ー13ー
惑星ウェスペルにある前線基地、カストルム・ウェスペルの着艦区画は風が強かった。
初めての地球以外の空気。乾いていて、少し砂の匂いがする。日差しが弱い。人工的に太陽の光を再現しているらしく、地球のものより光が薄く白い。
タラップを降りると、ウァレリアの出迎えのため人が並んでいた。
二十人ほどだろうか。白と紅の礼装が数名、作業着が数名。一番前に、老女が一人立っている。
その後ろに、見覚えのある金髪がぴょこぴょこ跳ねていた。ルカだ。アキラを見つけ両手を振っている。もはや出迎えというより応援である。
「ウァレリア様。ご帰還をお待ちしておりました」
背筋のピンと伸びた老女が、レリアに向けて深く腰を折った。
「ああ、出迎えご苦労エイデン。変わりないか?」
「ウァレリア様、守備隊の皆様のお陰です」
「彼女は当家の家令だ。私が留守の間、この基地の管理を任せている。こうみえて昔はかなり戦場で鳴らした凄腕だ」
レリアが俺たちと老女の間に立ち紹介してくれる。
「ほほっ、昔の話でございます」
エイデンと呼ばれた微笑み軽く会釈をしてくれた。
「そして——こちらが、我らを救っていくれたあの機体のパイロット。アキラとノアだ」
レリアの紹介を受け拍手が起きた。
礼装の連中が姿勢を正して、深く頭を下げてくる。作業着の連中が口笛を鳴らす。ルカが「うおおお」と叫んで、隣の中年男に頭を叩かれていた。
「よくぞ、よくぞウァレリア様をっ」
一人の男が進み出てた。四十くらいの、背の高いがっしりとした男だ。なんとも礼装が窮屈そう。
「ドルススと申します。当家の機動兵器部隊を預かっております。昨日の戦況は全て見ておりました。あれほどの機動は、生涯忘れませぬ」
「あ、いえ。こちらこそ」
握手を求められて、俺は反射的にそれを取った。
手が硬かった。厚くて、指の関節が太い。乗り手の手だ。
悪くない気分だった。
今日初めて出会った人たちであるが、この人たちが助かって本気でよかった。
ひとしきり歓待が落ち着いたところでレリアが声を張った。
「一同、聞け! 本日付をもって、アキラおよびノアの両名を当家家臣団に列する」
「なんとっ! これほどの勇者が当家に!」
「それは誠ですか!」
再度場が湧き、歓声があがった。
「役職は〈アルミゲル〉!」
拍手が途切れ、
「私の専任騎士とする!」
音がなくなった。
あれ、俺なにかやっちゃいました。
理解できないまま、目の前のドルススさんの顔が笑っていないのに気づいた。
「お待ちくださいウァレリア様!」
声を上げたのは若い男。
二十代半ばくらいの、赤茶の髪をした男。さっきまで一番大きな声で拍手していた男だ。
「お二人を家臣団に迎え入れることに否はありません。しかし専任、ですか」
「そうだ」
「当主代行であるウァレリア様にに直接お仕えする位です。その序列は家臣団の筆頭に並びます」
「もちろん知っている」
「ドルスス殿は十七年、私は六年」
男の声は必死に震えを抑えていた。
「私の父も兄も、その前の代も、アウレル家に仕えて参りました。降爵の折に多くが去りましたが、我らは残りました」
これはあれか。
いきなり外から来た人間が職場の上役でで入ってくる感覚のやつか。
しかも本人は前職も出身もろくに言えない。何の実績で入ったのか説明もできない。上が「優秀だから」としか言わない。
俺も昔飲み屋で同期と愚痴っていた記憶がある。
ましてこの人たちは文字通り命懸けでウァレリアを守り支えてきた人間だ。
「ルフス。控えよ」
ドルススが低く言った。
「ですが——」
「控えよと命じた」
赤茶髪の若い男が歯を食いしばって下がり、ドルススが俺に向き直った。
さっき程と目の温度がまるで違う。
「アキラ殿。無礼を承知で申し上げる」
「……はい」
「昨日の戦功に疑いはございません。我が家当主代行ウァレリア様、そして領民八万の命の恩人です。当家の者は全員貴殿方に返しきれぬ恩がある。――ですが、専任騎士は別です」
こちらを真っ直ぐ見つめるドルススの視線が突き刺さる。
「あれは戦功で与えられる位ではありません。当主の背中を預かる位です。当主が艦橋を離れる時、その隣に立つのは専任騎士です。当主が誰かに討たれる時、先に死ぬのが専任騎士です。貴殿にその覚悟はおありが?」
……。
言えない。
そんな役だなんて全然知らなかった、とはとても言えない空気である。
「我らはウァレリア様の横に誰が立っているのか、知る権利があると考えます」
「ドルスス、私が決めたことだ」
「閣下っ」
ドルススがレリアの方へ体を向けた。
「ご命令とあらば従います。当家の家臣として、異は唱えませぬ」
その上で、と彼は続けた。
「試させていただきたい。新任の家門機乗りが位を受ける際、既任の者と手合わせを行う騎士の儀。慣例をのっとりたい」
俺は横目でレリアを伺う。彼女は動かない。
おそらくドルススの提案は断れないのだと分かった。
昨日彼女は俺に約束した。本気で家臣として扱うと。人前では特にそうすると。ここで庇えば、その約束を自分で破ることになる。
しかも慣例だ。彼女が押し切ればそれは贔屓になる。贔屓は噂になる。噂は、俺たちが一番避けたいものだ。
そろそろこの三千年後の世界で生きる覚悟を決める必要がある。俺がノアと生きていくには、アウレル家にお世話になるのが最適であるし、その代わりレリアの為に出来ること全てすると決めた。
例え負けたとしても、意思と覚悟は見せないと。
レリア向けては静かに頷いた。
「……よかろう。一二〇〇。第一演習場、騎士の儀を執り行う!」
ドルススが腰を折った。ルフスたちがそれに続き、 「後ほど」と声をかけ礼装の連中が下がっていった。
「アキラ」
それまで黙って見守ってくれていたノアが声をかけてきた。
「勝手に決めてごめん。だけど必要な事だと思ったから」
「後々に続く遺恨を残さないためにも、仕合を受けたアキラの判断判断正しいと思います」
よかった。ステラに乗るにはノアがいないと話にならない。
「しかしこのままでは勝てません」
「――へっ??」
裏返った声が出た。
正直圧勝だと思っていた。だってウァレリアたちが苦戦していたテリオンを瞬殺していたから。
「ど、どどうしてっ!?」
ノアは最新最強で機体性能では圧倒的に勝っているはずじゃっ。
「負けることはありえません。しかしあの男の力量によっては勝つことも難しいかもしれません」
たぶん圧勝すると思ってカッコつけて覚悟を見せなきゃ(キリッ)とか頷いたのに!
「勝つためには、――もっとわたしとアキラが一つになる必要があります」
「……なんて?」




