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「……ケーレスを四方へ、それぞれ五十km飛ばせって?」
「はい」
背後の翼を意識する。
四枚。さっきまで一枚飛ばすだけでも必死で、更に外しまくっていたやつだ。
「四枚同時に?」
「はい」
「無茶言うなって。出来る気しないんだけど」
「出来なければ、いずれ味方が撃墜されます」
ノアの言葉は事実だから余計に重たい。
視界の端で、損傷したシグヌムを別の一機が庇っていた。
さらにその向こう、アンテムラーレが巨大盾を構え、小型群の射線を塞いでいる。
誰かが誰かを守って、必死に戦線を維持している。
「精密な操作は必要ありません。大まかな位置のみ合っていれば、誤差も十二分に認められます」
視界に四つの白いマーカーが浮かんだ。
「四枚同時に五十kmだぞ?」
「ただ直線に五十km飛ばすだけです。敵群進行軸に対し、ケーレス四基を四象限へ配置してください」
「その後は?」
「わたしが行います」
そうだ、ステラは一人乗りじゃない。
大の男が泣き言言って、なにもかもノアに任せていたんじゃ面目が立たない。
「わかった、なんとかしてみせるよ。その代わりその後は任せたからな」
背中に回された腕が、ほんの少しだけ強くなる。
「アキラの為に、わたしはいます」
……そうか。
あんまりにもストレートに言われると反応に困る。
息を吸い、気合いを入れる。
「やってみるか」
「了解しました」
ノアの声が全体への通信帯域へ切り替わった。
『これより大規模殲滅攻撃の準備へ移ります。各機、ステラの援護に回ってください』
しばし、通信が静かになった。
まぁそうなる。
突然正式な指揮権もない正体不明の新入りから「自分たちを守れ」と言われたのだ。
だが。
『全機、ノアの指示に従え。戦線維持に最小限戦力を残し、多少無茶をしてでもアキラの援護にまわれ!』
すぐにウァレリアの声。
『シグヌム隊、ステラを中心に防御陣を形成する! ホシ卿に敵を近づけるな!』
『了解!』
『アウレルム含む全艦、シールド出力を全開にして前に出ろ。ここが勝負時と考えろ』
ドルススさん、アントニウスさんと続く。
味方機が集まってきて、ステラの周囲を囲うように展開する。
『アキラ、先ほどの借りを返す』
赤いアンテムラーレがステラの正面へ出て、その巨大な盾を構える。
機体全身が、その盾の影へ半分以上隠れた。
『もとよりこの作戦はお前たちありきの作戦だ、好きにやれ。ここは私たちが守ろう』
自然と胸の奥が熱くなってくる。
「ありがとうございます。結果で応えてみせます」
背中のケーレスへ意識を全て集める。
一枚目。ケーレスをできるだけ高速で飛ばしていく。
まず一キロ。そして二キロ。五キロ。
「ぐ……!」
頭がおかしくなりそうだ。
自分の身体を、無理矢理引き伸ばしているかのような感覚。
「アキラ、位置だけを考えてください。移動経路も速度も姿勢制御も不要です」
「位置だけ……ねっ」
全部やろうとせず、どこへ行ってほしいか。それだけ。
「いい感じです、一枚目そのままに、他のケーレスも続けてください」
「簡単に言ってくれるよな……っ、意外と鬼だな」
「鬼ではありません。機械生命体です」
「知ってるよっ」
必死に強がり、苦笑いを浮かべるが、冷や汗は出て、胃がひっくり返りそうになっている。
二枚目、三枚目へと意識を伸ばしたその時、テリオンの放った光弾が飛んできた。
「っ!」
反射的に避けようとして、すぐに止める。
アンテムラーレの巨大盾が間に割って入り光弾を弾く。
衝撃で目の前の赤い機体が少し揺れた。
『周りの敵は気にするな! 集中しろ!』
背後からの迫る蜂型テリオンの気配もあるが、あえて無視。
ステラの横を実体弾が飛ぶ。
背後で蜂型の一体が砕ける。 続けて二発、三発。
深灰色の〈コルウス〉がステラの横を抜けて行った。
三門の火器を別方向へ向け、迫る小型を撃ち落としていく。
みんなちゃんと守ってくれている。
防御を完全に仲間たちに委ね、ケーレスの操作に集中する。
白い翼がそれぞれ宇宙の四方へ散っていく。
遠い。自分の身体なのに、何十キロも先にある。
吐き気がして、距離感が壊れる。
最後の一枚へ意識を投げた。
飛べ。
別に敵へ当てなくていい。 格好よく斬らなくていい。
ただ、そこへ行け。
四枚目のケーレスが飛び去った。
視界の四方。
視界のはるか遠く、四隅で白金の翼が静止している。
「四基全ての配置を確認しました」
ノアの声が耳元で静かに響いた。
「以後の位相制御は、わたしが引き受けます」
背後から聞こえる声が一段と低く、事務的になる。
「全ケーレス、ステラ本体との直接制御を切断。独立位相端末へ移行。
第一基、座標固定。第二基、固定。第三基、固定。第四基――固定。
位相基準点、四点確立。テメノス出力を再配分。深度を低下。展開面積を拡張に伴い本機の防御深度、低下開始」
ふと身体を覆っていたテメノスの膜の感覚がなくなった。
おそらく防御力が先程よりずっと脆弱な状態になっている。
こういう事になるのは、あらかじめ言って置いてほしい。心の準備のためにも。
『友軍機へ再度通達します。これより、広域殲滅兵器展開の最終段階に入ります。各機、ステラの援護に回ってください』
通信回線を通して、ノアの平坦な声が全軍に流れた。
『本機は現在、外部防御能力の大部分を失っています。ケーレス四基の防衛は不要です。ステラ本体のみを防衛してください。その後、こちらの合図にあわせて指定宙域から離脱してください』
通信から味方の了解した旨が送られてくる。
「敵味方識別情報、同期。。第一、第二基間――接続」
暗い宇宙に、白い線が走った。
「第二、第三――接続」
また一本。
「第三、第四――接続。第四、第一――接続。
ステラ本体を第五基準点へ設定。位相境界、多重分岐。空間座標誤差、許容値以内。
総展開距離――三百二十七・四キロメートル」
隣接するケーレス同士と、それぞれからステラへと。
計八本の長い長い白い線。
「正規化位相深度、〇・〇八――〇・一一の範囲で安定。敵性個体、二千九百六十一。猟網内部への侵入予測――八十八・六パーセント。――アキラ、最後の許可を」
ノアの問いかけに一瞬だけ、息が止まる。
これはノアの武器だ。けれど、撃つかどうかを決めるのは俺だった。
「やろう、完全勝利だ」
「承認。
友軍各機へ通達。指定された回廊を使用し、展開宙域から離脱してください。全機の退避完了まで、位相境界は殺傷深度へ移行しません」
『聞いたな! 全機下がれ!』
ウァレリアの命令と同時に、ステラを囲っていたシグヌムが一斉に散る。
アンテムラーレだけが最後まで巨大盾を構えて、こちらへ背を向けていた。
「レリア早く!」
『言われなくとも分かっている!』
赤い機体が反転する。
敵陣から飛来した最後の光弾を受け止めてから、ようやくアンテムラーレも安全宙域へ離れた。
「全友軍反応、展開域外。安全回廊、閉鎖」
ぞくり、と寒気がした。
薄紫の瞳が、俺の肩越しで静かに光った。
「位相境界、閉鎖。ケーレス四基、同期完了」
――――広域位相猟網〈ディクテュオン〉展開します。
宇宙に次々と光の線が走る。
四枚の翼から無数の線が伸びていく。 互いに交差し。 分岐し。 面になり。 また折れ曲がる。
白い線は枝分かれしながら虚空を走り、別の線へ触れ、そこからさらに新しい光を生み出していく。
四基のケーレス、そして中央にいるステラ。
離れた五つの点を起点として、宇宙が、白く、編まれていく。
「う、おおぉ……」
思わず声が漏れた。
上下も左右もない暗黒の中へ、幾百もの白線が走る。
遠く遠く。さらに遠く。
ステラの視界ですら追えない場所まで。
細い光が幾重にも交差し、巨大な多面体を作り、その内側へさらに細かな網目が生まれていく。
星々の光がその向こう側に見える。
黒い宇宙を背景に、白い幾何学模様だけが浮かび上がっている。
まるで誰かが星空そのものへ定規を当てて、何百キロにも及ぶ巨大な魔方陣を描いたみたいだった。
「位相境界、連結」
ノアだけが平然としている。
「第一相、第二相ともに安定」
見ている間にも次々と線は増えていく。
「局所位相差、〇・〇九。総境界線長、三百二十七・四キロメートルを突破しました」
「まだ拡がるの!?」
「はい」
即答だ。
俺の背中で抱きついてる銀髪美少女、今まさに宇宙へ三百キロ超の網を張っています。
もう何に驚けばいいのか分からん。
光の魔方陣で作られた網に、一体の蜂型テリオンが飛び込んだ。
そいつが一本の白線へ触れ、通り抜ける。
ぱちりと僅かに光を放ったが、爆発はしない、音もない。
しかし、少し遅れて蜂型の右半身がするりと離れ、その身体が二つに離れた。
「……え」
後続が次々と突っ込んでくる。
群れが網に触れるたび、白い線が瞬き、脚が飛び、翼が落ちる。胴体が断たれる。
中型の狼型が身を捩って一本をかわすが。
だが、その先には別の線。さらに避けた先にも、もう一本。
宇宙空間浮かんだ巨大な魔方陣の網。
四基そのものの間隔は百kmにもおよび、その内側へ何重にも折り畳まれた位相境界の総延長は、とうに数百キロを超えている。
線を境に、その向こうに見える星がずれている。
一つだった恒星が二つに裂け、片方の輪郭には青が、もう片方には赤が滲む。
空間の両側で、光が違う距離を通ってこちらへ届いているのだ。
そんな異常が、黒い宇宙いっぱいへ増殖していく。
白い線は光っているわけではなく、そこだけ宇宙の見え方がずれているのだ。
星の光が切れ、背景がわずかに食い違い、空間そのものへ、巨大な透明の亀裂が刻まれていく。
俺たちが戦っていた宇宙そのものが、巨大な一個の兵器へ変わっていた。
「綺麗なんだけど、えげつないな……」
もしこの兵器が人類相手に使われていたら、どれ程の被害が出るのか。そんなことを考えてしまう。
そこへ一体の大型テリオン、城亀が白い網へ正面から突っ込んだ。
何十本もの位相境界が甲羅を走る。
表層装甲が薄紙みたいに剥がれていく。しかしそれでも止まらない。
「抜けてくるぞ!」
「位相深度不足です。大型個体の全断面を崩壊させるには出力密度が足りません」
「広げたぶん薄くなってるってことか?」
「肯定します。ディクテュオンは大型個体を倒す兵装ではありません。とちらかというと、大型個体だけにする兵装です」
やがて大きく広げられました網は、敵群を包み込むように収縮していき、小型テリオンの反応は次々と消滅していく。
中型も大きな傷を負う。網を抜けてきた狼型には脚がなく、蟷螂型は鎌が、蜘蛛型は半身を失っている。
さっきまで四方八方から湧いてきた敵が減り、減り、減る。
『小型反応、急速減少!』
『すごい! なんだこれは……!』
『敵中型群、統制崩壊!』
『いける! いけます!』
多くの歓声が通信から飛んでくる。
無数に見えていた小さな光点が消えていき、
やがて、網の超えてこちら側に残ったのは、傷ついた中型と大型テリオン。
『……ホシ・アキラ』
ウァレリアから通信が入った。
少しだけ息が荒い。
『……今のは、何だ?』
「えっと新機能?」
『なぜお前が疑問形なんだ』
通信の向こうで、ほんの一瞬だけ沈黙。
それから、
『……本当に、底が見えんな。君たちは』
困ったような、それでも少し笑っているような声だった。
『全機、見惚れるな! 敵はまだ残っている! アキラが作った好機だ、逃さず畳み掛けるぞ!』
と切り替え、即座に指揮を取っていく。
「戦闘宙域のほぼ全ての小型テリオン、消失を確認しました。位相資源回収します」
ケーレスが帰ってくる。背中へ戻った瞬間、薄く広がっていたテメノスがステラへ集中し、世界の感触が変わる。
「あと大型と手負いの中型だけか……」
ハルパーを握り直した。
「ノア!」
「味方への射線干渉などを考え、貫通軸を設定中です」
さすがだ。俺が何をしたいのか、言葉にせずとも伝わっている。
『全艦、ホシ卿の進路を援護!』
『砲門開け!』
『シグヌム隊、残敵を食い止めろ! 一匹たりとも逃すな!』
通信が重なる。
共に戦場で肩を並べた、旗艦アウレルム。アンテムラーレ。コルウス。何機ものシグヌム。
その向こうには、八万人がいる。
もう数字じゃない。
名前を知り、顔を知り、飯の好みまで知っているやつもいる。
「貫通軸、設定完了」
宇宙に一本、光の道が伸びた。
一直線。
「最後の大仕事といこうか」
「はい。完全勝利です」
白い機体が加速する。
星が、宇宙に線を描いていく。




