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作戦会議は艦橋の隣にある小さな戦術室で行われた。
中央に卓がひとつ。その上に、惑星ウェスペルの立体図が浮かんでいる。灰色の地表と半透明のドーム。その周囲を、赤い点が包んでいた。
テリオンだ。
図の縮尺で見ると、ドームが豆粒に見える。
「まず、前提状況を共有しよう」
レリアが卓の前に立った。
制帽を脱いでいた。編んだ赤い髪が肩から前に落ちてその下の顔が、いつもより硬い。
「近隣基地への応援要請は、すべて発信済みだ。返答は」
「ございません」
アントニウスが答えた。
「第四第六、第十一、いずれも同時刻に交戦状態に入っております。三日前とまったく同じ形です。帝国本軍との連絡は取れましたが、援軍の到着はおよそ七十二時間必要とのことです」
「つまり帝国本軍が到着するまで七十二時間、何としても我々だけで持ちこたえねばならん。以後、その前提で作戦を立てる。まずこちらの戦力を確認だ。ドルスス」
「はっ」
巨体が一歩前に出た。騎士の儀の礼装ではなく、既にパイロットスーツに着替えている。
「機動兵器、稼働可能なエクエス二機。シグヌム十八機。ミレスは十三機にございます」
俺は第七小隊の若者たちの顔が思い浮かんだ。
三日前の戦闘では十五機が帰ってこなかったらしい。
「戦艦は戦闘可能なものが旗艦を除き四隻」
アントニウスが引き取った。
「輸送艦一番は健在。二番は三日前に大破し、修理は間に合っていません」
「対して敵は四千超、か」
レリアが卓の赤い群を指した。
「大型が約五百。中型が千百。小型が数千。侵攻速度から逆算して接触まで——およそ十一時間」
敵のあまりの数に誰もが息を飲み、静まりかえる。
「……勝てるんですか、これ」
その場の誰かが思わずこぼした。
「勝つ必要はない。今日の勝利条件はテリオンの殲滅ではなく、あくまで援軍がくるまで持ちこたえればいい」
レリアは卓の図を回す。
視点が地表へ降りていく。ドームの内側街の下に、青く光る網目が浮かび上がった。
「これは現在のウェスペルの地下にある避難シェルター〈ホルレウム〉だ」
レリアの言の続きをエイデンが引き継ぐ。
「ウェスペルは元は港湾星でございました。小惑星を掘って採掘坑と地下倉庫を張り巡らせた星でございます。三年前に当家が接収し、拡張の際にさらに掘り下げました」
「地下、ですか」
「非常に硬い岩盤の下にございます。総延長はおよそ四百キロ。最大収容十万人」
十万
この星の人口はおよそ八万。
「収容能力は足りているが、問題はそこではない。まずは八万人をテリオンが到達するまで十一時間で地下へ入れねばならん。そして帝国本軍がくるまでの七十二時間、基地の防衛機能も駆使し守り抜く」
攻めるではなく守る。
三日間の籠城戦。
それはわかったが懸念点が一つある。
「ビームの一斉射撃で吹き飛ばされない?」
いくら籠城したって城ごと吹き飛ばされたら意味がない。
「ご説明いたしましょう」
アントニウスが図を拡大した。
「テリオンの詳細目的は依然として不明ですが、連中は自身を脅かすほどの攻撃力を持たない人類に対して捕獲し、特殊なコードを撃ち込み殺害するという手段はどの個体も一貫しています」
出会って初日、この世界で目覚めた日にノアが言っていた言葉を思い出す。
アマルテイアの目的は、生体のあらゆる情報を肉体から取り出し、壊れない機械の身体へ移す。文明を保存すること。
思わず自身の左手首にうっすら残った六つの点を見た。
あの時感じた体の内側を細い針が駆け巡るような痛みを思い出し、身体が強ばる。
「ですので連中は必ずドームを破って地表へ降ります。空爆で焼き払うような真似はいたしません。そして大型のテリオンは坑道を通れず、入れるのは小型と、一部の中型のみ」
立体図の中で赤い群が地表に降り、地下の網目にぶつかって止まった。
「皮肉な話だが、連中が一人一人丁寧に殺しにくるとこにこちらの付け入る隙がある。もっとも相応の攻撃能力を持つ戦艦やシグヌムには、乗っている人間などお構い無しに遠慮なく撃ってくるがな」
レリアが立体図を見上げたまま続ける。
「おかげで我らが守るべき地点は二箇所に絞れる。ドームの破断予測点と、地下入口だ」
ようやく作戦の概要が見えてきた。
四千を全部相手にする話ではない。道を封鎖し、守り、生き残る話だ。
「配置を告げる!」
レリアが凛と背筋を伸ばし、声を張りあげた。
「エイデン! 避難指揮を執れ!」
「かしこまりました」
「八万の避難、一秒でも早く完了させろ」
「三年前この星の民を港湾区から居住区へ移したのはわたくしにございます。区画ごとに順を割り老人と子供を先に入れます九時間もあれば」
「流石だな、だが八時間で終わらせろ」
レリアからの無茶な要求にも、エイデンさんは恭しく優雅に腰を折る。
「ドルスス。貴様は〈コルウス〉を駆りドーム外に群がる中型を叩け! シグヌム隊を預ける!」
「承知しました!」
「ルフス!」
「はっ!」
ルフスの背筋が跳ねた。
「貴様はミレス隊十三機を率い、ドームの内側で待機し、抜けてくるテリオンを必ず撃破しろ」
「……内側、ですか」
「そうだ。破断点から漏れた小型を市街地で撃破しろ」
ルフスの顔に、はっきりと納得のいかない色が浮かんだ。
外に撃って出たいのだ、この男は。
「不服か?」
「……いえ」
「表情はそうは言っていないがな。貴様の後ろには何万もの民がいる。貴様が抜かれれば罪のない何万もの命が失われる、謂わば最後の守りだ。その責務の重さ、よもや分からんとは言わぬな?」
レリアはルフスを一瞥し、少しだけ低くなった声で問いかける。
「ーーいえ! 民衆を守る盾の任、必ずや遂行致します!」
「よろしい、励め!」
レリアは少しだけ頬を緩め、ルフスを激励する。ルフスはもう何も言わなかった。
一度拳を強く強く握って、深く腰を折った。
ああ、すごいな。すごいしか出てこない自分の語彙力を恨む。
自分よりも年下の女性が、何万もの命を背負い、劣勢の中でも目を背けず自らの役割を全うしている。
彼女の力になりたいと自然と思う。人の上に立つべく生まれた人間とはこういう人の事なのだと実感する。
「そして、我が騎士アキラ!」
「はい!」
立体図の中で、新たに白い点が置かれた。
赤い群の真正面。
「テリオン四千の正面に立ち、迎え撃て。無茶を承知で敢えてこう言おう、一体も後ろに通すな!」
レリアは真っ直ぐに俺の目を見ながら続ける。
「貴公たちが居なければ、我々はなす術もなくテリオンどもに蹂躙されていたであろう。この作戦は貴公たち二人がいなければそもそも成立しない。
たった一機に戦況を任せるなどと、指揮官として情けないにも程があるが、それでも、お前たち二人が希望なのだ」
数秒、もしかしたら一秒にも満たない時間かもしれないが見つめ合う。
彼女の髪色と同じ燃え上がるような紅色の視線に貫かれると、全身に高揚感が駆け巡り力に溢れてくる。
「ノア」
自分がこの世界で目覚めた時から常に一緒にいる、彼女を呼ぶ。
アキラが戦場に向かうということは、彼女も必ずその戦場に身を投じることになる。万が一アキラの生命が失われるような事態になれば、彼女もその機械の命を宇宙に散らすこととなる。まさに一蓮托生というやつだ。
だがその事に嫌気はまったくない。
これから戦場に向かうというのに、彼女が一緒だと思うと勇気すら沸いてくる。
ノアはアキラの視線を受け止めて、これまでと何も変わらない無表情でただ一回頷いた。
「任せてください。ここで暮らす多くの人や仲間たち、誰も死なせません。もちろんレリアも、必ず守ってみせます」
さぁ、子供の頃に夢見た完璧なナイトになってやろうじゃないか。




