エピローグ
戦闘開始から、二十四時間と十三分。
開戦時のこちらの戦力は、戦艦五十二隻、貴族機こそないもののシグヌム百五十機。
正面モニターの光点を見る。
辺境の前線基地ラティオの味方を示す青い戦況表示は、今や開戦時のおよそ六割になっていた。
「第六戦列、後退。穴を第三戦列で埋めろ。機兵隊は艦列より前へ出るな。砲撃型を追いすぎると戻れなくなるぞ」
基地司令席から飛ばした命令へ、いくつもの復唱が重なる。
ティベリウス・ヴァロは唇の内側を噛んだ。
帝国辺境を治めるセプティミウス子爵家に仕える下級貴族、ヴァロ家の三男。
家督を継ぐ兄とは違い、十五歳でセプティミウス家臣団へ入り、士官課程を経て二十七で戦隊指揮官。八か月前、このカストルム・ラティオの防衛司令を任された。
適合級は〈中級適合率〉。
SIGNUMにも乗れる。だが、英雄ではない。
華々しい突撃より、撤退経路を三本用意する。 敵を百体倒すより、味方を十機帰す。
そういう指揮官になることを目指した。
だからこそ、このままでは負けると分かっていた。
「大型反応、距離前方一万八千! 宇宙鯨型、発光器官に出力集中!」
「シールド全開! シグヌム隊は散開しろ!」
叫んだ直後、主画面が白く染まった。
宇宙鯨型テリオンの腹側に並ぶ発光器官が一斉に収束し、何もない真空へ白い線を引く。
一本ではない。六本。
そのうち五本を艦隊は避けた。
最後の一本だけが、逃げ遅れたSIGNUMを捉えた。
『回避、間に合わ……!』
通信が途切れ、モニターに写る人型機動兵器の左半身が白熱し、装甲が液体のように弾ける。
腕が、肩が消えている。
胸部装甲まで一気に焼き抜かれ、十二メートルの機体が独楽のように回転する。
「第五機兵戦隊、七番機大破!」
「搭乗者は!?」
「生体反応あり! 脱出装置を作動してます!」
「救難標識を固定。回収は今するな、位置だけ保持しろ!」
助けたい。
だが、救助へ一機出せば、その一機の分戦線が崩れて危険が増す。
そうやって数字を切り捨てる判断を、この二十四時間で幾度下したか。
「第十二戦列艦〈ルペルクス〉、艦尾へテリオン付着!」
別の画面が拡大される。
細長い百足型が、戦艦の腹へ張りついていた。
無数の脚が装甲へ食い込み、長い胴体が艦体へ巻きつく。
艦の対空砲が火を噴く。
だが、自分の船体へ密着した敵を撃てる角度には限界がある。
百足型の周囲へ、さらに小さな影が群がった。
ダニ型。
一体一体なら、戦艦の装甲をどうこうできる相手ではない。
しかし数十、百に近い。
外部センサー。姿勢制御ノズル。通信アンテナ。放熱板。
艦艇という巨大な生き物の、柔らかい場所だけを選んで食いついていく。
『外部姿勢制御、三番から七番喪失!』
『右舷通信系統ダウン!』
『機関区画、外装突破されます!』
「近くの機兵隊を回せ!」
「無理です! 狼型二十七、蜂型四十以上に拘束されています!」
ティベリウスの奥歯が鳴った。
敵は軍隊ではない。
少なくとも、人間の軍隊とは違う。
亀が守り、鯨が撃つ。
狼が追いまわし、蟷螂が待ち伏せ、蜘蛛が止め、蜂が急所を刺す。
百足やダニが艦へ取りつく。
誰かが命令しているようには見えないのに、生態そのものが噛み合い、一つの巨大な捕食者みたいにこちらを食い崩してくる。
「〈ルペルクス〉、推力低下! 艦首が流れます!」
「なんとしても鯨の射線から外せ!」
「間に合いません!」
遠方で、光が膨らんだ。
宇宙鯨型の砲撃、姿勢制御を奪われた〈ルペルクス〉は避けられない。
白線が艦の中央を貫いた。
装甲が赤熱する。
一拍遅れて内部の空気と破片が噴き出し、五百メートル近い艦体が中央からゆっくり折れた。
爆発音など聞こえない。
ただ艦を示していた青い光点が、戦況図から消失した。
「……第十二戦列艦〈ルペルクス〉、喪失」
報告する声が掠れていた。
開戦時、戦闘艦五十隻。現在、三十隻。
SIGNUM百五十機。戦闘可能、九十六機。
死者、行方不明、重傷者は数えるたびに増える。
それでも敵はまだ、二千を大きく超えている。
大型だけでも数百。
正面には城亀型が壁を作り、その後ろから宇宙鯨が撃つ。
横から中型群が回り込み、小型が艦列へ食いつく。
敵の前進速度は速くないが、だから余計に絶望的だった。
こちらだけが少しずつ削られ、少しずつ下がり、少しずつ選択肢を失っていく。
「帝国軍への救援要請、返答は?」
「第七方面軍より。『各宙域で同時多発侵攻。増援部隊を編成中。到着時刻未定』とのことです」
「子爵閣下はどうだ?」
「セプティミウス本領も襲撃を受けています。直属艦隊を割けないとのことです」
「……そうか」
責める気にはなれなかった。
同じ規模の敵が、近隣基地へ同時に押し寄せている。
ウェスペル、ラティオ、さらに三つ。どこも助けを求めている。
ティベリウスは戦況図の後方へ視線を移した。
基地のさらに後ろには、補給港と居住区、そこから続く民間航路。
基地を捨てれば、軍人だけなら逃げられる可能性はある。
だが、テリオンの進路へ民間船を晒すことになる。
「副官」
「はい」
「撤退案を更新しろ」
一瞬だけ、隣に立つ副官の表情が固まった。
「……放棄を視野に?」
「まだ決めていない。だが、決める時になってから考え始めたんじゃ遅い」
「了解しました」
「民間船を先に逃がす。軍艦は最後だ。基地設備は放棄決定と同時に機密区画を焼却。航路管制だけは最後まで残せよ」
カストルム・ラティオを捨てる。
八か月しかいなかった場所だ。それでも、自分の基地だった。
食堂の味の薄いスープも、夜勤明けの整備兵が寝落ちする廊下も、発着デッキから見える、青白い主星も。
全部、敵へ渡す。
胃の奥が重くなった。
「司令!」
索敵担当の声が跳ねた。
「敵軍後方、高出力反応!」
「新手か!?」
「不明! 既存テリオンの反応パターンと一致しません!」
戦況図の端。
敵群のさらに後ろ。
一つの白い反応が生まれていた。
「速度上昇! 速い……なんだ、これは!?」
「数値を出せ!」
「現在も加速中です! 推進方式不明! 熱源反応なし!」
「敵味方識別は!?」
「該当なし!」
「帝国軍の救援じゃないのか?」
「帝国規格信号を出していません!」
正体不明、しかも敵群の背後から。
最悪の想像が頭に浮かぶ――新型テリオン。
その時、通信卓が勝手に回線を開いた。
『こちらはアウレル伯爵家家臣団。これより援護に入ります』
若い女の声だった。
抑揚も、緊張も焦りもない。
まるで日常業務の連絡でもするように、淡々としている。
聞き間違いかと思った。
「アウレルだと!?」
帝国黎明期から続く名門。
継承名〈アウグスタ〉を許された十一家の一つ。
かつては皇統に連なる大貴族、公爵家。
三年前に当主が拘禁され、領地を奪われ、二階級降爵。
後継を担うはずだった兄姉も第七暗域で戦死した。
今は娘が当主代行として、辺境ウェスペルへ押し込められている。
社交界ではもう終わった家とすら囁かれていた。
「司令、未知機接敵します!」
主画面が切り替わり、最初は光に見えた。
敵群の後方。
一条の白い軌跡が、黒い宇宙を斜めに横切る。
「拡大!」
映像が追いつかない。
機体らしきものが映ったと思った直後には、もう別の場所にいて、断片しか映らない。
白と金。人型。背中に四枚の長大な翼。
腰から広がる装甲は、兵器というより女神像の衣に見えた。
「SIGNUM……なのか?」
艦橋の誰かが呟いた。
センサーが示した全長は十二メートル程度。
帝国の機兵と変わらない。
城亀型の真正面へ突っ込んだ。
「馬鹿な! 避けろ!」
思わずティベリウスが叫ぶ。
城亀の正面装甲は、艦砲ですら削り切れない。
十二メートルの機体が体当たりしてどうする。
しかし、結果は想像と逆だった。
白い機体が触れた場所から、城亀が崩れていく。
「……は?」
爆発ではない。
巨大な甲殻へ一本の線が走る。
次いで、その線を境に数百メートル級の巨体がずれた。
白い機体は止まらない。
一体目の城亀を貫通。
その後ろにいた宇宙鯨を貫通。
三体目。四体目。五体目。
敵軍の中へ、白い直線が引かれていく。
「大型反応、消失!」
「一体、二体……十一!」
「待て、計測が追いつかない!」
白い機体が敵陣を抜けた。
そこから大きく弧を描くように旋回する。
また突入。
まるで流星が宇宙を泳いでいるようだった。
最も大型が密集した場所だけを正確に通り抜け、そのたび数十の巨大反応が消えていく。
「第二区画、大型群崩壊!」
「宇宙鯨型、砲撃陣形維持できません!」
「城亀型が……逃げてる? いや、散開している!」
ティベリウスは椅子から立ち上がっていた。
敵が学習している。あの白い機体の直線上へ入らないよう、大型個体が散り始めている。
だが遅い。
白い機体の方が速すぎるのだ。
進路を変えた大型へ、新しい直線が伸びる。
逃げた先を読んだように、また貫く。
「何だ……あれは……」
誰も答えられなかった。
こちらが多くの戦艦とシグヌムを失い、それでも崩せなかった大型群。
それが、たった一機に。
十分も経たず、戦場から消えていく。
大型の数が減れば、戦況そのものが変わった。
城亀の壁が消える。宇宙鯨の砲撃が消える。
艦隊は自由に射線を取れる。
SIGNUMは小型中型だけに集中できる。
「敵大型反応……残り三十二!」
「味方戦列の損耗速度、大幅に低下!」
「第六戦列、押し返しています!」
艦橋に、二十四時間ぶりの熱を帯びた声が戻ってきた。
希望という熱だ。
開いたままの通信回線から、男の声が聞こえた。
『しっかし、こうして他所の戦力を見ると、うちって本当に貧乏だったんだな。逆にあんな戦力でよく基地守ってたよ』
ひどく場違いな声だった。
若く、緊張感がない。
戦場のど真ん中で話しているとは思えない。
続いて、先程の女の声。
『アウレル家の乗組員、戦闘員の練度は帝国軍の精鋭部隊に劣りません。戦力評価を保有艦数のみに限定するのは不適切です』
『いや、そういう意味じゃなくてさ。五隻と五十隻って十倍だぞ?』
『そしてアキラ』
『ん?』
『通信はすでに接続されています』
『え!? 早く言えよ!』
艦橋が静まり返った。
ティベリウスも呆気にとられて言葉が出てこない。
思わず隣の副官と目を合わせる。
『こほん』
わざとらしい咳払い。
『ウァレリア・アウグスタ・アウレルが騎士、ホシ・アキラです』
「……こちらカストルム・ラティオ、防衛司令ティベリウス・ヴァロだ」
ホシ、聞いたことのない家名だった。
継承名がないことを考えると、自分と同じ下級貴族なのだろうか? 少なくとも当主格ではない。
考えている間にも、画面の白い機体が動く。
大剣を振るわれ、狼型が二体まとめて両断される。
背中の翼が一枚飛び、蜂型の群れを横から薙ぎ払い、そのまま蜘蛛型の脚を切断した。
男は戦いながら喋っている。
『だいたい大型は潰したんですけど、残りはそっちの戦力でなんとかなりますか?』
「……なに?」
『あ、いや、無理ならもう少し残りますけど』
ティベリウスは戦況図を見た。
大型、残り二十七。
そのうち戦闘可能と推定されるものは十八。
中型、小型はまだまだ多いが。こちらにはまだ三十隻の戦闘艦と百機のSIGNUMも残っている。
敵の防壁と長距離砲撃戦力さえ消えれば、話はまるで違う。
砲戦距離を維持でき陣形を作れる。補給もできる。
何より、一方的に押し込まれる状況ではない。
「……ああ」
喉から出た自分の声は少し震えていた。
「ああ。十分だ。大型さえいなければ、残存戦力で対応可能だ」
『よかった。じゃあ俺、次の場所へ応援行ってくるんで。ご武運を』
「次?」
ティベリウスは聞き返した。
「待て。次とはなんだ」
『他の基地も襲われてるんですよね?』
「それは、そうだが」
『じゃあ、行けるところから行こうかなって』
何を言っているんだ、この男は。
二十四時間の戦闘で総戦力四割を失い、撤退を考え始めた基地へ突然現れ、敵の要である大型だけを叩き潰し。
それが終わったから、次へ行くというのか。
『アキラ。右側方から中型三』
『了解』
白い機体が翻り、大剣を一閃。一体目。
翼が舞う。二体目。
最後の一体、白い機械の脚を振り抜いた。
中型テリオンが砲弾みたいに飛んでいく。
会話しながら、片手間みたいに。
ティベリウスは思わず声を上げていた。
「待て、待ってくれ!」
『はい?』
「君たちは……いやっ、その機体はいったい何なんだ!?」
『えっ!?』
沈黙。
ほんの二秒。
先ほどまで、二千を超える敵の群れへ平然と突っ込んでいた男が、初めて困ったような間を作った。
『いや、そのー……機密なんで詳しくは話せないといいますか……』
明らかに動揺した声。
白と金の人型が進行方向を変え、次の宙域へ向けて加速を始めた。
最後に男が言った。
『まぁ、なんていいますか、これ――うちの新型です』
通信が切れた。
艦橋には、誰一人として言葉を発する者がいなかった。
ティベリウスは主画面を見る。
白い機体は、すでに小さな光点になっていた。
それでも加速を続けている。
「……司令」
副官だった。
「今の戦闘記録ですが、扱いをどうしますか」
ティベリウスは少しだけ考えた。
アウレル家。
没落した元公爵家。
正体不明の〈ホシ〉。
帝国規格に該当しない機体。
そして。
押し込まれていた戦場を、単機で十分足らずでひっくり返した圧倒的な力。
これを見なかったことにはできない。
「全記録を保存しろ」
「子爵閣下へ?」
「最優先暗号で送れ」
一拍置く。
「それと、方面軍にもだ。映像、熱量、重力、通信記録。加工するな。見たものをそのまま送れ」
「了解しました」
副官が離れていく。
ティベリウスは、もう見えなくなった白い光の先を眺め、司令席へ座り直した。
「全艦へ」
二十四時間前より、声が軽かった。
「聞いた通りだ。大型は慌ただしいお客がやってきて片づけてくれた」
艦橋の何人かが笑う。
「残りは俺たちの仕事だ。我が基地を襲撃したこと、存分に後悔させてやれ」
『了解!』
『第三区画、前進します!』
『機兵隊、再編完了!』
『砲撃可能!』
通信回線の向こうから、応答が重なった。
ティベリウスは戦況図を見据える。
「カストルム・ラティオ防衛隊、反撃開始」
青い光点が。
二十四時間ぶりに、前へ進み始めた。
第一章はこれで終わりです。
面白かった、続きもまた読んでやろうじゃないかと思っていただけたなら、
感想、評価等いただけますと何よりの励みになります。
めちゃくちゃ喜びます。
あと『モンスターウーマナイザー』という作品も連載してますので、よかったら読んでやってください。




