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ー9ー



「大切な話があります」


 ノアと二人で艦長執務室の扉を叩いて、俺はそう切り出した。


 部屋は思ったより狭かった。机がひとつ椅子が三脚、そして壁一面が端末。装飾は、ほとんどない。旗艦の主の部屋にしては素っ気なさすぎる。

 たぶん、売れるものは全部売ったのだろう。

 レリアは机に向かって書類を捌いていた。その横に、痩せた中年の男が立っている。副官だろう。


「ちょうど休憩しようと思っていたところだ。かまわん、座ってくれ」

「あの、」


 俺は一度息を吸い、できるだけ神妙な顔をつくり言葉を吐き出す。


「……人払いを、お願いできますか」


 部屋の空気が変わった。

 副官の視線が、俺からレリアへ移る。前線の艦で、指揮官と二人きりにしろというのは、たぶんそれなりに失礼な要求だ。


 レリアは何かを察したように書類を置き、真剣な面持ちでこちらを見つめた。


「アントニウス、下がれ」

「閣下、しかしっ」

「下がれと言っている」


 副官は何か言いたそうだったが飲み込み、レリアに一礼。

 扉が閉まる音がした。



 俺たちはここに来る前に一つ決めたことがある。

 嘘は言わない。本当のことだけ。

 その本当が、向こうにどう聞こえるかは——もう、俺の責任の外だ。

 自分でも卑怯だと思う。思うがこれが自分の良心の限界だった。

 ノアには「そうですね。真実で騙すのが一番ボロが出ない」と言われたが、断じてそんな意図はない。


「詳細は、お話しできません」


 できるだけ重々しく俺は言った。


「はい」

「事情があって元いた場所には戻れません。帰る方法も、ありません」


 全部本当だ。


「行く当てがなくて、この艦にたどり着きました。……あなたの家が、元は公爵(ドゥクス)家で、皇帝家に血が繋がっていると聞きました」


 レリアの指が、机の上で止まった。


「本当は補給を受けたら、黙ってすぐに去るつもりでした」


 これも本当。昨日までは本気でそのつもりだった。


「でも、この艦を見ていて……」


 俺は言葉を探した。ここだけは用意していた台詞以上に口が動いた。


「艦の設備を見ると大変な苦境にいるとわかります。それでも、あなたは敵を真っ直ぐ見つめ諦めずに、白い軍装を着て艦橋に立ってる」

「…………」


「昨日、あの戦場で一番前に出たのはあなたの艦でした。戦況を分析し、民や部下を守るため自分を危険に晒しても、少しでも勝利を掴もうと最善の選択肢をとる。

 そこか細い肩に、全てを背負って堂々と立っている。帝国貴族のあるべき姿をみたと思いました」


 レリアは何も言わなかった。


 言わないまま俺を見ていた。赤い目が、まばたきもせずに、こちらを向いている。


「世情にはあまり詳しくないですが、一人で家を背負ってるんだって、聞きました」


 俺は頭を下げた。


「厚かましいのは分かってます。でも、俺はそんなあなたに助けて欲しいのです」


 沈黙が長かった。

 心臓がうるさい。俺は営業職でも詐欺師でもない、ただの元・無職だ。こんな交渉、生まれて一度もしたことがない。

 やがて、レリアが顔を上げた。


「ひとつだけ、確認をしたい」

「はい」

「私は貴公が誰かは問わぬ。だが、一つだけ、貴公は『尊き血』に連なる者であるのか?」 

「…………」


 さぁ、なんて答えよう。こんな質問想定してなかった。

 なんとも複雑でやんごとなき事情があるように匂わせたいが、尊き血とはなんぞや。

 適当に答えていいものか、困った。

 俺が黙っていると横からノアが言った。


「アキラ様、続きはわたしから」


 アキラ様。

 俺は思わず隣を見た。という演技をする。

 しかしこれも事前に決めていたこと。それっぽく振る舞っているだけ。

 主従関係を提示することで俺の身分に、謎の説得力が生じるらしい。


「わたしたちの存在が公になれば、帝国は大きく揺れます。勢力の均衡が崩れ、内戦に至る可能性もあります。アキラ様はそれを望んでおられません」


 そりゃテリオン(てき)の最強兵器が知らん間に紛れ混んでいたんだ、バレたら大騒ぎになるし、もしかしたらアキラたちを利用しようとする勢力が現れ、争うことになるかもしれない。かなりこじつけだがノアが言っていることも嘘ではない。


 レリアはなにかを固く決心したかのように一つ頷き、勢いよく立ち上がった。


「——――承知しました」


 彼女は机を回り込んで俺の正面に立つ。

 そして片膝を、ついた。


「えっ」

「アウレル家は、貴公を庇護すると約束しましょう」

「あっ、はい」


 突然の急展開に思わず生返事を返してしまう。

 レリアはそんなアキラの様子を気にせず、膝をつき頭を垂れている。


「あの、顔を上げてもらっていいですか……」

「ホシ・アキラ殿(どの)


 レリアが顔を上げた。


 赤い目が真っ直ぐこちらを見ていた。

 昨日の、疲れた顔ではなかった。


「私は、貴公が何者かを問いません。訊きもしません。詮索もしません。ただし、ひとつだけ約束していただきたい」

「……はい」

「いつか貴公が、正式に名乗れる日が来たとき、――――その隣にアウレル家を置いてくださるだろうか」


 俺は何も答えられなかった。

 しかし太陽のように輝きだしたレリアの瞳に圧され、思わず頷いてしまった。


 この人の中では、今俺を何者になっているんだろう。



 ◇



「うまく行きましたね」

「寿命が三年縮んだ気がする……」


 艦長執務室を退出し、大きく息を吐いた。

 肩にすごい力が入っていたことに今さら気付く。


「努力目標であった、虚偽を使用しないも達成でき上々の結果ですね」

「俺はやっぱり騙したようで心が痛いよ」

「実態が向こうの想定と違ったとしても、結果として向こうの利益になれば何も問題ないのでは?」


 そんな簡単には割りきれないが、こうなったからには、できるだけレリアにとって利益になるよう働かこうと。


「まぁ、そうなんだが……。しかし、レリアの中で俺は一体どんな人間にされているのやら」


 途中からの元公爵令嬢が俺を敬う態度となり、すごい熱の籠った眼で見つめられた。

 彼女の中の俺を知るのが怖い。


「『尊き血』とは皇族に連なる、その中でも皇位継承権を持つ人間に使われる呼称です。現皇帝の隠し子や、それに類するものと予想します」


 …………。

 聞きたくなかったな、そんな予想。

 山場は終わったはずなのに、明日からのことを考えると胃が痛くなってきた。



次はウァレリア視点です

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