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今のノアの説明を聞いていたら、確かにいける気がしてきた。
レリアにとって俺たちを匿い、利用する価値は十二分にある。
だけどどうしても無視できない懸念が一つ。
「じゃあ残る問題は、俺たちの正体をどうするか、だな。いくら切羽詰まってるからって、流石にまったくの正体不明の奴らに頼らないだろう」
それらしい設定をかんがえなければならない。
少々突っ込まれても怪しまれないように、しっかりと作り込まないと。
「わたしたちは、そこまで具体的な設定を考える必要はありません。むしろあまり詳細な設定は作らず、匂わせる程度にした方がいいです」
「え、なんで?」
そうしないと、すぐボロが出ちゃうじゃないか。
「彼女が代わりに勝手に想像して考えてくれるからです」
勝手に考えてくれるとはなんでだよ。
意味がわからん。
「人類は自分が必要としている結論を、証拠より先に持つという習性があります。記録上、これは確認バイアスと呼ばれています」
「かくにんばいあす、なに?」
「つまり都合のいい話は、証拠が薄くても信じられるという性質です。彼女にとって、わたしたちが正体不明の危険物であっては困るのです。困るので、そうではない説明を自分で作ります。多少の矛盾は彼女自身が埋めてくれます」
「……俺たちはそれっぽく振る舞って、否定しないだけでいいってこと」
「はい。相応の理由付けさえあれば、人は多少の不審を飲み込みます。
ウァレリアにとってわたしたちは正に天から降りてきた蜘蛛の糸。その糸を掴むためにも、後は向こうで補完してくれるでしょう」
こいつ人類の思考との感情を計算に入れた途端に、考え方が悪どくなってやいないか。
今後どんな風になっていくのか心配になる。
「ただ、騙しているみたいでちょっとな気がひけるな……」
向こうが勝手に想像して勘違いするのだとしても、騙すことには変わりがない。
一人で御家を盛り立てようと頑張っているうら若き美女を唆すのは、なんとも気が乗らない。
「なぜです? この選択をした場合、わたしたちは正体を隠す後ろ楯を得、彼女は爵位を回復し家門が存続する可能性を得ます。
在りもしない神を信奉し、実状のともなわない仮初めの幸福でも満足出来るのが人類なのでしょう?」
……こいつは将来宗教とか開いているかもしれない。
◇
「まだひとつ問題があります」
「まだあるのか」
もうほぼ決まったと思ったが、あとは成功するかどうかだけかと。
「外骨格フレームに、単独の名称が必要です」
ノアが空になったアキラのグラスに水を注いでくれる。
意外と気がついて、面倒見がいいのかもしれない。
新たな一面を知った気分だ。
「後ろ盾を得るということは、アウレル家の新型シグヌムとして帝国の書類に載るということです。書類には型式名の欄があり空欄では受理されません」
「やっぱり名前ないんだ、あれ」
「わたしの一部ですので。人間は自分の右腕に固有の名前を付けますか」
付けないな。
ついつい忘れてしまう、あのロボットは目の前の美少女と完全に同一個体ということを。
「帝国のエクエス命名の慣例を参照し、候補を作成します」
ノアの口から次々とそれらしい名称が出てくる。
「ニウェア、カンディダ、セレナ、フルウィア、ルチア、アウロラ、……」
よくもまぁこんなにスラスラと単語が出てくるものだと感心する。
響きを聞く限り、ラテン語だろうか。
アキラはまったくラテン語に詳しくないが、そういえばこの世界で聞いてきた単語は全部それっぽい
「――――――〈ステラ〉」
そうして矢継ぎ早に流れてくる知らない単語を聞きながら、パスタの残りを掻き込んでいた途中で、俺はフォークを止めた。
「あ、」
「はい」
「ステラって、確か星って意味だっけ」
「はい。かつて人類がまだ地球という惑星に暮らしていた頃の古代語だと記録されています」
俺は少し笑った。
三千年後の宇宙で、知らない言葉の中に、知っている意味が転がっていた。
たまたまその単語だけ知っていた。
「奇遇だな。俺の名字と同じだ」
本当に、何気なく言っただけだった。
ノアの目が、開いた。
ほんの少しだ。ミリ単位だと思う。
だが確かに開いた。
あの、輪郭に一本の揺らぎもない表情が動いた。綺麗な薄い紫の目が、いつもより大きくこちらを見ていた。
初めて見た。
この子の顔が動くところを、俺は初めて見た。
「……ノア?」
返事がない。
彼女は俺を見たまま、口の中で何かを繰り返していた。
「ノア・ステラ……。ホシ・ノア……」
んん?
「……ホシ・ノア。いいですね」
「待って待って」
俺は思わず手を前に出し、遮る。
「その並べ方はどうかと……」
「不適切でしたか?」
「不適切っていうか、その、日本語だと名字が先で名前が後なんだよ。だからホシ・ノアだと……」
「はい」
「……なんか、夫婦みたいになってるから」
言ってしまった。
自分で言ってから恥ずかしくなった。何を言ってるんだ俺は。相手は機械生命体だぞ。三千年後の最強兵器だぞ。
ノアは動かなかった。
目はもう、いつもの大きさに戻っていた。完璧なつくりの顔貌は無表情にもどっている。何もなかったみたいだ。
でも。
「いいですね」
彼女の声は、いつもの抑揚に戻っている。
「外骨格フレームの呼称は〈ステラ〉を採用します」
「今の流れで採用するの!?」
「響きが気に入っただけです。他意はありません」
「むしろ他意しか感じませんが!?」
ノアはフォークを取り直して、均一なパスタを一口食べた。
「アキラ、このパスタは美味しいですか?」
「え? いや、まあ、普通。というか微妙」
「そうですか、微妙ですか」
それだけ言って、彼女は食事を続けた。
表情は動かない。声も平坦で変わらない。
しかしなぜだかすごく機嫌がいいことはわかった。




