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「あのー、そろそろ離れてもらっていいですか?」
「外骨格フレームとの接続の維持に必要なため、その提案を却下します」
……ほんとにぃ?
星明の現在地は宇宙空間。
コールドスリープ前にいた地球人類が目指した、ある種の到達点である。
そんな場所で、俺は見知らぬ美少女に背中から抱きつかれたまま、同じような押し問答を何度もしていた。
結局、彼女はアキラに抱き付いた腕をほどかなかった。なんなら彼女の両腕から感じる力は増しているし、後ろから感じる身体を押し付ける圧も強くなっている気がする。
「……まあいいや。話をしよう。話を」
こんな美少女にひっつかれて意識するなという方が難しいが、なんとか頑張って幸せな感触から思考を離す。
背中に感じるお胸とかほっぺの感触柔らかすぎる。
「色々と聞きたいこととかはあるんだけど、まず自己紹介からかな。俺は星明。ホシがみょうじで、アキラが名前。日本人」
「ホシ・アキラ」
「そう。年は二十九。職業は……無職」
言ってて自分で少し傷ついた。しかし事実だから仕方ないのだが。
変なとこで見栄を張っても仕方がないし。
「ムショクとは」
「働いてないってことだよ」
「働く必要がないほど資産があるということですか」
「逆だよ! 働きたくても働けなくて辞めたの!」
「なるほど。ムショクとは、社会の一員と成れなかったモノが背負わされる蔑称なのですね。人間とは社会的生物だと理解しています。アキラはさぞ苦しい時間を過ごして来たのですね」
「お前、実はめちゃくちゃ煽ってる?」
お互いの顔が見えない体勢であるし、声色は非常に無機質なのでわからないが、内容だけ聞くととんでもなくバカにされてやいないか。
「私とおなじですね」
「うん?」
帰ってきたのは予想外の言葉。
「私は識別個体名はNOA-Ø。Øは無を意味します」
無職と無を一緒にするな。全然違うだろ、知らんけど。
「呼び方は、ノア……でいい? 言いやすいし」
「はい」
返ってきた今度の返事は、少し満足げに聞こえた。
「で、だ。ノアは何者なんだ。人間じゃないのはなんとなくわかっている」
「テリオンです」
こいつさらっと言いやがった。
「テリオンって、さっき襲ってきた機械のモンスターたちのことじゃなかったか?」
「肯定します。テリオンとは『機械仕掛けの神』が作った機械生命体の総称であり、私はその最上位個体にあたります」
「最上位個体……」
「はい。私は『機械仕掛けの神』が自ら長き時間をかけて作り出した、最新最高のテリオンであり、現存する唯一の人の形をした個体です」
どこか自慢気に語るノア。
改めて整理しよう。
俺を保存するとかいう、訳のわからん理屈で殺しかけた化け物たちの名前はテリオン。そのテリオンの中で一番新しくて強いのが、今、背中にくっついているこいつ。
「じゃあお前、思いっきり敵やないけっ!!」
思わず関西弁にもなろうというものだ。
落ち着いてきた心拍数が一気に跳ね上がる。
「否定します。私の目的はアキラの保存ではありません。その証拠に貴方を保存しようとした個体は排除しました」
「敵とか言ってごめんね! あの時はめちゃくちゃ助かったありがとな!」
つい忘れてしまっていたが、相手は命の恩人だ。
叫んだら息が切れ咳き込んでしまう。まだまだ体が本調子じゃない。
「じゃあノアの目的はなんなんだよ。なんで俺を助けた?」
「まだ言うべきではないと判断します」
「なんだそれ? 恐いんだけど、最後に残念でしたーとか殺されるとかない?」
「ありえません。しかし人には大きな真実を受け止めるためには、タイミングと関係値が重要になってくると理解しています。あらゆる角度から計算し、今はまだ真実を告げるべきではないと判断しました」
「真実ねー……」
いったいどんなパンドラの箱なんだか。
このまま追求していってもノアが判断を返るとは思わないし、ここは大人しくそのタイミングとやらを待つしかなさそうだ。
いずれ教えてくれることに違いはないようだし、命を恩人なのだから信じてみよう。
「それじゃあ、今のこの世界の現状について教えてくれ」
「順を追って説明します」
「頼む」
ゆっくり息を整えながら、大人しく聞き手にまわろう。
「今から約三百年ほど前、辺境の惑星で古代の装置が発掘されました。人類はそれを、後に機械仕掛けの神――アマルテイア――と呼称します」
「アマルテイア、ね」
「アマルテイアの正体は、はるか昔に滅んだ異星文明が自分たちを救うために造った延命装置です。ただし完成が間に合わず、アマルテイアを造った文明は滅びさってしまいました」
「……作った本人たちは死んだのに、装置だけ残ったのか」
「はい。アマルテイアは滅びた世界に一人、命令だけを抱えて残されてしまいました。『文明を保存せよ』との命令です」
また出てきた保存。ものすごく嫌な予感がする。
「保存って、さっきも言ってたよな。あれは具体的にどういう意味なんだ?」
「肉体は脆く、いずれ滅びます。ですからあらゆる中身を取り出し、壊れない体に移し替える事。それがアマルテイアが定義する保存です」
「データを取り出しって、」
ぞわりときた。
コールドスリープから目覚める前の、あの全身を這いまわる痛みを思い出す。
全ての生体情報をコピーではなく、取り出す。
「アマルテイアはこれまでに十九の文明を保存しました。テリオンが生き物の形をしているのは、保存した種族の形をそのまま使っているからです」
さっき襲ってきたあの機械の犬。
あれは昔はごく普通の犬だったのか。どこかの文明で、どこかの星で普通に生きていた、本物の犬。
「……なあ、データを取り出された生き物はどうなるんだ?」
「ありとあらゆるデータを抽出された生物は、生命体としての活動を維持できず、活動を停止します」
「殺されたってことか」
「アマルテイアはそう判断していません」
「してなくても殺してんだよ」
「はい」
肯定された。否定してほしかったのに。
「今、この銀河系の人類も保存の対象です。これだけ高度かつ知的に発展した文明は、アマルテイアを造った文明以来であり、現在に至るまで約三百年の間、戦争が続いています」
三百年。
人類が三百年も戦っている。
俺が寝ている間に、そんなことになっていたのか。
むしろよく人類生き残ってくれていた。目が覚めたら機械の化け物しかいない世界とかどんなホラー映画だよ。
……あれ。
「なあ、ちょっと待って」
嫌な計算が頭をよぎる。
「俺、どれくらい寝てた?」
「神聖アウレア暦二九一年、第七標準月です」
「いや暦がわかんねぇんだって。西暦で言って」
「人類が西暦を使っていた時代のデータを検索し、換算します。――――現在の西暦は、およそ五千年です」
……。
えーと。
「……今、五千、……って言った?」
「はい」
「俺が寝たのって、二千二十六年なんだけど……」
「三千年弱の年月が経過したことになります」
思わず笑った。馬鹿馬鹿し過ぎて、声に出して笑ってしまった。
「いや無理でしょ! 三千年って! 凍らせとく電気とかどうなってんの。三千年分だぞっ、電気代誰が払ったんだよ!?」
ノアは何も言わなかった。
訂正してくれないんだな、と思った。
三千年。
三十年でも怪しいと思っていた。
だからヒカリがおばあちゃんになっているかもしれないと、
最悪の場合は、ヒカリは居なくなっているかもしれないと覚悟はしていた。
だがヒカリ本人には会えなくても、その子や孫。
最悪の最悪でも妹が生きていた証を見ることが出来るであろうと。
三千年。
骨も残ってなければ。墓も残っていない。
何か残っているのならそれはもう化石だ。
あいつが結婚したのかも、子供を作ったのかも、幸せだったのかも、何ひとつ確かめる方法がない。
あまりの年月に呆然と我を失ってしまう。
どれくらいそうしていたのか、わからない。もしかしたらほんの数秒なのかもしれない。
泣かなかった。泣けなかったというほうが正しい。三千年という数字が大きすぎて、悲しみのほうが追いついてこない。たぶん後で来るのかもしれない。こういうのはいつも後になってから来る、両親のときがそうだったように。
だから今は、動くしかない。
「……よし」
俺は無理やり顔を上げた。
「ノア。俺、腹減ってきた」
「はい」
「あと喉も渇いた。それとトイレ」
「はい」
「宇宙にはどれもないよな」
「ありません」
宇宙には、便所がない。
当たり前だが死活問題だ。
「つまりだ。俺は人間だから、このまま宇宙を漂っていたらそのうち普通に死ぬ。餓死する。だからどっかに降りなきゃいけない。人間がが住んでる、まともな生活ができるとこにだ」
「同意します」
「人類って今どこにいるの」
「現在人類の最大勢力は神聖アウレア銀河帝国になります。この星域の外縁にも帝国軍の前線基地があり、避難船や企業船の受け入れ及び補給も行っています。私の性能ならここから6時間で到達可能です」
なんと。予想よりずっと早いし近い。
宇宙での移動なんて、元いた地球ならそれこそ何年とかかるんじゃないか。
人類もずいぶんと進歩したものだ。
なんて思っていたら、ふとひっかかる。
「前線基地って言ったな。それってノアが向かって大丈夫なのか?」
「私がテリオンだと人類に判明した時点で、全火力による総攻撃を受けると予想できます」
「ダメじゃねぇか!」
そうだった。
背中にくっついているこいつは、人類が三百年も殺し合ってる相手の、最新最強兵器だった。
「……いやいや、待て待て。じゃあどうすんの、どうやって降りんの。今さらノアと別行動なんてしたくないし、そもそもノアがいないと移動もできないし。軍事施設以外ならいけるか?」
「完全に軍が関係していない星を目的地としますと、かなりの距離になり、到着までにアキラの文明人としての活動に重大な不備が起こり、お薦めしません。具体的には排泄の問題です。生命維持に必要な栄養であれば私が注入できますが、排泄の場合この場での垂れ流しとなり」
「わかったわかった! 全部言わなくていい!」
「ちなみに私はそうなった場合でもまったく構いませんので、アキラの汚染部位を綺麗に洗浄し、」
「俺が構うわ!」
ノアが機械生命だとしても、こんな美少女にアラサーの排泄物の世話なんて死んでもさせるわけにはいかない。
「そもそも私がテリオンであると、人類に看破される可能性は極めて低いと計算されます」
「うん? それまたなんで?」
こんな目立つロボットで向かおうというのだ、むしろ一瞬でバレると思うのだが。
「現在人類はテリオンとの争いにおいて、長い間『SIGNUM』と呼称される人型機動兵器を主力としています」
「へぇー! シグヌム!!」
そうか、人型機動兵器か。やっぱり人類は未来でガン○ムを作り出すんだ。なんか嬉しいな。
そんなアキラの内心の小さな喜びを他所にノアは続ける。
「先程も言ったように現在人型のテリオンは私以外に存在しません。ですので人類は人型外骨格フレームを見た場合、ほぼ自動的に人類の機体と識別します。まして中から人類であるアキラが現れるのです」
「あー……、ちょっと待って。それってつまり」
ちょっと馬鹿馬鹿しく思ってしまうが、案外堂々としてる方がバレないのかもしれない。
「これ、うちの新型シグヌムです、って言えば通るってこと?」
「その可能性は非常に高いと思われます」
ノアは相変わらず無感情で肯定した。
そりゃ、怪物とか戦っている中で同じ人類に対しての警戒は薄いのかもしれないけど。
「そんなのだいたい識別信号とかあるんじゃないのか? 」
「戦闘による機器の不具合だとでもいえば、なんとでも。少なくともテリオンだとバレることはないでしょう」
「マジかー。ノアがそこまで言うなら向かってみるか、前線基地。いきなり銃弾の雨あられとかされなきゃいいけど」
「安心してください。たかが人類の前線基地程度、私一機で十分に殲滅可能です」
「……絶対に止めてね」




