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艦を離れてすぐに違和感に気づいた。
軽い。単純に体の重さの話ではない。思った通りに動くのだ。
試しに右へ流れてみる。滑らかに寄った。行きすぎない。戻る。止まる。回転をかけて、途中で止める。
騎士の儀ではこれができなかった。
演習場でドルススさんを追いかけていた時、俺の機体は真っ直ぐにしか進めなかった。曲がろうとすると体の中心が置いていかれて、そのまま通り過ぎるしかなかった。
今は置いていかれない。
「……すげぇ。ノア、これって」
「同調率の上昇による効果です」
軽く問いかけると、背中から返事がくる。
「四〇パーセントを超えたことで、アキラの実体にはない、姿勢制御の感覚も、演算補正が実用域に入りました」
「こないだまでと全然違う。これなら宇宙でもやれそうだ」
「はい。そして——四基独立位相刃も、ある程度は使用可能です」
ケーレス。
四枚の刃の翼。自分の身体には存在しない器官。
演習場では一ミリも動かなかったやつだ。
「試してみてください」
俺は、背中に意識を向けた。
肩甲骨の裏。何もないはずの場所。
……ある。
「うっわ」
思わず声が出た。
「なにこれ、ちょっと気持ち悪い」
なんとあるのだ。
自分の体にはない部位が、そこにある。腕でも脚でもない。動かす筋肉を持っていない場所に、確かに四つ、動かせるものがぶら下がっている。
「不快ですか?」
「いや、不快っていうか。なんだろな……」
まるで自分の背中から突如として腕が生えたかのような、そういう気持ちの悪さだった。
試しに一枚を動かしてみる。
視界の端で白い刃が浮き上がって、機体の横へ滑り出す。
思った位置よりかなりズレてしまった。
「ぶれますね」
「わかってるっ、難しいなこれ!」
「今の同調率では四枚同時の精密制御は困難です。単純な操作だけを推奨します」
まぁ単純操作だけでも、まったく使えないよりはいい。
『——接敵まで、五分』
管制よりオペレーターの声が入った。
見えてきた。
ステラと共有し、視界が超高性能カメラに拡張されているので肉眼の何十倍も遠くまで届く。
その端に黒い塊が蠢いている。
四千。
立体図では赤い点だった。数字としては聞いていた。
だが、実物は違う。
拡張された視界の下から上まで、左の端から右の端まで、全部が敵で埋まっている。しかも層になっている。奥へ奥へとどこまでも続いている。
その一体一体が生き物の形をしていた。
自分の知っている生き物のようで、やはり違う、名前のつかない何か。
全部が金属で構成されている、四千もの異形の機械生命体がこちらに向かってきている。
口の中が乾いていく。
「レーダーによる敵戦力解析が完了しました」
ノアの声はいつもと同じ無感情。
その平坦さに、少し助けられる。
「報告します。大型テリオン四百九十八体。構成は宇宙鯨、および城亀型」
「城亀?」
「基となった原種は、高密度の小惑星帯に生息していた亀に似た生物です」
視界の中で、群れの前列が拡大された。
丸くて途方もなくでかい、馬鹿みたいに分厚い甲羅。
まるで小さな山がそのまま宙に浮かんでいるかのよう。山の表面には何かがびっしりと張りついていた。
「その生物は小惑星へ身体を固定し隕石衝突から身を守るため、何層もの鉱物質甲殻を成長させていました」
「隕石から身を守るための甲羅ってことか」
「はい。テリオン化に際し甲羅は異常に厚くなっています」
「表面に張りついているものは?」
「小型テリオンです」
この拡大率だとフジツボみたいにも見える、あの山の表面にひっついてるの、全部小型テリオンなのか。
「大型テリオンの多くは簡易的な母艦の役目も兼ねます。
また、城亀型は戦闘時には宇宙鯨型などの前へ出て、艦砲から後方の砲撃個体を守る盾となります。甲羅の正面からでは帝国艦砲でもコアまで届きません」
「前回の反省を踏まえてまさか対策練ってきたってことか? 鯨の巨大ビームに、隕石を受け止める亀の盾。ヤバくね?」
前回の三百体の宇宙鯨。
艦の数が不足し、攻撃力不足であるアウレル家には、機動力はなくとも高火力、厚装甲の編成は強敵であった。
そして今回、戦闘データを学習したのか盾を持って、数を引き連れてやってきた。
「テメノスであれば装甲の厚さは問題になりません」
アキラの不安をよそにノアは即答した。
理屈はよくわからんが、触れたものを崩壊させる位相差のシールドである。
つくづく最強だなこいつ。と内心でごちる。
「続けます。中型テリオン八百八十五体。狼型、蟷螂型、蜘蛛型を主体とした構成です。小型テリオン、三千七十一体」
「頭が痛くなる数字だな。……援軍が来るまで七十二時間、なんとか粘るしかないか。いけるいける」
なにせ合計四千以上。途方もない数字だ。
「一点、確認します」
なんとか気持ちを落ち着かせようと軽口を叩いていると、背中から何気ない声がかけられた。
「今回の作戦目標は、帝国本軍の到着までおよそ七十二時間の防衛となっていますが、
——殲滅してしまっても別段支障はありませんか?」
……。……やだ、この子カッコいい。
たぶん五秒くらい沈黙していた。その後おもわず声に出して笑った。
「ははっ、なにそれ! めちゃくちゃかっこいいな」
俺もいつかそんな台詞言いたい。
「そりゃできたら一番いいんだろうけどよ。できるの?」
「同調率が四〇パーセントを超え、シンパテイア接続は第三段階へ移行し、ケーレスの機能の一部が使用可能となりました。あとは、アキラがケーレスを使いこなせれば殲滅は可能です」
「俺次第かよ」
「はい」
『——各機、まもなく有効射程』
管制から通信が入った。
大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
四千を大きく超える、異形の機械生命体の群れ。
ついこないだまで冷凍庫で眠っていた男が、今は機械の化け物たちの正面に立っている。
背中には自称、俺の運命らしい、最強の機械生命体がくっついている。
更に後ろに意識を向けると、大楯と大剣を携えた初めて見る真紅の機体。おそらくはつい先日、なし崩し的に忠誠を誓った年下の女性が乗り、共に戦場に立っている。
過程こそやましく不誠実ではあるものの、力になりたいと思った自分の気持ちは本物だ。
「よしっ! ぶっつけ本番だけど、やってやろうじゃないか。殲滅!」
「了解しました」
……悪くない。
不思議とそう思った。
『——アウレル艦隊、全艦。主砲装填』
前機へのオープン通信にレリアの声が乗る。
艦橋からではなく、深紅の機体の〈アンテムラーレ〉のコクピットから。勇気ある指揮官の声だ。
『第一より第四、砲門開け』
『目標、大型群前列。仰角修正』
ステラと共有した視界の後方で、五隻の巨体が並んでいく。
中央に構えるは、ややくすんだ金と赤に彩られた荘厳なアウレル家の旗艦〈アウレルム〉。
ウァレリアは百年前の骨董品だと言っていたが、家名を模した名前からも、家の象徴といえる艦であることがわかる。
『——弾道、通せ』
『この一戦に、我らアウレルの命運と何万もの尊い民の命がかかっている。
当主として、ウァレリア・アウグスタ・アウレルの名において命じる。必ず勝て!』
そして戦場にその声が響き渡った。
『主砲、放てぇぇ!!』
一気に宙が、白く明るくなる。
五隻ぶんの主砲が同時に走った。真空なので音はしない。ただ光の筋が、視界を横から縦に切り裂いていく。
基地の地上砲台からもいくつも光が上がる。
宇宙に上がったシグヌム隊が、その隙間を縫って長距離射撃を始める。ドルススさんの乗る〈コルウス〉も先頭にいる。
光が、四千の壁にぶつかり、弾ける。
城亀の正面装甲にあたった光がそこで散る。削れてはいる。だが、通っていない。
『——敵群損害軽微! 大型群、依然前進を継続!』
「予測通りですね」
ノアの声は動かない。
「テメノス、展開します」
体の周囲で、空気の質が変わった気がした。
実際には空気などない。だが、そういう感覚がある。世界から半歩ずれるような感覚。
「位相境界層、第一から第三まで固定。
慣性中和第三段階へ移行。搭乗者の生存許容範囲内に維持。主機、出力制限を解除。全段開放。——貫通軸、設定完了」
視界の中に、一本の線が表れる。
群れの中心。城亀型の壁。その向こうの鯨。さらに奥の層。
全部が一直線に並んでいる。
この線の上のものは全部、崩れる。
「シンパテイア相互同調率四〇・六パーセントで安定。いつでもいけます」
「いいね、上等」
自然とこの世界で出会った人々の顔を思い浮かぶ。
誰も死なせない。
「——————貫け、ステラッッ!」
白い流星が、戦場を裂いた。




