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「へぁ?」
我ながら情けない声だった。
何年ぶりかも知らないけど、とにかく久しぶりの第一声なのだから仕方ないのかもしれないが、もっとこう、あっただろ。美少女の前なんだから。
彼女が上体を起こした。
そこで初めて、首から下が視界に入る。
白と金だった。
ぴったりと体の線がそのまま出る服装で、胸元は深く切れ込み、その縁を金の細い線が走っている。
脇腹、鼠径部は隠れているが、おへそや脚は付け根の高さまで何も隠していない、お腹が大きく空いたハイレッグカット水着のようなデザイン。
腕の付け根から指先までの白い長い手袋に、膝上まで覆う白いブーツを履いている。
「返答がないので繰り返します。貴方には私に乗って、この星域から脱出してもらいます」
変わらず淡々と無表情で話す美少女。
「……の、乗る?」
掠れる喉でがんばって声を作る。
「はい」
「なにに?」
「私に、です」
真顔でそう告げてくる。
表情はぴくりとも動かない。動かないまま、とんでもないことを言っている。
えっちな意味で捉えていいですか!? とはとても言い出せる雰囲気でない。
「それ、日本語合ってる?」
「不適切な表現でしたか?」
「不適切っていうか」
「表現を変更し、言い直します。私が装着する外部装甲に、貴方に搭乗していただく必要があります」
「え、あ、うん。……うん?」
言い換えてもらってもわからない。
ガイブソウコウとはなんぞや。
何もかもわからないが、とりあえず現状の把握に努める。
「ここ、どこ?」
「第七保管区です」
「病院は?」
「現在地は病院ではありません」
「いやいやいや、じゃあ俺が入ってたやつどうなったんだよ。あの人体冷凍庫」
視線を落とすと、自分が寝ていた装置が見えた。
明らかに元のやつじゃない。分厚い金属の箱を、外側から力ずくでこじ開けた跡がある。縁がめくれて内側にひしゃげていた。缶詰を素手で開けたらこうなる、という壊れ方だ。
誰がやったんだ、これ。
というか、待ってくれ。
「え、俺の病気どうなったんだ??」
そのために入ったのだ。治療法ができたら起こしてもらう約束で。
だから起きたということは、そういうことのはずなのだが、見るからに正規の方法で起こされたと思えない。
「貴方の病状については確認していません」
「……はい?」
「私の目的は貴方の身柄です。病態は範囲外です」
目的は身柄で健康は範囲外。
なんだそれ。何の話をしている。というか病気が治らないのだとしたらどうしてくれる。
「しかし先程行った簡易の生体スキャンの結果、健康体との判断が出ております。落ち着き次第、精密検査を行うことを推奨します」
安心していいのか、悪いのか。
遠くで金属の擦れる音がした。
倉庫の奥に目をやる。
何かが転がっていた。最初は機械の残骸に見えたが、四本の脚が付いていることに気づく。
犬だ。犬の形をした、人間より大きい金属の何か。胴が真っ二つに割れて、断面から細い管が何十本も垂れて、オイルが流れている。
その断面は、まるで生き物のようにまだ動いていた。
「なに、あれ?」
「テリオンです」
「はぁ、てりおん……」
「貴方を保存しようとしていました。処理は失敗しています」
「ほぞんー」
「六回試行して、六回とも弾かれました。原因は不明です。装置は判断を放棄して、同じ工程を繰り返していました」
ニュース原稿を読むどのアナウンサーより機械的な報告だった。
ふと自分の左腕を見る。手首の内側に、見覚えのない点が六つ。二列に整列して綺麗に並んでいた。
背中をおぞけが滑り落ちていく。
意識がはっきりとする前に感じた、全身を這うような痛み。あれに何かされていたのかもしれない。
「じゃあ、あれ壊したのは?」
「排除しました」
「……あんた、いったい何なんだ」
天井が大きな音を立てた。
一箇所じゃない。四方から同時に。梁が軋んで埃が真上から降り、辛うじて着いていた赤い明かりが全部いっせいに点滅へ変わる。
遠くから聞こえる音が増えていく。まるで鋭い突起物で鉄を掻くような不快な音が。何十、何百と。
なにかわからないが、とてつもなく不吉な予感がしてくる。
彼女はずっとアキラの顔を正面から見つめている。表情はさっきから一ミリも動いていない。
「群れが来ます。一分四十秒後に、この区画は制圧されます。立ってください」
「待ってくれ! 立てって、俺、体が……っ」
言い終わる前に体が浮いた。
抱えられている。しかも軽々と。身長百七十五、痩せたとはいえ六十キロ弱は残っているはずだ。それを片腕で、コンビニの袋でも提げるみたいに。
「ちょっ! 待ってくれって!」
「黙って、舌を噛まないように」
◇
倉庫の外は、空が割れていた。
比喩じゃない。地平線の全部が橙色に燃えて、その上を黒い筋が何百本も走っている。
まるで世界の終わりのような不思議な光景。
黒い筋は降っているのか昇っているのか判断がつかない。
そして抱えられるアキラの目の前に、それが降り立った。
白い。
燃える空の下で、そこだけが白かった。ビルの三階分はある人型の装甲が、片膝をついてこっちを見下ろしている。
人型ロボット。
それもアニメや漫画で見たような。
カラーリングは白と金だ。全身に細かい装飾が隙間なく彫り込まれていて、兵器というより儀式に使う何かに見えた。腰から下は流動性のある装甲が幾重にも垂れて、裾が地面に広がっており、まるでお姫様が着るドレスのようだ。
背中には刃が四枚。翼みたいに付かず離れず浮遊していて、一枚一枚が機体の全長と同じぐらいに長い。
頭部の後ろからは白い糸のようなものが何十本も流れている。ここにいる彼女の髪と同じ色をしている。
そして目が青く光っていた。
片手には剣を提げている。剣と呼んでいいのかわからない大きさだ。刃だけでこれまた機体の背丈がある。
綺麗だな、と場違いだが心から思った。
ロボットの胸のあたりが音もなく開く。
「乗ってください」
彼女はアキラを大切に、そっと降ろす。
ものすごく久し振りに地面に立った気がする。
「なぁ」
「はい」
「俺は、なんでこれに乗るんだ?」
「貴方でなければ動きません」
答えているようで、答えになっていない返答。
「意味がわかんねぇ……」
「はい」
説明する気がゼロなのが、その一言だけで伝わってきた。
背後で倉庫の壁が破れる。
振り返ったのを思わず後悔してしまう。先程両断されていたような機械的モンスターが、扉の高さいっぱいに詰まって、溢れ出してくる。数えるのを諦める量だ。
その姿や大きさは様々で、アキラの身長の倍はあろうかという大きな巨大な昆虫型や、見たこともない恐竜のようなモノ、多脚のついた蛇のような姿も。
突出していた先頭の犬型が一体跳んだ。
彼女が振り向きもせず、片腕を振る。
その一体が空中で潰れた。
床に落ちてぐしゃと鳴って、それから、鳴いた。
犬の声だった。
金属が擦れる音じゃない。生き物の、それも痛がっている生き物の、細くて高い声。短く二回。それきり止まった。
気持ちの悪さと恐怖が同時に、次々と訪問してくる。
「乗ってください、早く」
彼女は相変わらずの無表情。
「あーっ、もう! わかったよ!! 乗りゃあいいんだろ! 後で絶対に説明してもらうからな!」
◇
中は想像していたより遥かに狭かった。
座席と呼べるものはない。体を包む形の窪みがあるだけだ。膝を軽く曲げて、滑り込むように収まる。壁が近い。肩の両側がもう壁だった。
「失礼します」
背中に重みがかかった。
彼女はどこから来たのかアキラの真後ろに入ってきていた。
背中に柔らかな胸が辺り、両腕を脇の下から前に回して、手のひらを胸の真ん中で重ねた。
隙間なく、ぴったりと抱き付かれる。
意外と着痩せするだな、なんて。こんな状況でもしっかり堪能して考えてしまった自分が恥ずかしい。
「ちょ、ちょっと待って、めちゃくちゃ近くないかっ」
「これが正規の姿勢です」
「正規ってなにさ!?」
「密着していないと接続できません」
耳のすぐ後ろで喋られて、息が首筋にかかる。
彼女から感じる体温は想像以上に冷たかった。
知らない場所で化け物に囲まれて、ドタイプの女の子に後ろから抱きしめられている。
どの感情を優先すればいいのか自分でもわからない。
「痛みます」
「え?」
「三秒間、我慢してください」
胸の上に重ねられた彼女の指先が、すっ、と沈んでいく。
――――全部が、一度に来た。
外の空気の温度。地面の硬さ。頭上を通り過ぎる風の速さ。倉庫の壁の厚み。群れの数は四百二十六。距離。速度。次に跳ぶ個体。認知できる全て。
自分の体の輪郭が外側へ広がっていく。指の先が三階分の高さまで届いている。そんなはずがないのに、確かに届いていた。
右手が重い。
重いのに、軽い。持ち方を知っている。俺は剣なんて握ったこともないのに、握り方を知っている。
「――――はっ」
声が漏れる、息が続かない。頭の後ろが焼けるように熱い。
だが痛みは彼女の言うように三秒で消えた。
真っ白な機体は立ち上がっていた。俺が立ち上がろうとしたからだ。
群れが一斉に跳びかかってくる。
考える前に腕が動き、白い刃がきらめき横に薙いだ。
手応えがない。豆腐でも切ったみたいだった。三十体か四十体か、跳んでいたやつが全部、空中で上下に分かれて落ちていく。地面に当たって順番に鳴いた。
それから剣を数振り。
まるで一流の剣士になったかのように、流麗に剣先が踊り、襲ってくる怪物を切り裂いていく。
気がつけば足下には多くの骸が散らばっていた。
やってしまった、と同時に、背中の奥がぞくりとした達成感がはしる。
「翔んでください」
「翔ぶって、どうやって?」
「この私の身体は既に貴方と一つになっています。全て貴方の思い通り、好き勝手扱えるはずです」
「また微妙にセンシティブな言い回しをしやがって……。だいたい翔ぶなんてどうすりゃいいの――――っっっ」
と、突っ込む言葉を溢しているうちに、視界の下で地面が凄まじい勢いで遠ざかっていく。
背中が窪みに押しつけられて、内臓が全部足元に集まっていくような錯覚。視界が目まぐるしく高速で変化し、感じたことのない飛翔感に、翔べているのか上に落ちているのかわからなくなってくる。
「慣性コントロール起動」
後ろから声が聞こえると、徐々に圧迫感が薄らいでいく。
倉庫の屋根が視界の下に消えていった。燃えている地平線が水平から斜めになって、それから丸くなった。
――――丸くなった。
橙色に燃えていたのは大気だった。その燃え上がる大気が薄い膜になって、足元で球体の縁を描いている。
膜の内側で、機械の怪物たちの群れが立ち止まっていた。あそこから先には出てこられないらしい。
気付けば周囲から音が消えている。
風の音も、爆発音も、金属の軋みも、全部。残っているのは自分の心臓の音と、背中に押しつけられた彼女の重みだけだった。
落ち着いてくると、自在にこの純白の身体を操れるようになってくる。
一番目に入るのは真っ暗闇だ。
そしてそれに負けないまばゆい程の煌めき。
アキラが今いるのは、宇宙だった。
プラネタリウムなんて比じゃない。黒い部分より光っている部分の方が多いんじゃないかというくらい、隙間なく埋まっている。
上下も左右も前後も、どこを向いても星々の輝きに包まれている。
まるでこの銀河の中心に自分が立っているように感じる。
アキラはこの時ばかりは今の自分の置かれている現状を全て忘れ、自然とただ一言。
「……綺麗だな」
そう溢していた。
しばしこの神秘的な光景に浸っていたアキラ。
そのすぐ後ろから、依然として無感情な声なのだがどこか憮然とした声が聞こえてきた。
「……私のヒト型や、外骨格フレームを初めて見たときと比べ。どちらが綺麗だと思いましたか?」
「ええっ!? 外骨格フレームってこのロボットのことか。そりゃ人やロボットを見るときと、景色を見るときでは感動のベクトルが違うというか」
「どちらなのですか?」
逃がさないとばかりに追撃された。
「……まぁ。はじめて君を見たとき、なんて綺麗な人なんだろうと思ったよ。あんな事生まれてはじめてだった」
いくら恋愛経験の少ないアキラとて、ここでさすがに宇宙を褒めることが間違いだとはわかる。
嘘ではなく本当の事だし。
「なるほど、わかりました」
何も変わらず無機質な声色の返答ではあったが、それはどこか満足げに聞こえ、アキラは思わず笑ってしまった。




