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基地の第一格納庫は、艦中とはまるで違った。
天井が高い。そこに開いた採光口から、白っぽい陽が斜めに落ちている。床は塗装された金属で、油と、埃と、外から吹き込んだ砂の匂いがした。
匂いがあるだけでこんなに落ち着くものなのか。
その真ん中にステラが立っていた。
白と金の巨体が、明るいところで見ると余計に場違いだった。周りに並んでいるシグヌムは灰色と紺で、機能性だけを積み上げた無骨なカッコよさがある。その中で一機だけ、ある種の神々しさを感じる儀式様の美しい機体が混ざっている。
「騎士の儀の開始時刻まで、二時間三十四分。先程わたしが言った勝てない理由を説明します」
そう言ってノアはその場にしゃがみ込み、床の砂に指で線を引き始めた。
ちょこんとしゃがみお絵描きしている敵の最強兵器。
「何してるんですか、アキラも早くしゃがんでよく見てください」
しゃがんだ体勢から無表情で上目遣いで話す彼女は、なにか小動物を連想させてとても可愛い。
「まず、位相境界場シールド『テメノス』の仕様です」
彼女は細長い楕円をひとつ描いた。ステラのつもりらしい。
「テメノスは機体全体を包みますが、位相差の深さは均一ではありません」
楕円ステラの周りに薄い線が一周する。
「通常はこの程度です。多少の攻撃は物ともしませんが、大口径の砲撃を完全に止めるほどではありません」
「じゃあこないだの、宇宙鯨テリオンとのあれは?」
ビームの中を真正面から突っ込んでいったように思ったが。
「最大出力では、位相差を進行方向へ集中させます」
ステラの前方に太い線が一本まっすぐ伸びた。
「これを〈貫通軸〉と呼びます。軸上では砲撃も装甲も、全て貫通し崩壊します」
こないだの画が思い浮かぶ。
三百の光が正面から来て、光の中を通り抜け、鯨の腹を通り抜けた。あれは避けたのでも耐えたのでもない。通り道の全部が壊れていたのだ。
「すごいじゃん。やっぱり最強じゃん」
「ただし」
ノアが指を止める。
「軸を固定している間は、急旋回も急停止もできません。軸を変えるには、一度出力を落として再設定する必要があります。つまり――」
彼女は砂の上の太い線を、指でなぞった。
「最大出力のテメノスは、直線では無敵の槍ですが。縦横無尽に飛び回る無敵の球ではないと言うことです」
ノアは新しく、砂の上に丸をいくつも描く。
「前回の戦闘を整理します。敵は宇宙鯨型テリオン。巨大で非常に装甲が硬い。その反面機動力は低く、攻撃時にほぼ動きません」
丸をできるだけ多く貫通する線が大きく引かれる。
「三百体の配置を読み、複数体が一直線上に並ぶ軸を設定しました。そこへ突進し、ビームをテメノスで無効化しながら貫き、抜けたあと大きく旋回して次の軸を引く。それを繰り返しただけです」
次々と描かれる砂の上の線を見る。
直線と大きな弧と、また直線。その繰り返し。
「じゃあ、あれって、全部先に決まったコースを辿ったってこと?」
「肯定します。戦闘開始前に計算を終えています。位置移動予測、射線、最も多く貫ける軸、次の軸への旋回経路。すべて。
前回アキラは操縦していません。わたしが設定した軌道を、身体感覚として体験していました」
確かにそうだった。
よくよく考えれば、俺はまだちゃんとステラを操縦したことがない。
自分の身体と、機械の巨人の身体の境界が曖昧なまま、身体が勝手に動いているような感覚。
だがそれと今日の仕合に勝てないと言っていること、関係あるのだろうか。
「この後の騎士の儀で同じようにはいかないのか? 軸決めて、突っ込むやつ」
うまく決まってしまえばドルススさんが消し飛んでしまうだろうから使えない、とかそんな話だろうか。
「成功する確率は非常に低いでしょう。
理由は二つ。まず今回の相手は人型の機動兵器であり、前回の宇宙鯨型テリオンとはサイズ及び機動力が違います」
彼女は砂の上に、小さな四角を描いた。ドルススの機体らしい。
「軸を設定した瞬間に横へ外れられます。対して、こちらのステラはテメノスによる体当たり中は曲がれません。無理に曲がろうとすれば位相境界が歪み、アキラに強烈な負荷がかかります」
避けられたら、そのまま通り過ぎるしかないということか。
「二つめ。位相差を深くするほど、外部の情報に遅延と誤差が生じます。前回の相手は動かなかったので問題になりませんでした。
ですが今回の相手は非常に高い機動力を持ち動きます。数十分の一秒の遅れは、そのまま命中精度に影響します」
「……つまり」
「ドルススは歴戦のシグヌム乗りと予想されます。テメノスによる突撃は、避けられると可能性が高い。
ですか向こうの攻撃もまた、通常展開のテメノスで十分に止められるかと」
こちらの攻撃は避けられ、向こうの攻撃はそもそも効かない。
勝てもしないが負けもしないということか。
じゃあどうしたらいいのか。
「勝つためには今回、アキラにテメノス以外の武装や攻撃手段を使ってもらう必要があります」
「それって、俺が動かすってこと?」
「はい」
「それはもちろん俺に出来ることがあるなら、全力で取り組むけど、ノアがやった方がいいんじゃないか?」
別に戦いたくないとか、嫌だとかそういうわけではない。むしろノア一人に押し付けるのは心苦しいので、なにか出来ることがあるならもちろん任せて欲しい。
しかし完全に素人の俺より、最強兵器であるノアが武装を使った方がうまくいくと思うのだが。
「できません」
ノアは膝に付いた砂を払って立ち上がる。
「アキラが搭乗すると、テメノスの出力が理論値を大きく超えます」
「え、いいことじゃん」
「深い位相差の維持には、常時大量の演算が必要です。わたしの処理能力は位相差の維持と、アキラの生命維持にほぼ全て取られます。
つまり戦闘時の咄嗟の判断、機体制御はアキラが担う必要があるということです」
機体は最強なのにパイロットは俺。
そりゃ歴戦のドルススさんに勝てんかもしれん。
「ちなみになんで俺が乗ると出力が上がるの?」
「不明です。アキラの生体信号は、この世界のどの計器も解析できません。
基準の外にある物差しを軸にできるため、位相差を深く取れる——だから理論値以上のエネルギーを得る。というところまでは分析結果が出ました。しかしなぜそうなるのかは不明です」
便器どころか、ステラすら俺に計測不能を返してくるとは。
三千年の時差というのは思っているよりも深刻なのか。
「そして、アキラが武装を使用するにあたって、更なる出力上昇と機体の同調率に相関がある、ある重要な一つの要素があります」
相関関係。つまりその要素が高ければ高いほど、ステラの出力は上がるし、自由に動かせるようになると。
「それは、アキラがわたしに対する――『好き好き大好き愛してる』――という気持ちが強くなれば強くなるほど、出力と同調率が上がるということです」
「………………は?」
なんて言ったんだこのポンコツ。
「アキラとわたし――ステラ――との接続は、現在人類が主流として採用している神経接続とは方式が違います」
ノアはこちらを真っ直ぐ見ていた。表情はいつも通り。
聞き間違いじゃなかったらしい。当然の事実としてこのまま続ける気だ。
「人類のものは、乗り手が機体に命令を送る一方通行です。わたしたちのものは、互いを自分の一部として扱うことを許可し合うことで成立します」
「許可」
「はい。わたしがアキラを理解し、アキラがわたしを受け入れ、互いに判断を預ける。この三つが揃うほど接続が深まり、出力と同調精度が上がります」
だんだん話が変な方向に行っている気がする。
「名称は〈シンパテイア〉。相互人格共鳴接続と訳します」
「はぁ……」
「なお、この状態を指す人類の語彙が存在します。それは、」
嫌だ。
なぜか嫌な予感がする。
「――――『愛』、です」
俺はしばらく黙った。
格納庫の遠くで、誰かが金属を叩いている。それがやたら大きく聞こえた。
「……愛の力で戦うの?」
「はい」
「……マジで?」
「はい」
「宇宙の運命を左右する感じの戦いを、愛の力で?」
「別に宇宙の運命は左右されません。そして正確には相互理解と信頼によって予測誤差が減少し、位相制御の精度が上がる現象です。それを人類の語彙に翻訳すると『愛』になります」
専門的に難しい言葉で説明されると余計にひどい。
「……そうか、愛か……」
深いな。
約30年生きてきて、愛とはなんぞやなんて微塵もわかっていない。
それなのに、目覚めた三千年後の世界で、愛を力に戦う羽目になるとは。
「では、さっそく愛を深めましょう」
「え」
「二時間二十一分で可能な範囲を試します」
ノアが一歩下がり、そして両手を広げた。
「……なんのポーズ?」
「ハグしてください、できるだけ熱烈に」
時間が止まった。
俺は、目の前で両手を広げている銀髪の美少女を見た。
彼女は微動だにしない。無表情だが見事に整った完璧な顔貌だ。すごく可愛いことに間違いはない。
「……聞き間違いかな、もう一回言ってもらっても?」
「ハグです。抱擁。人類が身体接触によって親和を高める行為の一種と理解しています」
「……なんで?」
「信頼感を高める最も早い手段のひとつであると、記録にあります。所要時間が短く、準備も不要で、効果の発現が速い。現状で最も効率的です」
「効率どうこうとかでするものじゃないんじゃないかな」
「さぁ、アキラ、早く。正面から――ぎゅっ、と」
俺は周りを見た。
見なければよかった。
十メートルほど先で、つなぎ姿の集団が完全に手を止めている。工具を持ったまま、全員がこっちを見ている。
その先頭に金髪がいた。
両手で口を押さえて、目が完全に見開いている。ルカだった。
「……あの、ノア。場所を変えない?」
「時間の損失になります」
「このままだと俺の社会的な何かの損失になるんだけど」
「残り二時間二十分です。接続のテストの時間を考えると移動する時間はありません」
なぜか無表情から絶対に引かないぞ、という固い意思が読み取れる。
俺は覚悟を決めた。
今日の正午に、俺は十七年の乗り手と戦う。負ければ、俺を庇うと決めたレリアの立場が潰れる。
それに比べたらこんな社会的な損失は安い。
……安いはずだ。たぶん。
「……いくぞ」
「はい」
俺は一歩踏み出して、目の前の細い体を、腕の中に入れた。
暖かい。
感触は人間の肌とまったく変わりはなく、温度だけがややひんやりしている。それなのに触れたところからほんのり暖かい気持ちが拡がっていく。
想像していたよりずっと軽くて、それなのに身体の芯はまったくぶれない。
銀色の髪が顎に当たっている。いい匂いがした。
背中に回された腕が、ゆっくりと締まっていく。
思っていたよりずっと強く。
「……ノア、もういいか?」
周りからの視線が痛い。
「まだです。おそらくハグの効果は時間に比例すると予測します」
声はいつもと同じ無感情だった。
しかしその腕は離れる気配がまったくないし、なんなら抱き締め方は強くなっている。
背後で誰かが叫んでいる。
「うおおおおおおおおおお」
「ルカ、うるさい!」「黙って見てろ!」「むしろ見んな!」
「だってあれ! あれなに!?」
「これ以上進むようなら見ちゃダメだぞ!」「キース! キース!」「いいなー、俺も銀髪美少女と抱き締め合いたい」
少し離れたところで騒ぐ整備員たちの声を聞こえてくる。
なぜかとても満足そうな気配を漂わせているノアを全身で感じながら、先程のとんでも理論はこいつがただハグしたかっただけなんじゃないかと、ついつい疑ってしまう。
愛の力です(迫真)
専門用語が多くてごめんなさい。
落ち着いたら用語集も作ります。




