第22話 禁書庫への招待
王都聖導大神殿の地下に存在するという、第十三禁書庫。
招待者は教会の記録に存在しない管理人ノクス。
レインたちは焦げた記憶鐘片、白い帳簿、聞き書き帳を携え、十三人の鐘守りに関する二つの記録を確かめに向かう。
白い本は、王都へ向かう四日間、一度も静かにならなかった。
封印布で包み、さらにセシリアが施した銀糸で縛ってある。
それでも夜になると、荷物の奥から声が聞こえた。
『開けないでくれ』
『禁書庫へ行くな』
『管理人を信じるな』
少し間を置いて、今度は別の文字が封印布の表面へ浮かぶ。
本を開けよ。
第十三禁書庫へ戻せ。
管理人ノクスの命令に従え。
中の司書と、本そのものが争っている。
司書は逃げたい。
本は禁書庫へ戻りたい。
あるいは、本を通して何者かが命令している。
「開かずに中の司書へ質問する方法はありませんか」
馬車の中で、エルナが白い本を観察していた。
「今までの呼びかけには反応しています」
レインは本の上へ紙を置いた。
紙へ三つの選択肢を書く。
一度震える――はい。
二度震える――いいえ。
三度震える――答えられない。
「あなたは、現在も聖導教会に属する司書ですか」
白い本が三度震えた。
「答えられない」
エルナが記録する。
「質問の意味が分からない可能性もあります」
「では、簡単にします」
レインは続けた。
「あなたは人間ですか」
三度。
「死者ですか」
一度。
「この本の中で死んだ?」
二度。
「死後、本へ入れられた?」
一度。
司書は人間として死亡し、その後、白い本の中へ収容された。
「ノクスがあなたを本へ入れた?」
三度。
「答えられないのか、答えれば罰を受けるのか」
質問を変える。
「ノクスの名前を口にすると、あなたは傷つきますか」
一度。
本の頁の間から、黒い糸が少しだけ伸びる。
セシリアが銀杖を近づけると、糸は内部へ引っ込んだ。
「管理人の名前そのものが、命令として働いています」
「ルーヴェル村の白い川と同じように、名前を認識すると拘束される?」
「可能性があります」
エルナが次の質問を考える。
「禁書庫の管理人は、人間ですか」
三度。
「死者ですか」
三度。
「本ですか」
一度。
馬車の中が静まり返った。
「ノクスは本?」
バルドが眉をひそめる。
「人の姿をした本かもしれません」
「本が管理人を名乗るのか」
『帳面と喧嘩する人もいるから、変じゃない』
「俺を見るな」
レインは白い本へ尋ねた。
「ノクスは一冊の本ですか」
二度。
「複数の本?」
一度。
「禁書庫全体?」
本は強く一度だけ震えた。
エルナの筆が止まる。
「管理人ノクスは、個人ではない」
「第十三禁書庫そのものが、ノクスを名乗っている可能性があります」
セシリアが黒い招待状を見た。
「教会の人事記録に存在しないのは当然ですね」
「名前がない場所へ、管理人という役割を与えた?」
レインは聞き書き帳へ記録する。
白い本に収容された司書への簡易質問。
司書は死者。死亡後、本へ収容された。
管理人ノクスは、一冊の本ではなく、複数の本または禁書庫全体を示す可能性。
書き終わると、白い本が二度震えた。
「違う?」
さらに一度。
「一度と二度の両方?」
『質問の分け方が違う』
ミラが本へ顔を近づけた。
「何か聞こえるのか」
『少しだけ』
ミラは封印布へ耳を当てる。
『禁書庫がノクスなんじゃない』
「では?」
『ノクスが、禁書庫に分かれてる』
レインたちは顔を見合わせた。
一人の存在が、複数の本や書庫へ分割されている。
記憶鐘に混ぜられた集合霊とは逆だ。
一つだったものが、何百、何千という記録へ分かれ、それぞれが書庫の一部として働いている。
「元は人間だったと思いますか」
三度。
「答えられない」
セシリアが白い本の黒い糸を見る。
「元の正体に関する質問も、禁じられているようです」
「では、禁書庫へ入る前に規則を決めましょう」
エルナが新しい紙を取り出した。
「第一に、書かれた内容を事実と決めない」
「招待状の入庫条件にもありました」
「第二に、本から名前を呼ばれても答えない」
レインが加える。
「第三に、誰かの姿や声が現れても、本人と確認できるまで近づかない」
セシリア。
「第四に、単独行動をしない」
バルド。
「第五に、剣を取り上げられたら帰る」
「それは調査規則ではなく、あなた個人の条件です」
「武器のない護衛に何をさせる」
『本を投げる』
「禁書を投げたら、教会に処刑されるぞ」
「すでに書庫へ入るだけで処分される可能性があります」
セシリアの返答に、全員が少し黙った。
「最後に」
レインは聞き書き帳を持ち上げた。
「帳面に命令が現れても、すぐには従わない」
『いつものことだね』
「最後の頁を破ってから、命令は減った」
「完全に消えてはいません」
エルナが、ヴァイス邸で現れた銀色の文字を思い出す。
「禁書庫には、帳面を書き換えた存在の記録があるかもしれません」
「だからこそ、帳面も疑う」
レインは白い本へ最後の質問をした。
「第十三禁書庫には、ミラを閉じ込める仕組みがありますか」
白い本は三度震えた。
答えられない。
しかし頁の間から、黒い糸ではなく、銀色の糸が一本だけ伸びた。
糸はミラへ向かい、彼女の手首へ巻きつこうとする。
ミラが素早く避けた。
『答えたようなものだね』
「ああ」
◇
アルヴェイン王国の王都は、三重の城壁に囲まれていた。
中央には王城。
その東側に聖導大神殿。
白い塔が十三本並び、最も高い中央塔の頂上には、女神を象徴する銀の月輪が掲げられている。
王都へ入った時点から、セシリアの表情は硬かった。
「教会へ戻るのは久しぶりですか」
レインが尋ねる。
「三か月ぶりです」
「意外と最近ですね」
「ここを出てから、古い教会施設と鐘に関する調査ばかりでした」
「歓迎されますか」
「されないでしょう」
「自信がありますね」
「旧セレン坑の報告書で、鐘務局の存在と教会による記録改変の可能性を指摘しました」
「事実を書いたのでは?」
「教会では、事実を書けば歓迎されるとは限りません」
エルナが感心したようにセシリアを見る。
「記録院でも同じです」
「そこで共感しないでください」
大神殿の正門には、白銀の鎧を着た神官騎士が六人立っていた。
セシリアが身分証を示す。
騎士は確認すると、表情を変えた。
「怪異調査官セシリア・ローデン」
「はい」
「あなたには、大神殿内での調査活動を停止する命令が出ています」
「いつですか」
「五日前」
ヴァイス邸で招待状を受け取る二日前。
「理由は」
「許可なく旧鐘務局に関する記録を収集し、教会の教義へ疑念を生じさせたため」
「疑念を生じさせたのではありません。記録上の矛盾を報告しました」
「異議申し立ては審問部へ」
「審問の日程は」
「未定です」
「未定のまま、活動停止?」
「命令です」
騎士はレインたちへ視線を移す。
「同行者の入殿も許可できません」
セシリアは黒い招待状を出した。
「この紋章に心当たりはありますか」
騎士の顔から表情が消えた。
知らない者の反応ではない。
「その文書を提出してください」
「何の権限で?」
「大神殿へ関係する不審文書です」
「原本は渡しません。写しなら後ほど提出します」
「原本を」
「命令書を提示してください」
古戦場の顔なし神官たちへしたのと同じ要求だった。
騎士は黙り込む。
「提示できない命令には従いません」
「ローデン調査官」
「現在は活動停止中です。ですから、調査官としてではなく、一人の神官として尋ねています」
セシリアは正門の向こうにある十三本の塔を見る。
「この大神殿に、第十三禁書庫は存在しますか」
「存在しません」
即答。
「調べずに答えましたね」
「禁書庫は十二までです」
「十三本の塔があるのに?」
「中央塔は禁書庫ではありません」
「第十三禁書庫の管理人ノクスは?」
「知りません」
『嘘』
ミラがつぶやく。
「反応から判断すると、完全に知らないわけではなさそうです」
レインが言うと、騎士たちは剣へ手をかけた。
「死者の言葉を根拠に、神官騎士を侮辱するのか」
「根拠にはしていません。顔と声の変化を見ました」
「退去してください」
正門は開かなかった。
◇
「正面から入れないなら、夜まで待つしかない」
大神殿近くの宿で、バルドは食事を取りながら言った。
「招待状には、月が最も高く上る刻に開門するとあります」
「どこが開くかは書いていません」
エルナは大神殿の古い平面図を広げた。
王立記録院から持ち出した、二百年前の写しである。
「現在の大神殿には十三本の塔があります。しかし、この図面には十四本目の塔が記されています」
「十四本?」
北側。
現在は礼拝庭園となっている場所に、地下へ沈むような黒い塔が描かれている。
塔の名称は削られていた。
「十四番目の塔と、第十三禁書庫」
レインが図面を見る。
「数が合わない」
「地上に十三。地下に一。地下塔を含めて十四ですが、禁書庫としては十三番目だった可能性があります」
「十二番目までが地上の塔にある?」
「はい。中央塔は大神殿の主要書庫。地下塔が第十三禁書庫」
セシリアは現在の地図と重ねた。
「礼拝庭園には《名もなき聖人の碑》があります」
「聞いたことがありますか」
「神殿建設時に亡くなった労働者を慰霊する碑だと教えられました」
『幽霊は?』
「見たことはありません」
「死者の名前は?」
「碑には刻まれていません」
名前のない死者。
地下へ消された塔。
記録から存在を除かれた禁書庫。
「入口は、慰霊碑の下かもしれない」
白い本が封印布の中で一度震えた。
「正解らしい」
バルドはパンをちぎりながら白い本を見る。
「本の言うとおりに進んで大丈夫か」
「答えを確認しただけです」
「その違いが分からん」
「先に自分たちで推測したかどうかです」
『レインは、そういうところが面倒』
「今、必要な面倒だ」
◇
真夜中。
四人とミラは、大神殿北側の礼拝庭園へ入った。
正門ではなく、巡礼者用の外周路から回った。
不法侵入ではない。
庭園は夜間も祈りのため開放されている。
ただし月が高く上る刻に、封印された禁書庫を探す行為が正式に許されているかは別だった。
「見つかった場合は?」
エルナが小声で尋ねる。
「私が対応します」
セシリアが答える。
「活動停止中では?」
「だからこそ、処分されるのは私一人で済みます」
「済みません」
「同行を決めたのは俺たちです」
レインが言う。
バルドもうなずいた。
「必要なら全員で逃げる」
「護衛が逃走を前提にしないでください」
『私は壁を抜けられるよ』
「自分だけ先に逃げるな」
庭園の奥に、名もなき聖人の碑が立っていた。
黒い石。
高さは人の背丈ほど。
文字も名前もない。
ただ表面に、十三冊の本を積み上げた模様が彫られている。
「招待状と同じ紋章です」
エルナが確認する。
月が中央塔の真上へ移動する。
その瞬間、碑の影が伸びた。
月の位置から考えれば、影は反対方向へ落ちるはずだ。
だが黒い影はレインたちの足元を通り、庭園の壁へ向かう。
壁面に扉の形が現れた。
取っ手はない。
扉には三つの窪み。
一つ目は、焦げた記憶鐘片。
二つ目は、白い帳簿。
三つ目は、聞き書き帳。
「ミラを鍵として使う場所がありません」
セシリアが周囲を調べる。
『裏にある』
ミラだけが扉の向こうへ顔を入れた。
『内側に手形がある』
「外からは開けられない?」
『私が中へ入って、触れば開きそう』
「罠そのものですね」
「ほかの方法を探します」
『時間がない』
中央塔の鐘が、小さく鳴った。
一度。
月が最も高い位置にある時間は短い。
扉の輪郭が少しずつ薄くなっている。
「俺が先に中を確認する」
『レインは壁を抜けられない』
「お前一人を行かせたくないという意味だ」
『でも、私が鍵なんでしょう』
「鍵であることと、所有物であることは違う」
ミラは扉を見る。
『入るかどうかは、私が決める』
「ああ」
『入る』
「危険を感じたら、触れずに戻れ」
『分かった』
「レオの声がしても」
『戻る』
「本当の名前を呼ばれても」
『答えない』
「銀色の目が――」
『レイン』
ミラが少し笑う。
『心配しすぎ』
「自覚はある」
ミラは扉をすり抜けた。
一秒。
二秒。
返事がない。
「ミラ?」
『いる』
内側から声がした。
『手形に触る』
「待て。何か書いてあるか」
『《第十三鐘守の意思によって開く》』
「意思を確認する仕組みが残っている?」
『たぶん』
「では、開くと自分で言ってから触れろ」
『どうして?』
「罠に動かされたのではなく、お前が選んだと記録するためだ」
扉の向こうで、短い沈黙。
『私は、十三人の鐘守りについて調べるため、自分でこの扉を開く』
ミラがはっきりと言った。
内側の手形へ触れる。
外側では三つの窪みが同時に光った。
レインが焦げた記憶鐘片を入れる。
セシリアが白い帳簿を置く。
最後に、レインが聞き書き帳をはめた。
三つの品から、黒、白、銀の光が伸びる。
扉の中央で絡み合い、一つの文字を作った。
開架。
石壁が音もなく左右へ開く。
その向こうには、下へ続く階段があった。
ミラは入口のすぐ内側に立っている。
「無事か」
『うん』
「何か見えた?」
『本がいっぱい』
「禁書庫だからな」
『全部、こっちを見てる』
階段の両側に、本棚が並んでいる。
閉じられた本。
鎖で縛られた本。
口のように頁を動かす本。
表紙に目を持つ本。
何百冊、何千冊もの禁書が、入口へ顔を向けていた。
その間から、ささやき声が聞こえる。
『新しい読者だ』
『名前を書いて』
『私を開いて』
『あなたの過去を知っている』
『未来も書ける』
バルドが大剣へ手をかける。
「剣は持ち込めそうだな」
「本へ向けないでください」
「襲ってきても?」
「襲ってきたら考えます」
白い本が封印布の中で激しく震え始める。
『戻りたくない!』
中の司書が初めて、生者全員へ聞こえるほど大きな声を上げた。
『扉を閉めろ!』
同時に階段の下から、穏やかな男の声が響く。
「お待ちしておりました」
灯りが一つずつともる。
階段の最下部に、黒い長衣を着た人物が立っていた。
年齢は三十歳ほどに見える。
長い黒髪。
白い肌。
両目は銀色。
胸元には、十三冊の本と黒い鐘の紋章。
「第十三禁書庫管理人、ノクスです」
男は礼儀正しく頭を下げた。
白い本の司書が叫ぶ。
『違う!』
『そいつはノクスじゃない!』
管理人は微笑んだ。
「その本の言葉も、間違いではありません」
「どういう意味です」
レインが尋ねる。
「私はノクスです」
男の背後にある本が、一斉に頁を開く。
同じ声が、何千冊もの本から響いた。
『そして、私だけがノクスではない』
男の輪郭が文字の粒へ崩れ、再び人の形へ戻る。
「ようこそ、第十三禁書庫へ」
銀色の目がミラを見る。
「お帰りなさいませ、第十三鐘守」
『私はミラ』
「現在の呼称は記録済みです」
「本人が選んだ名前です」
レインが訂正する。
ノクスは笑みを崩さない。
「承知しております、聞き書き人レイン・アスター」
「なぜ、俺たちを招待した」
「記録を訂正するためです」
「何の記録を」
ノクスは階段の下へ手を向けた。
「第十三鐘守の死について」
ミラの表情が硬くなる。
『私の死?』
「はい」
「ミラが、どう死んだかを知っている?」
「質問の前提が正しくありません」
「何が違う」
ノクスは一冊の銀色の本を取り出した。
表紙には、古い教会文字で題名が記されている。
第十三鐘守ミレイア・セレスト死亡記録。
「その名前で呼ぶな」
レインが言う。
「題名を読んだだけです」
「本の題名でも、本人が望まない名前です」
「では、現在の呼称を用いましょう」
ノクスは銀色の本を開かず、机の上へ置いた。
「ミラは、死者ではありません」
誰もすぐには言葉を返せなかった。
『でも、私は幽霊』
「死者だけが幽霊になる、という分類が不完全なのです」
「身体は生きている?」
ヴァイス邸の三人と同じ可能性。
だがノクスは首を横に振った。
「生きているとも言えません」
「では、何だ」
ノクスは銀色の本の横へ、もう一冊置いた。
黒い表紙。
題名はない。
「教会の公式記録では、第十三鐘守は儀式中に死亡したことになっています」
次に黒い本を示す。
「レオ・アスターの隠匿記録では、第十三鐘守は死んでいません」
「二つの記録が食い違っている」
「いいえ」
ノクスの銀色の目が細くなる。
「どちらも、同じ出来事を異なる言葉で記しています」
『何が起きたの?』
「第十三鐘守は、自分の名前、記憶、身体、意思を四つに分けました」
ノクスはミラを指す。
「あなたは、そのうちの一つです」
『どれ?』
「意思です」
ミラの身体がかすかに揺れた。
「現在ミラと名乗るあなたは、第十三鐘守が最後まで鐘へ渡さなかった選択の部分」
「では、名前は白い帳簿に」
「はい」
「記憶は?」
「第十三禁書庫にあります」
「身体はどこだ」
ノクスは答えず、階段のさらに奥へ視線を向けた。
暗い書庫の最深部。
十三本の鎖で閉ざされた白い扉がある。
扉の中央には、人間の胸ほどの大きさの鐘が埋め込まれていた。
「禁書庫の最下層です」
ミラが一歩、後ずさった。
『私の身体が、ここにあるの?』
「正確には、第十三鐘守の身体です」
『私のじゃない?』
「それを判断するために、あなた方を招きました」
ノクスは三冊目の本を取り出す。
表紙はレインの聞き書き帳と同じ古びた革。
「レオ・アスターが最後に残した記録です」
「俺の帳面とは別?」
「対になる帳面です」
白い本の中の司書が、封印布を内側から叩く。
『読むな!』
『レオの本ではない!』
ノクスは白い本を見た。
「逃亡司書は、長く禁書に触れすぎました。記憶が混乱しています」
『嘘だ!』
「どちらが正しいかは、読んで確かめればよい」
「読むだけで済みますか」
レインが尋ねる。
ノクスは少し間を置いた。
「いいえ」
穏やかな笑みのまま答える。
「第十三鐘守の記憶を読むには、現在のミラが、過去の自分へ接続する必要があります」
『接続したら、どうなるの?』
「失った記憶を取り戻します」
「危険性は」
「現在の人格が、過去の記憶へ吸収される可能性があります」
セシリアが銀杖を構えた。
「それを承知で招待したのですか」
「はい」
「ミラ本人の意思は?」
「今、確認します」
ノクスはミラへ手を差し出した。
「第十三鐘守のすべてを知りたいですか」
『知りたい』
「では、過去の記憶を受け入れますか」
ミラは答えようとして、止まった。
レインを見る。
「俺ではなく、自分で決めろ」
『分かってる』
「急ぐ必要はない」
ノクスが静かに言う。
「急ぐ必要はあります」
「なぜ」
書庫全体の本が、同時に頁をめくり始めた。
ぱら。
ぱらぱら。
紙の音が地下を埋める。
「第十三鐘守の身体が、目覚めようとしています」
最深部の白い扉が一度だけ震えた。
埋め込まれた鐘から、音がする。
ゴン。
ミラの身体が大きく揺らぐ。
同時に白い帳簿が、セシリアの荷物の中で勝手に開いた。
銀色の文字が空中へ浮かぶ。
名前が目覚めた。
次に、黒い本の表紙へ文字が現れる。
記憶が目覚めた。
白い扉の向こうから、女性の声が聞こえた。
『意思を返して』
ミラと同じ声。
だが少女ではない。
少し成長した女性の声だった。
『私を、完成させて』
ミラは自分の胸元を押さえた。
『あれが、私?』
ノクスは答えない。
レインの聞き書き帳が自動的に開く。
最後の頁は破ったはずだった。
しかし新しい白い頁の下から、銀色の文字が滲み出す。
第十三鐘守を完成させよ。
レインは筆を取り、その下へ書いた。
完成を望むか、本人へ確認する。
白い扉の向こうから、笑い声がした。
『本人は、私よ』
ミラの隣。
何もなかった場所に、銀髪の女性が現れた。
白い鐘守りの衣。
銀色の瞳。
ミラと同じ顔立ちを持ちながら、数歳年上に見える姿。
『違う』
ミラがつぶやく。
『あれは私じゃない』
女性は優しく笑った。
『いいえ』
自分より幼いミラへ、手を差し出す。
『あなたが、私から逃げたのよ』
禁書庫の扉が閉まり始めた。
入口へ続く階段が、本棚の奥へ消えていく。
ノクスは何も止めない。
何千冊もの本が、一斉に同じ言葉をささやいた。
『第十三鐘守を、一つへ戻せ』
レインはミラの前へ立つ。
「戻すかどうかは、ミラが決める」
銀髪の女性がレインを見る。
『その子に、決める権利はない』
「なぜ」
『意思は、本人の一部分にすぎないから』
ミラの顔から、不安が消えた。
代わりに怒りが浮かぶ。
『一部分でも、私は私』
書庫の本が一斉に閉じた。
大きな音が響く。
ばたん。
第十三禁書庫の最初の審査が始まった。
誰が本物なのかを決める審査。
だがレインは、すでに問いそのものを疑っていた。
一つへ戻ることが正しいのか。
分かれたまま生きることが間違いなのか。
そして、ミラの身体を名乗る存在は、本当に完成を望んでいるのか。
まず、それぞれの声を聞かなければならない。
記録が答えを決める前に。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
第十三禁書庫の管理人ノクスは、一人の人間ではなく、複数の本や記録へ分かれた存在でした。
そしてミラは、第十三鐘守が名前、記憶、身体、意思を四つへ分けた際、鐘へ渡さず逃がした《意思》である可能性が示されます。
禁書庫の最深部で目覚めた、第十三鐘守の身体を名乗る銀髪の女性。
次回、第23話「本に閉じ込められた幽霊」。
レインたちは白い本の中にいる逃亡司書の記憶を読み、ノクスと第十三鐘守の身体が隠している禁書庫の過去を調べます。




