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第一演習場は、ドームの外にあった。
ステラに乗って移動すること十数分。降りたった場所には、何もなかった。地平線まで岩と砂だけが続いていて、空はくすんだ薄紫をしている。ドームの膜が、遠くで山みたいに盛り上がって見えている。
あの膜の内側にだけ空気と水と緑がある。
外はこれだ。
『両者、騎士の誇りを胸に正々堂々と儀へ挑むように』
通信越しにレリアの声が届いた。彼女と家臣団は、五キロ離れた管制塔にいる。
俺は目の前の相手を見据える。
深い灰色の機体だった。
肩から後ろへ、太い砲身が二本張り出している。腰の脇にもう一本。左腕にライフル。右手に細身の剣。装甲はどこもかしこも分厚くて、フォルムはやや丸っこい。
白と金のステラの前に立つと、まるで別の生き物みたいだった。
『先代様より預からせて頂いている、アウレル家家門機〈コルウス〉。ドルスス』
向かい合う機体から通信が入った。
『十七年、この機で当家をお守りしてまいりました』
聞こえてくる声に気負いは感じられない。
「 同調複座積層連結外骨格<S.T.E.L.L.A>、ホシ・アキラとノアです」
ドルススさんに倣って、こちらも機体名と名前を名乗る。
言い慣れていないので噛みそうになった。
『これより騎士の儀を執り行う』
管制塔からの通信の声が、レリアから男性の声に切り替わる。
『この儀、勝敗をもって騎位を定めるものにあらず』
男性の声、おそらく旗艦でレリアの副官を務めていたアントニウスさんだ。
『当主代理の任命は、すでに成された。試し手はその命に異を唱えず、受け手も己が位を賭けぬ。
ただ剣を交え、互いに背を預け得るかを問う』
どうやらこの仕合の結果は専任騎士の任命自体には影響しないらしい。
しかしこのまま任命されたとて、周りからの信任が得られていなければ意味がない。
レリアのためにも必ず認めさせなければ。
『実体武装のみ。砲は封印。射撃は演習弾に限る。決着は、相手機の頭部へ刃を届かせた者を勝者とする』
殺し合いではないが、首を取る形にはする。と。作法とはそういうものらしい。
コックピットの中で、背中に重みがかかった。
「<シンパテイア>接続、開始します」
ノアの腕が前に回って、胸の中心で手のひらが重なる。
二回目だ。
二回目なのに、先程のハグもあってやけに心臓がうるさい。
これから決闘が始まるというのに、集中しないと。
「アキラ」
「ん」
「手が震えています」
「そりゃ俺にとっては初陣なんだ、手ぐらい震えるよ」
「安心してください。相互同調率、二六パーセント。数値は上昇中です」
「二六!? 低くない!?」
「初搭乗時の値からはおよそ倍です。機体制御は十分に可能です」
あのハグちゃんと効いてたのか。
複雑な気持ちになる。
いや、ハグだけではないだろう。愛の力とかいうとんでも理論が正しいのだとすると、共に過ごす時間が確かにノアに対する親愛の情を抱かせている。
しかし、こうやって数値にされると恥ずかしいやら風情がないやら。
ドルススの乗った機体、コルウスが細身の剣を抜き、胸の前で構える。
『新たにアウレルの列へ加わる者。名を』
ステラに搭乗し演習場に向かう前に教わった、騎士の儀の問答。
「ホシ・アキラ」
『何を携え来たる』
「我が機と、我が剣を」
ここまでは教わった通りに答える。
『何のために振るう』
ここからは多少のアドリブが許されるようで、自分の心に正直にと言われた。
「ウァレリア様と、この家が守ってる人たちのために」
本来であれば『我が主と、アウレルの旗のため』と返すのが一般的ではあるらしいが、あいにく俺はアウレル家に仕えるという意識はない。
あくまでもレリア個人を手伝うと思っている。
『その機と共に、何を背負う』
「この旗の下で戦う責任を」
ここも変えた。想定は『アウレルの名を背負う』だ。
名は背負うこのはしないが、責任はとる。
『ならば、誰に背を預ける』
「共に戦う騎士に、仲間に」
定型文の最後に仲間に、を付け足し、大剣を胸の前で構えた。
『ならば示せ。我らがお前に背を預けられるか。お前が我らに背を預けられるか』
◇
開始の合図と同時に灰色が消えた。
――上だ。
視界の端を掠めて、コルウスが真上へ跳んでいた。重力がかなり軽いせいで上がり方が異様に大きい。そこから空中で機首を振って、斜めに下降していくが、スラスターとブースターを使い空中をかけ巡る
高さも、方向も、一定しない。上、横、斜め下。三次元のどこからでも来る。
『お手並み拝見といきましょう、立体的な機動についてこれますかな?』
ドルススの声は落ち着いていた。
『ついて来れなければ、こちらだけ当てさせていただく』
撃たれた。
左肩腹、頭。三点に光が走って——止まった。
薄い光の膜で全部が散っていく。
「テメノス発動しました」
ノアの声。
「この程度なら、何万発受けても問題ありません」
「よし!」
『ほう』
ドルススの声に、感心が混じった。
『やはり、そうきますか』
……やはり?
『貴殿の映像は繰り返し見ました。三百体を一直線に貫いた、あの機動を』
あ。
「やっぱりバレてそうだな」
「はい」
ノアが短く答えた。
「前回の戦闘映像を見ているなら、ある程度の実戦経験のある人間なら気づきます。あの突撃は、真っ直ぐにしか来られないと」
アキラは位相断層大剣〈ハルパー〉を構える。
使いこなせれば、単純な超硬度の剣ではなく、刃そのものが非常に薄い位相境界を形成する万物を両断する大剣になるらしい。
しかしまだ同調率がこそまで達していないし、今回使うと殺傷力が高すぎる。今はただのでかい剣ということだ。
ハルパーを上段に構え踏み込んだ。
速い。速すぎるほどだ。ステラの脚は一蹴りで二百メートルを詰めた。灰色の機体が、視界の中でみるみる大きくなる——
ハルパーを振る、当たらない。
紙一枚の差だった。ドルススの機体はこちらが振り抜く直前に、体ごと横へ滑って消えていた。
通り過ぎる。
『速い。だが、真っ直ぐだ』
背中を撃たれたがテメノスお陰で無傷。
三度やって三度とも同じだった。
速度では圧倒している。踏み込みも、以前とは比べものにならないくらい思い通りに動く。
行き先が読まれている。
機体の制御は出来ている。しかし高く飛ぶということに俺の動きはまったく慣れていない。まっすぐ相手に向かって突っ込むことしかできない。
曲がろうとすると、体の中心が置いていかれる感覚がある。十二メートルの体のスペックを活かしきれていないし、微調整のやり方が分からない。
その隙間に、正確に撃ち込まれる。
「ノア! なんか遠距離の武器ない!?」
「ケーレスがあります」
「どれ!?」
「背中の刃です。四枚。分離して、独立稼働します」
背中。
俺は背中を意識した。
……何もない。
肩甲骨の裏に力を入れようとして、そこには何もなかった。動かす筋肉がない。指を曲げるのとも、腕を上げるのとも違う。そもそも、俺の体には背中から生えている羽根なんて部位が存在しない。
「動かない!」
「はい。同調率第三段階で使用可能になります」
「今何段階!?」
「第二の途中です」
「間に合ってない!」
そこからは繰り返しになった。俺が正面から突っ込み、ドルススさんが紙一重で避け、攻撃を加えるがテメノスに弾かれる。
スペックでは圧倒してるのに、操縦者の差が如実に出た。
経験値が違う。
『——ホシ殿』
通信が入った。
射撃が止んでいる。
振り返ると灰色の機体が五十メートルほど先で、静かに立っていた。
『このままでは千日手ですな』
「……はい」
その通りだ。こちらは当たらない。向こうも効かない。日が暮れる。
『提案があります』
ドルススが、左腕のライフルを地面に置いた。
そして、右手の剣を構え直した。
『せっかくの騎士の儀です。剣で決めませんか』
◇
『機体の性能でも、装甲の厚みでもない。どちらがより自分の機体を、自分の手足として動かせるか。この位を争うなら、そこを見たい』
俺は言葉に詰まった。
射撃を捨てれば、圧倒的な機体スペックが前に出ることになる。それでもこの人は、俺が何者かを見たいと言っている。
「ノア」
「はい」
「勝てると思う?」
「判断材料が不足しています。しかし機体制御の精度において、アキラは現在、帝国の神経接続を用いるどの乗り手より上です」
……え。
「二六パーセントで?」
「はい。シンパテイアは方式が違います。彼らは機体を操作していますが、アキラは機体を着ています」
着ている。
俺は自分の右手を見た。十二メートルの機械の巨人の白い手が、指の一本一本ちゃんと思いどおりに動く。
むしろ今の自分より難しい操作してるのに、あんな変態機動をしていたドルススさんに、改めて感銘する。
「……受けよう」
距離が詰まった。
俺から踏み込んだ。ハルパーを上から振り下ろす。
受けられた。
細身の剣が、斜めに入ってきて、ハルパーの腹を撫でるように逸らした。振り下ろした勢いが、そのまま横へ流れる。
体勢が崩れた瞬間に、突きが来た。
のけぞってぎりぎり避けた。装甲の胸を、刃の先が擦っていく。
『ほう』
感心されている場合か。
二撃、三撃、機体の速度が速いのはこちらの方なのに、剣の道筋が読めない。
当たり前だ。 俺は剣なんて握ったこともない。
この人は十七年、これで家を人を守ってきた。
考えろ。勝てるのはどこだ。
剣術では負けている。射撃はない。ケーレスは動かない。突撃は当たらない。
……。 いや。
なんで俺は、剣で勝とうとしてるんだ。
俺は後ろへ大きく跳んだ。
重力が軽いので、思ったより飛んだ。三十メートルほど距離が開く。
そして——ハルパーを投げた。
『なっ』
初めてドルススの声が揺れた。
十二メートルの大剣が、回転しながら飛んでいく。あんな使い方をする武器ではない。誰もそんなことはしない。
あの人の体は動いた。十七年だ。考えるより先に、剣が上がっていた。飛んできたハルパーを、真横から叩き落とす。
質量が大きい大剣を弾くため、両手で剣が握られている。
俺はもう踏み込んでいた。
落ちていくハルパーの音が背後で鳴る。灰色の機体がこちらへ視線を戻した時にはもう、間合いの内側にいた。
右手で相手の剣を持つ手首を掴む。
押さえた。
『——ッ』
機体のスペックに頼った力勝負に持ち込もうとは思わない。だから押さえるのは一瞬でいい。
腰を落とし、軸足で地面を噛んで、上体をひねって腰の回転を脚に乗せる。
右足が後ろから回った。
白と金の巨人の踵が、灰色の機体の頭部の側面に入った。
音は、ほとんどしなかった。空気が薄いせいだ。ただ衝撃だけが、こちらの脚を通って背骨まで走った。
コルウスの巨体が、横に流れて、崩れた。
軽い重力のせいか、速度のわりに倒れるのがゆっくりに見えた。
俺は砂の上のハルパーを拾い上げ、そして起き上がろうとしている頭の、すぐ横に、刃を突き立てる。
通信がしばらく無音だった。
「……俺の勝ち、でいいですか? それとも、剣だけって話だったから、蹴りはダメですかね」
『——いいえ。紛れもなく、アキラ殿の勝利です』
ドルススさんの機体が、倒れたまま、武器を手放した。
『シグヌムでの回し蹴りなど、聞いたこともない。とんでもない機体制御精度だ』
機体越しに手を差し出し、倒れたコルウスを助け起こす。
『そこまで!!』
レリアの声が通信機から響いた。
あとで聞いたら、家臣団の全員が立ち上がっていたらしい。
「お見事です、アキラ」
背中でノアが言った。
「いや、まあ」
俺は少し照れた。
想像以上に上手くハマってくれた。
「こう見えて昔、けっこう真剣に空手やってたんだよ。高校まで」
「……カラテ」
ノアが繰り返した。
「古代地球期の徒手格闘技ですね。記録が残っています」
「お、知ってんのか」
「はい。達人は拳ひとつで恐竜を屠ったと伝わっています」
「……それなんてKARATE? 俺の知ってる空手とは随分違うんだけど」
「まさかアキラがカラテマスターであったとは。流石です」
「全然違うから、その記録消しといてくれ」




