ー18ー
お盆で少し実家に帰ってました。
またよろしくお願いします
「では——我が家の新しい騎士に」
レリアが杯を掲げた。
『新しき騎士アキラに!!』
歓迎会と呼ぶには、少しささやかだった。
場所は艦長室の隣の小部屋。集まったのは八人。テーブルの上には培養槽の蛋白を成形した料理が並んでいて、酒はあるが、たぶんいくらか安い等級だ。栓を抜いた瞬間に、ルカが鼻をつまんで「うわ、これ工廠の洗浄液と同じ匂いする」と言い、アントニウスさんに睨まれていた。
それでも全員が、ちゃんと杯を持ち上げていた。
「いや、めでたい!」
最初に声を上げたのはドルススさんだった。
でかい。座っていても頭ひとつ出ている。礼装の肩が完全に窮屈そうで、腕を上げるたびに縫い目が悲鳴をあげていた。その丸太みたいな腕が、杯を持つと急に小さく見える。
「アキラ殿ほどの腕と心を備えた御仁が、ウァレリア様に忠誠を誓ってくださるとは! 当家の運もまだ尽きておりませんな!」
まだそんなに飲んでいないはずなのに、赤らめた顔でバシバシ背中を叩かれる。
地味に痛い。
「俺はまだ認めてませんけどね」
テーブルの端から声が飛んだ。
ルフスだ。杯にも料理にも手をつけず、腕を組んで壁に寄りかかっている。俺の方は見ない。赤茶の髪が照明の下でぼさぼさに跳ねていて、そこだけ礼装が似合っていなかった。
「こんな、素性のわからない奴」
「感じわるー」
ルカがルフスの言葉に被せるように即座に返した。串に刺さった何かを頬張ったままである。
「ウァレリア様から、事情があってアキラの素性は明かせないって言われてるでしょ。何回言われたら覚えんの」
「わかってるよ! わかってるけど言いたいんだよ!」
「クソガキじゃん」
「うるさい!」
ルフスの耳が赤くなり、ルカは涼しい顔で串を回している。
仲がいいのか悪いのか。
ルフスの言うことももっともだと思うが、あいにく俺とノアの正体については何も話せないので、日本人らしく曖昧に笑って誤魔化しておく。
「ね、ね!」
ルカがグラスと肉串で両手をふさいだまま、こっちへ寄ってきた。距離が近い。ついさっきまで別のテーブルにいたはずなのに、気づけば肘が当たる位置にいた。
緑の目が、真正面からこっちを覗き込んでくる。まばたきをせず見つめられ、めちゃくちゃ圧を感じる。
「それよりさ、ステラのこともっと教えてよ! 仲間になったんだからいいでしょ!」
「あー……ごめん。機密なんだよ」
「これから私たちが整備するんだから、知っとかないとダメっしょ! それとも二人だけで整備するつもり?」
それは確かにそうだ。
いつまでも触らせないわけにはいかない。かといって触らせれば全部が終わる。どうしよう。
困ってノアの方を見る。
「整備は不要です。ステラには自己修復機能が搭載されています」
「——は」
ルカの目がおおきく見開かれ、串が止まった。
口に運ぶ途中の姿勢のまま、ルカが固まっている。
「なにそれどういうこと?」
「機密です」
「なにそれなにそれなにそれ!?」
串が皿に落ちた。ルカの両手がテーブルを叩く。
「自己修復!? 装甲が!? どのレベルで!? 構造材まで!? 聞いたことないんですけど!」
「機密です」
「えー! そんな酷いこと言わないでー! 素材は!? 動力は!? 炉の形式だけ! 形式だけでいいから!」
「機密です」
「機密機密機密って全部機密じゃんかー! なにかヒントだけでもいいから! お願い!!」
ノアの足下ににすがり付き懇願してる。
「ヒントですか、いいでしょう」
「え、いいの!? マジ!? やったぁ!」
「力の源はわたしとアキラの愛の力です」
「あい……、愛ぃ!? どういうこと、意味わかんないだけど! 何のヒント!?」
「ヒントというよりむしろこれが正解です」
「全っ然わからんー!」
ノアは微動だにしない。表情も声も、水の入ったコップみたいに静かなままだ。その前でルカだけが跳ねて、金の水色の髪が照明を弾いている。
ルカの相手はノアに任せよう。
この二人、放っておけば一晩でも続けそうだった。
「アキラ」
気付けばレリアが横に来ていた。
俺と違って白と紅の礼装がとても似合っている。凛として品がある。
「ささやかな式で悪いな」
「いえ、そんな。ありがたいです」
「わたしの、初めての専任騎士の着任だ」
彼女は杯の中を覗き込んでいた、何かに想いを馳せている。酒の水面に、天井の光がひとつ映って揺れている。
「公爵家であった頃なら、いくつもの星をまたぐ式典になっていたろうな。招待状だけで三月かかる」
なんとまぁ、まだまだ実感できないスケールの話だ。
星をまたぐ式典って、なに。
星間国家ってやつをきちんと理解するのは地球の感覚が邪魔をし過ぎてる。
「閣下、いくら嘆いても、無い袖は振れませぬ」
落ち着いた、男性の声。
「改めて、自己紹介を。ウァレリア様の副官を務めております、アントニウスと申します」
痩せた中年の男だ。背筋が定規で引いたように真っ直ぐで、姿勢がまるで崩れない。目尻の皺は深いのに、その皺が笑いでできたものには見えなかった。実際、出会ってから一度も笑った顔を見ていない。
「昔はわたしの教育係だった男だ。物言いは気に食わんが、間違ったことは言わん」
「恐縮です」
「褒めておらん」
アントニウスさんの不遜ともいえる態度に、レリアは「な?」とばかりアキラに向かって肩を竦めた。
「アキラ。せっかくだ、我が家の現状を教えておこう」
「閣下、事情を何も伝えぬまま当家へ勧誘なさったのですか。それはもはや詐欺では」
「ええい、うるさい。これから話す」
うんざりだとばかりに杯を置いたレリアを見て、少し笑ってしまう。
「聞いての通りだ。うちのコホルスは、戦艦五、輸送艦二、シグヌム十八機、ミレス二十八機、エクエス二機。
全て、我がアウレル家の金で維持している。帝国は一銭も出さん。私兵法だ」
知っていた。ノアから聞かされていた。
だが本人の口から、指を折りながら数えられると、まるで違う重さで落ちてくる。
「三年連続の赤字だ。こないだの戦闘で失った十八機の補填は、家の年収の七割にあたる」
「……七割」
「そうだ。守れば守るほど痩せる。
これが、貴公が剣を預けた家の中身だ」
その時のレリアの声に悲壮な感情はなかった。
現状を受け入れ、事実をしっかりと認識しその上であがいている。
「三年前までは、こうではございませんでした」
ドルススさんが杯を置き話に入る。
「あの事件の前であれば、こんな辺境の小さな防衛基地ではなく。いくつもの惑星要塞と、万を超える大艦隊を預かっておりました。御当主様自ら軍を率いられ、それはそれは凄まじい活躍でテリオンを退けておりました」
ドルススさんの言葉は誇らしげでいて、現状への悔しさを滲ませている。
「失礼な言い方かもしれませんけど。たった三年で、そんなに変わるものですか」
部屋の空気が、少し重くなった気がした。
少し前まで万を超える艦隊を持っていたのに、たった三年でこうなるだろうか。
「変わる」
レリアが口を開いた。
「父上が拘禁され、降爵となった。それだけで、縁のあった家の大半が離れた。融資が止まり、婚約が三件消え、取引先が名を伏せた」
ゆっくりと衰退していくには十分な理由かもしれないが、それだけだとあまりに早すぎる。
「そこで、兄上と姉上が動いた」
「お兄さんとお姉さん」
「マルクス兄上と、アエリア姉上だ」
名を口にした時だけ、レリアの声の温度がなくなった。
抑揚が消えたのではない。消したのだ、と分かった。そういう喋り方をする人だ。
「名誉を挽回するには、軍功しかない。二人は最激戦区への転属を志願した。〈セプテム・カリギニス〉——第七暗域と呼ばれる宙域だ」
「そこは?」
「テリオンの侵攻軸のど真ん中だ」
「お二人は、十分によくやった」
レリアは淡々と続けた。
「一年で七度の会戦を制した。軍功の積み上げとしては、爵位審議の卓に載る水準まで来ていた」
来ていた。
過去形。
「そんな折に、……あれが、出た」
少し言葉につまるレリアに代わり、ドルススさんが引き取った。
「紅い瞳を持ち、竜のような姿をした超大型テリオン。全長は、およそ四十キロメートル」
四十、キロメートル。
ステラが十二メートル。
たしか富士山ですら高さは約三.八キロメートル。四十キロというのは、その十倍以上ということになる。
それが、生き物の形をして動く。
「〈ドラコー・アビュッシ〉。後にこう呼ばれました。――――第七暗域の悪夢、と」
ドルススさんの声は静かだ。だがその静けさの中にどれほどの感情が押し殺されているか。
「あらゆる攻撃が効きませんでした」
彼は続けた。
「主砲による艦隊斉射も、要塞級の砲台も。装甲に当たってはいるのです。当たって、傷ひとつ残らなかった」
「……」
「何万に届く艦艇と、数えきれぬシグヌムが散りました。当家の精鋭も、そこに」
部屋が、一層静かになる。
ルカが下を向いている。さっきまで椅子ごと飛び跳ねていたのに、今は杯の縁を指でなぞっているだけだ。爪の間に入った油が、白い陶器によく目立った。
ルフスは壁に寄りかかったまま、天井を見上げていた。喉が一度、上下した。
ドルススさんは、両手で杯を包んだまま動かない。あの丸太みたいな腕が、そこだけ小さく縮んで見えた。
なんとなくだが、この人たちは全員、あそこに誰かを置いてきているのだとわかった。
「兄上の艦は、最後まで撤退の殿を務めた」
レリアが震えを必死に抑えた言った。
「姉上は、その艦の護衛についていた」
それ以上は言わなかった。
言わなくても分かった。
「この旗艦〈アウレルム〉ですが」
アントニウスさんが暗くなった場を、まったく気にせず継いだ。
「アウレル家に代々受け継がれる、由緒ある戦艦にございます。ただし、いかんせん性能は時代遅れの骨董品でして」
「え、そうなんですか」
「主機の形式は百年前のものです。装甲材は四世代前。艦内区画の更新も三世代分滞っております」
百年前……、確かにまごうことなき骨董品だ
むしろ地球の感覚だと未だに現役で稼働していることに驚く。
「本来なら軍備を見直し、改めて最新鋭艦を揃えたいところなんだが――いかんせん金がない」
レリアが苦々しく吐き捨てる。
「皇帝陛下から睨まれた家に、支援する家門も企業もない。装備の更新すら、ままならん」
彼女は杯を持ち上げて、中の安い酒を飲み干した。
「とまあ、正直に言えば、伯爵家としてもふさわしくない。男爵さえ疑わしい、いつ取り潰されてもおかしくない力しか残っておらん」
この場にいる人たちは全員、それを知っていて残っている。
給金が遅れても。装備が更新されなくても。
兄と姉を亡くし、父が牢にいて、必死に家を守るウォレリアを支えるために。
俺は昨日、この人に剣を預けた。
嘘の身分で。
でも、預けたこと自体は、本当だ。
「しかし!」
ドルススさんが立ち上がった。
「此度、当家に参じられたアキラ殿のお力があれば! 必ずやあの悪魔を討ち果たし、御家再興への道を切り開けるに違いありませぬ!」
「いや、そんなっ」
突然名前を出され、思わず両手を振る。
「精一杯やりますけど、どこまで力になれるか」
「何を弱気な!」
ドルススさんが身を乗り出し、ぶつかったテーブルが十センチ動いた。
さっきまで沈んでいた顔が、もう別人みたいに輝いている。この人、酔っているのか感情の切り替えが怖いほど早い。
「確かにアキラ殿には、まだ経験が足りぬように見受けられます。だがそれは伸び代というもの! まだまだ強くなれますぞ!」
「はぁ」
「手始めに、無重力下での宙戦機動からですな! 何を隠そうこのドルスス、機動戦には自信があります! なに、ほんの二百時間ほどで、卵からヒヨコにはなれましょう!」
「二百時間!?」
「今から参りましょうぞ! さぁ! さぁ!」
もう立ち上がっている。杯を片手に持ったまま、中身が溢れて手の甲を伝っているのに気づいていない。
「今!?」
力強っ。
腕を捕まれ、少し抵抗するが無駄であるとすくにわかった。
「ドルスス殿、あまりはしゃいで、アキラ殿を困らせぬように」
エイデンさんがドルススさんの後ろに立っていた。背筋は年齢に見合わないほど伸びていて、白い髪をひとつに結い上げ、手には空になった皿を重ねて持っていた。給仕をしながら、いつの間にかそこにいる。
「ドルスス殿には、シグヌム部隊の再編に、補給品の請求と調整と、まだまだやるべき事が残っているはずでございますが」
「……うむぅ」
あの巨体が、目に見えてしぼんだ。腰を下ろす音まで小さい。
どうやらエイデンさんには弱いらしい。
「アキラ殿」
エイデンさんがこちらを向いた。
「先の騎士の儀での最後の蹴り、実に見事でございました」
「あ、ありがとうございます」
突然ふられ思わずどもってしまった。
「あれか、確かにあれは素晴らしかったな。シグヌムの動きではなく、まるで何か武術を見ているようだった」
「手首を押えて体勢を崩してからの一撃、やられた此方も称賛しかでない見事な一撃であった!」
「ねー! あんなの見たことないよ! 達人じゃん!」
「なんであんな制御できて、宙戦機動は素人みたいなんだよ」
次々と褒められると流石に少し照れる。
咄嗟の事とはいえ、あの作戦は自分でも上手くいったと思っていたからなおさら。
「実は昔、父親の影響で空手っていう武道をやってまして」
「ほう」
アントニウスさんが顎を撫でた。
「空手ですか。興味深いですな」
「あ、知ってます? 他にも合気道とか柔道とか色々やらされて大変だったんですけど、こうして身についてて役に立ったので、父には感謝ですね」
アントニウスさんが、杯を口へ運ぶ手を止めていた。
その視線が、ほんの一瞬だけ横へ流れる。受けたのはエイデンさんだ。彼女は皿を重ねる手も止めずに、瞼をわずかに下げただけで返した。
そういえばエイデンさんは昔凄腕の兵士だった、みたいな事を言っていたので、もしかしたら空手を知っているのか。
「カラテに、アイキドウ。聞いたことのない武道ですな。帝国式格闘術とは違うのですかな」
ドルススさんが興味津々とばかり身を乗り出し効いてくる。
あれ、ドルススさんが知らないということは、やっぱり空手は三千年後には残ってないのか。ノアの記録でさえあんな可笑しな事になっていたし。
「まあまあ、そんな物騒なお話はよしてくださいな」
するとエイデンさんが遮るように割り込んだ。
「か弱い老婆には、とてもついていけません」
「か弱い? エイデン殿が? はっはっはっ、冗談にも程がある」
「——何か、異論が?」
「いえ。なにも」
巨体が背筋を伸ばした。
やはりドルススさん、切り替えが早い。
エイデンさんは、それきり何も言わず、ただこちらの杯に酒を注ぎ足しにきてくれた。
注ぐ手つきが、妙に堂に入っている。瓶の底を支える指の位置も、切るタイミングも、長年やってきた者のそれだった。
注ぎ終えて、一度だけ目が合った。
皺の中で、その目は笑っていた。柔らかい、穏やかな笑い方だった。
なのに背筋が、なぜかすっと冷えた。
誤字報告ありがとうございます。
すごく助かります。




