現身体は、過去にレオ・アスターが本人の同意なく別人へ自身の記憶を移した結果であると証言。


身体元所有者と推定される意思が現在も内部に存在する可能性を認める。


冬至は同意なき記憶移植を誤りと認める一方、現在の自身も生存を望んでおり、身体返還について現時点では即答できないと表明。


「これで」


いい。


     ◇


「王都にいる」


「レオの記録人格について」


「知っていますか」


知っている。


「連絡したことは」


ない。


「なぜ」


怖い。


「何が」


あちらに。


お前はレオではないと。


言われること。


 レインは少し黙る。


「逆に」


「あなたこそレオだと言われることは」


それも。


「なぜ」


そう言われたら。


私がしたことを。


全部。


レオの続きとして。


背負うことになる。


「今は」


「背負っていない?」


逃げている。


 冬至は。


 隠さなかった。


何十年も。


逃げている。


     ◇


「秋さんは」


「あなたをレオ本人だと認識していました」


知っている。


「訂正しなかった?」


しなかった。


「なぜ」


私が。


レオであるほうが。


秋には必要だった。


「どういう意味」


共通人生を。


十三人へ移した理由。


それを。


レオ本人が説明した。


そう思えば。


秋は。


自分の過去へ意味をつけられる。


「では」


「秋さんのために」


「レオとして振る舞った?」


そうだ。


「それは」


「秋さんへ事実を隠したことになります」


分かっている。


「今も」


後悔している。


「では」


「本人へ訂正する?」


 長い沈黙。


北へ来たら。


私が話す。


「俺たちからではなく?」


できれば。


「秋さん本人が」


「こちらから知りたいと言った場合は」


 冬至。


 少し止まる。


そのときは。


隠すな。


「分かりました」


     ◇


「共通人生を」


「十三人へ移したのは」


「あなたですか」


私が関わった。


「全部を決めた?」


違う。


「誰が」


北方研究所。


「責任者は」


一人ではない。


「では」


「レオは何をした」


 冬至の文字。


元になった人間の。


人生を。


保存する方法を。


提案した。


「人へ移す方法を?」


最初は。


記録分散。


「本や結晶ではなく」


人間の記憶へ。


「なぜ」


一冊の本は。


焼けば終わる。


石は。


壊せば終わる。


人なら。


誰か一人が生きれば。


残る。


「本人の同意は」


元になった人間は。


同意した。


「十三人は」


 冬至。


していない。


 レインの指が止まる。


「そこが」


「違う」


そうだ。


「元の一人が」


「自分の人生を残したいと望んだ」


そうだ。


「だからといって」


「それを受け取る十三人の同意まで」


「代わりにはならない」


今なら。


分かる。


「当時は」


分かっていなかった。


     ◇


「元になった一人」


「何者だったんです」


 冬至。


それは。


今は。


秋から聞け。


「あなたからは」


私が話せる情報でもある。


「でも」


秋たちの人生に。


直接関係する。


「だから」


「本人たちの側から?」


そうだ。


「分かりました」


 エルナは。


 少し悔しそうに筆を置く。


「聞きたいですね」


「はい」


「でも待ちます」


     ◇


「冬至さん」


「北方十三人生実験について」


「現在」


「止めたいですか」


止めたい。


「十三人を」


「どうしたい」


分離状態で。


生きられるようにしたい。


「春は」


「第十三人生室を開きたい」


知っている。


「冬は反対」


知っている。


「夏は出生記録を知っている」


知っている。


「秋はあなたをレオと思っている」


知っている。


「それぞれ」


「違う意見を持っている」


そうだ。


「あなたは」


「その中で誰を支持する」


 長い沈黙。


以前なら。


冬。


「今は」


誰も。


「理由は」


私が選べば。


また。


十三人の上から。


一つの答えを決める。


「では」


「あなた自身の希望として」


第十三人生室は。


今すぐ開けるな。


「凪さんの旧名は」


使うな。


「それは」


「冬と同じ」


そうだ。


「でも」


「最終決定ではない?」


そうだ。


「理由」


施設が。


今。


不安定だから。


「具体的に」


統合待機状態。


夢の混線。


身体発熱。


原初名反応。


さらに。


「さらに?」


第十四選定が。


始まった。


 全員の空気が変わる。


「候補は」


お前。


「俺?」


第一候補。


「ほかに」


 冬至。


春。


「春が十四番目?」


自分で。


元を決めたいという意思が。


適性と判断された。


「本人は知っている?」


知らない。


「冬は」


第二候補。


「なぜ」


統合を拒否し。


十三人を別々に扱う判断傾向が。


逆に。


最終裁定者向きと判定された。


「拒否する人間まで」


「十四番目に?」


施設は。


反対意見も。


適性として利用する。


 王都でも。


 海でも。


 本人の拒否さえ。


 役割へ転用しようとした。


     ◇


「冬至さん」


「この情報を」


「冬と春へ伝えていますか」


まだ。


「なぜ」


怖い。


「何が」


春は。


自分が十四番目なら。


第十三人生室を開ける理由にする。


「冬は」


自分を犠牲にして。


十三人を止めようとするかもしれない。


「それは」


「あなたが二人の反応を予測して」


「情報を隠している」


そうだ。


「また」


そうだ。


 冬至は。


 自分で分かっている。


私は。


いつも。


知らせないことで。


人を守ろうとする。


「それで」


「何度失敗しましたか」


 長い沈黙。


多すぎて。


数えたくない。


「では」


「今回」


「どうする」


 冬至。


 なかなか答えない。


お前から。


聞いてくれ。


「何を」


《自分が第十四候補だと知りたいか》を。


「先に」


「本人へ知る意思を確認する」


そうだ。


「分かりました」


     ◇


「冬至さん」


 レインは。


 さらに一つ。


「あなた自身は」


「十四番目候補ではない?」


 文字。


 止まる。


私は。


候補から除外されている。


「なぜ」


一度。


失敗したから。


「海で?」


海でも。


「北でも?」


 長い沈黙。


北でも。


 全員が息をのむ。


「あなたは」


「北方でも」


「十四番目をやった?」


一度だけ。


「十三人を」


「誰が元か決めた?」


決めようとした。


「誰を」


 冬至。


春。


「春を」


「元の一人として?」


当時は。


まだ。


春とは呼んでいなかった。


「なぜ選んだ」


共通人生の。


最後の意思。


《逃げたい》を。


最も強く持っていたから。


「つまり」


「現在の春と同じ根拠」


そうだ。


「結果は」


失敗。


「どう失敗した」


春以外の十二人が。


自分の存在を。


強く取り戻した。


「消えなかった」


そうだ。


「そのとき」


一人。


死にかけた。


「誰」


夏。


 全員が黙る。


 夏。


 出生記録を見た者。


 共通人生そのものを疑った者。


「それで夏は」


「第十三人生室へ?」


そうだ。


「矯正ではなく」


「十四番目失敗の後処理でもあった?」


そうだ。


「夏本人は」


「知っていますか」


断片的に。


「あなたが」


「春を本物に決めようとしたことも?」


知らない。


     ◇


 レインは。


 筆を置いた。


「冬至さん」


何だ。


「北へ行ったら」


「十三人へ」


「あなた自身が説明してください」


何を。


「あなたが関わったことを」


「全部」


 文字が。


 止まる。


全部は。


無理だ。


「なぜ」


私にも。


話せない記録がある。


「他人の秘密?」


それも。


「なら」


「自分の行為について」


「話せる範囲を」


怖い。


「はい」


秋に。


嫌われる。


「可能性はあります」


春に。


殺されるかもしれない。


「それも」


「可能性として」


「でも」


「だから隠し続ける?」


 冬至。


 長く。


 長く。


……北へ来たら。


話す。


「本人たちへ?」


一人ずつ。


「一括説明ではなく」


それぞれに。


「分かりました」


     ◇


 その瞬間。


 冬至の文字が。


 突然乱れた。


待て。


「どうしました」


施設が。


「北方施設?」


動いた。


 ミラが北を見る。


『いっぱい』


「何が」


『声』


「十三人?」


『もっと』


 冬至。


第十四選定。


開始。


「待機ではなく?」


実行段階。


「なぜ今」


 文字。


誰かが。


原初名を。


呼んだ。


 全員が凍る。


「凪さんの旧名?」


違う。


「では」


十三人の。


共通人生の元になった人間の名前。


「誰が呼んだ」


分からない。


「春?」


違う。


「冬?」


違う。


「夏」


違う。


「秋」


違う。


「では」


 冬至から。


 文字。


十三人の。


五人目。


 新しい声。


 北。


 ミラが耳を押さえる。


『来る』


「何と」


『名前』


「呼び名は」


 ミラは。


 しばらく聞き。


『《雨》』


 冬。


 春。


 夏。


 秋。


 そして。


 雨。


 五番目の人生。


 雨の声が。


 ネレイス島まで届く。


『聞き書き人』


「はい」


『冬至と』


『話したね』


「話しました」


『あいつのこと』


『信じた?』


「証言として記録します」


『そう』


 笑う声。


『なら』


『これも』


『証言として聞いて』


「どうぞ」


 雨。


『共通人生の元になった人』


『死んでないよ』


 全員が。


 止まった。


「秋さんは」


「その人は死んだと」


『秋は』


『そう思ってる』


「冬至さんは?」


 冬至から。


 文字が出ない。


「冬至さん」


 沈黙。


 雨が続ける。


『冬至は』


『知ってる』


「何を」


『元の人間が』


『まだ生きてること』


 レインの顔が険しくなる。


「冬至さん」


 ようやく。


 文字。


……知っている。


 部屋の空気が。


 完全に止まった。


「なぜ」


「言わなかった」


 冬至。


言えば。


十三人全員が。


その人を。


《本物》だと思う。


「本当に」


「元の人生を生きた人?」


そうだ。


「死んだのでは」


死亡記録を。


作った。


「誰が」


 冬至。


私だ。


 また。


 一つ。


 隠された記録。


「その人は」


「今どこに」


 雨が答える。


『北方施設』


「十三人と同じ場所?」


『違う』


「どこ」


『地下』


「何をされている」


 雨の声が。


 急に低くなる。


『十九歳のまま』


「十九歳?」


『身体も』


『記憶も』


『あの日のまま』


「時間を止めている?」


『そう』


「なぜ」


 冬至。


 文字。


十三人生が。


すべて失敗した時。


元へ戻すため。


「予備原本?」


 エルナの声が震える。


「人間を」


「原本として保存した?」


そうだ。


 レインは。


 拳を握った。


「本人の同意は」


 冬至。


 長い沈黙。


最初は。


あった。


「《最初は》?」


人生記録を。


十三人へ渡すことには。


同意した。


「自分の身体を」


「何十年も十九歳で固定することは」


同意していない。


 また。


 同意の範囲を。


 勝手に広げた。


     ◇


「雨さん」


「なぜ今」


「原初名を呼んだ」


『起こすため』


「元の人を?」


『うん』


「本人は」


「起きたいと?」


『知らない』


「確認せず?」


『だって』


 雨。


『起こさないと』


『十三人の誰が何だったか』


『分からない』


「それを知るために」


「本人を起こす?」


『そう』


「あなた自身は」


「誰が本物か知りたい?」


『知りたい』


「なぜ」


『私は』


 雨の声が。


 少し震える。


『自分の出生記録を』


『思い出せないから』


「夏さんは」


「出生票を見た」


『私のは』


『なかった』


「十三枚あったと言っています」


『十三枚目が』


『空白だった』


 新たな矛盾。


「雨さん自身が」


「十三人目?」


『分からない』


「夏さんの記憶と」


「照合が必要です」


『して』


「本人が望むなら」


『望む』


     ◇


 北方施設。


 第十四選定。


 元の人生を生きた人間。


 十九歳のまま地下に保存。


 十三人の一人。


 雨。


 出生記録が空白。


 どれも。


 今すぐ北へ向かいたくなる情報だった。


 だが。


 ネレイス島では。


 十二人の子どもたちが。


 まだ待っている。


 ベルナードでは。


 凪。


 五番。


 海底鐘。


 制度の三十日期限。


 レインは。


 机の赤い糸を見る。


いま選び直す。


「北へ行くか」


 セシリアが尋ねる。


「はい」


「今すぐ?」


「まだです」


 バルドが驚く。


「この状況でも?」


「北方に」


「今すぐ死亡する危険があるか」


「まず確認します」


「冬至さん」


 文字。


現時点。


十三人の生命反応は。


維持。


「元の人は」


維持。


「第十四選定で」


「直ちに誰かが消える?」


まだ。


「猶予」


最短で三日。


「最長」


分からない。


「では」


 レインは言う。


「今日」


「ネレイス島で」


「緊急の処置だけ終えます」


「明日」


「ベルナードへ戻る」


「凪さんと五番へ直接確認」


「海底鐘の暫定制度を」


「最低限動かせる状態にする」


「その後」


「北へ向かいます」


 エルナが頷く。


「順序として妥当です」


「間に合わない可能性は」


 バルド。


「あります」


「でも」


「目の前の人を」


「次の謎が出たから途中で置いていくことも」


「しません」


     ◇


 冬至。


 表紙に。


 一行。


レオなら。


北へ急いだ。


 レインは。


 その文字を見る。


「冬至さんは?」


 長い沈黙。


今の私は。


お前の順番を。


支持する。


「レオと違う?」


だから。


私は。


レオだけではない。


 その言葉。


 レインは。


 記録した。


     ◇


 最後に。


 今日の聞き取りで。


 最も重要な一文。


《冬至》は、レオ・アスターの記憶を強く保持するが、現在の自己をレオ一名の継続として確定することを望まない。


現身体には、同意なくレオの記憶を移された元所有者の意思が残存する可能性がある。


よって今後の調査では、

《レオの記憶》

《冬至の現在人格》

《身体元所有者の意思》

を分けて扱う。


 さらに。


冬至が知る情報を、《レオ本人の証言》とは記録しない。


 書き終えた瞬間。


 日誌の表紙に。


 小さな文字。


ありがとう。


 レインは。


 その言葉だけ。


 帳面には写さなかった。


     ◇


 午後。


 ネレイス島の地下。


 十二人のうち。


 身体へ戻りたいと望んでいた一人が。


 感覚共有を終えた。


『今日は』


『戻らない』


「理由は」


『大人の身体が』


『まだ怖い』


「では」


「次回へ保留」


『うん』


「身体は」


『生かして』


「分かりました」


『でも』


「はい」


『私が戻らないからって』


『身体を誰かに使わないで』


「使いません」


『約束?』


「現在の管理方針として」


「本人の同意なしに」


「他者の人格を入れません」


『それならいい』


 別の一人。


 灯台へ残ることを望んだ。


『窓がほしい』


「窓?」


『外が見たい』


「灯台の記録室に?」


『うん』


『出たくないけど』


『海は見たい』


 エルナが。


 外部視覚接続の設計を始める。


 外へ出る。


 残る。


 その二択ではない。


 残ったまま。


 外を見ることもできる。


     ◇


 石を蹴る子は。


 貝殻の中から。


 浜辺まで来た。


 浜婆の手に持たれて。


『海』


「三十年ぶりか」


『たぶん』


「どうだ」


『思ったより』


『普通』


 浜婆が笑う。


「海だからな」


『もっと』


『すごいと思ってた』


「毎日見てると」


「そんなもんだ」


『でも』


 少し。


 波。


『好き』


 誰かを。


 役割から出した。


 だからといって。


 大きな奇跡が起こるわけではない。


 海を見て。


 思ったより普通だと言う。


 それも。


 一つの現在。


     ◇


 夕方。


 白鯨号。


 出航準備。


 明日。


 ベルナードへ戻る。


 そこから。


 北へ。


 だが。


 北へ行く者も。


 また。


 一人ずつ確認する必要がある。


 一番。


 二番。


 三番。


 四番。


 六番。


 七番。


 老人カイル。


 リナ。


 若いオルド。


 旧監督官。


 全員が。


 同じ旅を続けるとは限らない。


 レインは。


 北の地図を。


 新しい頁へ描かなかった。


 代わりに。


 行き先だけ。


次期調査候補――雪冠公国《白灰療養院》。


 その下。


北方十三人生事件。


 さらに。


調査目的を《誰が本物か決めること》としない。


 最後。


十三人それぞれの現在、元の出生記録、共通人生の由来、元となった人物の現在状態、施設依存の解除方法を確認する。


 筆を置く。


 ミラが。


 横から覗く。


『十四番目は?』


「書きます」


第十四機能については、使用しない前提で構造のみ確認する。


『うん』


「それと」


凪の旧名は、本人の再同意なく使用しない。


 ミラが。


 満足そうに頷いた。


     ◇


 夜。


 北方。


 今度は。


 誰の声も来なかった。


 冬。


 春。


 夏。


 秋。


 雨。


 五つの人生。


 残り八つ。


 そして。


 冬至。


 元の人生を生きた人。


 全員。


 まだ。


 北にいる。


 レインは。


 海を見た。


 第二部は。


 海の底から始まった。


 だが。


 海で分けられた記憶を追ううち。


 今度は。


 雪の中で分けられた人生へ。


 つながった。


 そのとき。


 レオ判断記録が。


 後ろから言った。


『レイン』


「はい」


『北へ行く前に』


「何です」


『一つだけ』


 レオ判断記録は。


 閉じた航海日誌を見る。


『王都の私に』


『聞いてほしい』


「何を」


『冬至を』


『知っているか』


「はい」


『それから』


「何です」


 少し。


 迷う。


『私が』


『身体を奪ったことを』


『王都の私は』


『覚えているか』


 同じレオから分かれた。


 別々の記録。


 一方は。


 その罪を知る。


 もう一方は。


 知らないかもしれない。


「分かりました」


「ベルナードから王都へ」


「連絡します」


『ありがとう』


 レインは。


 答えなかった。


 ただ。


 新しい頁へ。


王都禁書庫・レオ記録への確認事項。


 一。


《冬至》を知っているか。


 二。


レオ・アスターが、他者の身体へ本人の同意なく自身の記憶を移した事実を覚えているか。


 三。


北方十三人生実験への関与を覚えているか。


 そして。


 四。


その記憶を知りたいか。


 最後の問いだけは。


 先に。


 本人へ聞く必要がある。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


《冬至》は、レオ・アスターと同じ記憶・癖・判断傾向を持ちながら、自分を単純な《レオ本人》とは認識していませんでした。


さらに現在の身体は、かつてレオが処刑を恐れ、別人の同意なく自分の記憶を移した結果であることも判明します。


つまり冬至の中には、


レオの記憶


冬至として生きてきた現在人格


身体本来の所有者の意思


が同時に存在している可能性があります。


そして北方十三人生実験でも、冬至は過去に《春》を元の一人として固定しようとした十四番目の失敗を経験していました。


さらに第五の人生《雨》から、


共通人生の元になった人物は死んでおらず、十九歳の身体と記憶のまま北方施設地下に保存されている


という新たな証言が届きます。


次回、第43話「王都のレオは何を覚えているか」。


北方へ向かう前にレインは、王都禁書庫に残るもう一人の《レオ》へ連絡します。


冬至の存在。


同意なく他人の身体へ記憶を移した過去。


北方十三人生実験。


王都のレオ記録は、それらを覚えているのか。


そして――もし覚えていないなら、その罪の記憶を本人へ伝えるべきなのか。


同じ過去から生まれた二人の《レオ》が、初めて互いの存在を知ることになります。

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