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最後の一機が宇宙に散っていく。
三百以上いた機械の鯨は、もう一頭も残っていなかった。
「……終わったのか?」
「この宙域のテリオンの殲滅は完了しました」
「あっという間だった気がするんだけど。何分戦ってた?」
「七分十二秒です」
七分。
帝国軍側は七隻もの宇宙戦艦と何体もの人型ロボットを使ってやっと戦線を維持していたのに、それを七分で。
「……お前、めちゃくちゃ強くない?」
「当然です」
即答だった。
「先程アキラは、私一機でどうにかなるのかと質問しました」
「あー、はい」
「結果はご覧になりましたか?」
「おみそれしました」
アキラが素直に謝ると、背中の腕がほんの少し締まった。顔や声色は一ミリも動かないくせに、雰囲気でだいたいこいつの機嫌がわかるようになってきた。
◇
『――――所属不明機へ。旗艦〈アウレルム〉より通達』
視界の端に新しい窓が開いた。
女性の声だ。硬い、凛とした声だけれど、掠れている。ずっと張り上げていたのだろう。
『助力に感謝する。貴公のおかげで、我々はガラクタどもに蹂躙されずに済んだ』
すごく久し振りに聞いた感情の籠った人間の声だった。
変な話だが心臓が跳ねる。
ノアは淡々と機械的な声色なので、声から感情は伝わってこない。人から感情を向けられる事に無意識に緊張してしまう。
「……いえっ。間に合ったのなら、何よりです」
声が少し裏返った。落ち着こう。
「あの色々バタついているところ申し訳ないんですけど。実は食料がなくなってきていまして。補給を受けさせてもらえないでしょうか」
つい今しがた、大災害に見舞われたような相手にする話ではないし、かっこよく助け出した相手に話すことでもない。だが背に腹は代えられない。
『もちろん、喜んで。勇者殿』
勇者殿。
なんかすごい呼ばれ方をしてしまっている。
『ただし、ひとつ確認させてもらいたい。先ほどから貴公の機体の識別信号が認識できない。所属を伺えるか』
来た。
どうする。うちの新型シグヌムです、って言うんだったか。いや待て、どこの部隊のとか聞かれたら詰む。何て言えば、
「機密によりお答えできません」
ノア割り込んでくれた。
俺の耳のすぐ後ろから、いつもの抑揚ゼロの声がそのまま回線に乗った。
『ほう。機密か』
通信の向こうで、女がわずかに間を置いた。
『なるほど。それだけの機体だ、あらゆる最新技術が詰め込まれているのだろう。色々事情があるのは理解できる。ならば派閥も家名も問わぬ。せめて軍属か、民間の軍事企業か。それだけでも教えてもらえないか』
「機密によりこちらからは何ひとつ、情報の提供はできません。補給を求めます」
ノアは再度繰り返す。
こちらからは何も出さないが、さっさと補給物資を寄越せと。まるで助けてやったんだから、早く動けと云わんばかりに。
アキラは狭いコクピットの中で、声を出さずに悶えた。相手は今この星域でおそらく一番偉い人だぞ。助けてもらう側だぞ。もう少しこう、あるだろ。
『……そのような所属不明機を、基地に入れろと?』
声が低くなった。
「機密ですので」
同じことしか言わねぇ。
沈黙が続いた。映像の向こうで、女性が何かを考えている。俺の心臓は勝手に加速していた。撃たれるんじゃないだろうな。テメノスとかいうのがあるとはいえ、味方に撃たれるのは精神的にきつい。
やがて、返ってきたのは。
『……わかった。ただし、前線基地の格納庫ではなく、我が旗艦での補給ならば許可しよう。アウレルムの第二格納庫を空けさせる。誘導に従われよ』
通信が切れた。
俺は数秒、動けなかった。
「……なあ、ノア」
「はい」
「今のって、通ったでいいんだよな?」
「通りました」
すげえ。
こいつ、機密の一言でねじ伏せやがった。
◇
誘導された旗艦〈アウレルム〉の第二格納庫は、大型の体育館を三つ縦に積んだような空間だった。
天井が高い。壁一面に足場が組まれそのすべてに人がいる。整備服の連中、軍服の連中、担架を運んでいる連中。何百人といた。
装甲が開いて、外の空気が入ってくる。
油と、金属と、焦げた何かの匂い。
人の匂いがした。
ノアが先に降りて、俺に手を差し出した。細い腕だ。これで鯨を三百頭潰したのだから、3000年後の世の中はどうかしている。
その手を借りて地面に降りる。
降りると同時にその場の空気全体がわいた。
大きな歓声だった。
足場の上から、床から、通路から。何百人が一斉に叫んでいる。全方向から送られる拍手、誰かが工具を打ち鳴らし、その音が反響して耳の中がわんわん鳴った。
思わず立ち尽くした。
人生でこんなにも人から歓迎されたことがない。
ゆっくり周りを見渡す。
あまりにも一斉に言葉を送られて、一人一人が何を言っているのかは聞き取れないが、全てが好意的な反応であることは表情から伝わってくる。煤に汚れている人も、涙の後がくっきりと浮かんでいる人も、全員が笑顔で生き生きしている。
助けることが出来て本当によかった。
三千年寝てみるもんだな、と呑気な事を考える。
もちろん自分の成果ではなく、ノアのお陰なのだが。
それでも人の役に立てた気分は悪くなかった。
「あの機体、二人乗りじゃん! 見たい見たい見たい!」
整備士さんだろうか、つなぎを着た金髪ギャルのような女の子が工具を手に持ち、ノアの外骨格フレームに突撃してこようして、周囲に羽交い締めで取り抑えられている。
そういえばそうか。人型機は普通、一人乗りらしい。
拍手が一通り収まると、人垣が割れて一人の女性が前に出てきた。
赤い髪を二本に編んで、肩から前へ落としている。白の軍装に金の縁取り。肩から胸へ回した金の飾緒。黒い外套。黒い手袋。
目が綺麗な赤色だ。髪と同じ色の深い赤。
思っていたよりずいぶん若い。二十代半ばくらいだろうか。
「あらためて、礼を言う」
声は通信で聞いたままだった。硬くて、凛として、掠れている。
「私の名前はウァレリア・アウグスタ・アウレル。この宙域の防衛を預かっている。アウレル伯爵家の、当主代行だ」
手が差し出された。
握手、だよな。三千年経っても握手はあるんだ、と場違いなことを考えながら、反射的にその手を取っていた。
「星明です。ホシがみょうじで、アキラが名前です」
働いていた頃のクセか、ついつい名乗ってしまった。所属も機密なのに、名前だけべらべら喋る奴があるか。
ウァレリアの手は温かかった。手袋越しなのに、はっきりと温かい。実感はないが三千年ぶりの人間の体温だった。
「ホシ・アキラ、どの」
彼女が俺の隣に視線を移した。
「そちらのレディは?」
ノアは動かなかった。
差し出された手を、そのまま無視している。
「こら」
小声で言った。
「握手っ」
「必要性がありません」
「そういう問題じゃないの!」
「わたしが接触する必要のある人類はアキラだけです」
「今関係ないだろ!」
ウァレリアは笑っていた。ノアへと伸ばした手を引っ込め、気を悪くした様子もなく。
「構わぬ。機密の塊なのだろう」
助かる。この人、思ったより話が通じる。
「しかし驚くほどの強さだった。現行のシグヌムより、三世代は先を行っている。それに二人乗りとは」
「あー……。機体については、何も」
「わかっているとも」
ウァレリアが軽く手を振った。
「色々と大変だな、勇者殿」
肩を竦めて誤魔化しておく。
「それはそうと」
ウァレリアの視線が俺の体を上から下へ流れた。
「その独特なパイロットスーツも機密か? まさかそれで戦っていたのか」
あ。自分の格好を見下ろした。
薄い水色の、袖のない検査着みたいなやつ。冷凍装置に入る時に着せられたあれだ。三千年前の病院の備品である。裾が膝の上までしかない。
何百人の前で、俺はこれを着て、宇宙の英雄として拍手されている。
先程まで自分で思っていたより随分間抜けの画じゃないか。まるで盛大な退院祝いセレモニーじゃないか。
「これにも、色々と深い事情がありまして……。もしよければ、その、服を頂けると」
「わかった。用意しよう」
ウァレリアは真顔だった。
おそらく何か、アキラにとって都合のいい、とてつもない勘違いをされたのかもしれない。




