-21-
「おはようございます、ホシ様!」
ノアはステラの点検を行うらしく、手持ち無沙汰になり軽く基地内を散策していると、
通路でいきなり声をかけられた。
すれ違った若い兵が、壁際に寄って敬礼している。二十歳そこそこだろうか。顔がまだ丸い。緊張しすぎて、指先が震えていた。
「あ、いやいや、ホシ様はやめて」
「はっ! では、ホシ卿!」
「卿!?」
結論から言うと、噂は一晩で基地中を回っていた。
昨日の騎士の儀を見ていたのは管制塔の十数人だけのはずなのに、朝食の時間には、洗濯場のおばちゃんまでが後ろ回し蹴りの話をしていた。しかも徐々に尾ひれがついていて、俺はドルスス殿を素手で触れもせずに三回転させたことになっていた。
「専任騎士殿だ!」
通路の曲がり角で、整備班の一団とすれ違う。
全員が一斉に道を空けた。譲られるほうが恥ずかしい。
「そんな端に寄らなくても」
「いえいえ! どうぞどうぞ!」
みんな頬に油の筋や黒い汚れが入っている。
「うちの班、こないだの戦闘映像を何十回も見ました!」
「流星のようにテリオンどもの間を縫って、本当にすごかったです!」
「あの、服のここにサインもらえますか」
「サイン!?」
食堂は輪をかけてひどかった。
トレイを持って席を探していたら、奥のテーブルから手が上げて声をかけてくれる。作業着の一団だ。
「ホシ卿! こっち空いてます!」
断る理由がないので座る。
途端に、六人が一斉に身を乗り出してきた。
「あの機体、加速のときの反動どうしてるんですか」
「装甲の継ぎ目って本当にないんですか」
「うち、ミレス乗ってるんですけど、あんなえげつない機動どうやって練習したらできますかね」
「ミレスじゃ無理だろお前」
「無理って言うなよ!」
全員若い。
この人たちは全員ミレス乗りだそうだ。
普通のシグヌムと比べ、反応が〇・四秒も遅い機体。ルカ曰く、避けられるはずのものに当たって死ぬ、歩く棺桶。
三日前の戦闘で、十八機が帰ってこなかった。そのうち十五がミレス。
目の前で笑っているこの六人はその日、たまたま帰ってこられた側だ。この若者たちは全員、何度も戦場へ立ってきたのだろう。
「名前、教えてもらっていいですか?」
俺は聞いた。
「え、俺らのですか?」
「うん」
六人が顔を見合わせた。
誰かが「貴族の専任騎士様が平民の名前なんて」とこぼして、隣に肘で小突かれていた。
「マルテです。第七小隊所属」
「セクスタ。同じく第七」
「ティトゥスっす。もとは整備班ですが、たまに乗ります!」
「ティトゥスの弟のガイウスです」
「自分はサルマンです」
「ロータスといいます!」
三千年後の宇宙で、顔と名前が一致する人が少しずつ増えてきた。
……変な話だ。
三日前まで俺はこの星のことも、この人たちのことも何ひとつ知らなかった。八万人という数字を聞かされて、多いなと思っただけだった。
数字が顔になっていく。
「ホシ卿、これ食べます?」
「え」
「うちの班のおすすめです。培養肉の一番安いやつなんですけど、この調味料つけると化けるんですよ」
差し出された小瓶を受け取り、培養肉にかけて食べてみる。
……なるほど。
調味料は胡椒とシナモンを混ぜたような強い風味のするソースで、コクや深みのない培養肉の味を無理やり誤魔化すことはできている。なぜだか大学生時代の貧乏飯を思い出す味になった。
「まぁ、悪かないかもな」
「でしょう!」
嬉しそうに笑ってくれる。
「あと市街地の方へ向かうとイージィーマーケットっていうコーヒースタンドがめちゃくちゃ旨くて!」
「コーヒーか、いいね! コーヒー好きなんだよ」
「そこの水出し珈琲が本当におすすめでして」
「あとクッキーもおすすめが」
そのまま第七小隊のみんなと食事を続け、基地での暮らしにおける小技やお得情報を教えてもらっていた、そんか時。
突如として、けたたましく警告音が基地中に鳴り響いた。
基地全体の照明が、白から赤へ落ちた。
人の声ではない音が、天井から降ってくる。低くて途切れなくて、耳より先に腹に来る種類の音だった。
『第一種警戒。第一種警戒。全戦闘要員は所定配置につけ』
「うわっ、なにこれ!」
「警報です」
マルテと名乗った若者の声からさっきまでの浮かれた調子が完全に消えていた。
彼ら立ち上がる、迷いがない。何百回もやってきたかの動きだ。
「ホシ卿、旗艦へ向かいウォレリア司令の所へ行ってください。我々も持ち場へ向かいます」
「え、でも」
「お早く」
真剣な声と表情だった。
先ほどまで談笑していた若者たちと同じ顔とは思えない。
「テリオンどもがやってきました」
ステラの点検軽い点検を行っていたノアと合流し、通路を走る。
「ノア、ステラの調子は!?」
「異常なし、最新最強です」
「安心した!」
何人もの人とすれ違う。誰も彼もが真剣な面持ちで急いでいた。
扉を抜けて、艦橋に飛び込んだ。
静かではなかった。
三日前に来た時は無音だった部屋が、今日は声で埋まっている。
「第三索敵網、反応数の更新!」
「まだ増えます!」
「輸送艦二番、退避軌道に入れ!」
全員が叫んでいた。戦闘配置では声を出す。
その中心に、レリアが立っていた。
「アキラ、来たか」
彼女は振り返らずに言った。
「はい。テリオンの襲撃ですか?」
「見ろ」
正面の壁一面が赤かい。
最初投影が故障したのかと思ったほどだ。
しかしそうではなかった。
赤い点が画面を埋めていた。密度が高すぎて隙間がまるでない。星図の上に赤い霧がかかっているみたいだ。
「……もしかしたこれ、全部」
「テリオンだ」
「観測数、現在——」
モニター兵の張った声が裏返った。
「四千を超えました! まだ増えます!」
四千。
こないだ俺たちが片付けた宇宙鯨は三百体だった。あれで、この基地は五十時間で落ちると言われていた。
四千。
かるく十倍以上である。
「敵種構成、報告っ!」
「鯨型含む大型テリオンおよそ千! 魚類型を中心とした中型テリオンおよそ千五百! 昆虫型等小型テリオン確認数千超! まだなお増え続けています」
「侵攻進路は?」
「——直進。ウェスペルへ、一直線です」
にわかに信じがたい数だ
隣から、レリアの苦渋に満ちた舌打ちが聞こえてくる。
「閣下」
副官のアントニウスの声が艦橋にやけに響いた。
「非戦闘員の避難の準備を進めます」
「……ああ。他基地への応援要請も忘れるな」
「そちらはすでに試みております」
レリアが目を閉じ、奥歯を食い縛る。
「あれはあくまで先遣隊による偵察だったということか」
偵察。
あの三百体が。
二日かけて艦隊を削りシグヌム十八機を奪い、五十時間でこの基地を壊滅させると言われた、あの群れが。
様子見だった。
「アキラ、ノア」
レリアがこちらを振り返る。
赤い目が、まっすぐ見ていた。
「貴公の専任騎士として初めての戦いだ」
「……はい」
「存分にその剣を振るってくれ」
「お任せください」
口の端を上げて、不敵に笑い応えたかったのだが、たぶん表情はひきつって失敗していただろう。




