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「大切な話があります」
ノアと二人で艦長執務室の扉を叩いて、俺はそう切り出した。
部屋は思ったより狭かった。机がひとつ椅子が三脚、そして壁一面が端末。装飾は、ほとんどない。旗艦の主の部屋にしては素っ気なさすぎる。
たぶん、売れるものは全部売ったのだろう。
レリアは机に向かって書類を捌いていた。その横に、痩せた中年の男が立っている。副官だろう。
「ちょうど休憩しようと思っていたところだ。かまわん、座ってくれ」
「あの、」
俺は一度息を吸い、できるだけ神妙な顔をつくり言葉を吐き出す。
「……人払いを、お願いできますか」
部屋の空気が変わった。
副官の視線が、俺からレリアへ移る。前線の艦で、指揮官と二人きりにしろというのは、たぶんそれなりに失礼な要求だ。
レリアは何かを察したように書類を置き、真剣な面持ちでこちらを見つめた。
「アントニウス、下がれ」
「閣下、しかしっ」
「下がれと言っている」
副官は何か言いたそうだったが飲み込み、レリアに一礼。
扉が閉まる音がした。
俺たちはここに来る前に一つ決めたことがある。
嘘は言わない。本当のことだけ。
その本当が、向こうにどう聞こえるかは——もう、俺の責任の外だ。
自分でも卑怯だと思う。思うがこれが自分の良心の限界だった。
ノアには「そうですね。真実で騙すのが一番ボロが出ない」と言われたが、断じてそんな意図はない。
「詳細は、お話しできません」
できるだけ重々しく俺は言った。
「はい」
「事情があって元いた場所には戻れません。帰る方法も、ありません」
全部本当だ。
「行く当てがなくて、この艦にたどり着きました。……あなたの家が、元は公爵家で、皇帝家に血が繋がっていると聞きました」
レリアの指が、机の上で止まった。
「本当は補給を受けたら、黙ってすぐに去るつもりでした」
これも本当。昨日までは本気でそのつもりだった。
「でも、この艦を見ていて……」
俺は言葉を探した。ここだけは用意していた台詞以上に口が動いた。
「艦の設備を見ると大変な苦境にいるとわかります。それでも、あなたは敵を真っ直ぐ見つめ諦めずに、白い軍装を着て艦橋に立ってる」
「…………」
「昨日、あの戦場で一番前に出たのはあなたの艦でした。戦況を分析し、民や部下を守るため自分を危険に晒しても、少しでも勝利を掴もうと最善の選択肢をとる。
そこか細い肩に、全てを背負って堂々と立っている。帝国貴族のあるべき姿をみたと思いました」
レリアは何も言わなかった。
言わないまま俺を見ていた。赤い目が、まばたきもせずに、こちらを向いている。
「世情にはあまり詳しくないですが、一人で家を背負ってるんだって、聞きました」
俺は頭を下げた。
「厚かましいのは分かってます。でも、俺はそんなあなたに助けて欲しいのです」
沈黙が長かった。
心臓がうるさい。俺は営業職でも詐欺師でもない、ただの元・無職だ。こんな交渉、生まれて一度もしたことがない。
やがて、レリアが顔を上げた。
「ひとつだけ、確認をしたい」
「はい」
「私は貴公が誰かは問わぬ。だが、一つだけ、貴公は『尊き血』に連なる者であるのか?」
「…………」
さぁ、なんて答えよう。こんな質問想定してなかった。
なんとも複雑でやんごとなき事情があるように匂わせたいが、尊き血とはなんぞや。
適当に答えていいものか、困った。
俺が黙っていると横からノアが言った。
「アキラ様、続きはわたしから」
アキラ様。
俺は思わず隣を見た。という演技をする。
しかしこれも事前に決めていたこと。それっぽく振る舞っているだけ。
主従関係を提示することで俺の身分に、謎の説得力が生じるらしい。
「わたしたちの存在が公になれば、帝国は大きく揺れます。勢力の均衡が崩れ、内戦に至る可能性もあります。アキラ様はそれを望んでおられません」
そりゃテリオンの最強兵器が知らん間に紛れ混んでいたんだ、バレたら大騒ぎになるし、もしかしたらアキラたちを利用しようとする勢力が現れ、争うことになるかもしれない。かなりこじつけだがノアが言っていることも嘘ではない。
レリアはなにかを固く決心したかのように一つ頷き、勢いよく立ち上がった。
「——――承知しました」
彼女は机を回り込んで俺の正面に立つ。
そして片膝を、ついた。
「えっ」
「アウレル家は、貴公を庇護すると約束しましょう」
「あっ、はい」
突然の急展開に思わず生返事を返してしまう。
レリアはそんなアキラの様子を気にせず、膝をつき頭を垂れている。
「あの、顔を上げてもらっていいですか……」
「ホシ・アキラ殿」
レリアが顔を上げた。
赤い目が真っ直ぐこちらを見ていた。
昨日の、疲れた顔ではなかった。
「私は、貴公が何者かを問いません。訊きもしません。詮索もしません。ただし、ひとつだけ約束していただきたい」
「……はい」
「いつか貴公が、正式に名乗れる日が来たとき、――――その隣にアウレル家を置いてくださるだろうか」
俺は何も答えられなかった。
しかし太陽のように輝きだしたレリアの瞳に圧され、思わず頷いてしまった。
この人の中では、今俺を何者になっているんだろう。
◇
「うまく行きましたね」
「寿命が三年縮んだ気がする……」
艦長執務室を退出し、大きく息を吐いた。
肩にすごい力が入っていたことに今さら気付く。
「努力目標であった、虚偽を使用しないも達成でき上々の結果ですね」
「俺はやっぱり騙したようで心が痛いよ」
「実態が向こうの想定と違ったとしても、結果として向こうの利益になれば何も問題ないのでは?」
そんな簡単には割りきれないが、こうなったからには、できるだけレリアにとって利益になるよう働かこうと。
「まぁ、そうなんだが……。しかし、レリアの中で俺は一体どんな人間にされているのやら」
途中からの元公爵令嬢が俺を敬う態度となり、すごい熱の籠った眼で見つめられた。
彼女の中の俺を知るのが怖い。
「『尊き血』とは皇族に連なる、その中でも皇位継承権を持つ人間に使われる呼称です。現皇帝の隠し子や、それに類するものと予想します」
…………。
聞きたくなかったな、そんな予想。
山場は終わったはずなのに、明日からのことを考えると胃が痛くなってきた。
次はウァレリア視点です




