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『サラリーマンパグ吉 ~今日も尻尾は上がらない~』  作者: 水前寺鯉太郎


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第55話:親父たちの裏連携と、助手席の桜

第55話:親父たちの裏連携と、助手席の桜

(投稿日:2027年4月3日)

 4月3日、土曜日。

 Z世代の新人チワワに魂を吸い取られ、昨夜はスーツを脱ぎ捨てたまま泥のように眠ってしまった俺が目を覚ました時、時計の針はすでに正午を回っていた。

「……フゴッ!? じゅう、12時!?」

 一瞬、血の気が引いたが、今日が土曜の休日であることを思い出し、深い安堵の溜息を吐いた。これがもし平日だったら、チワワの指導どころか俺自身が始末書モノの特大のやらかしになるところだった。

 ボサボサの被毛を撫でつけ、スマホを手に取ると、一件のLINE通知が入っていた。

 送り主は、シェパード副隊長の長女・なつみさんだ。

『山田さん、昨夜、父の同期である工藤隊長さんから、山田さんが新人の指導で疲れ切っていたというお話をお聞きしました。もしよろしければ今日、気晴らしにどこかへお出かけしませんか? 私が車で呉までお迎えに上がりますから!』

「……隊長ォォ……ッ、副隊長ォォ……ッ!」

 俺はスマホを握りしめたまま、シワだらけの顔を歪めて男泣きした。

 不器用なドーベルマン隊長が、昨夜のジャーキー亭の後に同期であるシェパード副隊長へ俺の窮状を伝え、副隊長が娘のなつみさんにSOSを出してくれたのだ。あのコワモテのおじさんたちの裏の連携プレイと優しさに、俺の1週間の疲労は一瞬で吹き飛んだ。

 午後。急いで身だしなみを整え、指定された駅前のロータリーへ向かうと、そこにはなつみさんの運転するスマートなSUVが横付けされていた。

「山田さん! お疲れ様です、どうぞ乗ってください!」

「フ、フゴォ……。わざわざ呉まで迎えにきていただいて、すみません……」

 シュッとした美人エリート警察官が涼しい顔でハンドルを握り、その助手席に、内臓脂肪レベルE(C判定に改善中)で腹の出た37歳(もうすぐ)の短足パグが、縮こまってちょこんと座っている。

 傍から見れば、圧倒的なヒモ感というか、情けなさすぎる構図である。だが、人間の指がないパグには車の運転など不可能であり、なつみさんの完璧なエスコートに甘えるしかなかった。

 車が向かったのは、広島市西区の高台にある桜の名所『竜王公園』だ。

 ポカポカとした春の陽気は、人間には快適でも、体温調節が下手な短頭種にとっては熱中症の入り口である。しかも竜王公園は、心臓破りの急な山の斜面にあるのだ。

 もし電動アシスト自転車や徒歩で来ていたら、俺は桜を見る前に気道が塞がって泡を吹いて死んでいただろう。車内の快適なエアコンと、なつみさんの馬力のある車のおかげで、俺は汗ひとつかくことなく山頂の公園へとたどり着くことができた。

「わぁ……! 山田さん、見てください! 満開ですよ!」

「……フゴォ。本当に、見事な桜ですね」

 眼下に広がる広島の街並みと、青空に映える薄紅色の桜のアーチ。

 俺は春風に吹かれながら、隣で目を輝かせるなつみさんの横顔を見つめた。

 生意気なZ世代のチワワに絶望し、老いと時代遅れを感じた新年度。

 だが俺には、不器用に見守ってくれる同期のおじさん上司たちと、こうして俺の命(気道)を守りながら絶景に連れ出してくれる、眩しすぎるヒロインがいるのだ。

 俺は決して一人じゃない。周りの温かさに生かされている泥臭いパグなのだ。

 舞い散る花びらが顔の深いシワに落ちるのを感じながら、俺の股の間に挟まった短い『巻き尾』は、桜の美しさと周囲への深い感謝とともに、優しくパタパタと揺れていた。

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