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艦の食堂は、思っていたより普通だった。
長机が並んでいて、金属のトレイがあって、列に並んで受け取る。三千年経っても食堂は食堂らしい。
そんなことより、問題は俺たちの扱われ方であった。
俺たちが食堂に入った瞬間、周囲の会話が一時静かになり、大きな拍手と共に迎えられる。
人々が次々とお礼の言葉を述べてくれて、握手を求められる。ノアはもちろん全て無視していたがそんなことはお構い無しといった感じだ。
昨日の戦場を単騎で覆した英雄たちに皆命のお礼を言いたかったらしい。
途中で上官らしき人物が「バカども食事の邪魔するな!」と怒鳴っていたが、誰も聞いちゃいない。
むしろ次々と噂を聞きつけ人が集まってくる始末である。
悪い気はしないのだが、
このままで食事も儘ならないと思っていたら、上官が気を利かせて、おそらく自分たち用に準備してあったお弁当を渡してくれたので、ありがたく頂いて部屋に戻る。
お弁当の中身はパスタだった。ソースは赤くて、上に緑の何かが散っている。見た目は完璧だ。
さっそく一口食べる。
……うーん。なんというか麺が、麺ではない。
伸びているのとも違う、表面から芯まで同じ硬さで柔らかく、噛んでも歯が入っていく感じがない。ソースの味も深みがない。
三千年の間に人類は食の楽しみを忘れたのだろうか。
「アキラ。食事の速度が落ちています」
「うん。ちょっと考え事」
アキラはフォークを置いた。
「なあノア。相談していい?」
「どうぞ」
「外骨格フレーム、いつか人類の技術じゃないってバレると思う」
さっきのルカさんのすごい興奮の仕方をみてそう思った。
「俺は何にも知らないから分からないけど、この艦で一番の整備士だっていうルカさんですら何にも分からない未知の技術だって騒いでる」
「はい」
「今は機密で押し通せてるけど、それは俺たちが命の恩人だから誰も本気で詰めてこないだけだ」
俺はトレイの縁を指で叩きながら続ける。
「でも他の場所に行ったら、絶対トラブルになる。だって自分たちの生死に直結するような技術の宝の山だ。恩がない相手なら、機密ですって言われたって無視して調べ尽くす奴が出てくると思う」
ノアは少しの間、黙っていた。
表情は無表情だがいつもの即応ではない。
「わたしは、人類の思考と感情について、記録上のデータしか持っていません」
彼女は静かに言った。
「実際に人間と共に行動するのはアキラが初めてです。ですから、アキラがそう感じるのであればそれは正しいと判定します。今後はもう少し人類の思考と感情を計算ロジックに追加します。……対策を考える必要がありますね」
「そうだな。でも、どうしよっか」
俺は微妙なお味のパスタを一口食べ、頬杖をつき思案する。
「二人でずっと宇宙を放浪するわけにもいかないし。俺には飯も風呂もトイレもいるんだよ」
「つまり、私たちの正体を露見しないよう、都合のいい隠れ蓑が必要になったということですね」
ノアはフォークを置いた。
「条件を整理します。必要なのは、以下の三つを同時に満たす人間です」
彼女は指を一本立てる。
もしかしたら、人間らしい仕草を学習しているのかもしれない。
「一、外骨格フレームの異常性をある程度は理解している。まったくわかっていない相手では、追及された時に守れません。
二、それでいて深入りしない。全容を知られるとこちらと敵対してしまう。
三、対外的にわたしたちの身元を保証できる、公的な権限を持っている」
順々に増えていき、三本目の指が立った。
「要するに、後ろ盾か」
「その表現の方が短いですね。採用します」
俺は天井を見上げた。
確かに今は言った条件を全て満たせば、その人物の保護下に入り守って貰えそうだ。
しかし、
「そんな都合のいい人、いる?」
「既に当該の人物は見つけました」
即答だった。
さすが最新最強ノアさん。
「この艦の設備水準、内装の年代、人員の練度、艦内通信の暗号強度。これらを帝国軍の一般的な前線配備データと比較しました」
「いつのまに」
「データの入手自体は昨夜です。色々なデータを検証した結果、この艦に匿ってもらうのが最善であると判断します。――――アウレル家は困窮しています」
昨日会ったばかりの人ん家をいきなり困窮していると断言するとは、割と失礼なこと言ってないかこいつ。
ノアは淡々と続けていく。
「艦の内装は上級貴族の様式ですが、更新が二世代分遅れています。士官の食器は正規品ですが、下士官のものは規格外の代用品です。医療区画の消耗品在庫が定数の六割です」
昨日と今日でそこまで見ていたのか。
「そこに、昨夜、艦内データベースに接続して得た情報を追加します」
「……それ、公開されてて勝手に見ていいやつ?」
「痕跡は残していません」
ずれた返事が返ってきた。
あえて何も言わない。だって怖いし。
「アウレル家について報告します。昨夜ウァレリアは伯爵家だと名乗りましたが、元は公爵家です。帝国黎明期から続く名門で、継承名〈アウグスタ〉の使用が認められています」
「アウグスタって、あの人のミドルネームだったっけ?」
「はい。帝国では皇帝家に連なる血であることの証であるようです。当代でその名を名乗れる家は、帝国全土で十一家しかありません」
元公爵家。
たったの十一の継承名を許可されている。
思っていたより遥かにすごい家なのかもしれない。
「でも今は伯爵に下がってるんだろ?」
「はい。三年前先代当主が失脚し、二階級の降爵処分を受けています。同時に領地の一部を没収され、辺境宙域の防衛任務へ転出しました」
「失脚って、何したんだ」
「記録は封印されています。帝国の公開記録に事由の欄はありません。この処理が行われるのは、皇族が関与している場合か、公表すると帝国の体面が損なわれる場合が多いそうです」
けっこうやばい話じゃないか。
なにやったんだレリアのお父さん。
「で、その後を娘のレリアさんが継いだと」
「継いだのではありません。先代は存命です」
「生きてるの?」
「拘禁下にあります。当主の地位は剥奪されておらず、そのため彼女は正式な当主にはなれません。当主代行という肩書きは、そういう意味です」
……重い。
昨日あの人は当主代行だと名乗った。俺は役職名としか思っていなかったが。
あれは父親がまだ生きているという意味だったのか。
「継承名〈アウグスタ〉についても本来は襲名の儀を経て名乗るものです。彼女は儀を経ていません」
「じゃあ、勝手に名乗ってるってこと?」
「社交界の一部では、そう扱われているようです」
◇
「続いて財務状況を報告します」
「まだあるのか」
「こちらが本題です」
ノアが部屋の端末を操作し、数字が並んでいる画面を見せてくれるが、正直よくわからん。
「家門部隊の維持費が、家門の年間収入を大きく上回っています。三年連続です」
つまり三年連続の大赤字ということか。
なるほど困窮している。
「戦艦五隻、輸送艦二隻、シグヌム十八機、平民機二十八機、貴族機二機。乗員の給与、消耗品、燃料、修理費。すべてアウレル家の負担です」
艦隊まるごと、全部。
昨日彼女が言っていた。この艦隊は帝国軍の所属だが、金を出しているのはうちだと。
あの時は、誇らしげに聞こえた。
「昨日の戦闘で十八機の機動兵器を喪失しました。補充した場合の想定額は、家門の年間収入の七割に相当し、彼女にはその支払い義務があります」
「マジかよ、めちゃくちゃブラックだな。国は? 軍の損失は国が補填するんじゃないの?」
「家門部隊の損耗は、家門の責任とされています。それが自前の兵を持つということです」
ひどい制度だと思う。
守れば守るほど家が痩せる。
昨日の戦闘で収入の七割。
たった一回の戦闘で財政が吹き飛んでもおかしくない。事実、昨日アキラたちが来なければそうなっていたであろう。
「……あの人、めちゃめちゃ無理して最前線にいるんじゃないか」
「体面の維持は、貴族社会において実利です。困窮が露見した家門は、縁組も融資も打ち切られます」
だから、最前線にいる。
だから彼女は白い軍装に二重房の飾緒をつけて、必死に艦橋に立っている。
「そして、ここが私たちにとって重要です」
ノアが端末から離れ、アキラを見据える。
「帝国において、降爵された家門が爵位を回復する条件はひとつ。顕著な軍功のみ。ですが、彼女に与えられた任務は辺境の防衛です」
「つまり守るだけじゃ、手柄にならないってことか。帝国はレリアに手柄を立てさせたくない?」
「それはわかりません。事実として撃退は成果として計上されますが、加点は微少です。爵位の回復に必要なのは、一度の手柄ではありません。誰にも否定できない実績の、継続した積み上げです。三年、五年と勝ち続けて初めて審議の卓に載ります。辺境の防衛任務では、その機会そのものが与えられません」
話を聞けば聞くほど、なんて血気盛んな貴族文化なんだとひいてしまう。
三千年で随分野蛮になったものだ、人類。
そしてレリアの置かれている現状は詰んでいる。
守れば痩せて、痩せながら守り続けて、それでも一生かかっても戻れない。
「そこへ、わたしたちが来ました。――所属不明の高性能機と、その操縦者。
彼女がこれを自家の管理下に置いた場合、アウレル家にとってもっとも都合のいい対外的な説明はこうなります」
ノアは一度言葉を区切り。
「アウレル家は失われた古代機を発掘、復元し、現行の機動兵器を何世代も先取りする新型機を手に入れた。と。
そしてアウレル家が唯一運用する最新型として登録し、アウレル家の名前で勝ち続ける。彼女にとって私たちはまさに喉から手が出るほど欲しい存在でしょう」
「……なるほど」
俺たちを囲い込む理由が、そのまま俺たちを守る理由になっている。




