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レリアに先導され、旗艦〈アウレルム〉の中を進む。
壁も天井も床も継ぎ目のない乳白色で、配管の一本も見えない。匂いがしなかった。
無臭というのもそれはそれで落ち着かないんだなと気付く。俺の知っている乗り物には全部匂いがあった。電車にも飛行機にも、金属と人と油の匂いがした。ここには何もない。空気が完璧すぎて、鼻が仕事を失っている。
照明器具もどこにもない。どういう理屈か天井の面そのものが薄く光っている。
それにしても大きな船だ。
「なんで直線なのにこんなに扉があるんだ」
歩きながら思わずこぼれた。ここまででもう四つか五つはくぐっている。
「区画を切るためだ」
アキラの呟きが聞こえたレリアが応えてくれる。
「艦は一つの箱ではない。壁で細かく仕切ってある。穴が開いた時、そこだけ閉じて捨てられるようにな」
……捨てる。
俺は思わず通り過ぎたばかりの扉を振り返った。
今は開いている。すれ違った兵がこちらに会釈して向こうへ歩いていく。
もし今この瞬間、何らかの原因で壁が損傷したその時、向こう側に誰かがいても瞬時に閉まるのだろう。
「減圧してもすぐには死なんぞ」
眉を潜めた俺の顔を見て、レリアが言った。
「血中のナノマシンが酸素を保持する。訓練を受けた者なら一、二分は動ける。その間に隣の区画へ逃げるか、緊急時の与圧服を掴め」
一、二分。ナノマシン。
その言葉を聞いて、俺は昨日便器に言われたことを思い出していた。
――ナノマシンが検出されませんでした。
つまり俺にその一、二分は……。
「アキラ?」
「あ、いや。なんでも」
思わず浮かんだ嫌な妄想を頭の中から振り払う。
通路の様子が途中から変わった。
乳白色の壁に細い金の線が入り始めた。それが枝分かれして、床の縁を走り、天井で組み合わさって模様になっている。柱の付け根には彫刻まであった。
おそらく最後の扉は、それまでのものより一回り大きい。
「艦橋はこの奥だ」
レリアが扉の脇に手をかざした。
「外殻から最も遠い。抜かれれば艦が死ぬからな」
扉が音もなく開く。
最初に抱いたのは、とても静かだな、という感想だった。
人はいる。三十人近くいる。全員が席についていて、誰も喋っていない。
紙をめくる音もしない。キーボードを叩く音もない。
みんな、座って、前を見ているだけだった。
時々、誰かの指がわずかに動く。それだけだ。
「……あの」
俺は小声でレリアに聞いた。
「みんな、何してるんですか」
「もちろんこの艦の操作だ」
「え、これで?」
レリアは怪訝な顔で立ち止まり、振り返る。
少しだけ返事が遅れた。
「……ああ。そうか、貴公は」
レリアは何かに思い至ったのか、丁寧に教えてくれる。
たぶんまた勘違いしている。
「艦橋要員は全員、インプラントで艦と繋がっている。索敵も、機関の状態も、平時の報告は全部そこを流れる」
「じゃあ、ずっとこんな感じなんだ」
「まさか」
レリアが少しだけ笑った。
「戦闘配置では逆だ。全員、声を出せと決まっている」
「え、なんで?」
「理由は三つある。まず一つは、被弾でリンクが落ちた時に何もできん奴を作らんためだ。
二つめ。リンクは正確だが平坦でな、数字は数字のまま届く。だが声には調子がある。同じ報告でも、そこに籠った感情が伝えることもある。
何十人を一つの生き物として動かすには、それが要るのさ」
彼女はそこで少しだけ声を落とし、苦笑いを浮かべた。
「昨日のここは怒鳴り声しかしなかったぞ」
果たしてこれは笑っていいところなのか、判断がつかない。
「そして三つめ、。リンクは神経接続を直接使う。平時の報告程度なら何ということもないが、戦闘だと索敵も砲雷も機関も損傷も僚艦も、全部が同時に流れ込んでくるので処理が追い付かない。一度の許容量にも限界があるし、流し込みすぎれば頭のほうが先に焼ける。適合率の低い者から順にな」
そういえば格納庫で出会ったルカが言っていた、適合率によりランク分けさせられ、適合率の高さがそのままその人間の価値になる。と。
「だから重要なものを各員が選別し声に落とす。耳は神経接続とは別の道だ。声で流したぶんだけ、リンクが軽くなる」
なんとも変な感じだった。
寂しい、とまでは言わない。図書館の真ん中でつっ立っているような、そういう座りの悪さがある。
「これから降下体制へと入る。せっかくならこれから我らが降りる惑星は見ておけ。悪くない眺めだぞ」
レリアは艦橋の中央に据えられた、椅子に座り指示を出す。
「総員、降下配置。第三種戒厳を解除。ウェスペル管制と接続を確立」
「あ、そこは声なんですね」
「公式の号令は音声で発する。艦の操作記録とは別に記録に残すためだ」
そういうもんか、と思う。
何にせよ声に出した方がカッコいいので、個人的にはいつまでも廃れないで欲しい。
前方に浮かびあがった大きなモニターを見る。
艦の縁が光っている。オレンジと白の混ざった膜が、窓の向こうを流れていく。ごうごう、という音が、床から直接伝わってきた。
「大気圏内に入った。摩擦熱で外殻が焼けているが、心配はいらん。焼けるように出来ている」
光が薄れた。
膜が剥がれるみたいに散って、その向こうに、雲が広がった。
一面真っ白。
艦がそこへ突っ込んで、視界が真っ白になって、それから——抜けた。
地面が見える。
地平線の果てまで、乾いた岩と砂の色が続いている。
やがて半透明な途方もない大きさの膜の用なものが見えてきた。
その中に小さな水辺も見えている。海と呼ぶには小さすぎる。地球で言えば、湖くらいのものかもしれない。それが陽を受けて、鈍く光っている。
水辺の周囲に細い緑が並ぶ。帯みたいだ。誰かが地面に一本、線を引いたみたいに、水際だけが緑色をしている。
そして緑に寄り添うように多くの人工物が建ち並んでいた。
「言っておくが、貧しい星だぞ」
レリアが言った。
「居住惑星としては最下級の等級だ。元は小さな港湾星として補給用ステーションと基地が置かれた小惑星でな。それなりの人口が暮らしゆっくりと開発されていた。
それを三年前にうちが接収して拡張させた。局地テラフォーミングドームを張り大気を入れて、水を撃ち込み、地面を耕して、微生物を撒いた。三年かけてあれだけだ。緑化率は一割にも届かん」
三年かけてあれだけ。
俺はモニターを、食い入るように見つめる。
「……すごいな」
この感動に言葉が追いつかない。
「言ってしまえば元々は大きな石ころだったんだよな。それに空気入れて、水入れて、緑生やして。人が住んでる」
俺の生まれた時代では、そんなことはできなかった。
砂漠を緑にするのに何十年もかけて、それでも風が吹けば元に戻った。海を作るなんて発想すらなかった。
三千年経っても未だに階級社会から抜け出せていないようだが、人類は石ころを住める星にしていた。
「すげーな!」
興奮が収まらず隣のノアに同意を求め、顔を向けるが「そうですか」と無表情。
この興奮を分かちあえる同じ平成生まれの人間がいて欲しかった。




