野坂のこと
野坂との練習は、順調過ぎる程に順調に進んでいった。
野坂の書く漫才は面白かった。
しかし決して独りよがりな訳ではなく、僕の意見も、僕のキャラクターも、しっかりと取り入れて漫才をつくりあげていっている。
正直、言うことなしだ。
もしこのまま芸人を続けたら、彼女はすぐに売れっ子芸人の仲間入りを果たすことになっただろうに。
彼女は、紛うことなき本物の天才だった。
だからこそ、ちらついてしまうのだ。
僕が始めて天才と認めた、かつての相方の姿が。
「(だめだ…)」
考えないようにすればする程に、相方と野坂を重ねてしまう。
「…先輩!先輩!」
「…え?」
「どうしたんですか、もしかして体調悪いですか?」
「いや、何でもない…」
しまった。
大切なネタ合わせで別の事を考えるなんて。
しかも、ここは野坂の部屋だというのに。
天国の相方に笑われてしまう。
ああ。だから考えるなって、僕…。
「…少し、休憩しましょうか」
「ごめん。昨日遅かったから、少し疲れてるのかも」
最悪だ。
後輩に気を使わせるなんて。
「気にしないでください。今朝急にネタ合わせしようなんて言ったのは私なんですから」
お茶入れてきますね、と野坂は台所へと歩いていった。
「考え過ぎない、考え過ぎない…」
僕は、先日の先輩の言葉を思い出す。
そうだ。
今は野坂との漫才に集中しなければ。
彼女は、大切な最後の漫才の相方に、僕を選んでくれたのだから。
「スッキリするかと思って、コーヒーにしました。コーヒー、好きでしたよね」
「ああ、ありがとう」
本当によくできた後輩だ。
少し天然な所はあるが、気配りもできて優しい。
「(だからって、甘えちゃいけないよな)」
僕は気合いを入れ直し、野坂とのネタ合わせを再開した。




