第37話 十二人の名前を捨てた子どもたち
ネレイス島には、凪より前に統合実験へ使われた十二人の子どもがいた。
彼らは名前を消して逃げることができず、現在も灯台の中に残されていると島民は言う。
しかしミラには、その声が「子ども本人」ではなく、「子どもだった記録を使っている何か」に聞こえた。
レインたちは灯台へ向かう前に、まず島で暮らす人々へ話を聞く。
「灯台へ行くな」
老女は、もう一度言った。
白鯨号は砂浜から少し離れた場所へ停泊している。
島民たちは一定の距離を保ったまま、レインたちを見ていた。
武器を構えてはいない。
だが歓迎している様子もない。
「理由を聞かせてください」
レインが言う。
「先ほど、名前を聞くなと言った」
「はい」
「なら、私たちもあなたたちへ昔の名前を聞かない」
「灯台にいる子どもたちについても?」
「本人たちが望まない限りは」
老女は少しだけ表情を緩めた。
「では、ついてきな」
◇
ネレイス島の村には。
名前を書いた看板がなかった。
家にも。
店にも。
道にも。
港にも。
何もない。
代わりに。
家の入口には印がある。
魚。
星。
貝。
船。
木。
鳥。
記号。
「識別符?」
エルナが尋ねる。
「呼び名ではない」
老女が答えた。
「場所を間違えないための印だ」
「人についても?」
「本人が名前を使いたくなければ」
「服や持ち物の印で区別する」
「番号は?」
「使わない」
「なぜ」
「昔、番号で呼ばれた者が多い」
レインは島民を見る。
年齢はさまざま。
三十代。
四十代。
六十代。
子どももいる。
「ここにいる全員が、実験関係者?」
「違う」
「逃げてきた者」
「その家族」
「ここで生まれた者」
「名前を持つ者もいる」
「でも使わない?」
「使う者もいる」
老女は自分の胸を指す。
「私は《浜婆》と呼ばれている」
「本名では?」
「違う」
「自分で選んだ?」
「そうだ」
「本名は」
バルドが言いかけ。
止まった。
「……聞かないほうがいいな」
「少しは学んだね」
浜婆が笑う。
バルドは顔をしかめた。
◇
村の中央。
大きな共同家屋。
中へ入ると。
壁一面に。
木札が並んでいた。
名前ではない。
赤い布を好む人。
夜に眠れない人。
昔、右手を失った人。
海の音を嫌う人。
名前を持っているが公開しない人。
呼び名を選ぶ途中の人。
「王都地下共同墓所に似ています」
エルナが言う。
「氏名未詳死者の記録方法と」
浜婆が首を傾げる。
「王都でも似たことを?」
「最近始めました」
「最近?」
「いろいろありまして」
『長い話』
ミラが言った。
「あなたたちは」
レインが木札を見る。
「名前以外で、人を記録している」
「名前を失ったからじゃない」
浜婆。
「名前で捕まえられたからだ」
「海軍に?」
「教会にも」
「名前が分かれば」
「呼び戻せる」
「記録へつなげられる」
「役割へ戻せる」
ミラが自分の胸へ触れる。
『同じ』
旧名。
ミレイア・セレスト。
呼ばれれば役割へ戻される危険があった。
「最初から、この島には名前がなかったわけではない」
浜婆は続ける。
「名前を使わない暮らしを」
「あとから作った」
「誰が」
「凪と」
「十二人の子どもたち」
「十二人は灯台にいるのでは?」
「身体は」
「いない」
全員が止まった。
「どういう意味です」
「灯台に残っているのは」
「記録だ」
ミラの予想。
当たっていた。
◇
「十二人は」
「全員、死んだ?」
レインが尋ねる。
浜婆は首を横に振る。
「分からない」
「少なくとも」
「島へ来た時点では」
「全員、生きていた」
「凪より前に?」
「そう」
「実験施設から逃げた?」
「違う」
「運ばれてきた」
「誰に」
「海軍監督官」
白い海軍服。
灯台にいる男。
「十二人を、この島で管理していた?」
「島そのものが」
「実験施設だった」
セシリアの顔が険しくなる。
「ネレイス島は避難先ではなかった」
「最初はな」
「では、いつから逃亡者の島へ?」
「子どもたちが」
「施設を乗っ取った」
バルドが眉をひそめる。
「子ども十二人で?」
「十三人」
「凪も?」
「最後に来た」
「白鯨号事故のあと?」
「そうだ」
「凪が来て」
「十三人がそろった」
「それで何をした」
「灯台の統合機能を」
「逆に使った」
「どう逆に」
浜婆は壁の木札へ手を置く。
「名前を集める装置を」
「名前を逃がす装置へ変えた」
◇
エルナが身を乗り出した。
「詳しく聞かせてください」
「私は専門家じゃない」
「見たことだけで構いません」
「十三人が」
「灯台の上で手をつないだ」
「それぞれ」
「誰にも言いたくない名前を一つずつ出した」
「自分の名前?」
「自分のだった者も」
「ほかの誰かのだった者も」
「役割名だった者も」
「番号だった者もいた」
「それをどうした」
「灯台へ入れた」
「保存?」
「違う」
「海へ流した」
「海へ?」
「誰にも所有されないように」
エルナが息をのむ。
「名前を破棄した?」
「それも違う」
浜婆は首を横に振る。
「《呼べない場所へ置いた》」
「存在はする?」
「たぶんな」
「どこに」
「知らない」
「それを知れば」
「また呼べるから」
名前を完全に消すのではない。
記録として捕まえられない場所へ。
誰にも利用できない場所へ。
「凪の名前も?」
「最後に」
「十三番目として」
「海へ流した」
「リナの記憶では」
レインが言う。
「彼女も凪の名前を消すのを手伝った」
「それも事実なんだろう」
「両方?」
「名前を消す作業は一度じゃない」
「何度も削った」
「思い出す人がいるたび」
「また流した」
逃げ続けるため。
◇
「十二人の現在は」
レインが尋ねる。
浜婆の顔が暗くなる。
「十三人が灯台を止めた日」
「海軍監督官が」
「戻ってきた」
「殺された?」
「見ていない」
「灯台へ入った十三人のうち」
「外へ出たのは」
「凪だけ」
「十二人は?」
「出なかった」
「だから死んだと思った?」
「最初は」
「でも」
浜婆が灯台を見る。
「その後」
「声が聞こえるようになった」
『十三人目を返して』
『凪を返して』
「十二人の声?」
「そう思っていた」
「でもミラには」
レインがミラを見る。
『違う』
「何が違う」
浜婆。
『同じ声を』
『十二個の記録が言わされてる』
「本人の声は?」
『もっと奥』
「聞こえる?」
ミラは灯台の方角へ耳を澄ます。
長い沈黙。
『少し』
「何と言っている」
『……』
ミラの表情が変わる。
『帰りたくない』
「どこへ」
『身体へ』
「身体?」
エルナがすぐ記録する。
「十二人は、身体と記録が分離している可能性」
王都のミラたち。
名前。
記憶。
身体。
意思。
また分離。
「灯台へ記録だけ残し」
「身体は別の場所?」
セシリアが島を見回す。
「どこに」
浜婆は黙った。
「知っているんですか」
「知ってる」
「教えてください」
「本人に聞いてからだ」
レインはうなずく。
「それがいい」
◇
「どうやって本人へ聞く」
バルドが尋ねる。
「灯台へ行かずに?」
浜婆は共同家屋の奥へ進む。
地下へ続く階段。
「こっちだ」
降りる。
石造りの小部屋。
中央に。
十二個の貝殻。
それぞれ違う形。
「これは」
「十三人が使っていた」
「灯台に近づかず」
「互いの声を聞くためのもの」
「凪の分は?」
「持って出た」
だから十二個。
「誰でも使える?」
「違う」
「名前を言わず」
「相手を識別できる者だけ」
「どうやる」
浜婆は一つの貝殻を手に取る。
「この子は」
「甘いものが嫌いだった」
「左足で石を蹴る癖があった」
「眠るとき」
「必ず壁側を向いた」
「そういうものを」
「思いながら呼ぶ」
「名前ではなく」
「その人の特徴と関係で」
王都地下共同墓所で使った方法に近い。
「試しても?」
「私は呼ばない」
「なぜ」
「今、向こうが話したい相手か分からない」
「では」
レインは貝殻へ触れずに尋ねる。
「こちらから一方的に接続せず」
「《話したい者がいれば応答してほしい》と伝えることは」
浜婆は少し考えた。
「できる」
◇
十二個の貝殻を。
円形に並べる。
レイン。
ミラ。
セシリア。
エルナ。
浜婆。
ほかの者たちは少し離れる。
「こちらは」
レインは名前を名乗らない。
「灯台の中に残る十二人へ」
「話を聞きたいと思っています」
「ただし」
「今、話したくない方は応答しなくて構いません」
「灯台から出たいか」
「身体へ戻りたいか」
「凪を呼び戻したいか」
「それぞれ別に聞きたい」
「話せる方だけ」
「応答してください」
静寂。
一つ目の貝殻。
音なし。
二つ目。
何もない。
三つ目。
かすかな呼吸。
『……聞こえる』
子どもの声。
全員が動きを止める。
「聞こえています」
『名前は』
「聞きません」
長い沈黙。
『本当に?』
「はい」
『番号も?』
「聞きません」
『役割は?』
「必要なら、あなた自身が話したい範囲で」
声が。
少し泣いた。
『では』
『今は』
『石を蹴る子って呼んで』
浜婆の目から涙が落ちる。
「生きてた」
『浜婆?』
「そうだよ」
『まだいる?』
「いる」
『何年』
「三十年」
貝殻の向こうが静かになる。
『そんなに』
「はい」
「現在」
レインが続ける。
「灯台から出たいですか」
『出たい』
「身体へ戻りたい?」
即答ではない。
『分からない』
「身体がどこにあるか知っていますか」
『知ってる』
「今も生きている?」
『分からない』
「浜婆は知っていますか」
『知ってる』
「では、場所を俺たちへ伝えてもいい?」
長い沈黙。
『今は』
『まだ嫌』
「分かりました」
「では聞きません」
◇
四つ目の貝殻が鳴る。
『私は身体に戻りたい』
「呼び方は?」
『いらない』
「名前なしで記録しますか」
『うん』
「身体の場所を伝えていい?」
『私はいい』
「ほかの十一人と同じ場所?」
『違う』
全員が驚く。
「身体は別々?」
『うん』
「どこに」
『私は』
『島の北』
『白い木の下』
「浜婆」
「分かる」
「墓?」
浜婆は答える。
「生きている」
「何?」
「眠っている」
「三十年?」
「身体だけ」
「老化は?」
「する」
「では今」
「四十歳近い身体?」
「そうだ」
本人の記録人格は子どものまま。
身体は三十年を経過。
もし戻れば。
子どもの記憶人格が。
三十九歳前後の身体へ。
「身体へ戻ると」
レインが尋ねる。
「現在の身体年齢や状態が変わっている可能性があります」
『分かってる』
「本当に理解している範囲は?」
『浜婆が教えてくれた』
「戻ったあと」
「身体側に別の人格が生まれている可能性は?」
沈黙。
『それは』
『知らない』
「では、先に確認したほうがいい?」
『うん』
「身体へ勝手に統合しません」
『ありがとう』
◇
五つ目。
『私は戻りたくない』
「理由は?」
『身体が嫌い』
「なぜ」
『役割の印がある』
「統合者の印?」
『うん』
「消せる可能性があっても?」
『今は触りたくない』
「では、身体を維持するだけ?」
『それも』
『私に聞いて』
「はい」
『勝手に起こさないで』
「記録します」
◇
六つ目。
七つ目。
八つ目。
十二個すべてが。
少しずつ応答した。
全員。
違った。
一人は灯台を出たい。
一人は灯台の中に残りたい。
一人は身体へ戻りたい。
一人は身体を見たくない。
一人は凪と話したい。
一人は凪へ会いたくない。
一人は海軍監督官を殺したい。
一人は何も決めたくない。
一人は、自分が三十年経ったことをまだ受け入れられない。
そして。
最後の一人。
十二個目の貝殻。
『私は』
『灯台から出たら』
『消えると思う』
「なぜ」
『私は身体がない』
「亡くなっている?」
『違う』
『最初から』
「身体を持たずに作られた?」
『うん』
エルナの筆が止まった。
「十二人全員が生身の子どもではなかった?」
『私は』
『ほかの子の記憶を』
『混ぜて作られた』
王都の書架。
白名。
記母。
記録から生まれた存在。
「あなた自身は」
レインが慎重に尋ねる。
「現在、独立した意思があると感じますか」
『ある』
「では」
『身体がなくても』
「はい」
『私も』
『一人として記録してくれる?』
「します」
『名前がなくても?』
「はい」
『作らなくても?』
「はい」
貝殻の向こうから。
泣く声。
『よかった』
◇
聞き取りが終わるまで。
二時間以上かかった。
レインは十二人を。
一つの《統合者集団》として記録しなかった。
それぞれへ。
現在の希望。
身体の有無。
身体への帰還意思。
灯台から出る意思。
凪との接触希望。
海軍監督官への感情。
呼称希望。
保留事項。
別々に記録した。
「これで」
浜婆が言う。
「灯台へ行くのか」
「まだ一つ」
「何だ」
「灯台の中にいる十二人の記録を」
「本人の同意なしに外へ出せるかどうか」
ミラが言う。
『無理やりは嫌』
「はい」
「出たいと言った者だけを」
「分離できる方法を探します」
「全員まとめて解放しない?」
「しません」
「灯台を壊したら」
「出たくない者や、身体がない者までどうなるか分からない」
バルドが大剣を見下ろす。
「今日はまだ斬らない」
『えらい』
「褒めるな」
◇
「海軍監督官について」
セシリアが浜婆へ尋ねる。
「彼は生者ですか」
「違う」
「死者?」
「それも」
「違うと思う」
「では」
「灯台へ自分を写した」
「本人の身体は」
「三十年前に死んだ」
「記録人格?」
「だと思う」
「本人の全記憶?」
「分からない」
「本人の役割命令だけかもしれない」
ミラが灯台へ耳を澄ます。
『怒ってる』
「何に」
『十二人が私たちと話したから』
灯台から。
低い声が響く。
『記録体への無許可接触を確認』
浜婆が顔をしかめる。
「いつもこれだ」
『管理対象の意思形成を検知』
レインの表情が変わる。
「意思形成?」
『独立判断は統合前障害』
「独立した意思を」
「障害と見ている」
『統合効率を低下させる』
十二人の子どもたち。
長く分離され。
今はそれぞれ違う希望を持っている。
監督官にとって。
それは人格ではなく。
統合を邪魔するノイズ。
「あなたは」
レインが灯台へ向かって叫ぶ。
「十二人を本人として扱わない?」
『処理途中の記録体』
「凪は?」
『逃亡統合器』
「七人は?」
『分割記録体』
「リナは?」
『不正操作技術員』
「オルドは?」
『事故責任者』
老人オルドが顔を上げる。
「俺だけは人間扱いか」
『責任処理完了後、記録化対象』
「結局部品だ」
バルドが呟く。
◇
海軍監督官の声。
『聞き書き人』
「はい」
『十二人へ希望を聞いた』
「はい」
『回答は矛盾している』
「はい」
『一人は出たい』
『一人は残りたい』
『一人は身体へ戻りたい』
『一人は戻りたくない』
『統一不能』
「統一しません」
『管理不能』
「一人ずつ扱います」
『時間浪費』
「本人十二人です」
『十二人ではない』
「では何人」
『一つ』
灯台の最上部。
青い光。
『十二記録は』
『一つの統合人格を作るための分割材料』
「誰の人格を」
『海洋記録管理者』
エルナが息をのむ。
「十二人を一つに統合して」
「海底鐘の管理者を作る予定だった?」
『正しい』
「凪は十三人目では」
『補助核』
「十三人を一つへ?」
『十二記録+一統合核』
「第十三鐘守に似ている」
セシリアが言う。
だが。
構造が少し違う。
十二人の人格断片。
十三人目の統合器。
一つの管理人格へ。
「完成したことは?」
レインが尋ねる。
『未達』
「なぜ」
『逃亡』
「本人たちが拒否したから?」
『処理障害』
「拒否です」
『障害』
「拒否」
『障害』
「あなたは」
レインの声が低くなる。
「本人が嫌だと言ったことを」
「一度も拒否として記録しなかったんですね」
灯台が沈黙する。
◇
浜婆が言った。
「それで」
「三十年前」
「子どもたちは」
「自分で記録を変えた」
「どんな記録」
「《障害》って書かれるたび」
「その横に」
「自分の言葉を書いた」
「残っていますか」
「灯台の中」
「見られる?」
「監督官が消そうとした」
「でも完全には消せなかった」
「なぜ」
「十三人が」
「同じ場所へ」
「別々の言葉を書いたから」
一人の筆跡ではない。
十二人。
凪。
全員違う。
「内容は」
浜婆は覚えている範囲で言った。
嫌だ。
怖い。
私は私。
戻りたくない。
一緒にしないで。
名前で呼ぶな。
番号で呼ぶな。
私の記憶を取るな。
私が決める。
分からない。
今は決めない。
凪を逃がせ。
最後。
十三人目まで壊すな。
ミラが小さく言った。
『似てる』
「何に」
『私たちが言ってきたこと』
制度が違っても。
時代が違っても。
役割へ閉じ込められた者が。
最後に言う言葉は似ている。
自分で選びたい。
◇
そのとき。
一番の胸元。
記録窓が。
突然赤く点滅した。
「何だ」
二番も。
三番。
四番。
六番。
七番。
全員。
「海底鐘?」
エルナ。
「違う!」
六番が叫ぶ。
「ベルナード!」
「五番?」
記録窓から。
五番の声。
『聞こえるか!』
「五番!」
『凪が来た!』
「間に合った?」
『でも!』
五番の声が切れる。
次に。
凪。
『レイン!』
「聞こえています!」
『監督官が』
『こっちにもいる!』
「何?」
ネレイス島の灯台。
目の前に海軍監督官。
なのに。
ベルナードにも。
『同時に?』
ミラが驚く。
『同じ声が二つ』
海軍監督官は。
一人の幽霊ではない。
複数の記録。
複数の管理端末。
「五番の状況は」
『捕まってない!』
凪の声。
『でも』
『港の海底鐘が』
『五番を』
『欠けた七番目として呼んでる!』
「統合ではなく?」
『違う!』
『今度は』
激しい雑音。
『五番を』
『次の統合核にするつもりだ!』
「統合核?」
レインの顔が変わる。
五番は。
恐怖を保持する存在。
海へ行くことを拒否した。
その拒否を。
海底鐘は。
《危険回避判断能力が高い》と解釈した可能性。
「五番を」
「凪の代わりにする?」
『そうだ!』
凪が叫ぶ。
『俺がいないから』
『新しい十三人目を作る!』
海底鐘。
十二人の管理記録。
七人の分割死者。
複数の制度が。
互いの欠損を補おうとしている。
「五番本人は!」
『嫌だって言ってる!』
「なら」
「その拒否を固定してください!」
『どうやって!』
「五番自身に」
「何と呼ばれたいか」
「何として残りたいか」
「今の言葉を繰り返してもらって!」
少しして。
五番の声。
『俺は五番!』
『今は五番でいい!』
『統合核にならない!』
『誰もまとめない!』
『海に行かない!』
『ベルナードに残る!』
記録窓へ。
一行ずつ。
文字が浮かぶ。
レインも同じ内容を帳面へ写す。
五番。
現在の仮称《五番》。
新規統合核への指定を拒否。
他者の記憶を集約する役割を拒否。
現在、ベルナードに残ることを希望。
ネレイス島の灯台が。
突然。
強く光った。
『遠隔拒否記録を検知』
「はい」
『無効』
「理由は」
『本人が管理区画外』
「本人だから有効です」
『管理者確認なし』
「本人の意思に、管理者の承認は必要ありません」
『拒否処理不成立』
「成立します」
『不成立』
ミラが怒鳴る。
『本人が嫌って言ってるでしょう!』
灯台の光がミラへ向く。
『第十三鐘守意思要素』
『代替統合核候補』
『あなたも嫌!』
ミラが即答。
レインはすぐ記録する。
ミラ。
海洋記録管理制度における統合核指定を拒否。
海軍監督官。
『拒否が増加』
「はい」
『運用不能』
「だから制度を変えます」
『拒否を認めれば』
『誰も役割を担わない』
「役割を担いたい人を探す」
『いない場合』
「機械や手順に分ける」
『不足』
「必要なら複数人で期間限定」
『非効率』
「それでも」
レインは灯台を見る。
「人を役割の材料にはしません」
◇
突然。
十二個の貝殻が。
全部。
同時に鳴った。
『私も』
『私も』
『私も嫌』
『統合しないで』
『身体へ戻すなら聞いて』
『灯台に残るなら自分で決める』
『凪を戻すな』
『五番を使うな』
『ミラも使うな』
十二人。
別々の言葉。
だが。
一つだけ共通している。
自分たちの代わりを。
新しく作るな。
浜婆が泣いていた。
「三十年前」
「この声を」
「聞けていれば」
「何か変わったかな」
レインは答えなかった。
過去は。
今から変えられない。
「今は聞こえています」
「それだけです」
浜婆はうなずいた。
◇
灯台。
海軍監督官が。
初めて強い怒りを示した。
『全統合記録』
『独立判断を形成』
『処理不能』
「はい」
『原因』
青い目が。
レインを見る。
『聞き書き人』
「俺が原因?」
『質問により分岐増大』
『矛盾増加』
『判断遅延』
『管理破綻』
「元々」
「違う答えを持っていたんです」
「あなたが一つへ押し込めていただけです」
『ならば』
灯台全体が。
低く震える。
『質問者を除去する』
セシリアが銀杖を構える。
バルドが大剣を抜く。
「今度は斬っていいか」
「防御なら!」
「それで十分!」
灯台から。
七本の青い光が放たれる。
一番。
二番。
三番。
四番。
六番。
七番。
そして。
レイン。
「七つ?」
エルナが叫ぶ。
「一人足りない!」
「五番の代わりに」
ミラが気づく。
『レインを入れる気!』
行動。
事実。
感情。
日常。
愛着。
責任。
そして。
問い。
五番の《恐怖》が不在。
代わりに。
レインの《問い》を七番目にする。
『新七分類を構築』
『問いを管理機能へ転用』
「拒否します!」
レインが叫ぶ。
『問いは』
『判断前処理として有効』
「俺は役割として固定されない!」
『本人拒否は』
「有効です!」
青い光が。
レインの胸へ迫る。
その瞬間。
十二個の貝殻から。
十二本の白い線が飛び出した。
レインの前へ。
壁を作る。
灯台の子どもたち。
『問いを取るな』
『聞く人を』
『管理するな』
『私たちは』
『聞かれたから』
『違うことを言えた』
十二人が。
レインを守っている。
レインは叫ぶ。
「無理をしないで!」
『自分でやってる!』
一人。
『助けたいから!』
別の一人。
『今はこれを選ぶ!』
白い壁が。
青い光を押し返す。
灯台全体に。
亀裂が走った。
海軍監督官の声。
『統合器十二体』
『命令違反』
『処分』
「やめろ!」
浜婆が叫ぶ。
灯台の窓。
十二個。
すべて。
赤く光る。
「何をする気です!」
『記録初期化』
エルナの顔色が変わる。
「十二人の人格を消す!」
『障害発生前状態へ復元』
「それは初期化じゃない!」
「今の十二人を消すことです!」
『記録は保持』
「人格は?」
『不要』
レインは聞き書き帳を開く。
十二人。
全員。
先ほどの意思確認。
全部。
記録してある。
「十二人へ!」
貝殻。
「今の自分の記録を」
「俺の帳面へ複製することを望みますか!」
十二人が。
同時には答えない。
一人。
『する』
二人目。
『する』
三人目。
『私はしない』
「分かりました!」
四人目。
『一部だけ』
「どこまで?」
『今の希望だけ』
五人目。
『全部』
六人目。
『浜婆との記憶は入れないで』
「分かりました!」
七人目。
『身体の場所は書かないで』
「はい!」
八。
九。
十。
十一。
十二。
全員。
違う公開範囲。
レインは。
それぞれ。
別の頁へ。
許可された範囲だけ。
記録する。
灯台の赤い光。
『初期化開始』
「まだです!」
セシリアの月光が。
灯台へ伸びる。
「月光封鎖!」
赤い光の進行が。
少し止まる。
杖の魔石へ。
新しい亀裂。
「長くは持ちません!」
バルドが大剣を構える。
「今度こそ」
「どこを斬る!」
ミラが灯台を見上げる。
『上じゃない!』
「どこ!」
『地下!』
「監督官の声」
『灯台の下から来てる!』
海軍監督官は。
最上階にいるように見せている。
だが。
本体の記録装置は。
地下。
「浜婆!」
「地下への入口は!」
浜婆が共同家屋の床を見る。
「昔」
「十三人が封じた」
「どこ」
「灯台じゃない」
「この村の下だ」
全員が止まる。
「村の下?」
「監督官を」
「灯台へ閉じ込めたと思ってた」
「でも」
浜婆の顔が青ざめる。
「違った」
「私たちは」
「監督官の上で」
「三十年暮らしてた」
床下。
低い音。
どくん。
島全体が揺れる。
家。
道。
木。
砂浜。
すべての地下に。
巨大な何かがある。
エルナが地面へ耳を当てる。
「灯台だけが施設ではない」
「島そのものが」
「統合装置」
地面に。
青い文字が浮かび上がる。
海洋統合実験施設・ネレイス。
その下。
統合材料収容数――十二。
統合核――一。
管理記録――一。
そして。
新しい行。
代替統合核候補――五番、ミラ、問い手。
レインは文字を見る。
「三人」
『最適候補を選定』
「選ばせません」
地面から。
海軍監督官の声。
『ならば』
『島全体を』
『一つの統合核とする』
王都で。
初代局長が。
第十三鐘守を一つにできなければ。
王都全体を代替へしようとした。
同じ。
ネレイス島も。
統合者が確保できなければ。
島民全員を。
一つの統合器へ。
浜婆の顔が変わる。
「みんな!」
「家から出ろ!」
島民が走り始める。
地面から。
青い線が。
一人一人の足元へ伸びていく。
「白鯨号へ避難を!」
セシリアが叫ぶ。
「全員乗れるのか!」
バルド。
「乗せられるだけ!」
一番たちも。
船へ向かう。
だが。
レインは。
地下を見た。
「エルナ」
「はい」
「監督官の管理記録を」
「止める場所は」
「地下です」
「行く?」
ミラが聞く。
「はい」
「でも」
レインは赤い糸を見る。
いま選び直す。
「全員で行く必要はありません」
バルド。
「俺は行く」
セシリア。
「私も」
エルナ。
「当然です」
ミラ。
『行く』
一番たち。
レインは止める。
「あなたたちは」
「まず島民を船へ」
一番が反発する。
「俺たちも関係者だ!」
「はい」
「でも、今は」
「船を実体化させて避難させる役割が必要です」
六番が言う。
「役割として命令する?」
「お願いです」
「断っても?」
「別の方法を探します」
一番たちは顔を見合わせる。
一番。
「やる」
二番。
「俺も」
三番。
「船に残る」
四番。
「食料もある」
六番。
「航路は必要ないけど」
「船は動かせる」
七番。
「オルドも残れ」
老人オルドが言う。
「俺は地下へ」
「お前は資料を持ってる」
「島民避難に使え」
「……分かった」
若いオルド。
『私は地下へ行く』
「理由は」
『監督官に』
『自分が何をされたか聞きたい』
「危険です」
『今は行く』
レインはうなずいた。
◇
浜婆が。
共同家屋の床板を外す。
地下。
黒い階段。
「十三人が」
「最後にここを封じた」
「凪も?」
「そう」
「開ける方法は」
「名前を言わないこと」
バルドが眉をひそめる。
「それだけ?」
「入口が」
「名前を要求してくる」
「答えた者は」
「管理対象へ戻される」
階段の下。
扉。
文字が浮かぶ。
入場者名を登録せよ。
レイン。
「問い手」
ミラ。
『ミラ』
セシリア。
「月の神官」
エルナ。
「調べる人」
バルド。
「剣士」
若いオルド。
『若いほう』
扉。
正式名を登録せよ。
「拒否します」
登録なしでは入場不可。
浜婆が言う。
「昔」
「十三人は」
「ここで一度止まった」
「どうした」
「全員」
「名前の代わりに」
「今したいことを言った」
レインは扉を見る。
「では」
問い手。
「十二人の初期化を止めに来た」
ミラ。
『島の人を一つにしない』
月の神官。
「強制統合を停止する」
調べる人。
「施設構造と記録を確認する」
剣士。
「必要なら装置を壊す」
「最後だけ物騒です」
「今したいことだ」
若いオルド。
『自分が何をされたか知りたい』
扉が。
しばらく沈黙。
そして。
行動目的を確認。
一時入場を許可。
開いた。
名前ではなく。
現在の選択で。
◇
地下。
長い廊下。
左右に。
十三個の部屋。
一から十二。
そして。
十三。
十三番の扉だけ。
開いている。
「凪の部屋」
ミラが言う。
中。
小さなベッド。
壁。
無数の傷。
名前を呼ぶな。
私は道具じゃない。
七人を入れるな。
十二人を一つにするな。
外へ出たい。
海が見たい。
最後。
凪って呼ばれたい。
レインは。
その文字へ触れなかった。
「本人が選んだ呼び名」
『ここで決めたんだ』
ミラが小さく言う。
◇
十二部屋。
扉は閉じている。
その奥から。
貝殻と同じ声。
『初期化が来る』
『早く』
『助けて』
『私は残る』
『私だけ出して』
『身体を先に見て』
全部違う。
「一括で扉を開けません」
レインが言う。
「一人ずつ」
エルナ。
「時間がありません」
「それでも」
「希望を確認した順番で」
「緊急度は?」
「初期化が全員へ来ている」
「では」
レインは記録を見る。
「最初に」
「外へ出たいと明確に言った者」
「次に」
「身体へ戻りたい者」
「残る希望の者は」
「初期化だけ止める」
役割を分ける。
バルド。
「装置本体は俺が探す」
セシリア。
「初期化術式を抑えます」
エルナ。
「各部屋の接続構造を確認」
ミラ。
『本人の声を聞く』
レイン。
「選択を記録する」
若いオルド。
『私は』
「無理に役割を作らなくても」
『でも』
『何かしたい』
ミラが言う。
『扉の前で』
『怖い子と話して』
若いオルドは少し驚く。
『私が?』
『あなたも怖いでしょう』
『……うん』
『なら』
『怖いって言える人がいると』
『少し違う』
若いオルドが。
一つ目の扉の前へ座った。
『私も怖い』
中の声。
『誰』
『名前は使わない』
『昔、船で死んだ人』
『今は若いほうって呼ばれてる』
中から。
小さな笑い。
『変なの』
『私もそう思う』
◇
その頃。
地下最深部。
バルドが叫ぶ。
「見つけた!」
全員が向かう。
巨大な円形室。
中央。
人間の脳のように。
青い記録石が。
無数につながっている。
その中心に。
白い海軍服の男。
若い姿。
椅子に座っている。
海軍監督官。
だが。
身体は半透明。
記録人格。
「直接会うのは初めてだな」
男が言う。
「あなたを何と呼べばいいですか」
「監督官でいい」
「本人が選んだ呼称?」
「役割だ」
「個人名は」
「不要」
「では、現在自分を監督官として認識している?」
「そうだ」
「記録します」
「好きにしろ」
監督官はレインを見る。
「お前は面白い」
「十二人を助けるつもりか」
「本人ごとに希望が違います」
「非効率だ」
「聞きました」
「では」
男は笑う。
「一人ずつ救っている間に」
「島全体が統合される」
「止める方法は」
「私を消す」
バルドが大剣を構える。
「分かりやすい」
「待ってください」
「またか」
「監督官」
「あなたが消えれば」
「初期化と島統合は止まりますか」
「一時的には」
「永久では?」
「装置は次の管理記録を作る」
「誰から」
「最も適性が高い者」
「凪?」
「現在不在」
「五番?」
「候補」
「ミラ?」
「候補」
「レイン?」
「候補」
「では」
「あなたを壊すだけでは」
「次の犠牲が出る」
「そうだ」
監督官は。
楽しそうに笑った。
「だから」
「統合者は必要だ」
レインは中央装置を見る。
「違います」
「必要なのは」
「管理判断の仕組み」
「人間ではない」
「それを分離できると思うか」
「あなた自身が」
「役割記録だけなら」
監督官の笑みが消える。
「私は人間だった」
「はい」
「だが今は」
「管理記録だ」
「現在の意思は?」
「施設を完成させる」
「なぜ」
「それが私だ」
「役割以外にしたいことは」
「ない」
「分からない?」
「ない」
初代局長とは違う。
白名とも。
書架とも。
監督官は。
今のところ。
役割と自分を分けようとしていない。
「では」
レインは問う。
「あなた自身が」
「管理役割から分離されることを望みますか」
「望まない」
「独立人格として残ることは?」
「不要」
「では」
「管理機能だけを別の機構へ移し」
「あなたの記録人格を停止することは?」
全員が。
レインを見る。
監督官も。
初めて。
表情を変えた。
「停止?」
「消去ではありません」
「外部へ命令できない状態」
「再開を望む場合は」
「将来、審査を受ける」
「私が同意しなければ」
「他者への強制統合を続けるなら」
「外部接続だけは止めます」
「本人の意思を守るのではなかったか」
「他者の意思を奪う行為まで認めるとは言っていません」
監督官は。
笑った。
「ようやく」
「管理者らしいことを言ったな」
「俺は管理者ではありません」
「だから厄介だ」
◇
エルナが装置へ近づく。
「管理機能を分けられます」
「本当に?」
「完全ではありません」
「でも」
「監督官の人格記録」
「十二統合室」
「島民統合回路」
「海底鐘通信」
「四系統に分かれています」
「止める順番は」
「島民統合回路」
「次に十二人初期化」
「その後」
「監督官の外部命令」
「海底鐘通信は?」
「残します」
「なぜ」
「ベルナードとの連絡に使える」
「監督官なしで?」
「簡易手順へ落とせる可能性があります」
「時間は」
セシリアの月光が揺れる。
「早く!」
レインは監督官を見る。
「最後に確認します」
「何だ」
「島民全員を統合核へする命令」
「停止しますか」
「しない」
「十二人の初期化」
「停止しますか」
「しない」
「五番、ミラ、俺の統合核指定」
「撤回しますか」
「しない」
「記録します」
海軍監督官を名乗る管理記録人格。
ネレイス島民の集団統合、十二統合記録の初期化、五番・ミラ・問い手の代替統合核指定について、停止・撤回を拒否。
他者の現在意思へ継続的かつ直接的な危害を与える命令が進行中。
「外部命令系統を停止します」
監督官が立ち上がる。
「やってみろ」
バルド。
「今度は待たなくていいな」
「回路だけ!」
「分かってる!」
大剣。
島民統合回路へ。
一撃。
青い線が砕ける。
地上。
島民の足元から伸びていた線が消えた。
二撃目。
十二人初期化回路。
セシリアの月光が補助。
エルナが接続位置を指示。
バルドが斬る。
赤い光。
消える。
十二個の貝殻。
『止まった!』
『消えない!』
『まだいる!』
三撃目。
監督官の外部命令。
だが。
大剣が。
止められた。
監督官の手。
半透明なのに。
剣を掴んでいる。
「私は」
男が言う。
「管理記録だ」
「役割を切れば」
「私は何になる」
「分かりません」
レインが答える。
「だから怖い?」
監督官の目が。
揺れた。
「……」
「役割以外がないと言った」
「でも」
「それを失うのが怖いなら」
「何か残る可能性を」
「あなた自身が感じている?」
「黙れ」
「停止後」
「すぐ消去しません」
「現在のあなたが何を望むか」
「役割なしで確認する時間を作る」
「黙れ」
「それでも」
「外部命令は止めます」
監督官は大剣を掴んだまま。
しばらく。
動かなかった。
そして。
手を離した。
「やれ」
全員が息をのむ。
「同意?」
「他者への命令を止めることに」
「同意する」
「あなた自身の人格停止は?」
「まだ」
「分かりました」
レインは記録する。
海軍監督官。
他者への強制統合・初期化命令を送信する外部権限の停止へ同意。
自身の人格記録の停止・消去については現時点で同意せず。
外部命令停止後、役割命令から切り離された状態で自身の希望を再確認する時間を希望。
「希望?」
監督官が言う。
「私は希望すると言っていない」
「では」
「再確認する時間を受け入れる?」
「……受け入れる」
「訂正します」
レインは書き直す。
バルドが。
外部命令回路を斬った。
青い光が。
完全に消える。
◇
監督官の白い軍服から。
七本の青い線が消えた。
肩章。
役職章。
すべて。
薄くなる。
残ったのは。
一人の男。
三十代後半ほど。
何も書かれていない白い服。
「……」
「今」
レインが尋ねる。
「自分を何と認識していますか」
男は口を開く。
「監督官」
少し止まり。
「……と」
「呼んでいた」
「今も?」
長い沈黙。
「分からない」
初めて。
彼も。
分からないと答えた。
◇
十二人の部屋。
初期化は止まった。
だが。
まだ扉は閉じている。
「一人ずつ」
レインが言う。
「予定通り聞きます」
「今すぐ全員を出さない?」
浜婆。
「出たい人から」
「残りたい人は残せるように」
「身体へ戻りたい人は」
「身体側の状態を確認してから」
「身体がない人は?」
「灯台外で安定できる媒体を探します」
「どれくらいかかる」
「分かりません」
「でも」
レインは十二個の扉を見る。
「今度は」
「急いで一つにしません」
◇
そのとき。
ベルナードから。
五番の記録窓が開いた。
『レイン!』
「はい!」
『凪が』
「どうした」
『倒れた!』
「統合器の使用負荷?」
『分からない!』
凪の声も。
かすかに聞こえる。
『……来るなって』
「何です」
『言ったのに』
息が苦しい。
『でも』
『五番は』
『守れた』
「意識は?」
『ある』
「身体は?」
『熱がすごい!』
五番。
『生きてる人だから』
『俺たちじゃ分からない!』
「医師を!」
『呼んだ!』
凪。
三十九歳。
三十年間。
統合者機能を抱えながら生きた。
今回。
本人の意思で。
再びその機能を使った。
その代償。
「凪さん」
レインが記録窓へ呼びかける。
「聞こえますか」
『……うん』
「今」
「何を望みますか」
長い呼吸。
『眠りたい』
「医師の治療を受ける?」
『受ける』
「統合機能への処置は」
『今は』
『触らないで』
「分かりました」
『あと』
「はい」
『島』
「今、います」
凪の呼吸が止まりそうになる。
『十二人は』
「全員、まだ存在しています」
『……よかった』
「監督官の外部命令も止めました」
『監督官?』
「本人は現在、自分が監督官なのか分からないと答えています」
凪は。
ほんの少し。
笑った。
『ざまあみろ』
「記録しますか」
『するな』
「分かりました」
五番の笑い声。
『俺は覚えた』
『やめろ』
◇
通信が切れる。
レインは。
少しだけ息を吐いた。
十二人。
凪。
五番。
六人の分割死者。
海軍監督官。
島民。
まだ。
問題は山ほどある。
だが。
強制統合は。
止まった。
少なくとも。
今は。
ミラが灯台地下の廊下を見る。
『レイン』
「何です」
『一番奥』
「何か聞こえる?」
『十三番の部屋じゃない』
「では」
『その先』
十三の部屋。
さらに奥。
本来ないはずの。
十四番目の扉。
全員が。
ゆっくり振り向く。
廊下の最深部。
壁だった場所に。
扉が浮かんでいる。
青い文字。
第十四海洋記録試験室。
バルドが顔をしかめた。
「また十四か」
エルナが扉を確認する。
「新しい構造ではありません」
「三十年以上前からある」
「十三人を統合したあと」
セシリアが言う。
「さらに何かをする予定だった?」
扉の下。
追加文字。
完成統合人格に対し、最終証言固定を行う。
レインの表情が変わる。
十四番目。
王都では。
矛盾する証言を一つへ固定する役割へ。
聞き書き人を使おうとした。
海でも。
同じ。
「十三人を一つにした後」
エルナが言う。
「十四番目が」
「その人格を《正しい管理者》として確定する」
扉。
さらに。
文字が浮かぶ。
第十四候補を確認。
全員。
レインを見る。
「俺?」
扉は答える。
聞き書き人。
ミラが怒った。
『また!』
だが。
その下へ。
もう一行。
第一候補――レオ・アスター。
レインの息が止まる。
「レオ?」
王都禁書庫に残る。
古代の聞き書き人。
レインの祖先。
十三鐘守と関わった男。
彼は。
海の実験にも。
関係していた。
さらに。
扉に。
古い筆跡。
レオ本人と思われる文字。
この部屋を使うな。
十三人を一つへするな。
私にも、最後を決めさせるな。
その下。
もう一行。
海の記録は、王都より先に失敗している。
レインは。
扉を見つめた。
王都の鐘務局。
海底記憶鐘。
ネレイス島。
別々の事件ではない。
もっと古いところで。
つながっている。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ネレイス島の十二人は、灯台へ閉じ込められた「一つの統合材料」ではありませんでした。
身体へ戻りたい者。
戻りたくない者。
灯台から出たい者。
残りたい者。
身体そのものを持たず、複数の記憶から生まれた存在。
それぞれが異なる現在の意思を持っています。
また、海軍監督官は外部への強制命令を停止することに同意し、役割から切り離された後、初めて「自分が何者か分からない」と答えました。
しかし地下には、さらに《第十四海洋記録試験室》が存在。
そこには、初代候補として聞き書き人レオ・アスターの名が残されていました。
次回、第38話「海で失敗した十四番目」。
レインたちは、レオが海洋記録実験へどのように関わり、なぜ《この部屋を使うな》と警告を残したのかを調べます。
王都の十三鐘守と十四番目より以前に存在した、《海の十三と十四》の失敗が明らかになります。




