第54話:華金のジャーキー亭と、無言のハサミ
第54話:華金のジャーキー亭と、無言のハサミ
(投稿日:2027年4月2日)
4月2日、金曜日。夜。
Z世代の新人チワワ・野田のOJTで、取引先のベンガル社長を激怒させかけ、ひたすらシワだらけの顔を擦り付けて謝り倒した魔の一日。
精神的にも肉体的にもボロボロになり、ようやく定時で上がれた俺が、這うように本社ビルのエントランスを通過しようとした、その時だった。
「……山田」
背後から、地鳴りのような低い声が響いた。
振り返ると、警備課のドーベルマン隊長が、鋭い眼光で俺を見下ろしていた。
「た、隊長……お疲れ様です」
「……ひどい顔が、さらにひどく疲れているな。……『ジャーキー亭』へ行くぞ」
有無を言わさぬ連行。だが、今の俺にはその強引さが少しだけありがたかった。
香ばしい燻製の煙が漂う『ジャーキー亭』のテーブル席。
隊長が伝家の宝刀『VIPゴールド会員証』を提示し、特選厚切りビーフジャーキーが運ばれてくる。
隊長は俺の顔を見るなり、店員からキッチンバサミを受け取り、無言でジョキッ、ジョキッと分厚い肉を細かく切り分け、俺の皿へと押しやってくれた。犬種最弱クラスの顎を持つパグへの、コワモテ上司の不器用で完璧な気遣いだ。
「……ありがとうございます、隊長」
「……何かあったのか。言ってみろ」
冷たいデカフェ茶で喉を潤し、俺は今日あった出来事を堰を切ったように吐き出した。
挨拶回りでスマホを触る新人。タイパ至上主義。自分のアナログな指導が全く通用しない絶望感。
俺の愚痴を、隊長は腕を組み、「……グルゥ」と低く相槌を打ちながら静かに聞いてくれた。
「フゴォォ……。スマホでメモを取るのが効率的だとは分かってるんです。でも、相手の目を見て、泥臭く頭を下げるやり方をどう教えればいいのか……すっかり自信を無くしましたよ」
すっかり弱音を吐いてしまった俺に対し、隊長は自分のグラスを傾け、ポツリと、だが重みのある声で呟いた。
「……気に病むことはない。若犬の躾には、いつの時代も骨が折れるものだ」
「隊長……」
「お前のその泥臭いやり方に救われている客は、必ずいる。……冷める前に食え」
スマートな効率化や、タイパとは無縁の不器用な慰め。
だが、俺のためにわざわざ細かく切り分けられたジャーキーを噛み締めると、凝縮された肉の旨味と燻製の香りが、ボロボロの脳と胃袋に温かく染み渡っていった。
「……フゴッ、ズビッ……! うまい、沁みますね……!」
効率だけでは測れない、中年獣人同士の泥臭い絆。
その夜。腹を満たして家に帰った俺は、スーツを脱ぎ捨てるなり、泥のように深い眠りに落ちた。
Z世代への戸惑いは尽きないが、今日ばかりは先輩の温かさに救われた。布団の中で丸くなる俺の股の間に挟まった短い『巻き尾』は、すっかり安心しきったように、静かに寝息に合わせて動いていた。




