表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/16

-5-



 通された応接室で、アキラは久し振りに椅子に座った。

 3000年経っても椅子はあまり進化していないらしい。

 着替えた軍服は白地に紅の縁取りが入ったものだ。飾りは少ないが、生地がやたらといい。


「アウレル家の色だ。うちの人間だと思われるのが嫌なら、着替えてもらって構わんが」


 嫌も何も、俺には他に着るものがない。

 テーブルに料理が並べられていく。銀色の蓋が同時に外された。


 分厚いステーキ。

 赤ワインのソースがかかっていて、湯気が立っている。付け合わせの野菜まで艶々している。


「戦時ゆえ、こんなものしか出せぬ。許してほしい」

「いえいえっ、めちゃくちゃ豪華ですけど」


 ずっと寝ていたとはいえ、なんと三千年ぶりの食事である。

 俺は震える手でナイフを入れた。柔らかい。切り口から肉汁が出る。完璧だ。完璧な見た目だ。


 待ちきれず、いそいそと口に入れる。


 ……。

 …………あれ。


 味がしない。いや、味はする。

 塩の味とソースの味とそれから、肉のような何か。


 繊維がない。噛んでも、ほどけていく感じがまったくない。均一なのだ。どこを噛んでも同じ歯ごたえで、どこにも当たりがない。まるで弾力が少ない練り物のよう。


 なんだこれ。肉じゃない。


 三千年、食を楽しみに寝ていたわけではないが、それにしてもこれは。


「口に合わぬか?」

「あ、いえ! 美味しいです、はい!」


 嘘をついた。人から好意で出された飯に、ケチをつける事ができる日本人はなかなかいないだろう。

 誤魔化すようにグラスを取って、ワインを口に含んだ。


 ――――美味しいっ。


 これは本物だ。

 渋みの後ろに、ちゃんと果物の記憶がある。安いやつの甘ったるさもないし、樽の匂いで誤魔化してもいない。自分を気に入ってくれた取り引き先の社長が、これからもよろしくとご馳走してくれた、グラス一杯で諭吉が消えるプレミアムワイン。あれに近い、いやもっといい。


「あ、これすごい!」


 思わず声が出た。


「本当に美味しいですね。人生で飲んだワインの中で一番美味しいです。何年ものです?」


 ノアも一口飲んでいた。

 その体で味がわかるのかと聞いたら「解析はできます」と返ってきた。解析。

 ちなみに食べたものはきちんと分解してエネルギーに変換できるらしい。


「どう?」

「有機化合物の組成が複雑です。興味深い」

「味の感想としては0点だな」

「アキラは美味しいと感じたのですね」

「うん、めっちゃ美味しい」

「では、美味しいです」


 こいつ。

 こんないいワインを飲ませるのがもったいなく思えてきた。




 食事のあと、ウァレリアは今後の話を切り出した。


「急ぐ用向きがないのなら、しばらくこの艦に留まってはどうか。補給も休息も、こちらで面倒を見る」

「え、いいんですか」

「無論、下心はある。貴公のような戦力に、少しでも長く艦にいてほしい。正直に言っておこう、そのほうが誠実だろう」


 本当に正直に言ってくれる。しかし、こんな物騒な世の中で先の襲撃の損害も回復できていないのだ。現場の指揮官としては真っ当な願いだろう。

 アキラたちとしても行く当てがない。三千年後の世界のことを何も知らないまま放り出されるより、ここでしばらくお世話になり、色々と勉強すべきだ。トイレも風呂もある。何より飯がある。微妙な味だが飯だ。


 いいか? と、ちらりと隣のノアを見る。

 何も言わない。


「……お世話になります」

「決まりだな」


 ウァレリアがグラスを掲げた。


「では、堅苦しいのはここまでにしよう。ウァレリアでは長いし、命の恩人にいつまでも仰々しく接されるのもな、レリアと呼んでくれ」

「え」

「言いにくいか?」

「いや、あの、はい。レリア、さん」

「ああ、よろしく頼む。アキラ殿」


 アキラがそう呼ぶとレリアは満足そうに頷いた。

 こんな美人と名前を呼び合えるなんて、少し照れてしまう。


「……なに?」


 気がつくとノアが服の袖をそっと掴んでいた。


「愛称とは、極々親しい異性の間柄でのみ呼称し合うものではないのですか? アキラとわたしのように」

「いや、そんなことないけど。確かに恋人同士、愛称で呼び合うこともあるけど。同性の友達どうしでも全然渾名で呼び合うし」


 ちなみにアキラは小さい頃みんなからアッ君と呼ばれていた。


「……そうですか」


 少しの間考え込んでいたノアであったが、大人しく袖を離した。


 ◇



 部屋を出ていく二人を見送って、ウァレリアは扉が閉まるのを待った。

 そしてしばらく動かなかった。


 女の方はよくわからなかったが、男の方。


 ホシ・アキラ。


 まずこの名がおかしい。

 この帝国において家名を持つのは貴族だけだ。平民に家名はなく、所属で呼ばれる。ならば彼は貴族ということになる。


 だが、ミドルネームがない。

 継承名を持たぬ貴族など、分家の末端か、家を追われた者くらいのものだ。そもそもホシなどという家名は、社交界のどの名簿にも載っていない。


 そしてあの立ち居振る舞い。

 礼の作法を知らない。爵位を聞き返さない。愛称を許した時、あからさまに動揺した。あれは貴族の子弟の反応ではない。田舎の下士官でも、もう少し場慣れしている。


 なのに。

 ウァレリアは、自身の手つかずのステーキを見下ろした。

 あの男はこれを不味いと思っていた。口では取り繕っていたが、思い切り顔に表れており、まるで隠せていなかった。


 培養槽で育てた蛋白を、食材プリンターで成形したものだ。帝国のどこでも、誰でも食べている。士官用の上等な等級を出したつもりだった。


 本物の獣肉を日常的に口にできる人間など、大貴族か、皇族しかいない。


 そして極めつけはワインだ。

 父の代から蔵にあった、本物の葡萄から造られた一本。開けるのは今夜が三度目だった。


 あの男は一口で見抜いた。年代まで聞いてきた。「他のも飲んだことがある」という顔で。

 味を知っている舌と、作法を知らない体。

 公爵の口と、平民の所作。そんな人間は存在しない。


 ウァレリアは黒い手袋を外した。

 指先が、少し震えていた。今日の戦闘のせいだと思うことにする。


 厄介事だ。おそらく、自分が想像しているより遥かにとびきりの。

 だが。

 二階級を落とされ、辺境に追いやられた家に、こんな駒が転がり込んでくることが、この先もう一度あるだろうか。


「……逃がすものか」


 彼女は誰にともなく呟いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ