表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/23

-12-



 レリアに先導され、旗艦〈アウレルム〉の中を進む。


 壁も天井も床も継ぎ目のない乳白色で、配管の一本も見えない。匂いがしなかった。


 無臭というのもそれはそれで落ち着かないんだなと気付く。俺の知っている乗り物には全部匂いがあった。電車にも飛行機にも、金属と人と油の匂いがした。ここには何もない。空気が完璧すぎて、鼻が仕事を失っている。

 照明器具もどこにもない。どういう理屈か天井の面そのものが薄く光っている。


 それにしても大きな船だ。


「なんで直線なのにこんなに扉があるんだ」


 歩きながら思わずこぼれた。ここまででもう四つか五つはくぐっている。


「区画を切るためだ」


 アキラの呟きが聞こえたレリアが応えてくれる。


「艦は一つの箱ではない。壁で細かく仕切ってある。穴が開いた時、そこだけ閉じて捨てられるようにな」


 ……捨てる。


 俺は思わず通り過ぎたばかりの扉を振り返った。

 今は開いている。すれ違った兵がこちらに会釈して向こうへ歩いていく。 


 もし今この瞬間、何らかの原因で壁が損傷したその時、向こう側に誰かがいても瞬時に閉まるのだろう。


「減圧してもすぐには死なんぞ」


 眉を潜めた俺の顔を見て、レリアが言った。


「血中のナノマシンが酸素を保持する。訓練を受けた者なら一、二分は動ける。その間に隣の区画へ逃げるか、緊急時の与圧服を掴め」


 一、二分。ナノマシン。

 その言葉を聞いて、俺は昨日便器に言われたことを思い出していた。

 ――ナノマシンが検出されませんでした。

 つまり俺にその一、二分は……。


「アキラ?」

「あ、いや。なんでも」


 思わず浮かんだ嫌な妄想を頭の中から振り払う。


 通路の様子が途中から変わった。

 乳白色の壁に細い金の線が入り始めた。それが枝分かれして、床の縁を走り、天井で組み合わさって模様になっている。柱の付け根には彫刻まであった。

 おそらく最後の扉は、それまでのものより一回り大きい。


「艦橋はこの奥だ」


 レリアが扉の脇に手をかざした。


「外殻から最も遠い。抜かれれば艦が死ぬからな」


 扉が音もなく開く。

 最初に抱いたのは、とても静かだな、という感想だった。


 人はいる。三十人近くいる。全員が席についていて、誰も喋っていない。

 紙をめくる音もしない。キーボードを叩く音もない。

 みんな、座って、前を見ているだけだった。

 時々、誰かの指がわずかに動く。それだけだ。


「……あの」


 俺は小声でレリアに聞いた。


「みんな、何してるんですか」

「もちろんこの艦の操作だ」

「え、これで?」


 レリアは怪訝な顔で立ち止まり、振り返る。

 少しだけ返事が遅れた。


「……ああ。そうか、貴公は」


 レリアは何かに思い至ったのか、丁寧に教えてくれる。

 たぶんまた勘違いしている。


「艦橋要員は全員、インプラントで艦と繋がっている。索敵も、機関の状態も、平時の報告は全部そこを流れる」

「じゃあ、ずっとこんな感じなんだ」

「まさか」


 レリアが少しだけ笑った。


「戦闘配置では逆だ。全員、声を出せと決まっている」

「え、なんで?」

「理由は三つある。まず一つは、被弾でリンクが落ちた時に何もできん奴を作らんためだ。

 二つめ。リンクは正確だが平坦でな、数字は数字のまま届く。だが声には調子がある。同じ報告でも、そこに籠った感情が伝えることもある。

 何十人を一つの生き物として動かすには、それが要るのさ」


 彼女はそこで少しだけ声を落とし、苦笑いを浮かべた。


「昨日のここは怒鳴り声しかしなかったぞ」


 果たしてこれは笑っていいところなのか、判断がつかない。


「そして三つめ、。リンクは神経接続を直接使う。平時の報告程度なら何ということもないが、戦闘だと索敵も砲雷も機関も損傷も僚艦も、全部が同時に流れ込んでくるので処理が追い付かない。一度の許容量にも限界があるし、流し込みすぎれば頭のほうが先に焼ける。適合率の低い者から順にな」


 そういえば格納庫で出会ったルカが言っていた、適合率によりランク分けさせられ、適合率の高さがそのままその人間の価値になる。と。


「だから重要なものを各員が選別し声に落とす。耳は神経接続とは別の道だ。声で流したぶんだけ、リンクが軽くなる」


 なんとも変な感じだった。

 寂しい、とまでは言わない。図書館の真ん中でつっ立っているような、そういう座りの悪さがある。


「これから降下体制へと入る。せっかくならこれから我らが降りる惑星(ばしょ)は見ておけ。悪くない眺めだぞ」


 レリアは艦橋の中央に据えられた、椅子に座り指示を出す。


「総員、降下配置。第三種戒厳を解除。ウェスペル管制と接続を確立」

「あ、そこは声なんですね」

「公式の号令は音声で発する。艦の操作記録とは別に記録に残すためだ」


 そういうもんか、と思う。

 何にせよ声に出した方がカッコいいので、個人的にはいつまでも廃れないで欲しい。


 前方に浮かびあがった大きなモニターを見る。

 艦の縁が光っている。オレンジと白の混ざった膜が、窓の向こうを流れていく。ごうごう、という音が、床から直接伝わってきた。


「大気圏内に入った。摩擦熱で外殻が焼けているが、心配はいらん。焼けるように出来ている」


 光が薄れた。

 膜が剥がれるみたいに散って、その向こうに、雲が広がった。

 一面真っ白。

 艦がそこへ突っ込んで、視界が真っ白になって、それから——抜けた。


 地面が見える。

 地平線の果てまで、乾いた岩と砂の色が続いている。

 やがて半透明な途方もない大きさの膜の用なものが見えてきた。

 その中に小さな水辺も見えている。海と呼ぶには小さすぎる。地球で言えば、湖くらいのものかもしれない。それが陽を受けて、鈍く光っている。

 水辺の周囲に細い緑が並ぶ。帯みたいだ。誰かが地面に一本、線を引いたみたいに、水際だけが緑色をしている。

 そして緑に寄り添うように多くの人工物が建ち並んでいた。


「言っておくが、貧しい星だぞ」


 レリアが言った。


「居住惑星としては最下級の等級だ。元は小さな港湾星として補給用ステーションと基地が置かれた小惑星でな。それなりの人口が暮らしゆっくりと開発されていた。

 それを三年前にうちが接収して拡張させた。局地テラフォーミングドームを張り大気を入れて、水を撃ち込み、地面を耕して、微生物を撒いた。三年かけてあれだけだ。緑化率は一割にも届かん」


 三年かけてあれだけ。

 俺はモニターを、食い入るように見つめる。


「……すごいな」


 この感動に言葉が追いつかない。


「言ってしまえば元々は大きな石ころだったんだよな。それに空気入れて、水入れて、緑生やして。人が住んでる」


 俺の生まれた時代では、そんなことはできなかった。

 砂漠を緑にするのに何十年もかけて、それでも風が吹けば元に戻った。海を作るなんて発想すらなかった。

 三千年経っても未だに階級社会から抜け出せていないようだが、人類は石ころを住める星にしていた。


「すげーな!」


 興奮が収まらず隣のノアに同意を求め、顔を向けるが「そうですか」と無表情。

 この興奮を分かちあえる同じ平成生まれの人間がいて欲しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ