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「到達まで、あと十五分です」


 ノアの声で我に返る。

 六時間。ノアの軽く話しながら、宇宙を眺めているうちに気付けばあっという間に経っていた。

 自分の周りを次々と星が流れていく。いや流れているのは俺たちの方なのだが。


 ときどき視界の端を石ころみたいなものが掠めていく。デブリというやつだろうか。三千年も人類が宇宙に出ていれば、そりゃゴミも溜まる。


「目的地の説明をします。惑星ウェスペル。帝国の辺境宙域における補給拠点のひとつです。地表に前線基地〈カストルム・ウェスペル〉が設置されており、軌道上には常時、帝国軍の防衛艦隊が展開しています」

「へえ。人はいっぱいいる?」

「この星系の総人口はおよそ八万。うち軍属は六千です」


 八万人。


 自分が生きて来た時代よりも、三千年も進んだ世界で生きる未来人。しかも相手は軍人。流石に少し怖じ気づいてしまう。


「なお現在、当該宙域はテリオンによる襲撃を受け、交戦中です。どうしますか?」

「……」

「アキラ?」

「それはもっと早く言えよ!!」


 未来のマナーがどうとか心配してる場合ではなかった。


「映像を出します」


 視界の中に、四角い窓が二つ浮かび上がる。

 接続しているからだろうか。目で捉えているというより、視界の隅に直接置かれた感じがする。


「なんだこれ」


 右側の窓を見て思わずこぼれた。


 機械の鯨だ。

 鯨の形をした何かが、数えきれないほど並んでいた。

 映像越しにはわからなかったが、共に表示されているデータを見るに、一体一体が俺の地元にあったショッピングモールくらいデカい。

 表面は金属で、継ぎ目に沿って青白い線が走っており、その線が、明滅していた。


「宇宙鯨を基とし造られたテリオンです」


 宇宙鯨。


「真空環境に適応した大型生物です。アマルテイアにより第九宙域の生態系ごと保存され、テリオンとして創造されました」


 あの中身も元は生き物なのか。

 左の窓には帝国軍が映っている。細長い船が七隻。その周りを小さな人型が固めるように飛んでいた。

 あれがシグヌムか。

 実物を見るのは初めてだ。かっこいい。かっこいいのだが、鯨と比べると信じられないかなり小さい。データによるとおよそ十二メートル程だ。


 機械の鯨の口が、開いた。

 青白い、太い光の柱。それがシグヌムを一機、まとめて飲み込む。光が消えたあとのそこには何も残っていない。


「ビーム撃ったんだけど!?」

「宇宙鯨はもともと、光を意思疎通の手段として発展した生物です。テリオン化に際し、その器官が攻撃に転用されました」

「……意思疎通」


 光で喋る生き物。

 つまり知性をもち、彼らなりの社会を構築していたのだろう。


 見ていると機械の鯨は、ヒレや尾など様々な所が点滅し光っている。

 接続のせいだろうか。アキラの頭にはあの明滅が単なる点滅として入ってこない。長さがあり、間があり、強弱がある。

 まるでモールス信号のように。


「なあノア。あれ、喋ってないか」

「生命体だった時の名残があり、群体間で信号を発しています。ただし意味はすでに失われていますので、形式だけが残り、内容は伴っていません」


 形式だけが残っている。

 三千年後の宇宙、目の前で。何百頭もの鯨が意味のない言葉で叫び続けながら、人を殺している。

 それはすごく悲しいことだと思った。

 思考が冷たくなっていく。


「……で、どうすんの、これから」

「主な選択肢は二つ。帝国軍に加勢するか、静観するか」

「静観したらどうなる?」

「戦況はテリオン側が優勢です。援軍が到達しない場合、およそ五十時間後に、この星の八万人は全員テリオンにより保存されます」


 八万人。

 さっき聞いたばかりの数字が頭の中でひっくり返る。


「もし俺たちが一機で向かって、どうにかなるのか? すごい数だぞ」


 窓の中の鯨は数える気も起きない。ざっと見ても三百は下らない。


 ノアからの反応が少し遅れたような気がした。

 ほんの一瞬。

 ただ、今まで即座に返事が返ってきていた分、そのほんの一瞬に、すごく機嫌を損ねたような気配を感じてしまった。


「……どうやらアキラは、まだ私の性能を十分に理解できていないようですね」

「え?」

「わかりました」


 体が急激に窪みに沈んだ。

 沈んだのではない、加速だ。背中と後頭部が押しつけられて、視界の端から色が抜けていく。


「おわっ、待って、心の準備が!」

「〈テメノス〉展開。位相境界層、第一から第三まで固定」


 聞いたことのない言葉が耳の後ろから流れ込んでくる。


「なにそれ!?」

「私を包む空間の位相を、外界からずらします。触れたものは接触した時点で位相差に耐えられず崩壊します。防御と攻撃を兼ねます」

「つまり?」

「ぶつかった方が壊れる、最強のバリアです」

「わかりやすいね!」

「慣性コントロール、第三段階へ移行。搭乗者の生存許容範囲内に維持します」


 全身にかかっていた重さがすっと引いた。

 外の景色はまだ加速している。自分の体だけが取り残されたみたいに軽い。


「主機、出力制限を解除。全段開放」


 背中の彼女の腕に力がこもった。


「貫通軸、設定完了」


 窓の中で鯨の群れがこちらを向く。機械の鯨の口が一斉に開いて、光を溜め始めた。


「安心してください」


 その声だけがいつもと同じ抑揚だった。


「私の中にいる限り、アキラには傷ひとつ付きません」


 ――――吶喊します。


 ノアのその声が聞こえた次の瞬間。ぶつかるっ、と思った。

 目を閉じる暇もなかった。何百の光が同時に走って、視界が真っ白に灼ける。敵のビーム当たったと思った。

 なのに何も感じない。

 ビームの中を突き抜け、視界の白が晴れる。目の前には鯨の腹が。


 貫いた。


 貫いたというより通り過ぎた。此方に何の衝撃もなく、機械の装甲がめくれたのでも爆発したのでもない。俺たちが通った線に沿って、鯨の体が音もなくなくなっていく。機械の鯨を構成していた金属が砂みたいにこぼれるように散った。


 次。


 次。


 その次。


 美しい白い機体が群れの中を次々と縫っていく。俺の意思なんてほとんど関与していない。ノアが動かしているのか、俺が動かしているのか、その境目が曖昧なまま、ただ通り道の全部が崩れていった。



 ◇



「他の基地からの援軍はどうした!?」


 旗艦〈アウレルム〉の艦橋で、現在この前線基地の指揮官である赤髪の若い女性――ウァレリア・アウグスタ・アウレル――は声を張り上げた。


 艦全体が時折細かく震える。シールド越しの被弾のたびに、足の裏から直接それが伝わってくる。


「駄目です! 近隣の第四、第六、第十一、いずれも同時刻に交戦状態に入っています!」

「やってくれるな……っ」


 偶然ではない。あちらは宙域単位で仕掛けてきているということだ。

 ガラクタどもが。頭が悪いくせに、こういうところだけ徹底している。


 ウァレリアは制帽の庇を押し上げた。


 白の軍装に、金の縁取り。肩から胸へ回した飾緒は房が二重で、規定より一段格が高い。実用性は皆無だがそれでも外せない。

 アウレル家の当主代行が略装で艦橋に立てば、三日で社交界に伝わる。あの家はもう軍装すら新調できないのだ、と。


 肩には黒の外套。手には黒の手袋。手袋は防寒でも礼装でもなく、指の震えを隠すために二年前から手放せなくなった。

 先祖から受け継いがれる赤色の髪は二本に編んで、肩から前へ落としてある。神経接続の端子に絡むからで、洒落っ気ではない。


「第三小隊、応答ありません」


 右端のモニターが一枚落ちた。第三小隊に繋いでいた映像回線だ。もう送ってくる者がいない。

 黒くなった画面に自分の顔が映っていた。髪と同じ赤い目がこちらを見返してくる。


「第五小隊、残存二。後退を具申しています」


 どんどん苦しい報告が送られてくる。

 ウァレリアは戦況モニターに視線を戻した。


 青い点が消えていく。

 一つ消えるたびに、シグヌムが一機と、その中の人間が一人、この宇宙から失われている。青い点は今朝の時点で四十七あった。今は二十九だ。


 そして赤い点は、減ったようには見えない。


 艦隊の全火力を叩き込んでも、あの群れは目に見えて薄くならない。数が違いすぎる。


「……第四から第七シグヌム隊を、本艦の護衛につけろ」

「閣下、それでは右翼が」

「わかっている。それでもだ」


 ウァレリアは椅子の肘掛けを握り直した。掌が湿っている。


「シールド出力を上げて前へ出る。本艦を盾にして輸送艦を下げさせろ。一隻でも脱落させるな。輸送艦が割れたら、そこから押し切られるぞ」


 命令が復唱されて、艦が身じろぎするように前進を始める。


 この艦隊は帝国軍の所属だが、実際に金を出しているのはアウレル家だ。船も、シグヌムも、乗っている人間の給料も、全部うちの帳簿から出ている。

 ここで艦隊を失えば、家は終わる。

 父の代で傾いた家門を、二十三で背負って三年。守れているのか削っているのか、もう自分でもわからない。


 わたしが〈プリマ〉であるのにこの(ざま)か、と思う。


 最高適合(プリマ)の判定を持って生まれ、それでも乗り手としては凡庸だった。だから今シグヌムに乗らず艦橋にいる。血だけは一級品で、腕は三級品。とんだ喜劇だ。


 だから他人の腕を買うしかない。

 いつか、とんでもない駒を引き当てて、この家を建て直す。そんな都合のいい話があるわけがないと知りながら、諦められずにいる。


「――――敵軍後方に高出力反応!」


 モニター兵の声が裏返った。


「所属不明機です! 超高速で接近中!」


 戦況モニターの端に点が一つ増えた。

 青でも赤でもない。正体不明を表す緑だ。


「何者だ!」


 ウァレリアは立ち上がっていた。


「新型のテリオンかっ。……それとも味方か、識別信号は!?」

「確認できません! 応答なし、暗号鍵も一致しません!」

「艦種はっ?」

「不明です。反応が小さすぎて艦艇規模ではありません。単機……単機です、閣下」


 単機。

 この戦場に、単機で。


「所属不明機、依然として高速移動中――――敵群の中央へ突入します!」


 馬鹿な。

 突入したところで、あの数の中では一秒も保たない。


 だがモニターの中で緑の点は止まらなかった。

 止まらず、まっすぐに、赤い点の海を貫いていく。

 その通り道にあった赤が消えた。


 一つ。三つ。八つ。

 消えていく。

 艦橋が静まり返った。


「……映像を」


 誰かが息を呑む音がした。


「映像、出ます!」


 主モニターが切り替わる。


 白かった。


 燃えるような光の乱舞のなかで、そこだけが白い。

 白と金の人型が、装飾を撒き散らすようにして鯨の群れを縫っていた。腰から下に幾重にも垂れた装甲が、機動のたびに広がっては閉じる。


 右手には、機体の背丈ほどもある大剣。

 その一振りで機械鯨が輪切りになって崩れる。

 まるで宗教画の様に美しい、と思った。


 次に思ったのは、まったく別のことだった。

 あれは間違いなく〈エクエス〉。

 白と金。過剰な装飾。あの造りは量産機ではありえない。どこかの家門が抱えているワンオフの貴族機(エクエス)


 だが、そんな家は知らない。

 あんな機体を隠し持つ家門があるなら、社交界で噂にならないはずがない。まして単機で三百のテリオンに突っ込んで、生きている機体など、帝国のどこにも存在しえない。


 ウァレリアの指先が肘掛けの上でゆっくりと丸まった。

 艦橋の全員が救われたという顔で画面を見上げている。


 彼女だけが違うことを考えていた。


「――あの機体さえあれば……」


 喉がすごく渇いていた。


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