-25-
一体目。幼い頃映画で見た大怪獣を彷彿とさせるような城亀。
正面から突っ込んだ。
衝撃はなかった。何層もの鉱物質の塊、隕石の衝突にさえ耐える山みたいな厚みの甲羅が、触れた端から崩れ去っていく。
密度が違うせいか、崩れていくスピードは宇宙鯨型と比べると遅い。
そのまま抜けた。抜けた先に甲羅の盾に守られるように鯨がいた。
鯨の腹を通り抜けた。その奥にもう一体。通り抜けた。三体目。四体目。
それぞれ大型との間にも中小のテリオンがいたが、多くに躱されてしまう。
視界の端で、レーダーに写った大きな赤い反応が直線に沿って次々と消えていく。
敵陣を通り抜け、大きく旋回する。
群れの外側へ抜けて、弧を描いて、次の線を引く。
「貫通軸、再設定完了」
「もういっちょ!」
再度突っ込む。
白い光が、四千の壁を横に裂いた。
『なんとも、これは……』
通信からアントニウスさんの声が漏れてきた。
『やっぱすげぇ……っ!』
今度はルフス。テラフォーミングドーム、最終防衛線で待機している男の声だ。
『やれる! 勝てるぞ!』
『いけ! いけ――!』
次々と勢いづいた声が入ってくる。
これだけ戦力差があるなかで、まずは士気を上げる事ができた。
『――全員惚けるな。少しでも数を減らせ、対宙砲火を途絶えさせるな。艦に取りつかせるなよ』
『はっ!』
レリアの声が全周波に乗り、空気をグッと引き締める。
敵陣を裂く流れ星、アキラはその中で妙な感覚に陥っていた。
外の景色が遅い。
位相差が深くなるほど、外の情報がずれて届く。ノアからそう聞いていた。
実際に体験すると、なるほどこういう感覚なのかと。
宇宙鯨の口が開くのが見える。光が溜まるのが見え、溜まりきる前に自分はもうその横を通り過ぎている。
砲撃が来る。当たる。散る。その散る様子が、水の中を落ちる粉のようにゆっくり見える。
破片が舞う。舞ったまま、なかなか流れていかない。
自分たちが速いというよりも、世界の方が半歩後ろにいる。
初めての戦闘でもこの中にいたはずだが、あの時は何が起こっていたのかも分かっていなかった。
同調率が上がった今なら分かる。
これは、めちゃくちゃ酔う。
四本目の線を引き終えた頃だった。
背中に衝撃が来た。
「——うおっ!」
次に側面。それから斜め後ろ。
立て続けに三発。テメノスの膜が押されている感覚が、はっきり伝わってきた。
「どうした!?」
「側面および後方から、集中攻撃を受けています」
ノアからの声に動揺はない。
「テメノスによる突破は、貫通軸の方向へ位相差と演算資源を集中させています。そのため、側面と後方の防御能力は低下しています」
「あー! そういえばそんなこと言ってたな」
「このまま受け続ければ、テメノスが破られる可能性があります」
視界を回す。的に全方位から囲まれていた。
当たり前だ。四千の真ん中を四回も往復すれば、通り過ぎた奴らが後ろから追ってくる。
学習したのか、正面から来るのをやめている。
単機でこれだけの敵陣を突っ切るのは、そもそも無理があったか。
「貫通軸による直線突破を中断し、全方向への位相境界場に戻すことを提案します」
「待て待て。それやったら、集中攻撃くらうよな、耐えられるのか」
「問題ありません。テメノスによる防御はあらゆる攻撃を防ぎます。また、相互同調率が第三段階の入口へ達しました今、この戦場でエネルギーが枯渇する事態は発生しません」
さすがだ。攻撃だけじゃなく防御も最強か。
「じゃあもう少し粘って大型を潰したあと、敵陣のど真ん中で暴れ回るのはどうだ」
「了解しました。ですが現段階で開放されたケーレスの制御をある程度習熟した後、自陣への帰還する必要があります」
「それはこのテリオンを殲滅するための切り札のため?」
「肯定します。味方機による援護が必要になるためです」
「了解っ。あと一暴れしてから、新兵器の練習といこうか! シールドの管理は任せた!」
「お任せください」
あと三本、敵陣に線を引いた。
通るたびに、大型が二十、三十と消えていく。だが背後や側面からの衝撃は増える一方で、七本目の直線を抜けた時には、ノアから合図がきた。
もう十分だ。群れの中心で止まった。
「テメノス、全方位位相境界場へ移行します」
さっきまで前方に集まっていた膜が、球状に開いていく。
外の景色の遅れがなくなった。かわりに全身が薄い水に包まれたような感触になる。
そして——。
獣が、蟲が、魚が。四方八方から、名前も知らない機械の怪物たちが殺到してくる。
視界全てが敵になった。
当たる。当たる。当たる。
しかし膜の表面で全部止められる。
「……無傷か。すごいなこれ」
「テメノスは本来防御システムです。瞬時に物質を崩壊させるほどの出力はありませんが、あらゆる干渉を防ぎます」
『——アキラ! 無事か!』
通信が飛び込んできた。レリアだ。
「すいません、敵の攻撃が激しくて。大型を全滅させられませんでした。」
『謝るなっ。大型テリオン、二百八十四体の戦闘不能を確認している。すでに大戦果だぞ』
半分は超えた。
四百九十八体のうち、二百八十四。
『なんとか戻ってこれるか? アウレウムと救出に向かう』
「こちらは何も問題ありません。このまま敵のど真ん中で暴れまわってやりますよ。全滅させます」
『馬鹿者!』
通信が割れそうな声だった。
『これは防衛作戦だ! 危なくなれば何としても戻れ! いらぬ欲をかいて死ぬことは許さん! わかったな!』
通信が切れた。
……ノアみたいに、かっこいい台詞は言えなかったな。
俺は少し反省しながら、正面から来た中型を斬った。
貝殻を巻いたような形のテリオンだった。オウムガイに似ている。渦の中心が砲口になっていて、そこから光を吐く直前だった。
ハルパーが上から下へ抜けた。
抵抗がほとんどない。
「ハルパーおよびケーレスへの位相差付与、完了しました」
「こないだと全然違うな」
「騎士の儀では殺傷性が高すぎるため無効化していましたが、本来はこちらが標準です」
狼が来た。
四体。上、左、正面、そして斜め後ろ。同時。立体的に包囲を組んできた。
上から来るのを、ハルパーで縦に割る。
左からくる個体は剣が間に合わないので、裏拳で叩き落とす。テメノスを纏った拳は簡単には機械の怪物を弾き飛ばす。
正面のが牙を突き出してきた。ハルパーの腹で受けて、そのまま前蹴りを叩き込む。
「これならやれそうだな!」
通用する。
同調率が上がったことで、ステラが自分の身体のように動く。これなら空手の百人組手の延長みたいなものだと思える。
「……アキラ」
何か少し呆れが含まれたような声。
「んっ?」
「ケーレスを使ってください」
「あ……」
「忘れていましたね?」
「お、覚えてるよ!」
嘘だ。すっかり忘れていた。
背中に意識を向ける。
ある。四つともちゃんとある。
二枚だけ動かし、側方からきたテリオンの迎撃を試す。
「外れました」
「難しいんだよこれ!」
迫ったテリオンを腕で受け止め弾き返す。
もう一度。次は一枚に絞って、肩甲骨を伸ばすつもりでやってみる。
刃の一枚が寄ってきた蜂型の群れを横に薙いだ。十数体がまとめて散る。
「よしっ、だんだんいい感じになってきた!」
少しずつ感覚を掴んできて、ハルパーと徒手、そこにケーレスを混ぜて迎撃をしていく。
「ケーレスの命中率、三割です」
「野球なら好打者だな」
敵は思っていたより多彩だった。
オウムガイ型は遠距離から光を撃ってくる。撃ち終わると渦の中に引っ込んで、殻の厚みで守りに入る。
蜘蛛型は糸を撒く。単純な糸ではなく、粘つく網みたいなものだ。強度あるが細いテメノスに触れて崩壊するが、崩壊する間だけ動きが鈍る。機動範囲を削りにきている。
蜂型は速い。真っ直ぐ突っ込んでくる。当たれば自分も壊れるのに、まったく躊躇しない。
そして、ウニ型。
「あれは何だ! 丸いやつ!」
「機雷です。接近を検知して爆散し、破片を撒きます」
「機雷!? 生物なのに!?」
「原種は外敵に棘を飛ばす生物であったと記録されています」
テメノスがある限り、ダメージはない。
それは分かっている。分かっているのだが、四方から名前も知らない機械の獣が湧き続けるというのは、単純に怖い。
斬る。弾く。蹴る。ケーレスを飛ばす。外す。飛ばし直し、仕留める。
慣れてきたらケーレスの枚数を増やしていく。
「命中率、三割六分に上昇しました」
「首位打者確定だな!」
「この調子でお願いします」
ステラは群れの中心で暴れ続ける。
少しでも味方の負担を少なくし、一人も被害を出さないと心に決めて。




