ー11ー
「お二人の身分を証明する書類ができました」
翌朝、応接室に呼ばれて開口一番がそれだった。
テーブルの上に、薄い板が三枚並べられている。端末だろうか。文字がびっしり詰まっていて、当然のように何ひとつ読めない。
「読み上げます。よろしいですか」
「あ、はい。お願いします」
ウァレリアは背筋を伸ばして、板の一枚を手に取った。
「機体名〈S.T.E.L.L.A.〉。Synchronized Twin-Entry Layered Linkage Armature。同調複座積層連結外骨格――――ステラ。
アウレル家が辺境宙域にて発掘した古代遺産の部材を流用し、独自に建造した単一機体。同型機は存在せず、設計思想も現行規格にも属さない」
……専門用語が多すぎてよくわからん。
俺は思わずノアを見た。ノアは無表情だが黙っている、異論はないようだ、。
とりあえずわかる範囲で気になったことを聞いておく。
「古代文明の機体を復元じゃないんですね」
古代遺産を使ったのなら、復元の方が言葉としてあってるきがする。
「復元ではまずいのです」
ウァレリアが板を置いた。
「復元と言えば必ず元があります。元があるなら設計図はどこだ、同型機の記録はどこだ、発掘現場の座標はどこだと、際限なく問われます。ひとつでも答えられなければ、そこから全部が崩れる」
なるほど。
古代の機体を見つけて復元したのではなく、古代の材質は流用しただけにしたいのか。
「ですが新造品なら、前例がなくて当然です。部材の材質が登録外なのは古代のものを使ったから。設計が異様なのは当家の独自研究だから。ステラは完全なワンオフ機体であり、同様の古代遺産を見つけない限り模造機体も造れない。そして――」
彼女は一度言葉を切った。
「建造したのがアウレル家である以上、その戦功は当家に計上されます」
俺は感心してしまった。
昨日の今日で、ここまで隙間を埋めてきたのか。
「おー、すごい。よく一晩でそこまで考えつきましたね」
ウァレリアは板の縁を撫でた。
「三年間、家を残す方法だけを考えてきましたので」
そう言って自嘲気味に笑ったが、自分でも手応えがあるのか、満足そうだ。
「次に、お二人の身分です」
二枚目の板が浮かび上がった。
「ホシ・アキラ殿ならびにノア殿は、当該機体を唯一操縦しえた者として、アウレル家の家臣団に列していただきます。役職は〈アルミゲル〉。爵位を持たぬまま家門機に乗る資格を有する従士の位です。
一般に専任騎士と呼ばれることを多いです。特定の主に直接仕えるためです」
「今回の場合、その主っていうのは」
「……私です」
ウァレリアが目を伏せた。
「無礼を承知で申し上げます。この形が最も安全なのです。爵位を伴わないので家系図の提出が不要ですし、専任であれば他家からの引き抜きも制度上できません」
筋は通っている。それなら確かに最善の身分だろう。
だがレリアは気まずそうにさっきからずっと顔を上げない。
これは、確実に、――俺たちが皇族に連なる高貴な人間であると誤解していらっしゃる!!
いや、そう仕向けたのは俺たちなんだけども。
心がっ、心が痛いっ。
俺なんてただのアラサー無職なのにっ。
「レリアさん。ひとつ、お願いがあるんですけど」
「なんなりと」
「その、敬語、やめてもらえませんか?」
ウァレリアが驚いた表情で顔を上げる。
「昨日までもっと対等に喋ってくれてたじゃないですか。アキラとか、下がれとか。俺、あっちの方が話しやすくて」
「……ですが」
「俺、正直まだ何者でもないですし。ぶっちゃね昨日はたまたま通りかかっただけで。ね?」
「アキラ殿が自身の正体が明るみにならないよう、細心注意を払っていることはわかっております。
しかし、私が昨日何を承知して膝をついたか、貴方様はご存知のはずです。それを承知の上で対等に扱えとおっしゃるのは、私の誠意を軽んじよという意味になります」
いったい貴女は何を承知したんでしょうか?
聞きたいような、聞きたくないような。
想定していたよりもずっと、大変なことになっている気がするが、果たしてこれは引き返せることができるのがろうか。
ウァレリアさんの真剣な眼差しが罪悪感というナイフになりグサグサと突き刺さってくる。
助けてくれ。
「よろしいですか」
そんなアキラの心情を汲み取ってか、横からノアが口を挟んだ。
「アウレル家の当主代行が、爵位を持たぬ一介の従士に敬語を用いて接すれば、周囲は不審に思います。家臣団も、正規軍も、平民も。艦中に噂が回るでしょう。今の対応は、アキラ様の身分を隠すという目的に対して、明確に逆行しています」
言い方はきついがノアの言うことももっともだ。
いいぞノア、もっと言え。
なんとか敬語を取り下げさせるんだ。
「そんなことはわかっている。しかし今は余人を介さない、内密な会合だ」
「誤って敬語が出てしまうような、万が一のリスクは少しでも減らしておくべきです」
「我が家名に誓ってそんなミスは犯さん。私の誓いとケジメのためにも譲れない」
静かに睨み合う二人。
俺の心がどんどん削れていくからやめてくれ。
「いや、あのっ。俺はレリアが名前で呼んでくれて嬉しかったから! それに、……そう! これから俺たちは対等な仲間じゃないかっ。その、もしかしたら俺が一方的にそう思ってただけかもしれないけど……」
勢いで喋りだしたはいいもののだんだん尻すぼんでいく。
言ってて恥ずかしくなってきた。
こちらが一方的に正体を誤解させているのだが、レリアの境遇や努力、その片鱗を知り、素直に尊敬し何か力になりたいと思った事に嘘はない。
「……仲間」
ウァレリアの瞳な大きく見開く。
「……そうか。貴公は私を、仲間と、そう呼んでくれるのか。こんな落ちぶれた私を……」
ウァレリアは何かを噛みしめるように言葉をこぼし、うつ向く。
おや? 言葉が、戻った。
「そうだな。私の落ち度だ」
顔を上げた彼女の表情はなんとも晴れ晴れとし、思わず見惚れてしまった。
ウァレリアは背筋を伸ばし、声を張る。
「では、以後は無礼を働かせていただく。対等に接する。呼び捨てもする。命令もする。人前では特にだ」
「もちろん」
「言っておくが、これは演技ではない。演技だと悟られる方が危険だからな。わたしは本気で貴公を対等な友とし、その上でアキラの安全のために家臣として扱おう」
真顔だった。
友として、更に家臣扱いする。なんともややこしい。
「ただし」
ウァレリアが一歩近づいた。
その手が伸ばされた。
「我らは一蓮托生。改めて、これからよろしく頼む。アキラ」
「こちらこそ、レリア」
その手を掴み、しっかりと握手する。
「ノア殿、いやノア。これからよろしく頼む」
レリアはアキラの手を離し、ノアにも握手を求めるが、
「必要を感じません」
「ノアっ!」
めっ! と、ばかりに咎めるとしぶしぶ握手をする。
無表情のくせに、なぜだかノアの感情はわかりやすい。




