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 一体目。幼い頃映画で見た大怪獣を彷彿とさせるような城亀。

 正面から突っ込んだ。

 衝撃はなかった。何層もの鉱物質の塊、隕石の衝突にさえ耐える山みたいな厚みの甲羅が、触れた端から崩れ去っていく。

 密度が違うせいか、崩れていくスピードは宇宙鯨型と比べると遅い。


 そのまま抜けた。抜けた先に甲羅の盾に守られるように鯨がいた。

 鯨の腹を通り抜けた。その奥にもう一体。通り抜けた。三体目。四体目。

 それぞれ大型との間にも中小のテリオンがいたが、多くに躱されてしまう。


 視界の端で、レーダーに写った大きな赤い反応が直線に沿って次々と消えていく。

 敵陣を通り抜け、大きく旋回する。

 群れの外側へ抜けて、弧を描いて、次の線を引く。


「貫通軸、再設定完了」

「もういっちょ!」


 再度突っ込む。

 白い光が、四千の壁を横に裂いた。




『なんとも、これは……』


 通信からアントニウスさんの声が漏れてきた。


『やっぱすげぇ……っ!』


 今度はルフス。テラフォーミングドーム、最終防衛線で待機している男の声だ。


『やれる! 勝てるぞ!』

『いけ! いけ――!』


 次々と勢いづいた声が入ってくる。

 これだけ戦力差があるなかで、まずは士気を上げる事ができた。


『――全員惚けるな。少しでも数を減らせ、対宙砲火を途絶えさせるな。艦に取りつかせるなよ』

『はっ!』


 レリアの声が全周波に乗り、空気をグッと引き締める。


 敵陣を裂く流れ星、アキラはその中で妙な感覚に陥っていた。

 外の景色が遅い。

 

 位相差が深くなるほど、外の情報がずれて届く。ノアからそう聞いていた。

 実際に体験すると、なるほどこういう感覚なのかと。

 宇宙鯨の口が開くのが見える。光が溜まるのが見え、溜まりきる前に自分はもうその横を通り過ぎている。

 砲撃が来る。当たる。散る。その散る様子が、水の中を落ちる粉のようにゆっくり見える。

 破片が舞う。舞ったまま、なかなか流れていかない。

 自分たちが速いというよりも、世界の方が半歩後ろにいる。

 初めての戦闘でもこの中にいたはずだが、あの時は何が起こっていたのかも分かっていなかった。

 同調率が上がった今なら分かる。

 これは、めちゃくちゃ酔う。


 四本目の線を引き終えた頃だった。

 背中に衝撃が来た。


「——うおっ!」


 次に側面。それから斜め後ろ。

 立て続けに三発。テメノスの膜が押されている感覚が、はっきり伝わってきた。


「どうした!?」

「側面および後方から、集中攻撃を受けています」


 ノアからの声に動揺はない。


「テメノスによる突破は、貫通軸の方向へ位相差と演算資源を集中させています。そのため、側面と後方の防御能力は低下しています」

「あー! そういえばそんなこと言ってたな」

「このまま受け続ければ、テメノスが破られる可能性があります」


 視界を回す。的に全方位から囲まれていた。

 当たり前だ。四千の真ん中を四回も往復すれば、通り過ぎた奴らが後ろから追ってくる。

 学習したのか、正面から来るのをやめている。


 単機でこれだけの敵陣を突っ切るのは、そもそも無理があったか。


「貫通軸による直線突破を中断し、全方向への位相境界場に戻すことを提案します」

「待て待て。それやったら、集中攻撃(ふるぼっこ)くらうよな、耐えられるのか」

「問題ありません。テメノスによる防御はあらゆる攻撃を防ぎます。また、相互同調率が第三段階の入口へ達しました今、この戦場でエネルギーが枯渇する事態は発生しません」


 さすがだ。攻撃だけじゃなく防御も最強か。


「じゃあもう少し粘って大型を潰したあと、敵陣のど真ん中で暴れ回るのはどうだ」

「了解しました。ですが現段階で開放されたケーレスの制御をある程度習熟した後、自陣への帰還する必要があります」

「それはこのテリオンを殲滅するための切り札のため?」

「肯定します。味方機による援護が必要になるためです」

「了解っ。あと一暴れしてから、新兵器の練習といこうか! シールドの管理は任せた!」

「お任せください」


 あと三本、敵陣に線を引いた。

 通るたびに、大型が二十、三十と消えていく。だが背後や側面からの衝撃は増える一方で、七本目の直線を抜けた時には、ノアから合図がきた。

 もう十分だ。群れの中心で止まった。


「テメノス、全方位位相境界場へ移行します」

 

 さっきまで前方に集まっていた膜が、球状に開いていく。

 外の景色の遅れがなくなった。かわりに全身が薄い水に包まれたような感触になる。

 そして——。

 獣が、蟲が、魚が。四方八方から、名前も知らない機械の怪物たちが殺到してくる。

 視界全てが敵になった。

 当たる。当たる。当たる。

 しかし膜の表面で全部止められる。


「……無傷か。すごいなこれ」

「テメノスは本来防御システムです。瞬時に物質を崩壊させるほどの出力はありませんが、あらゆる干渉を防ぎます」

 

 


『——アキラ! 無事か!』


 通信が飛び込んできた。レリアだ。


「すいません、敵の攻撃が激しくて。大型を全滅させられませんでした。」

『謝るなっ。大型テリオン、二百八十四体の戦闘不能を確認している。すでに大戦果だぞ』


 半分は超えた。

 四百九十八体のうち、二百八十四。


『なんとか戻ってこれるか? アウレウムと救出に向かう』

「こちらは何も問題ありません。このまま敵のど真ん中で暴れまわってやりますよ。全滅させます」

『馬鹿者!』


 通信が割れそうな声だった。


『これは防衛作戦だ! 危なくなれば何としても戻れ! いらぬ欲をかいて死ぬことは許さん! わかったな!』


 通信が切れた。


 ……ノアみたいに、かっこいい台詞は言えなかったな。


 俺は少し反省しながら、正面から来た中型を斬った。

 貝殻を巻いたような形のテリオンだった。オウムガイに似ている。渦の中心が砲口になっていて、そこから光を吐く直前だった。

 ハルパーが上から下へ抜けた。

 抵抗がほとんどない。


「ハルパーおよびケーレスへの位相差付与、完了しました」

「こないだと全然違うな」

「騎士の儀では殺傷性が高すぎるため無効化していましたが、本来はこちらが標準です」


 狼が来た。

 四体。上、左、正面、そして斜め後ろ。同時。立体的に包囲を組んできた。

 上から来るのを、ハルパーで縦に割る。

 左からくる個体は剣が間に合わないので、裏拳で叩き落とす。テメノスを纏った拳は簡単には機械の怪物を弾き飛ばす。

 正面のが牙を突き出してきた。ハルパーの腹で受けて、そのまま前蹴りを叩き込む。


「これならやれそうだな!」


 通用する。

 同調率が上がったことで、ステラが自分の身体のように動く。これなら空手の百人組手の延長みたいなものだと思える。


「……アキラ」


 何か少し呆れが含まれたような声。


「んっ?」

「ケーレスを使ってください」

「あ……」

「忘れていましたね?」

「お、覚えてるよ!」


 嘘だ。すっかり忘れていた。


 背中に意識を向ける。

 ある。四つともちゃんとある。

 二枚だけ動かし、側方からきたテリオンの迎撃を試す。


「外れました」

「難しいんだよこれ!」


 迫ったテリオンを腕で受け止め弾き返す。


 もう一度。次は一枚に絞って、肩甲骨を伸ばすつもりでやってみる。

 刃の一枚が寄ってきた蜂型の群れを横に薙いだ。十数体がまとめて散る。


「よしっ、だんだんいい感じになってきた!」


 少しずつ感覚を掴んできて、ハルパーと徒手、そこにケーレスを混ぜて迎撃をしていく。


「ケーレスの命中率、三割です」

「野球なら好打者だな」


 敵は思っていたより多彩だった。

 オウムガイ型は遠距離から光を撃ってくる。撃ち終わると渦の中に引っ込んで、殻の厚みで守りに入る。

 蜘蛛型は糸を撒く。単純な糸ではなく、粘つく網みたいなものだ。強度あるが細いテメノスに触れて崩壊するが、崩壊する間だけ動きが鈍る。機動範囲を削りにきている。

 蜂型は速い。真っ直ぐ突っ込んでくる。当たれば自分も壊れるのに、まったく躊躇しない。

 そして、ウニ型。


「あれは何だ! 丸いやつ!」

「機雷です。接近を検知して爆散し、破片を撒きます」

「機雷!? 生物なのに!?」

「原種は外敵に棘を飛ばす生物であったと記録されています」

 

 テメノスがある限り、ダメージはない。

 それは分かっている。分かっているのだが、四方から名前も知らない機械の獣が湧き続けるというのは、単純に怖い。

 斬る。弾く。蹴る。ケーレスを飛ばす。外す。飛ばし直し、仕留める。

 慣れてきたらケーレスの枚数を増やしていく。

 

「命中率、三割六分に上昇しました」

「首位打者確定だな!」

「この調子でお願いします」


 ステラは群れの中心で暴れ続ける。

 少しでも味方の負担を少なくし、一人も被害を出さないと心に決めて。

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