1-5 崩落の原因
翌日、ステラはいつもと同じ時間に家を出て学園に到着すると、南塔の入口から学舎の中に入った。
そこは職員の休憩室や会議室などが入っている学園の中枢で、別名『管理塔』と呼ばれている。東の『講義塔』や北の『訓練塔』、西の『資料塔』に比べて、学生があまり出入りするところではない。
ステラも南の管理塔の扉をくぐるのは、入学手続きに来た時以来だ。
(あんまり眠れなかったな……)
ステラはふうっとため息をつきながら、最上階の五階にあるという学園長室に向かって、延々と続く階段を上っていった。
寝不足なのは、この半年、授業を一方的に聞いているだけだったクレイグと初めて言葉を交わしたせい。話した内容や彼の表情を思い出しては、興奮して目が冴えてしまった。
加えて、ダンジョンで起こったことや実習が禁止になったことも気になって、頭の中をグルグル。さらには今日もクレイグと話ができると思うと、うれしくて舞い上がってしまう。
けれど、その内容は浮かれていられるようなことではないと、自分を叱咤する繰り返しだった。
ようやくたどり着いた管理塔の五階には、短い廊下の先に扉が一つ、学園長室しかなかった。
迷う必要もなく、ステラはドキドキする胸を押さえながら重厚な木製の扉をノックした。
「ステラ・フェルトンです」
「入れ」とクレイグの声が聞こえて、ステラの心臓はバクンと跳ねた。
(これからクレイグ先生と二人きり……!!)
ステラは「失礼します」と、学園長室にそろそろと足を踏み入れた。
歴史ある学園の学園長室らしく、赤いじゅうたんの敷かれた部屋にはツヤツヤに輝く木製の家具が並んでいる。
奥のデスクについているのは、学園長のクレイグ・カーヴェル。その姿は窓から差し込む日の光で輪郭が淡く光っていて、神々しいばかりに美しい。
(あぁ、何度見ても素敵だわ……)
うっとりと顔を崩しそうになったところで、左手のデスクにもう一人いることに気づいた。
白髪交じりの黒髪を後ろに撫でつけて、モノクルを右目にはめた細身の中年男性だ。
(ぎゃ、二人きりじゃなかった……!!)
今まで見たことのない男性だが、ここにいるということは、クレイグの側近か助手のような存在なのだろう。
ステラに向けられる視線が刺すように痛く感じる。むしろ、好奇心全開でじろじろ見られているというべきか――。
「ううん」というクレイグの咳ばらいで、モノクルの男性は手にしていた書類に目を落とした。
「秘書のオズワルドだ。そいつのことはいないものとして扱っていい」
ずいぶんぞんざいな扱いだなと思いながら、ステラはクレイグに勧められたソファに腰を下ろした。
「さて――」
向かいに座ったクレイグが口を開くので、ステラはぴんと背筋を伸ばして、ごくりと息をのんだ。
「君のダンジョン実習を禁止にした件だが――」
「は、はい!」
「ダンジョンの崩落について調べた結果、原因は君の放った炎魔法と、落ちていく時に使った風魔法だと判明した」
クレイグは深刻な顔で告げたが、ステラからすると冗談にしか思えない。ハハッと乾いた笑いをもらしていた。
「そんな、何かの間違いじゃないですか? わたしの放った火球って、こーんな小さなものですよ」
ステラは両手の親指と人差し指を使ってマルを描いてみせた。
「風魔法にしてみても、せいぜいそよ風程度で、あーんな広いダンジョンを破壊するような力はありません」
ステラは情けないとは思いつつ、自信をもって断言した。
「そうだな。Eクラスでも最低ステータスの君の魔法にそれほどの威力があるとは、俺でもにわかには信じがたい」
「ですよね……!?」
「しかし、そう結論付けざるを得ない状況だ。どうやら君は魔素を消滅させるという特殊な能力を持っているらしい」
「……はい? 魔素を消滅? そんなの自然のことわりに反していませんか?」
魔素というものは水や空気と同じく、形を変えながらも永遠に世界を循環するもの。その存在自体は目に見えなくとも、けっして消滅するものではない。
それが自然のことわりだと教えているのは、この学園の魔法理論の授業だ。
「俺も半信半疑だったが、昨日医務室で君に魔法をかけようとして、魔素が消滅したのを目の当たりにした」
「……そういえば、あれって何の魔法だったんですか?」
「あらゆる属性の攻撃魔法だ。最後はブラック・ドラゴンのウロコも貫く最強の光魔法だったが、攻撃が君に届く前に消滅させられてしまった」
クレイグは淡々と説明してくれたが、ステラは開いた口がふさがらなかった。
(ブラック・ドラゴンって、百階層にいるボスでしょ!?)
「わたし、知らない間にそんな恐ろしい攻撃を受けていたんですか!?」
クレイグは腕を組んで、『失敬な』と言わんばかりにスンッと鼻を鳴らした。
「最初は風魔法で頬を撫でる程度だったぞ。あまりに効かないから、次第にレベルが上がってしまっただけだ」
「……あのう、それは単にわたしの魔法防御力が高い、ということではないのでしょうか?」
ステラは一応尋ねながらも、自分のステータスがひと桁しかないことは知っている。
「そういう見方もできるが、君には魔法防御力に関係ない緊急脱出用の転移魔法も効かなかった」
言われて初めて、ステラも気づいた。
(……そうよ。どうしてわたしだけ二十階層にまで落ちて、クレイグ先生に救出されるなんて事態になったの!?)




