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通された応接室で、アキラは久し振りに椅子に座った。
3000年経っても椅子はあまり進化していないらしい。
着替えた軍服は白地に紅の縁取りが入ったものだ。飾りは少ないが、生地がやたらといい。
「アウレル家の色だ。うちの人間だと思われるのが嫌なら、着替えてもらって構わんが」
嫌も何も、俺には他に着るものがない。
テーブルに料理が並べられていく。銀色の蓋が同時に外された。
分厚いステーキ。
赤ワインのソースがかかっていて、湯気が立っている。付け合わせの野菜まで艶々している。
「戦時ゆえ、こんなものしか出せぬ。許してほしい」
「いえいえっ、めちゃくちゃ豪華ですけど」
ずっと寝ていたとはいえ、なんと三千年ぶりの食事である。
俺は震える手でナイフを入れた。柔らかい。切り口から肉汁が出る。完璧だ。完璧な見た目だ。
待ちきれず、いそいそと口に入れる。
……。
…………あれ。
味がしない。いや、味はする。
塩の味とソースの味とそれから、肉のような何か。
繊維がない。噛んでも、ほどけていく感じがまったくない。均一なのだ。どこを噛んでも同じ歯ごたえで、どこにも当たりがない。まるで弾力が少ない練り物のよう。
なんだこれ。肉じゃない。
三千年、食を楽しみに寝ていたわけではないが、それにしてもこれは。
「口に合わぬか?」
「あ、いえ! 美味しいです、はい!」
嘘をついた。人から好意で出された飯に、ケチをつける事ができる日本人はなかなかいないだろう。
誤魔化すようにグラスを取って、ワインを口に含んだ。
――――美味しいっ。
これは本物だ。
渋みの後ろに、ちゃんと果物の記憶がある。安いやつの甘ったるさもないし、樽の匂いで誤魔化してもいない。自分を気に入ってくれた取り引き先の社長が、これからもよろしくとご馳走してくれた、グラス一杯で諭吉が消えるプレミアムワイン。あれに近い、いやもっといい。
「あ、これすごい!」
思わず声が出た。
「本当に美味しいですね。人生で飲んだワインの中で一番美味しいです。何年ものです?」
ノアも一口飲んでいた。
その体で味がわかるのかと聞いたら「解析はできます」と返ってきた。解析。
ちなみに食べたものはきちんと分解してエネルギーに変換できるらしい。
「どう?」
「有機化合物の組成が複雑です。興味深い」
「味の感想としては0点だな」
「アキラは美味しいと感じたのですね」
「うん、めっちゃ美味しい」
「では、美味しいです」
こいつ。
こんないいワインを飲ませるのがもったいなく思えてきた。
食事のあと、ウァレリアは今後の話を切り出した。
「急ぐ用向きがないのなら、しばらくこの艦に留まってはどうか。補給も休息も、こちらで面倒を見る」
「え、いいんですか」
「無論、下心はある。貴公のような戦力に、少しでも長く艦にいてほしい。正直に言っておこう、そのほうが誠実だろう」
本当に正直に言ってくれる。しかし、こんな物騒な世の中で先の襲撃の損害も回復できていないのだ。現場の指揮官としては真っ当な願いだろう。
アキラたちとしても行く当てがない。三千年後の世界のことを何も知らないまま放り出されるより、ここでしばらくお世話になり、色々と勉強すべきだ。トイレも風呂もある。何より飯がある。微妙な味だが飯だ。
いいか? と、ちらりと隣のノアを見る。
何も言わない。
「……お世話になります」
「決まりだな」
ウァレリアがグラスを掲げた。
「では、堅苦しいのはここまでにしよう。ウァレリアでは長いし、命の恩人にいつまでも仰々しく接されるのもな、レリアと呼んでくれ」
「え」
「言いにくいか?」
「いや、あの、はい。レリア、さん」
「ああ、よろしく頼む。アキラ殿」
アキラがそう呼ぶとレリアは満足そうに頷いた。
こんな美人と名前を呼び合えるなんて、少し照れてしまう。
「……なに?」
気がつくとノアが服の袖をそっと掴んでいた。
「愛称とは、極々親しい異性の間柄でのみ呼称し合うものではないのですか? アキラとわたしのように」
「いや、そんなことないけど。確かに恋人同士、愛称で呼び合うこともあるけど。同性の友達どうしでも全然渾名で呼び合うし」
ちなみにアキラは小さい頃みんなからアッ君と呼ばれていた。
「……そうですか」
少しの間考え込んでいたノアであったが、大人しく袖を離した。
◇
部屋を出ていく二人を見送って、ウァレリアは扉が閉まるのを待った。
そしてしばらく動かなかった。
女の方はよくわからなかったが、男の方。
ホシ・アキラ。
まずこの名がおかしい。
この帝国において家名を持つのは貴族だけだ。平民に家名はなく、所属で呼ばれる。ならば彼は貴族ということになる。
だが、ミドルネームがない。
継承名を持たぬ貴族など、分家の末端か、家を追われた者くらいのものだ。そもそもホシなどという家名は、社交界のどの名簿にも載っていない。
そしてあの立ち居振る舞い。
礼の作法を知らない。爵位を聞き返さない。愛称を許した時、あからさまに動揺した。あれは貴族の子弟の反応ではない。田舎の下士官でも、もう少し場慣れしている。
なのに。
ウァレリアは、自身の手つかずのステーキを見下ろした。
あの男はこれを不味いと思っていた。口では取り繕っていたが、思い切り顔に表れており、まるで隠せていなかった。
培養槽で育てた蛋白を、食材プリンターで成形したものだ。帝国のどこでも、誰でも食べている。士官用の上等な等級を出したつもりだった。
本物の獣肉を日常的に口にできる人間など、大貴族か、皇族しかいない。
そして極めつけはワインだ。
父の代から蔵にあった、本物の葡萄から造られた一本。開けるのは今夜が三度目だった。
あの男は一口で見抜いた。年代まで聞いてきた。「他のも飲んだことがある」という顔で。
味を知っている舌と、作法を知らない体。
公爵の口と、平民の所作。そんな人間は存在しない。
ウァレリアは黒い手袋を外した。
指先が、少し震えていた。今日の戦闘のせいだと思うことにする。
厄介事だ。おそらく、自分が想像しているより遥かにとびきりの。
だが。
二階級を落とされ、辺境に追いやられた家に、こんな駒が転がり込んでくることが、この先もう一度あるだろうか。
「……逃がすものか」
彼女は誰にともなく呟いた。




