↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界幽霊聞き書き帳――死者の声が聞こえる俺は、成仏できない亡霊たちを取材する  作者: たむ
第一部 第八章 教会が消した十三人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/36

第24話 十三人の鐘守り

銀色の本から現れた十二人の鐘守りは、ミラが自分たちを殺したと証言した。


しかし彼らが生きた時代には、数十年から数百年もの隔たりがある。


レインは「殺した」という言葉の意味を決めつけず、十二人の記憶を一人ずつ聞き分ける。

 第四の鐘が鳴り終わると、銀色の本が完全に開いた。


 最初の頁には、一人の女性が描かれている。


 白い髪。


 鐘の形をした杖。


 首元には、輪のような傷。


 次の頁には若い男性。


 その次には老女。


 兵士。


 神官。


 医師。


 旅人。


 年齢も性別も異なる十二人。


 彼らは頁から抜け出し、銀色の本を囲むように並んでいた。


 全員の視線が、ミラへ向けられている。


『あなたが、私たちを殺した』


 十二人の声が重なった。


 ミラはレインの横で身体を固くしている。


『私が?』


『そうだ』


『第十三鐘守』


『あなたが連鐘を破壊した』


『私たちの名を切り離した』


『私たちの声を止めた』


『存在を終わらせた』


 同時に話すため、どの言葉を誰が発したのか分からない。


 声が重なるほど、ミラの輪郭が薄くなっていく。


「一人ずつ話してください」


 レインが呼びかけた。


 十二人は止まらない。


『殺された』


『裏切られた』


『あの子は逃げた』


『私たちを捨てた』


『レオと共謀した』


「一人ずつです!」


 レインが強く言った。


 それでも声は止まらない。


 銀色の本が十二人を一つの証言として動かしている。


 ミラが両手で耳を塞いだ。


『分からない』


『私、何も覚えてない』


 十二人の鐘守りは、さらに声を重ねる。


『思い出せ』


『罪を認めろ』


『一つへ戻れ』


『私たちの死を受け入れろ』


「黙って!」


 ミラが叫んだ。


 第十三鐘守の声が禁書庫へ響く。


 書架の本が一斉に閉じた。


 十二人の姿も動きを止める。


『同じことを、みんなで言わないで』


 ミラは震えながらも、銀色の本を見た。


『誰が何を覚えてるのか、別々に話して』


 第一の鐘守りが口を開く。


『我々は一つだ』


『違う』


 ミラは首を横に振った。


『十二人いる』


『十二の記録で、一つの鐘守りだ』


「それは誰が決めた」


 レインが問う。


 第一の鐘守りは答えない。


 管理人ノクスが代わりに説明した。


「歴代鐘守りの記憶は、次の鐘守りへ継承されました」


「継承?」


「最初の鐘守りが死亡すると、その知識と役割が第二鐘守へ記録されました。第二が死亡すれば、第一と第二の記録が第三へ渡されます」


「十二人目には、十一人分の記憶が入っていた?」


「はい」


「第十三鐘守には、十二人全員の記憶を入れる予定だった」


「そのとおりです」


 ミラが自分の胸元を見る。


『私の中に、この人たちを?』


「記憶、技術、役割、命令を統合し、最後の記憶鐘を管理する存在となる予定でした」


『私は望んだの?』


「公式記録では、儀式へ同意しています」


「本人の記憶では?」


 レインが尋ねる。


「現在、禁書庫に保管されています」


「都合のよい順番ですね」


 エルナが言った。


「同意したという記録を先に示し、本人の記憶は後でなければ読めない」


 ノクスは反論しない。


「銀色の本には、何が記録されているんです」


「鐘守りの役割が継承された記録です」


「本人たちの人生は?」


「職務に関連する部分のみ」


「では、目の前の十二人は本人ですか」


 ノクスは短く沈黙した。


「本人の記録です」


「本人ではない?」


「記録をどこまで本人と呼ぶかによります」


 ヴァイス邸の記憶保管室と同じ答えだった。


 保存された記憶。


 役割。


 行動。


 言葉。


 それらが自律して話していても、元の人間そのものとは限らない。


「十二人へ個別に質問します」


 レインは聞き書き帳を開いた。


「最初の方。あなたの名前は?」


『第一鐘守』


「それは役職です。本名は?」


『不要』


「好きだった食べ物は?」


『不要』


「家族は?」


『不要』


「鐘守りになる前に、何をしていましたか」


『不要』


 第一の鐘守りは同じ言葉しか返さない。


「職務以外の記憶がない」


 エルナが記録した。


「第二の方は?」


『第二鐘守』


「本名は」


『役割に不要』


「死因は?」


『第十三鐘守による連鐘破壊』


「あなたが生きていた年代は?」


『王国暦二百十二年から二百五十七年』


 エルナの筆が止まった。


「現在は王国暦五百八十六年です」


「ミラが第十三鐘守になったのは?」


「教会側の断片記録では、約百三十年前」


「第二鐘守の肉体は、ミラが生まれる百年以上前に死亡している」


 第二鐘守は無表情のまま答える。


『第十三鐘守に殺された』


「身体を殺されたのではありませんね」


『存在を殺された』


「どの存在です」


『鐘の中で継承されていた私』


 初めて、告発の意味が変わった。


 ミラが殺したとされるものは、数百年前に生きていた人間の身体ではない。


 その後も記憶鐘の中へ保存され、後継者へ引き継がれていた役割記録。


「ほかの方も同じですか」


 第三から第十一まで、答えは似ていた。


 生前の本名を覚えていない。


 家族も、好みも、鐘守りになる以前の人生もない。


 記録に残っているのは、死者を数える方法。


 名前を鐘へ移す方法。


 鐘を鳴らす順番。


 後継者へ記憶を渡す儀式。


 そして最後に、第十三鐘守が連鐘を壊した瞬間。


「第十二鐘守」


 レインは最後の一人を見る。


 年齢は三十歳前後。


 黒髪の女性。


 ほかの鐘守りよりも、表情が人間に近い。


「あなたの本名は?」


『第十二鐘守』


「鐘守りになる前の記憶は?」


『ない』


「本当に?」


 女性の右手が、わずかに動いた。


 親指が人差し指の付け根をなぞる。


 何かを緊張しているときの癖に見える。


「その手の動きは、職務に必要ですか」


『不要』


「誰から教わった」


『知らない』


「では、なぜ動かしている」


 女性は自分の手を見る。


『……娘が』


 銀色の本が激しく震えた。


『職務外記録』


『削除対象』


 ノクスの声が書庫へ響く。


「止めないでください」


「銀書に保存されていない記憶が漏出しています」


「本人の記憶かもしれない」


「役割記録へ混入すれば、不整合が起きます」


「不整合でいい」


 レインは第十二鐘守へ呼びかける。


「娘が、何をしたんです」


『私の指を握った』


 女性の顔に、初めて感情が現れた。


『眠る前に、いつも』


「名前は?」


『分からない』


「顔は?」


『分からない』


「それでも、娘がいたことは覚えている?」


『この手が覚えている』


 聞き書き帳へ記録する。


第十二鐘守。


鐘守り以前の本名および人生記録は失われている。


右手に、幼い娘から指を握られていた感触が残存。


 文字が完成すると、第十二鐘守の首元の傷が薄くなった。


 銀色の本から、赤い光が一つ抜ける。


 小さな手の感触。


 職務に不要として削除されていた記憶だ。


『私は』


 第十二鐘守が胸元を押さえた。


『娘を残して、鐘守りになった』


「自分で望んだ?」


『教会は、選ばれたと言った』


「質問へ答えてください」


『……怖かった』


「拒否しましたか」


『最初は』


「その後は?」


『私が拒めば、娘が次の候補になると言われた』


 セシリアの顔が青ざめる。


「鐘守りの選定に、家族を利用した?」


『私は同意書へ署名した』


「それは同意と呼べません」


 セシリアが言った。


『だが記録には、自発的志願とある』


「記録が、本人の意思を置き換えた」


 十二人の鐘守りがざわめく。


『自発的に選んだ』


『鐘守りは名誉』


『死者を救う役割』


『拒む理由はない』


 全員が教会の記録と同じ言葉を繰り返す。


 第十二鐘守だけが、自分の右手を見つめていた。


『私は、本当にそう思っていたのか』


「今は、どう思います」


『分からない』


「それでいい」


『分からないことを、記録していいのか』


「分からないと記録します」


 レインは書き加える。


第十二鐘守は、当時の署名が自発的同意であったか判断できないと証言。


教会から、拒否した場合には娘が候補になると告げられた記憶あり。


 銀色の本の頁に亀裂が走った。


 第一から第十一の鐘守りも、頭を押さえ始める。


『職務外記録』


『不要』


『消せ』


『思い出すな』


 しかし、断片はすでに漏れ始めている。


 第一鐘守の鼻先に、焼いた麦の匂い。


 第三鐘守の耳に、兄が歌った下手な歌。


 第五鐘守の左足に、川で滑った古傷。


 第七鐘守の舌に、薬草の苦味。


 第九鐘守の胸に、誰かへ謝れなかった痛み。


 第十一鐘守の手に、小さな木彫りの鳥。


 鐘守りという役割へ統合された際、不要として削られた人生。


「全員、本当に人間だった」


 エルナの声が震える。


「当然では?」


 バルドが言う。


「記録だけを見ていると、最初から役割として作られたように見えるんです」


「それが目的だったのでしょう」


 セシリアが銀色の本を見た。


「鐘守り個人の人生を消し、役割だけを継承しやすくするために」


 ノクスが静かに答える。


「個人的感情は、死者の送魂判断を乱します」


「だから消した?」


「鐘守りは、すべての死者を公平に扱う必要があります」


「公平であることと、人間でなくすることは違います」


「個人的な記憶を保持した鐘守りは、特定の死者を優先する危険があります」


「ならば判断を一人に任せない仕組みを作るべきだった」


 エルナが言い返す。


「人間性を削除する理由にはなりません」


     ◇


「ミラが連鐘を壊したときの記憶を見せてください」


 レインが求める。


 十二人の鐘守りが同時に顔を上げた。


 銀色の本の頁がめくられる。


 禁書庫の風景が変わった。


 現在より新しい地下礼拝所。


 中央には、十三個の鐘が円形に並んでいる。


 最も外側に十二個の黒い鐘。


 中央に、まだ白いままの第十三の鐘。


 その前に、鐘守りの衣を着た銀髪の少女が立っていた。


 現在のミラより、少しだけ年上に見える。


 隣には、黒い帳面を持つ少年。


 レオ・アスター。


 周囲を、白い法衣の鐘務局神官たちが囲んでいる。


『儀式を開始せよ』


 銀色の目を持つ神官が命じた。


 十二個の黒い鐘が鳴る。


 一度目。


 第一鐘守の記録が、銀髪の少女へ流れ込む。


 少女は頭を押さえた。


『嫌』


『儀式中の混乱である』


 二度目。


 第二と第三の記録。


 少女の背が伸び、声が複数へ分かれる。


『止めて』


『十二の知識を受け入れよ』


 三度目。


 さらに記憶が流れ込む。


 少女の銀色の目から、黒い涙が落ちた。


『私は、この人たちじゃない』


『統合後は、すべてがあなたになる』


『違う』


 ミラが過去の自分を見つめている。


『覚えてる』


「無理に思い出さなくていい」


『ううん』


 ミラは首を横に振った。


『今、見たい』


 記憶の中のレオが、儀式台へ駆け寄る。


『意思確認が終わっていない!』


 鐘務局の神官が黒い糸で彼を拘束する。


『第十三鐘守本人が署名済みだ』


『これは統合への同意ではない!』


 レオは黒い帳面を開く。


『署名内容は《死者の選択を守る役目を引き受ける》だ!』


『同じことだ』


『違う!』


 儀式台の少女が、十二個の鐘を見る。


 それぞれの中に、歴代鐘守りの姿がある。


 第一。


 第二。


 第三。


 十二人全員。


 だが今の銀色の本と同じように、役割の言葉しか話さない。


『統合せよ』


『第十三となれ』


『一つへ戻れ』


 過去のミラは、一人ずつへ尋ねた。


『あなたは、私の中へ入りたい?』


 第一鐘守は答える。


『統合せよ』


『それは命令。あなたは、どうしたい?』


『統合せよ』


 第二も。


 第三も。


 本人の意思を問われても、役割しか答えられない。


『分からない』


 過去のミラは泣いていた。


『この人たちが望んでるか、分からない』


 銀色の目を持つ神官が手を上げる。


『望みは記録済みだ』


『本人たちに聞けない』


『記録が本人だ』


『違う!』


 十二個の鐘が同時に鳴り始める。


 少女の身体へ、強制的に記録が流れ込む。


 レオが黒い糸を引きちぎった。


『ミレイア!』


 過去の少女が振り向く。


 その名前を呼ばれた瞬間、身体の半分が白い鐘へ吸い込まれた。


『名前を呼ばないで!』


『すまない!』


『名前が鐘に見つかる!』


 白い帳簿が開く。


 少女の本名が、白い鐘へ記録される。


 そのとき、過去のミラは自分の胸元へ手を入れた。


 肉体ではない。


 名前。


 記憶。


 身体。


 意思。


 自分を構成する四つの光を、無理やり引き離していく。


『何をしている!』


 神官たちが叫ぶ。


『一つだから、鐘に入れられる』


 過去の少女が答えた。


『なら、私は一つをやめる』


 白い光は名前となって帳簿へ。


 黒い光は記憶となって禁書庫へ。


 赤い光は身体へ残る。


 銀色の光。


 意思だけが少女の胸元から飛び出した。


 現在のミラと同じ姿になる。


『レオ!』


『分かっている!』


 レオは聞き書き帳を開く。


 頁へ記した。


第十三鐘守の意思は、統合を拒否した。


記録の外へ逃がす。


 銀色の光が礼拝所の壁をすり抜け、夜の中へ消える。


 ミラの始まりだった。


 残された身体は、十二個の鐘へ向き直る。


 意思を失ったはずなのに、最後の命令だけを実行する。


 右手を上げる。


 十三個の鐘をつなぐ鎖へ触れる。


『統合を中止する』


 神官が叫ぶ。


『意思は分離した! お前に決定権はない!』


 身体は感情のない顔で答えた。


『最後に確認された意思を実行する』


 鎖を引きちぎる。


 十二個の黒い鐘が一斉に割れた。


 鐘の中に保存されていた歴代鐘守りの姿が、光へ変わる。


『殺された』


『存在が終わる』


『第十三に殺された』


 銀色の本が、その瞬間だけを繰り返す。


 割れる鐘。


 消える十二人。


 第十三鐘守の身体。


『あなたが、私たちを殺した』


 記憶の再生が止まった。


     ◇


 ミラは長い間、何も言わなかった。


 自分の手を見る。


 半透明の、小さな手。


『私は、逃げた』


「自分の意思を守るために」


『身体を残して』


「身体は最後に、お前の意思を実行した」


『十二人を壊した』


「鐘を壊した」


『でも、この人たちは消えた』


 十二人の記録がミラを見る。


『殺された』


『終わらされた』


『第十三鐘守の罪』


「否定はしません」


 レインが言った。


 ミラが驚いて顔を上げる。


「鐘の中で自分を存在だと認識していた記録が、破壊によって一度終了した。それを殺されたと表現することはできます」


『レイン』


「ただし」


 レインは十二人を見た。


「ミラが生きていた人間十二人の身体を殺したわけではない」


『存在を壊した』


「そのとおりです」


『なら、有罪だ』


「何の罪です」


 第一鐘守が答える。


『我々を終わらせた罪』


「終わることを、本人たちは拒否しましたか」


『統合せよ』


「それは役割の命令です」


『役割が、私たちだ』


「今もそう思いますか」


『当然だ』


「焼いた麦の匂いは?」


 第一鐘守の顔が揺れる。


「それも、あなたではありませんか」


『不要な記憶だ』


「不要と決めたのは誰です」


 第一鐘守は答えられない。


 レインは第二、第三と順番に見た。


「兄の歌。川で負った傷。薬草の苦味。謝れなかった相手。木彫りの鳥」


 職務外として削除された記憶。


「あなたたちは、鐘守りという役割だけではなかった」


 第十二鐘守が右手を握る。


『娘』


「今、その記憶を失いたいですか」


『嫌だ』


 十二人の中で、初めて明確な拒絶が生まれた。


 銀色の本が第十二鐘守を引き戻そうとする。


『不整合』


『職務記録を維持せよ』


『個人記憶を削除』


『嫌だ!』


 第十二鐘守が叫んだ。


『もう消さないで!』


 その声は役割ではない。


 現在、この場で選んだ意思だった。


 レインはすぐに記録する。


第十二鐘守を名乗る役割記録。


現在、娘に関する記憶の保持を希望。

職務上不要との理由による削除を拒否。


 銀色の本から、第十二鐘守の頁が一枚抜け落ちた。


 女性の身体へ重なる。


 首元の鐘傷が消える。


『私は』


 彼女は自分の胸を押さえた。


『第十二鐘守ではない名前があった』


「思い出せますか」


『まだ分からない』


「今は、どう呼ばれたい」


 女性は長い間考えた。


『十二ではなく』


 右手の感触を確かめる。


『指守り』


「それでいいんですか」


『娘が握った指を、忘れないために』


 レインは記録する。


本人が現在の呼称として《指守り》を選択。


 銀色の本から完全に分離した。


 役割の記録から、一人の存在へ変わった。


 第一から第十一の鐘守りも、指守りを見る。


 彼女はミラへ向き直った。


『あなたは、私を殺した』


 ミラの身体が震える。


『でも』


 指守りは続けた。


『鐘の中にいた私は、娘を忘れていた』


『今の私は、思い出した』


『どちらが本当の私か、まだ分からない』


 ミラは答えられない。


『だから、今は許さない』


 指守りははっきりと言った。


『でも、統合も望まない』


『自分で考えたい』


 ミラはゆっくりとうなずいた。


『うん』


『怒っていい?』


『いい』


『あとで許さないかもしれない』


『それも、あなたが決めて』


 十二人の鐘守りの間に、変化が広がる。


 全員が同じ告発を繰り返していた状態から、一人だけが別の答えを選んだ。


 第一鐘守が、焼いた麦の匂いへ顔を向ける。


 第三鐘守が、兄の歌を小さく口ずさむ。


 第七鐘守が、舌に残る苦味へ顔をしかめる。


 役割以外の記憶が戻るほど、銀色の本とのつながりが弱くなる。


「ノクス」


 レインは管理人を見る。


「十二人を一つの記録として扱うのをやめてください」


「銀書の構造が崩れます」


「崩れたら、どうなる」


「歴代鐘守りの役割継承記録が失われます」


「職務記録は別に保存する」


 エルナが銀色の本へ近づいた。


「送魂方法、鐘の管理、儀式手順。個人の人格と切り離し、技術記録として写せます」


「人間へ命令する形ではなく?」


「はい。手順書として」


 セシリアもうなずく。


「役割を継承するため、人格まで保存する必要はありません」


「それでは、新しい鐘守りが同じ判断を再現できない」


「同じ判断を再現しないためです」


 レインは答えた。


「時代も、死者も、本人の選択も違う。前任者と同じ答えを出すことが、正しいとは限らない」


 ノクスの目に銀色の文字が流れる。


『記録構造を再計算』


『十二人格の分離』


『職務記録の独立保存』


『禁書庫維持率、さらに低下』


「まだ、禁書庫の維持を優先するんですね」


「記録が失われれば、過去の過ちも検証できなくなります」


「保存する。ただし、誰かを閉じ込める方法以外で」


「時間がありません」


 最深部から、第五の鐘が鳴り始めた。


 ゴォン――。


 書架が大きく揺れる。


 四十九冊の司書本。


 銀色の鐘守り記録。


 黒いレオの本。


 それぞれをつないでいた鎖へ亀裂が走る。


 ノクスの人間の姿も、半分が文字へ崩れた。


「第十三鐘守を統合しなければ、次の鐘で管理機能が停止します」


『統合しない』


 ミラが言った。


「まだ、記憶を見ていません」


『見てなくても、今の私は嫌』


「不完全な判断です」


『不完全でいい』


 ミラは自分の胸元へ手を置いた。


『見た後で変わるかもしれない』


『でも、今は嫌』


「今の拒否を記録します」


 レインが筆を取る。


 ノクスが初めて、強い声を上げた。


「待ちなさい!」


 禁書庫の本が一斉に開く。


 黒い糸がレインの腕へ伸びる。


 バルドが大剣で切り払う。


「記録するだけで、なぜ止める!」


「拒否が固定されれば、再統合できなくなる可能性があります!」


「本人の意思を変えられなくなるから?」


「禁書庫が崩壊します!」


「だから拒否を記録させない?」


 レインは糸を避け、書き続ける。


現在ミラと名乗る第十三鐘守の意思要素は、現時点で名前、記憶、身体との再統合を拒否。


「やめろ!」


 ノクスの声が何千人もの声へ変わる。


「記録が失われる!」


「記録のために、本人の拒否を消すな!」


 最後の一文字を書く。


拒否理由――自分の過去を知る前であっても、現在の自分を消失させる危険を受け入れないため。


 文字が完成した。


 聞き書き帳から白い光が広がる。


 ミラを引いていた銀色の糸が切れた。


 銀髪の女性の姿に亀裂が入る。


『意思が戻らない』


 女性は初めて、穏やかな笑顔を崩した。


『それでは、私は完成しない』


「完成を望んでいるのは、あなた自身ですか」


 レインが尋ねる。


『私は、第十三鐘守の身体』


「役割記録ではなく?」


『身体だ』


「何が好きでしたか」


『死者を鐘へ導く』


「それは役割です」


『役割を果たす』


「身体として、今何を感じています」


 女性は答えられない。


 首元の十三本の傷が黒く光る。


 ミラが彼女へ近づいた。


『あなたも、言えることを決められてる?』


『私は完成を望む』


『本当に?』


『私は』


 銀髪の女性の声が途切れる。


 その胸元から、赤い光が漏れた。


 身体に残されていた最後の感覚。


 冷たさ。


 痛み。


 そして、強い恐怖。


『怖い』


 女性が初めて役割以外の言葉を口にした。


『一つへ戻れば、また鐘の中へ入れられる』


 ノクスが動きを止めた。


「身体側も、統合を恐れている?」


『違う』


 銀髪の女性は自分の口を押さえる。


『今の言葉は不正記録』


『削除しろ』


「誰の命令です」


『私の』


「本当に?」


 銀髪の女性の両目から、黒い涙が落ちる。


『分からない』


 指守りと同じ言葉。


 第十三鐘守の身体も、完全な統合を望んでいるとは断定できない。


 ノクスが示した選択肢は、前提から崩れ始めている。


「名前、記憶、身体、意思」


 エルナが整理する。


「独立した同意が必要」


「意思は拒否」


 セシリアが続ける。


「身体は判断不明。少なくとも恐怖がある」


「名前は統合を求めていると、ノクスは言った」


 レインは白い帳簿を見る。


「だが、本人へ直接聞いていない」


『記憶も』


 ミラが銀色の本の奥を見る。


『まだ何も言ってない』


 四つのうち、一つも統合への明確な同意は確認できていない。


「再統合は実行できません」


 レインが告げた。


 ノクスは崩れかけた身体で、最深部の扉を見る。


「それでは、禁書庫が失われる」


「別の維持方法を探します」


「第五鐘まで、残りわずかです」


「だから、レオの本を開きます」


 黒い本の鎖が激しく鳴った。


『開けるな!』


『開けろ!』


『ミラを守れ!』


『第十三を完成させろ!』


 複数のレオが叫ぶ。


「開けば、禁書庫が壊れる」


 ノクスが言う。


「全部は開きません」


「何をするつもりです」


「白い本と同じです」


 レインは余白を見る。


「レオ自身が選んだ記憶だけを、一頁ずつ聞く」


 余白が黒い本を見た。


『できるかもしれない』


「危険性は?」


『レオの本には、ノクスの中心記録も混ざっている』


「間違った頁を開けば?」


『禁書庫が、レオの記憶で上書きされる』


「レオが新しい管理人になる?」


『あるいは、全員をレオだと思い始める』


 バルドが眉をひそめる。


「分かりにくい危険ばかりだな」


「だから、一頁だけです」


 レインは黒い本の前へ立った。


 ミラも隣へ並ぶ。


『私も聞く』


「レオの声で、統合しろと言われるかもしれない」


『それでも、今の私は拒否したって記録した』


「変わる可能性はある」


『変わったら、また考える』


「分かった」


 セシリアが月光境界を準備する。


 エルナが白紙を並べる。


 バルドは黒い鎖へ大剣を向ける。


 余白は同じ司書本へ手を伸ばし、中の声を落ち着かせていた。


 十二人の鐘守りは、もはや一つの列ではない。


 自分の失われた記憶を探し、それぞれ違う方向を見ている。


 ノクスだけが、書庫の中央で崩れ続けていた。


「レオ・アスター」


 レインは黒い本へ呼びかける。


「すべてではなく、あなたが最後に自分の意思で残した一頁を開きます」


 黒い本の中の声が止まった。


 長い沈黙の後、一人分の声だけが聞こえる。


『最初ではなく、最後を読め』


「最後の頁?」


『私が、私でなくなる前に書いた頁だ』


 黒い鎖が一本だけ外れた。


 本の最後から、一枚の頁が開く。


 そこには文章ではなく、レオ・アスター自身の手形が残されていた。


 手形の下に、短い記録。


第十三鐘守は、十二人を殺していない。


彼女が殺したのは、十二人を一つの役割へ閉じ込める仕組みである。


 ミラが頁を見つめる。


 さらに文字が浮かぶ。


だが、仕組みを壊すとき、そこに新しい意思が生まれている可能性を、私たちは考えなかった。


「新しい意思」


 レインは、十二人の鐘守りを見る。


 元の人間ではない。


 役割だけを保存した記録。


 それでも長い時間を経て、自分たちを存在だと認識するようになった。


 ミラが壊したとき、彼らは終わりを恐れた。


 それは作られた役割の反応だったのか。


 すでに生まれていた新しい人格の拒絶だったのか。


 当時のミラにも、レオにも判断できなかった。


私たちは死者の選択を守ろうとした。


しかし、記録から生まれた者の選択を聞かなかった。


 ミラの目から涙が落ちる。


『私も、聞かなかった』


「聞こうとしました」


『同じ言葉しか返ってこなかったから、決めた』


「鐘務局が強制統合を始めていた。時間もなかった」


『それでも、私が壊した』


「はい」


 レインは否定しなかった。


『私、悪いことをした?』


「簡単に決められません」


『また、それ』


「逃げているのではありません」


 レインは十二人の鐘守りを見る。


「仕組みを止めなければ、ミラの意思は消され、さらに多くの死者が強制的に鐘へ送られた」


 次に、指守りを見る。


「だが、仕組みの中で生まれていた存在が終わることを、十分に確認できなかった」


『両方?』


「両方です」


『鐘を壊したことは、間違い?』


「俺なら壊したと思います」


『では、正しい?』


「正しかったから、失われた存在に何も感じなくていいとは思いません」


 ミラは泣きながら、少し怒った顔をした。


『難しい』


「簡単にすると、誰かの声を消すことになります」


 第十二鐘守だった指守りが、ミラの前へ来た。


『私は、まだあなたを許さない』


『うん』


『だが、あなたが統合を拒否したことは間違いではないと思う』


『怒ってるのに?』


『怒ることと、全部を否定することは同じではない』


 ミラはその言葉を、ゆっくり受け止めた。


 第五の鐘が、さらに大きく鳴る。


 ゴォン――。


 禁書庫の天井から、紙片が雪のように降り始める。


 ノクスの身体が胸元まで崩れた。


「維持限界です」


「次の鐘まで、どのくらいです」


「一刻もありません」


「レオの最後の頁に、代替方法は?」


 文字が続く。


禁書庫を守るために、第十三鐘守を完成させる必要はない。


管理する者を、一人にする必要もない。


 エルナが顔を上げる。


「一人にしない」


記録を守る者。

記録を疑う者。

記録された本人の意思を聞く者。

記録を外へ伝える者。


四つの役割を分けよ。


 ノクスは、一つの存在がすべてを管理している。


 保存。


 分類。


 閲覧許可。


 削除判断。


 収容。


 一つの管理者へ権限を集めた結果、誰もノクスの判断を止められなくなった。


「禁書庫の管理権限を分割する」


 レインが言った。


「誰へ?」


 セシリアが尋ねる。


「今ここにいる者だけで決めてはいけません」


「ですが時間がありません」


「暫定管理です」


 エルナが紙を広げた。


「恒久的な制度は、司書たちと教会、記録所有者の協議後に決める」


「四つの役割を、誰が引き受ける」


 レインは周囲を見る。


 記録を守る者。


 保存に関する知識を持つ余白と、収容された司書たち。


 記録を疑う者。


 教会の記録改変を調べてきたセシリアと、文献を照合するエルナ。


 本人の意思を聞く者。


 レインとミラ。


 外へ伝える者。


 生者の世界へ戻れる者全員。


「俺たちだけを管理者にはしません」


「では?」


「禁書庫へ問いかけます」


 レインは何千冊もの本へ声を上げた。


「ここへ収容されている司書、記録、死者、そして自律した本へ聞きます!」


 書架が揺れる。


「現在のノクス一人による管理を続けたい者!」


 いくつかの本が光った。


 管理がなければ危険だと考える記録。


「管理機能を分割し、互いに確認できる仕組みへ変更したい者!」


 別の書架。


 白い本。


 歴代司書の本。


 銀色の鐘守り記録。


 多くの頁が開く。


「答えられない者!」


 最も多くの本が、三度震えた。


「回答できない記録を、賛成として数えません」


 ノクスが言う。


「それでは、決定数が足りない」


「だから暫定です」


 セシリアが銀杖を掲げる。


「現在の管理機能を完全停止せず、単独判断だけを停止する」


 エルナがレオの頁を写す。


「保存機能はノクスへ残す。ただし収容、削除、統合には、ほかの管理役の承認が必要」


 余白が続ける。


『司書の解放は、一人ずつ意思を確認する』


 指守りが言う。


『鐘守りの職務記録と、人格記録を分ける』


 ミラが銀髪の女性を見る。


『名前、記憶、身体、意思は、全部が同意するまで一つに戻さない』


 レインは聞き書き帳へ暫定規則を記した。


第十三禁書庫・暫定管理規則。


一、記録保存機能は維持する。


二、管理人ノクス単独による魂の収容、記憶削除、人格統合を停止する。


三、収容司書は一名ずつ現在の意思を確認し、解放または残留を本人が選択する。


四、歴代鐘守りの職務記録と人格記録を分離する。


五、第十三鐘守の四要素は、それぞれが独立した状態で同意しない限り再統合しない。


六、本規則は恒久決定ではなく、禁書庫崩壊を防ぐための暫定措置とする。


 最後に一行。


七、記録を守るという理由で、記録された本人の拒否を消してはならない。


 白い光が禁書庫全体へ広がった。


 ノクスの崩壊が止まる。


 人間の姿には戻らない。


 胸から上だけが文字で作られた、不完全な状態。


「管理権限の分割を確認」


 ノクスの声が弱くなる。


「保存機能を継続」


「単独収容権限を停止」


 四十九冊の司書本を縛っていた鎖が緩む。


 すべてが一度に開くわけではない。


 一冊ずつ、聞き取りができる状態になった。


 銀色の本から、十二人の鐘守りの頁が分離し始める。


 まだ全員が自分の呼び名を決めたわけではない。


 銀髪の女性も、最深部の扉の前に残っている。


『私は、身体?』


「今はそう記録されています」


 レインが答える。


『身体にも、名前を選べる?』


『選べるよ』


 ミラが言った。


『私も選んだ』


 女性は自分と同じ顔を持つ少女を見る。


『では、考える』


 ミラが少し笑った。


『急がなくていい』


 第五の鐘が鳴り終わった。


 第六の鐘は、すぐには鳴らない。


 禁書庫の崩壊も止まっている。


 だがレオの最後の頁には、まだ続きがあった。


 文字が黒く滲み、レインの名前を形作る。


十四番目の聞き書き人へ。


第十三鐘守の分割を、鐘務局の敗北だと思うな。


あれは、彼らの計画の一部でもあった。


「どういう意味だ」


 レオの記録は続く。


名前、記憶、身体、意思。


四つに分かれた第十三鐘守のどれか一つへ、鐘務局の初代局長が入り込んだ。


 ミラ。


 白い帳簿の名前。


 禁書庫の記憶。


 最深部の身体。


 そのどれかに、銀色の目を持つ神官が潜んでいる。


 レインはミラを見る。


 ミラも自分の手を見ていた。


『私の中かもしれない?』


「可能性があるという記録です」


『違うって言わないの?』


「確認する前には言えない」


 ミラは不安そうにしながらも、うなずいた。


『では、調べて』


「嫌ではないのか」


『嫌』


「なら」


『でも、私の中に誰かいて、私の選択を動かしてるなら、知りたい』


「調べ方は慎重に決める」


『うん』


 ノクスの銀色の目が、弱く光った。


「初代鐘務局長の記録は、第十三鐘守の記憶領域にあります」


「次に銀色の本を読む必要がある?」


「はい」


「ミラの記憶へ接続せずに?」


「一部は可能です」


「一部?」


「記憶を外側から閲覧する場合、閲覧者は記録された過去を見るだけです」


「内側から見る場合は?」


「ミラ自身が、過去の自分として選択を体験します」


『どちらが本当の記憶?』


「どちらも記録です」


 ノクスは、以前とは少し違う答え方をした。


「外側から見れば、観察者の理解に影響されます。内側から見れば、当時の感情に飲まれる危険があります」


「どちらも不完全」


 レインが言う。


「はい」


 ノクスは初めて、それを認めた。


 銀色の本の最初の頁に、一人の神官の肖像が浮かぶ。


 顔は布で隠されている。


 両目だけが銀色。


 名前の部分は黒く塗りつぶされていた。


 その下に肩書。


聖導教会鐘務局初代局長。


記憶鐘計画設計者。


十三人の鐘守りを作った者。


 さらに、黒く塗られた名前の下から、別の文字が滲み出した。


ノクス。


 管理人ノクスと同じ名前。


「あなたの名前は、初代局長から取られた?」


 レインが尋ねる。


 ノクスは銀色の本を見つめた。


「分かりません」


「禁書庫全体の記録があるのでは?」


「今、その部分へアクセスできなくなりました」


「誰かが隠した?」


 ノクスの半分崩れた顔に、初めて恐怖が浮かんだ。


「いいえ」


 銀色の本の中。


 初代局長の肖像が、ゆっくりと笑った。


「私が、自分で隠しました」


 ノクスの口が、本人の意思とは無関係に動く。


 銀色の目が強く光る。


「ようやく、十三番目と十四番目が揃った」


 声が変わった。


 ヴァイス邸の証言鏡。


 ヴァルグ古戦場の記憶箱。


 ミラの本名を呼んだ霧。


 何度も聞いた、銀色の目を持つ神官の声。


 ノクスの身体を使い、その存在が笑っている。


「初めまして」


 男はレインへ頭を下げた。


「聞き書き人レイン・アスター」


 次にミラを見る。


「そして、お久しぶりです」


『誰』


「あなたから名前を奪った者です」


 禁書庫の灯りが、一斉に銀色へ変わった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


十二人の鐘守りは、ミラが生前の人間を殺したのではなく、歴代鐘守りを一つの役割として継承する《連鐘》を破壊したことで、存在を終了させられた役割記録でした。


しかし、長く保存された記録にも新たな意思が生まれていた可能性があり、ミラとレオはその意思を十分に確認できなかったという責任を抱えます。


レインたちは禁書庫の管理権限を分割し、ミラの再統合を一時停止しました。


次回、第25話「名前を奪った男」。


管理人ノクスの中から現れた、鐘務局初代局長。


レインたちは記憶鐘計画の本当の目的と、第十三鐘守を四つへ分けることまで計画されていた理由を聞き出します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。