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「新たに右側方から一機、左後方から三機」


 背後から聞こえてくるノアの声に反応し、右から突っ込んできた蜂型をハルパーで切り裂く。

 同時に左後方へ意識を向ける。


 視界すら自分のものとは違う。

 ステラの各種カメラやセンサーと同期し、全方向への周辺視野を確保している。

 使いこなすことができれば、先のノアの忠告の前に自分で見えていただろう。正面しか見えないという、生まれてこれまでの固定観念をなかなか変えることができない。


 迫るテリオンをタイミングを合わせ肩甲骨を伸ばす。いや、肩甲骨ではない。そこには本来、人間にはない四つの腕がある。

 そう思い込む。


 白い翼が一枚、自分の背から離れる。

 黒い宇宙を弧を描いて走る。蜘蛛型の脚を一本切り飛ばし、そのまま二体目の魚型へ突っ込んだ。

 外れた。


「あー、くそ! 惜しい!」


 ケーレスをかいくぐり、迫ってきた魚型を蹴り飛ばす。


「操作精度上昇。この短期間で見事な成長といえます」

「外した直後のフォローまでありがと!」


 絶え間なく押し寄せるテリオンに押し流されないように、あらゆる肢体を使い迎撃する。


 四方から光が走り、軽い衝撃に襲われた。

 ステラの周囲で薄い膜のような揺らぎが生じ、ビームが明後日の方向へ曲がっていく。

 テメノスは健在。

 敵群のど真ん中にいるというのに、ステラにはまだ傷一つない。


「シグヌム隊、一機被弾!』


 通信が耳に刺さった。

 反射的に視界の戦況モニターを見る。

 敵の数が多すぎて、戦場全体は色分けされた光点でしか表示できない。

 赤が敵。 青が味方。

 その青が一つ、急に速度を落とした。


『ティトゥス機右腕喪失! センサーに損傷あり!』


「ティトゥス!?」


 知っている名前だった。

 つい数時間前、一緒に飯を食った若者。

 おすすめのソースだの、基地のコーヒーは二番格納庫横の店が一番マシだの、どうでもいい話をしていた若い兵士だ。


『三番機、離脱しろ! 四番、援護につけ!』


 ドルススさんの怒鳴り声。


『了解!』

『三番機まだ戦闘継続可能です!』

『可能かどうかを決めるのは貴様ではない! 繰り返す三番、後退! 四番、援護!』

『まだ動けます!』

『動けるうちに帰れ! 命令だ!』


 やがて青い光点が一つ、ゆっくり後退を始める。

 胸の奥が冷えた。


「ティトゥス機、内部生体反応正常。機体損傷のみです」

「よかった……!」


 息を吐いた直後。


『アンテムラーレが包囲されつつある! 誰が早くウァレリア様の援護に向かえ!』

『援護は不要! 各員、陣形を崩さず、自分の持ち場を死守せよ!』


 焦りが混ざるアントニウスさんと、それに続いたウァレリアの通信。


「っ!?」


 急いで視界を切り替える。

 遥か後方。

 〈アンテムラーレ〉レリアの専用機。

 赤と金で固められた重厚な機体。その左腕には、機体の半身どころか全身まで隠してしまいそうな巨大盾を携えて、推進器を潰された味方機を背後へ庇い、集中砲火を受けている。

 何枚もの赤い装甲板を組み合わせた盾が、前面からの光弾を受け止め、そのたび表面で白い火花が咲いていた。


『まだ動けるな! 早く後退しろ!』

『ですが閣下!』

『この程度の攻撃でアンテムラーレは揺るがん』


 つくづくカッコいい主人だ。

 普通、偉い人を部下が守るんじゃないのか。


「レリア!」


 思わず声を上げる。


『来るな、アキラ! そちらの敵群を抑えろ!』


 アンテムラーレの正面にはオウムガイ型、右側面から蜘蛛型が数体。

 さらに上方から蟷螂型が二体、遅れて狼型。正面の盾へ意識を集めさせて、その死角へ回り込んでいる。

 まるで生き物のように、群れで獲物を狩る動きだ。

 おそらくアンテムラーレは上からくる蟷螂型に気付いていない。


「いや、その状況で言われても説得力ねぇよ!」


 ステラを回頭させる。

 以前なら、ここで身体が置いていかれていた。

 宇宙には地面がない。右へ行きたいと思って右足を踏んでも、踏みしめる床が存在しない。

 しかしステラの腰から広がる白い装甲が花弁みたいに開き、姿勢が一気に反転した。

 そこから返ってくる感覚が、ぼんやりとだが分かる。

 どこを向いているのか分かる。

 上下のない宇宙で、自分の中にだけ確かな上下が生まれ、人間にはない姿勢制御器官を自分の筋肉みたいに錯覚する。


「ノア、最短!」

「表示します」


 一本の光の線が視界に走り、その直線上へ身体を乗せる。 

 白いスカート様装甲の裾が宇宙へ広がり、次の瞬間には全身が前へ弾き飛ばされた。


「ぐっ!」


 胃が遅れてついてくる。

 でも、いける。

 前みたいに機体に振り回されているだけでなく、しっかりとコントロールできている。


「進行方向三・三度ズレました。修正します」

「助かる!」


 テメノスを進行方向へ集中し、貫通軸を設定した突撃ではないため、四枚のケーレスを体の周りで回転させ、進路上のテリオンを排除しながら進む。


 やがて等倍の視界にもアンテムラーレが迫る。

 その蜘蛛型の糸に巨大盾を取られ、機体の左半身が引かれていた。

 そして死角から蟷螂型、鎌が振り下ろされる。


「間に合え!」


 咄嗟にケーレスを一枚飛ばす。

 今まで自分の腕や足の延長のように、身体の周囲を旋回させるしかできなかったのだが、土壇場で感覚が繋がった。

 白金の刃がアンテムラーレの肩口を掠め、蟷螂型の鎌を根元から斬り飛ばした。


『アキラ!?』


「ギリギリセーフ!」


 ステラをアンテムラーレの死角を補うように滑り込こませる。

 右手のハルパーを横薙ぎ。

 蟷螂型二体をまとめて両断する。

 その勢いのまま身体を一回転させ、蹴りを三体目の頭部へ叩き込んだ。

 狼型が砲弾みたいに飛んでいく。


「蜘蛛!」

「右下方、十二度」

「了解!」


 ノアの指定した方向へケーレスを飛ばす。

 避けられ直撃とはいかなかったが、そのままアンテムラーレへ伸びる糸を狙った。

 位相差を纏ったケーレスが通り抜けると、糸がほどけるように崩壊した。

 巨大な盾が自由になる。

 レリアは即座に機体を立て直し、盾で迫っていた小型群をまとめて弾き飛ばした。

 盾の陰から剣を突き出す。

 赤い剣先がテリオンの胸部を貫いた。


 さすがというべきか。

 操縦が下手だと本人は言っていたが、判断は速い。


『助かった』

「なんの。これでもレリアの専属騎士だからな、主のピンチの時は必ず駆けつけるさ」

『…………』

「レリア?」

『戦場でそう浮わついた言い方をするな!』

「なにが!?」


 顔を赤くしたレリアに怒鳴られる。

 意味が分からん。


「アキラ、調子に乗らないように」

「ノアまで!?」


 背後からの忠告もなぜか異様に冷たく感じる。

 だが確かに戦闘でハイになっている感覚はある。

 一つのミスが自分のみならず、味方の危機にも直結する戦場にいるのだと、改めて気を引き締める。


『醜態を見せたばかりではあるが、アンテムラーレの装甲は特別製だ。余程でなければ破られん。アキラは他の味方の援護に回ってくれ』


 そう言ってアンテムラーレも損傷したシグヌムを庇いながら艦の護衛に戻っていく。


「ノア、他に援護が必要なヤバそうな箇所はある?」

「緊急を要する箇所はありません。しかし、数時間以内に戦線が崩壊し、救援を要するであろう箇所は四つ」

「多いな……」

「ケーレスを先行させ、援護しますか?」

「いや、まだ真っ直ぐにしか飛ばせない。味方に当たる方が怖い」


 数え切れない弾薬やビームが飛び交い、シグヌム、テリオンが入り混じる戦場を俯瞰する。


「テメノス最大出力での突撃で打撃を与えた敵大型群も、徐々に戦線に復帰しつつあります。被害を抑えるためには急いだ方がいいかと」

「完全勝利しないと、な!」


 ステラで宙を蹴り出す。

 貫通軸を設定した突撃でなくとも、ステラの機動力はこの戦場でスバ抜けている。


 艦艇に取りつこうとしていた百足型の胴をハルパーで切り裂き、そのまま反転。

 艦の護衛にあたっていたシグヌム隊へ群がる蜂型を、ケーレスで散らす。


 また反転。

 オウムガイ型が砲撃姿勢へ入る。

 発射されるより早く懐へ潜り込み、殻ごと蹴り飛ばした。


「右舷側、二機が囲まれています」

「行く!」


 急加速。

 狼型の包囲へ横から入り、先頭を蹴り飛ばす。


「上方、蜘蛛型の捕縛網」

「ケーレス!」


 翼の一枚を飛ばし、網と胴を切る。


「左後方、蜂型十七」

「多いなー!」


 二枚目を飛ばす。

 ケーレスの遠隔操作は、まだ一枚なら余裕がある。

 しかし二枚になると頭の中が急にごちゃごちゃしてくる。まるで右手で箸を使いながら、左手で字を書いて、足でゲーム、おまけに肩で歩けと言われている感じだ。

 しかも全部高速で飛ぶ刃物なのだから、少しも気が休まらない。


『ホシ卿、助かった!』

『後ろは任せてください!』

『ステラの進路を開け!』


 シグヌムがステラの死角を補ってくれ、次の援護地まで俺の前に道ができる。

 ついこないだまで、顔も名前も知らなかった連中が、今は俺の動きを見て道を作ってくれる。

 その道の先でまた敵を潰す。

 また一機。

 また一機。

 味方の青い光点の間を飛び回る。


「くそっ、キリがねぇ……!」


 敵の全体数は確実に減っている。

 それでも小型だけで三千近くいたのだ。

 一体ずつ追い回していたら終わらない。

 俺が宇宙での操作とケーレスの操作に慣れ、速くなればなるほど助けられる場所は増える。でも同時に助けを必要とする場所も増えてくる。

 視界のあちこちでノアが戦況を分析し、マーキングした警告点が点く。


 上下左右前後。回って。加速して。急停止して。


「うっぷ……っ」

「嘔吐しますか?」


 慣性コントロールが働いてくれてはいるが、あらゆる方向へ身体がシェイクされ、慣れないステラの視界とも相まって、奥から込み上げてくる。


「終わってから吐く!」

「了解しました」


 機体は思い通りに動くようになってきた。

 正確には全て思った通りではない。

 俺がこう動きたいと思考し、ノアがそれを十二メートルの身体で実現できる形でタイムラグ無しで変換し、補助してくれる。

 なるほど、相互同調率とはこういう事かと。たぶん、これがステラの正しい動かし方なんだとわかった。


『ホシ卿!』


 ドルススさんの声。

 濃灰色の〈コルウス〉が、こちらからやや離れた地点で、艦を庇うように十機のテリオンを引きつけ、アキラから見ても捉えられない変則的な機動で翻弄し、各個撃破している。


『この間と動きが別人ですな!』

「褒めてる場合ですか!?」

『はっはっはっ。いや、正直驚きました。まさに天賦の才ですな!』


 そうは言うが、今のアキラから見てもドルススさんの変態的な立体軌道を真似できるとは思えない。

 ステラよりも操作性の悪い神経接続だというのに、どれ程の鍛練を詰んだのか。


「ドルススさんも大概だと思います、よ!」


 一本のケーレスを飛ばす。

 ドルススさんの背後へ回り込もうとしていた蜂型が二体、まとめて裂けた。


『これはありがたい!』

「死なないでくださいよ!」

『まだまだアキラ殿にアウレルの家臣として教えねばならん事が多いですからな』


 笑い声が返ってくる。


「アキラ、敵大型群が戦線に到着しつつあります」

「……マズいな」


 ステラと以外に大型に有効な火力を持つのは、戦艦の主砲ぐらいだ。押しきられる。

 ようやく全体に少し余裕が出てきたところだというのに。


「ケーレスを四方へ展開してください。可能な限り遠くへ。そうですね、とりあえず五十kmは必要です」

「ごじゅっきろぉ?」


 意味が分からなかった。



夜にもう一話投稿します。

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