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17/23

ー16ー



 演習場から五キロ離れた管制塔。


 厚い遮光窓の向こうに、岩と砂だけの荒野が広がっていた。肉眼で見えるのは二つの点だけだ。細かいものは全部、正面の投影に頼ることになる。


 ウァレリア・アウグスタ・アウレルは、その投影を見上げていた。


 まだ、耳に残っている。


『ウァレリア様と、この家が守ってる人たちのために』


 問答の定型は『我が主とアウレルの旗のため』、あの男はそれを変えた。

 旗ではなく人だと。名は背負わないが責任は取ると。そして最後に、定型にない言葉をひとつ足した。仲間に、と。


 ウァレリアは脚を組み直した。


「エイデン。どう思う?」

「さて、難しゅうございますね」


 背後で幼い頃から頼りにしている家令が答えた。


「先日の戦闘映像どおりの挙動を、自由自在に出せるのであれば。一瞬で終わりましょう」

「出せなければ、な……」


 ウォレリアの呟きに被さるように、横から若い声が割り込んだ。


「出せるわけがありません」


 ルフスだ。当家に仕えるシグヌム乗りの一人。若手のホープ。窓に張りつくようにして投影を睨んでいる。


「あんな速度であんな軌道、人間が制御できるはずがない。絶対に何かカラクリがあるはずです」


 ルフスの顔には嫌悪感ともとれる表情が浮かんでいる。

 この男の父も兄も、アウレル家に仕え戦場で死んでいる。

 アキラに対する敵意を、嫉妬だと切り捨てるには、あまりに尊く切実な忠義だった。


「確かにな」


 ウァレリアは前を向いたまま答えた。


「常識では考えられん機動だった」

「でしょう」

「だが常識で考えられんものが、常識どおりに動くとも限らんぞ」

「もし——」


 ルフスが食い下がった。


「もしこないだの超高速機動を対人戦で再現できないなら、絶対にドルスス殿が勝ちます」

「絶対か」

「はい」


 ルフスは力強く頷く。


「ドルスス殿の立体機動は、まず捉えられません」


 それは事実だ。

 ドルススは伊達や酔狂で、エクエスを駆り十七年前線に出ているのではない。決して的を絞らせず、敵陣の奥深くまで潜り込み、最小限の被弾で戦果だけを持ち帰る。


 軍の記録に残る異名は〈ウンブラ〉。

 影。捉えようとした瞬間に、そこにいない者。


「ルカ、お前はどう見る。整備士の目からだ」

「えー、あたしっすか」


 部屋の隅で、つなぎの金髪が跳ねた。


「んー、戦闘のことはわかんないっすけど」


 ルカは工廠の三代目だ。祖父も父も、アウレルの機体を見てきた。三歳の頃から工廠に入り浸り、十を過ぎる頃には大人の整備兵より手が速かった。

 言葉遣いには少々の難があるが、ウァレリアにとっては妹のようなものである。

 その少女が、頭を掻いた。


「あの機体に使われてる素材、まったくの未知なんすよ。うちの正規登録材、全部照らしても該当なし」

「なるほど、興味深いな」

「だから、今までの常識では計れないんじゃないかなー、って」


 ウァレリアは、少しだけ口の端を上げた。

 この娘が「わからない」と言うのを、何年ぶりに聞いただろうか。



『これより、騎士の儀を開始する』


 アントニウスの声が響いた。


『——始め』


 灰色――コルウス――が、消えた。

 次に投影に映った時、コルウスは高度四百にいた。


「早い」


 誰かが呟いた。

 跳んで落ちて、空を蹴るように、また跳ぶ。高度も方位も一定しない。上、横、斜め下。どこから来るかを予測させないための、ドルススが何年も戦功を立ててきた型だ。


 白と金の機体――ステラ――は、その下で振り回されている。

 撃たれた。左肩、腹、頭。しかし全てステラの張ったシールドに弾かれている


「見ろよ!」


 ルフスが思わずといった感じで声を上げた。


「やっぱりだ! こないだの高速機動は、細かい調整が利かないんだ! あれは事前にコースを設定してたんですよ!」


 正しい。


 ウァレリアも、そう見た。


 ステラが動いた。

 地を蹴る

 その一歩で、二機の距離は一瞬で縮まる。


 その挙動に観測室が息をのんだ。


「——速いですね」


 エイデンの声は静かだった。


「動きは直線的でございますが、あの初速は尋常ではありません。並のシグヌム乗りであれば、今のひと太刀で終わっております」


 ドルススは避けたが、紙一枚の差。機体ごと横へ流れて、あの回避ができるのが、帝国広しといえど何人いるか。


「やっぱアキラの機体すごいって!」


 ルカが飛び跳ねている。


「見てくださいよあのシールド! 機体の全面覆ってるんですよ!? どの角度からの弾も全部止めてる! マジどういう理屈!? 艦船用のを小型化した感じ!? どんな炉積んでんの!?」

「ルカ、うるさい」

「すいません!」


 膠着した。

 ステラの大剣は当たらない。コルウスの銃撃は効いていない。そんな攻防が五分続いた。


「どちらも決め手を欠いているな」

「左様でございますね」


 ルフスが唇を噛んで戦況を見守っている。


「でもあんなシールド、燃費が悪いはずです。このまま撃ち続けて、エネルギー切れを狙えば——」


 その時通信が入った。



『——ホシ殿。このままでは千日手ですな。提案があります』


 投影の中で、ドルススの機体がライフルを地面に置いた。


「な——」


 ルフスの声が裏返った。


「どうしてですか!? このまま削っていけば勝てたのに!」

「……先に残弾が尽きると、判断したか」


 ウァレリアはそう言ったが、半分は違うと思っていた。

 あの男は、そんな計算で剣を選ぶ男ではない。


 背後で、エイデンが応える。


「おそらくは、本当の腕前を見たくなったのでございましょう」

「というと?」

「アキラ殿の操縦、どうにもチグハグなのです。ご覧くださいませ」


 エイデンが投影されたステラを指した。


「地上での姿勢制御踏み込み、重心の移動。驚くほど滑らかでございます。ところが空中に上がった途端、まるで初めて機体を貰った新兵のような姿勢になる。スラスターの吹かし方も雑でございましょう」


 言われて、初めて見えた。

 ウァレリアは投影の中のステラを、改めて見直した。

 今はただ歩いているだけだ。だがその歩き方に硬さが一切ない。


 機体は歩く時、必ずどこかで機械の匂いがする。膝が伸びきる寸前の一瞬の間、着地の際の微細な揺り戻し、方向転換で腰が先に回るか肩が先に回るかの癖。乗り手の全員が、多かれ少なかれそれを持っている。


 それがないのだ。

 あの白い巨体は、人間が歩くのとまったく同じ順序で歩いている。


 息を呑んだ。


「すげぇ……」


 ルフスも気づいたらしい。


「なんでこんな精密制御ができる奴が、空中だとあんなに下手なんだよ……」


 ウァレリアは〈プリマ〉である。

 最高適合の判定を持って生まれ、幼い頃から機体に乗り、十年やって凡庸だと知った。血だけは一級品で腕は三級品。よく出来た笑い話だと、自分で言ったことすらある。

 それでも努力だけは人の何倍もしてきた、自負がある。

 あんな歩き方はできない。

 十年やっても、できなかった。


「……とんでもない姿勢制御だな」


 声が掠れないよう、腹に力を入れた。


「ドルススは、わざわざ不利な土俵へ降りたのか。あの技量を見るために」

「さて」


 エイデンの声が、ほんのわずかだが楽しそうに弾んだ。


「不利かどうかは、まだ。単純な操縦技術だけで勝負は決まりませんよ」


 ステラとコルウスの剣が交わった。


 ステラが踏み込み大剣を振り下ろす。コルウスが斜めに剣を入れて、それを撫でるように逸らした。

 勢いが横へ流れる。そこへ突きが伸びた。


「浅い」


 ウァレリアは呟いた。


 二撃三撃。スペックとして速いのはステラのはずなのに、剣筋が読めていない。振りが素直すぎる。


「アキラ殿には、まだ足りぬものがございます」


 エイデンの声は変わらなかった。


「戦術、間合い、駆け引き。十七年で身についたものは、そう易々と埋まるものではありません」


 ステラが押されている。

 灰色が前へ出た。白が下がる。下がったところへ更に踏み込まれ、剣が高く跳ね上げられた。


 決まる。


 ウァレリアは、無意識に肘掛けを掴んでいた。


 ステラが、大きく後ろへ跳んだ。

 距離が開く。およそ三十メートル。


 そして——投げた。


「は?」


 大剣が、回転しながら宙を飛んだ。


「投げた!?」


 ルフスが叫んだ。


「そんな小細工、ドルスス殿には——」


 コルウスが動いた。

 考えるより先に剣が上がり、飛来した大剣を真横から叩き落とす。見事な処理だった。


「勝った!」


 武器を失ったステラ。

 声を上げたルフス以外も、その場にいる誰もが、そこで終わったと思った。


 大剣から視線を戻したときにはもう、ステラは一足飛びでコルウスの懐にいた。

 右手が、コルウスの手首を掴んでいる。


 

 ステラの軸足が地面を噛み、上体が捻れ、その回転が脚に乗って——

 白い踵が、後ろから回った。


「馬鹿なっ!!」


 ウァレリアは思わず立ち上がっていた。


 コルウスの頭部の側面に、踵が入った。


 音は届かない。五キロ先だ。だが投影の中で、コルウスの巨体が横へ流れて、砂の上に崩れた。

 観測室が爆発した。


「マジかよ!?」

「スゲーーーッ!!」


 悲鳴と歓声が混ざっている。ルフスが窓を殴っている。ルカが跳ねている。誰かが椅子から落ちた。


「見事!」


 いつも落ち着いたエイデンすら声を上げた。


「……エイデン、今のは何だ」


 返ってくる老女の声には、隠しきれない熱があった。


「スラスターで無理に姿勢を作ったのではございません。軸足で地面からの反発を受け、力を逃がさず腰の捻りで脚を運んだ。実に見事な後ろ回し蹴りにございますね」


 ウァレリアは、言葉が出なかった。

 シグヌムは人の形をしている。だが人のようには動かない。


 膝の可動域が違う。重心の位置が違う。地面から返ってくる力の伝わり方が違う。だから乗り手は皆、姿勢制御装置を使って人の動きを機体の動きに翻訳し戦っている。


 しかし今みた光景は紛れもない後ろ回し蹴りであった。


「……神業という他ないな」


 投影の中で、白い機体が砂の上の大剣を拾い上げた。

 そして起き上がろうとしている灰色の頭の、すぐ横に、刃を突き立てた。


 ウァレリアは、通信を開いた。


「——そこまで!」


 声が、自分の思ったより大きく出た。


「勝者、ホシ・アキラ!」

 

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