あのころのこと
『先輩って、可愛いですよね』
相方は、よく私をそう言ってからかった。
可愛いと言われるのを、私が嫌っていると知っている癖に。
あの日も、私達はお決まりのやり取りをしていた。
『喧嘩売ってんの?』
『違いますよ、本当の事じゃないですか』
『…別に、自分でも分かってるよ。私が可愛いことくらいは。だから、周りの芸人にも舐められんの』
『でも、中身はあんまり女らしくないですよね』
『やっぱり喧嘩売ってるよね、あんた』
私は笑ってそう返す。
彼の言う『可愛い』には、悪意はあれど嫌味はなかった。
『でも、そういうところが面白いなあと思って、俺はコンビ組んだんですけどね』
『…いいからネタ考えるよ』
『あ、待ってください。それなら、こうしたらもっと面白くなるんじゃないですか』
先輩みたいに見た目が可愛い女性が、自分の事を『僕』って呼ぶんです。
『何それ。漫画のキャラクターじゃないんだからさ』
『でも、面白くないですか?』
『…まあ、一応考えてみるわ』
そっけない返事をしながらも、私は正直嬉しかった。
嫌で嫌で仕方なかった私の見た目を、相方は面白いと言ってくれた。
明日から、早速劇場で自分の事を僕と言ってみよう、と思っていた。
相方が交通事故に遭ったのは、喫茶店でそんな話をした帰りのことだった。
それ以来、私は自分を『僕』と呼ぶようになった。
「…先輩?」
「何でもないよ、行こう」
また、後輩に心配させてしまった。
本当に、情けない先輩だ。
だけど、大丈夫。
舞台の上では、ちゃんと引っ張ってあげるからさ。




